第2話: 荒野の砂嵐
霧の森を抜け、俺は灼熱の砂漠に足を踏み入れていた。いや、足じゃない。鱗に覆われた胴体で、熱い砂を這う。太陽が容赦なく照りつけ、俺の緑がかった鱗が光を反射するけど、熱を吸収して体がずっしりと重い。目の前は果てしない砂丘の連なり。風が吹くたび、砂粒が舞い上がり、視界が霞む。舌で空気を味わうと、乾いた土と熱気の匂いが広がる。こんな過酷な場所に逃げ込むなんて、俺の選択ミスだろ、これ。
「はぁ……なんでこんな目に」と呟こうとしたけど、喉から漏れるのは低いうなり声だけ。バジリスクの体に慣れてきたけど、声が出せないのは不便だ。人間だった頃、喫茶店でコーヒーを飲みながら愚痴るのが日課だったのに。今はただ、生き延びるために這うしかない。
しばらく進むと、遠くから馬の蹄の音が響いてきた。振り返ると、砂埃を巻き上げて近づく一団。馬に乗った槍使いたちだ。兜に砂除けの布を巻き、槍の先が陽光でギラつく。「見つけたぞ! 砂の守護獣だ!」「その鱗は高く売れる! 仕留めろ!」 リーダーらしき男が叫び、部下たちが一斉に馬を走らせる。
「またかよ! なんで俺ばっか!」 心の中で叫びながら、俺は砂に潜る。本能的に体が動いた。バジリスクの力か、砂の中を蛇のようになめらかに進める。だが、熱い砂が鱗の隙間に入り、チリチリと痛む。追手の蹄音が頭上を通過し、槍が砂に突き刺さる音が聞こえる。「どこだ、姿を見せろ!」 俺は息を殺し、さらに深く潜る。
少し離れたところで砂から顔を出し、視線を集中。石化の力、使ってみるか。リーダーの馬に目をやる。赤い目が光ると、馬の前脚がピタリと止まり、灰色の石像に変わる。「うわっ、馬が!」 リーダーが落馬し、砂に転がる。仲間が慌てて駆け寄る隙に、俺は別の砂丘へ這い進む。石化の力、思ったよりコントロールできたぞ。少し弱くしたつもりだったけど、馬一頭だけってのは上出来だ。もしかして、この力、徐々に扱いやすくなってる?
だが、喜ぶ暇もない。突如、風が強まり、砂嵐が巻き起こる。視界が完全に塞がれ、砂が鱗にバチバチと当たる。追手も混乱しているらしく、「くそっ、嵐だ! 隊形を維持しろ!」と叫ぶ声がかすかに聞こえる。俺は嵐を利用して距離を取る。砂の中を泳ぐように進み、遠くに見えた岩場の影へ向かう。そこには小さなオアシスがあった。ヤシの木が数本、澄んだ水たまりを囲んでいる。体を水に浸すと、熱が冷めてホッとする。水面に映る自分の姿──赤い目と鋭い牙──は相変わらず恐ろしいけど、どこか慣れてきた気がする。
オアシスで一息つくと、ふと考える。俺、こんな怪物なのに、なんで人を殺したくないんだ? 人間だった頃の記憶が影響してるのか? 会社で同僚と笑い合った日々、休日に見た映画の感動。それが俺を縛ってる。石化の力も、必要以上には使いたくない。もしこの力がもっと弱まれば、冒険者たちと戦わずに済むかもしれない。いや、話せるようになれば、誤解を解けるかも。バカな希望かもしれないけど、転生したんだから何か変わるはずだ。
「いたぞ! オアシスにいる!」 追手の声が再び響く。嵐が収まり、槍使いたちが馬を飛ばしてくる。俺は慌てて水から這い出し、岩の隙間に体を滑り込ませる。鱗が岩に擦れてガリガリと音を立てる。「囲め! 逃がすな!」 槍が岩に当たり、火花が散る。俺は視線を弱めに調整し、一人の足元に集中。石化の力で彼のブーツだけを固め、動きを止める。「動けん! 何だこれ!」 仲間が混乱する中、俺は岩場を抜け、砂丘の向こうへ逃げる。
砂漠の夜が近づき、気温が下がる。俺は砂に潜り、身を隠す。追手の声が遠ざかり、静寂が訪れる。星空が広がり、砂漠がキラキラと輝く。綺麗だな、と思う。人間だった頃、こんな景色を見る余裕なんてなかった。この世界では、追われる毎日だけど、こんな瞬間もある。石化の力も、今日は少し制御できた気がする。少しずつ、俺は変わってるのかもしれない。危険なモンスターじゃなく、何か別の存在に。次の場所では、もっと上手くやれるはずだ。
(つづく)




