第7話: 火山の溶岩流
雪原の凍てつく寒さを抜け、俺は噴煙立ち上る火山地帯に辿り着いていた。目の前には赤く輝く溶岩が流れ、熱気が鱗を焦がすように襲ってくる。黒い岩肌がゴツゴツと広がり、硫黄の匂いが舌を刺激する。空は灰色に濁り、遠くで火山がゴロゴロと唸る音が響く。砂漠の熱さとは違う、息苦しいほどの灼熱だ。バジリスクの体は寒さには弱かったが、暑さにも強いとは言えない。鱗が熱を吸収し、動きが重くなる。「こんな場所、選ぶんじゃなかった……」 心で呟くが、喉からはかすれた唸り声しか出ない。
転生してから、俺は少しずつ変わってきている。石化の力はだいぶ制御できるようになった。雪原で枝だけを固めたのは、俺の意志が強まってる証拠だ。人間だった頃の記憶──同僚と雑談した昼休み、休日に見た星空の美しさ──が、俺をただの危険なモンスターから遠ざけている。もしこの力がもっと弱まれば、冒険者たちと敵対せずに済むかもしれない。いつか、「お前、無害だろ?」なんて笑い合える日が来るかもしれない。そんな希望を胸に、俺は溶岩の隙間を這い進む。
だが、穏やかな時間はすぐに終わる。「見つけたぞ! 火の怪物だ!」「灰に還せ、名誉と報酬のために!」 岩の向こうから、耐熱の鎧をまとった戦士団が現れる。盾を構え、炎のような赤い剣を握る。リーダーらしき女戦士は、顔を覆う兜から鋭い目を覗かせ、俺を睨む。「目を見るな! 奴の視線は石化の呪いだ!」 彼らは溶岩の熱をものともせず、隊列を組んで迫ってくる。またかよ。俺、ただ涼しい場所を探したいだけなのに。
「頼むから放っておいてくれ!」 心で叫びながら、俺は体をくねらせ、溶岩の流れを避けて這う。鱗が熱い岩に擦れ、チリチリと痛む。戦士たちが盾を構え、剣を振り上げる。「囲め! 奴を仕留めるぞ!」 俺は視線を集中し、石化の力を最小限に抑える。近くの戦士の盾に目をやる。赤い目が光ると、盾の縁だけが灰色に固まる。「なんだ、盾が動かねえ!」 戦士が困惑する隙に、俺は岩の陰に滑り込む。
だが、火山の地形は過酷だ。溶岩が流れ、地面が突然崩れる。爆発音が響き、熱波が俺を襲う。やばい、このままじゃ焼ける。俺は溶岩の隙間を這い、噴気口の近くへ逃げる。熱気が体を包み、鱗が焼けるような感覚。戦士たちは追ってくる。「奴は弱ってる! 今だ!」 女リーダーの声が響く。俺は必死に視線を調整し、地面の小さな岩に力を送る。岩がカチンと固まり、戦士の一人がつまずく。「くそっ、足元に気をつけろ!」 彼らが混乱する中、俺は噴気口の影に身を隠す。
噴気口の近くは熱いが、風が吹き抜け、わずかに涼しい。俺は体を丸め、息を整える。石化の力、今回は盾の縁と岩だけ。誰も傷つけず、逃げ切れた。制御がだいぶ上手くなってる気がする。人間だった頃、こんな達成感はなかった。会社では書類ミスで怒られ、休日はNetflixでダラダラするだけ。でも今、こんな過酷な場所で生き延びてる。熱いけど、なんか生きてる実感がある。
戦士たちの声が近づく。「気配がする! 噴気口のあたりだ!」「慎重に進め、奴は狡猾だ!」 狡猾って、お前らの方が手強いだろ。俺は噴気口の奥に体を押し込み、擬態を使う。鱗が黒い岩の色に溶け込む。バジリスクの能力、ほんと助かるけど、この力があるから狙われるんだろうな。人間だった頃、目立たないように生きてきた。上司に余計な仕事押しつけられないように、いつも空気を読んでた。でも今、隠れても見つかる。
試しに、視線をさらに弱く調整。噴気口近くの溶岩の破片に力を送る。破片が灰色に固まり、カチンと音を立てる。「何だ、この石!? 奴の仕業だ!」 戦士たちが破片に気を取られる隙に、俺は別の岩陰へ這う。夜が訪れ、火山の赤い輝きが空を照らす。溶岩の光が揺れ、まるで生き物みたいだ。俺は岩の隙間で体を休め、考える。人間だった頃、こんな景色を見る余裕なんてなかった。残業で夜遅くまで会社に縛られ、休日は寝るだけ。でも今、こんな危険な場所で、生きてる実感がある。
石化の力も、今日は小さな破片だけ。だいぶ制御できてきた。いつか、この力を完全に抑えられたら、戦士たちとも話せるかもしれない。「お前、実はいい奴だろ?」なんて冗談を言い合える日が来るかも。そんな想像に、俺は少し笑う。いや、笑えない。顔が蛇だから。次の場所では、もっと上手くやれる。危険なバジリスクから、ただのデカい爬虫類くらいになれたら、こんな戦いも終わるかもしれない。溶岩の熱気の中、俺は新たな道を這い始めた。
(つづく)




