井口君救出
完成した実験装置は昔日本で使っていた物と比べると控えめに言っても月とすっぽんという
表現がしっくりきた。
日本の装置は汎用のプラズマ発生装置を石黒が無理やり加工して鉱石Cを触媒として使用し、
いかにも取って付けたような物だったが、こちらの装置は、もちろん設計段階から石黒が
関わってきたし、しかも新品で異世界への門のための装置として作ったので、
石黒が作りたかったまんまの装置だった。
特に誰が名付けたのかは分からなかったが、
「THE GATE」とか「Dr.ISHIGURO's GATE」
と呼ばれていた。
厳密に言えば石黒はまだ博士号を取得していなかったので、ドクターと呼ばれることに
違和感があったが、周囲はそんなことは気にしなかった。
その門の生成サイズは1800mmで人が立ったまま通れるサイズになるように鉱石Cの量を
可能な限り増やして設計されたため、実験指標にしてきた安定化、増大化も思うようにする
ことが出来るように、また門の持続時間も自由に設定でき、ONとOFFの切り替え操作も
自由に可能になったことからも助手のサイダとアブラの装置コントロール技術はかなり向上
していたのが証明された結果だった。
石黒は助手の二人に装置操作の全権を任せても問題ないと太鼓判を押したのだった。
装置操作の目処がついたのは良かったのだが、チームにはまだ様々な懸案事項が残っていた。
「サイダ、アブラ、ちょっと良いかな。」
ともちろん彼らの共通語である英語で石黒はチームメンバーを集めた。
「大きく今は二つの懸案事項があります。一つ目は、異世界の向こうから地球側への連絡は
可能なのかと言うこと、もう一つは時間の概念が異世界側と地球で同じなのかということ
なんです。」
と石黒は二人の目を見て丁寧に話した。
「はい、私もスピリット研に居た頃に考えていたことがあるのですが、時間の概念については
非常に興味がありましたが、これは時計を二つ準備して、地球側に一つ、実際に向こうに
持って行って戻って来た時計一つとを比較するのが一番手っ取り早いかと思われます。」
とサイダは的確な答えを瞬時に導いた。
「そうだね、サイダの言う通りだね、それでやってみよう。アブラもそれでいいかい?」
と石黒は同意を求めた。
「はい、もちろんそれで問題ありません。それと向こう側からの伝達手段ですが、
有線ケーブルを持ってTHE GATEに入って、もしそれを保持できれば、異世界側に
ON-OFFスイッチのような簡単な物を置いて来ることで、モールス信号で意志を
伝えればいいのではと考えますが。」
とアブラはもう一つの方の提案をサイダに負けじと話してくれた。
「なるほど、それはいい考えだね。サイダはこの案についてはどう思うかな。」
と石黒はサイダにも確認を取った。
「そうですね、最初の取り組みとしては、そのように簡易な装置がよろしいかと。
その先では、無線装置の実験やカメラや音声装置を設置したりなども見据えて
いきたいですね。」とサイダは同意した。
「おー、ほんとだ、映像や音声が通信可能になれば、このすごい大発見を疑っている
他の懐疑論者にも視覚と聴覚で証明できるから一泡吹かせることができるね。」
と石黒は笑ってみせた。
懸案事項をいろいろと潰していきながら、装置の最終確認をしながらで、忙しい日々を
過ごしていたチームメンバーだったが、そうこうしている内に、石黒が異世界に行く日が
とうとうやってきた。
「 サイダ、アブラ、門の開閉は打ち合わせ通りにお願いします。
こちらの準備が整ったら合図を送るから、スタンバイよろしく。」
と石黒は腹心の二人と彼らとの共通言語の英語で出発前の最終確認を入念に行った。
これまでの実験でも推測されていたが、石黒の発見した方法では、必ず異世界の同じ地点に
出るようなので、もし井口君がそこに留まってくれていれば、すぐに見つかるかもしれないと、
その可能性も考えていた。
「よし、ゴーだ。いってきます。」
と石黒は右手で大きな合図を送って、コントロール装置の前に居たアブラとサイダに指示を出した。
パラメーターは既に微調整されていたので、いつでもONのスイッチを入れれば門は開くのだった。
プラズマの光で目をやられない様に、全員サングラスのようなものを着用していたがその合図は
はっきりと確認できた。
アブラはスイッチをONにした。
石黒は無事に異世界へ旅立った。
地球側の二人は石黒の姿が無くなったのを確認すると、
二人で手を叩いた後、ハグをして喜び合った。
石黒はめまいのような感覚を数秒味わったが、無事に今回も生きたままで、異世界にたどり
着くことができた。
井口君が何度も行き来していたので、そこまでは問題ないのはみんなが確信していたし
順調だった。
目の前には聞いたことはあったが、見たことのない景色が広がっていた。そう異世界に来たのだ。
なんと、そこには約一年前の実験で使用した井口君が持ち帰らなかったマジックハンドが
置かれていた。
近くにテントっぽい手製の住居があった。
しかし井口は居ない。
「井口ー、井口ー」
とテントに向かって石黒は大声で叫んだ。
それは当然の行動とも言えた。
一年以上も前から井口君の救出を第一の目標として据えていたからだった。
しかし、テントの中には井口君の姿は無く、遺体も無かったので、それは逆に言えば
一光の光にも思えた。
まだ井口君をあきらめた訳では無かったが、石黒は研究者だった。
周囲の状況を持ってきたカメラに収め、地球から持ってきた荷物をそのテント内に置いた。
それからすぐに有線ケーブルの先にゲーム機のボタンスイッチを加工した簡単な
モールス信号を送る装置に、
「・・ ・ー ーー ーーー ー・ー ・ー・ー・ー 」
「I AM OK.」
と送った。
「サイダー、モールス信号来てるぞ、I AM OK.だそうだ。」
とアブラはサイダに大声で伝えた。
「良かったわね。まだ続きがあるみたいね。」
とサイダは異世界からの信号をモニターで確認できた。
モールス信号を英語に翻訳する簡易ソフトを二人の助手は簡単に作っていたので、
いつでも確認や保存ができたので、石黒からの信号を見逃すことは無かった。
「ドクター石黒が何か時刻を送って来てるけど、どういう意味だろう?」
とアブラは首を捻った。
「アブラ、簡単なことだわ。向こうの時刻を送ることで時間の概念のひずみやずれが
発生しているかを検証したいのだわ。」
と頭の回転の速いサイダは瞬時に石黒の打ち合わせには無かった行動を察した。
「これ、モニターだけじゃなくて、自動音声化した方がいいわね。あと自動録音も。」
とサイダはアブラに別の提案をした。
「それ、良い考えだね、サイダ。すぐやってみるよ。」
とアブラはエンジニア魂をくすぐられたようですぐに作業に取り掛かった。
「気づいてくれてるかなー。」
と独り言を言いながら、異世界側の様々な情報をモールス信号にして送った。
それからテントの周囲を捜索したり、打ち合わせの通りに鉱物や植物を採取したりして、
辺りはもう真っ暗になっていて、時刻は夜の八時を既に回っていた。
「もうこんな時間かあ。戻らなきゃ。」
と石黒は口にすると。
「・・ ・ー ーー ー・・・ ・ー ー・ー・ ー・ー ・・・ ーーー ーーー ー・ ・ー・ー・ー 」
「一旦、戻ります。」
と帰還の合図を送った。
「戻ってくるぞー。」
とアブラは大声でサイダに伝えた。
「うん。」
とサイダは頷いただけで、プラズマ発生装置のスイッチがONの状態にあることを
制御装置の前でしっかりと確認し、石黒が戻ってくるのをドキドキしながら待っていた。
「I AM HOME!」
と同時に石黒は異世界から無事に戻った。
大きなバックパックには様々な物が詰まっていて、井口君が置き去りにしたマジックハンドも
今回はその証拠品として持ち帰った。
科学者としてその組成の変化などにもとても興味が惹かれた。
石黒は科学者HIGHになっていたのだろうか、普段よりはかなりテンションが高かったのが
二人にはすぐに分かった。
「八時二十分!ただいまー。」
と打ち合わせ通りにまずは時刻を確認することを科学者として忘れてはいなかった。
「八時二十分!こちらも同じです。」
とサイダが同じようなテンションで喜びと共に伝えた。
今度は三人はハグではなく、握手で喜びを確認し合った。
「いろいろと伝えたいことがあるんだけど、大体は向こうで書いて来たレポートと持って
帰ってきた鉱石や植物、それから一年前の井口君の忘れ物のマジックハンドなど、
バックパックを見てもらって、いろいろと明日からは成果物の対応に当たって欲しい。
それとモールス信号装置はそのままで置いて来たけど、スイッチに物理的な仕掛けを
作ってきたので、大体一時間ほどで信号が入るかを確認して欲しい。
もちろんプラズマ発生装置の電源OFFの状態での稼働を確認するための実験のためだからね。
お疲れだと思うが申し訳無いです。」
と石黒はレポートと共にバックパックを差し出した。
「それと、井口君は見つからなかったのだけど、まだまだ希望はありそうな条件が
整っていることが確認できたので、次回からは少し長めに潜ろうと思うんだけど。」
と矢継ぎ早に二人の助手に話した。
「それなら、こちらも対策済みな部分がありまして、異世界からのモールス信号を自動音声化
できる装置を作成しております。今後を見据えれば、引き続きカメラや音声などの装置も
次回転送時には持ち込めればと。」
とアブラは地球側でも仕事をしていたことをアピールした積りであったのだが、
「明日にはまた出るよ。」
とさらっと石黒に切り替えされて、アブラは目を丸くするしかなかった。
「承知しました。明日から地球側でやれることを私共でやっておきますので、
どうか井口さんの救出に全力で取り組んで下さい。
お戻りの際には、モールス信号でお知らせくだされば、
私共が帰還の手配をすぐに致しますので。」
とサイダは頭の回転が速かったので、石黒が一を話せば10どころか、
100を悟るほどの頼りになる助手だった。
翌日は予定通りにはいかなかった。
何故なら全員が家には帰らずここ実験室内で寝落ちしてしまっていたのであった。
誰も強制した訳では無かったが、成果物への興味など途中で止めるという選択肢は彼ら
研究者たちには思いつかなかっただけの事であった。全員が起きたのはもう夕方近くになっていた。
石黒は昨日の最後に仕込んだ実験結果が良好だったこともあって、地球側でのプラズマ発生装置の
電源をOFFにしても向こうからモールス信号での通信が可能であることが実証されたため、
心置きなく出発することができた。
「それじゃー、あとはよろしく。行ってきます。」
と石黒は助手の二人に近くのコンビニにでも行くかのような挨拶を行うと、
装置の向こう側へ消えていった。
もう誰も安全性を疑うメンバーは居なかった。
石黒は昨日と同じ場所に到着した。
例のテントであった。
到着後は昨日と同じく、井口君の名前を呼んでみたが反応が無かった。
今回は井口君を見つけるための長期滞在を予定していたので、バックパックで持ち込んだ
荷物は、実験装置より着替えなどの私物が多めだった。
一番手ごろな食べ物としてカップ麺を食べていたその時だった。
外から何やら物音がしたのが分かった。何かの足音だった。
しかも少なくとも大勢の動物の群れが近づいて来たようだった。
石黒は保身用のナイフをしっかりと握りしめて外の景色に目をやった。
「せんぱーい、石黒せんぱーい。」
とその聞き覚えのある声が何度も聞こえた。
テントからソロソロと外を確認してみると、
「井口くーん。」
と石黒は見覚えのあるその顔を確認して堵の涙を流した。
二人は感激でハグし、そこには言葉は要らなかった。
その後もしばらく喜びを身体全体で現わして喜びを分かち合った。
井口は異世界人を大勢連れていた。
身長はやや低めで大体平均150センチ程度で、頭にはもふもふの猫のような耳があった。
いわゆる猫耳獣人のようだった。
どう見ても全員女性にしか見えなかった。
井口君はもてもてのようだった。
石黒はこれまでの心配が少し馬鹿らしく思えた。
「一年よく耐えたなあ。」
と元部下で最大の協力者の井口君を褒めたたえた。
「いやー、俺も最初はどうなるかってビビッてたんですけど。もてるっす。ましで。」
と満面の笑顔で周囲の獣人属の女性たちの方を見て手を広げて示し、
その実際をジェスチャで表現してくれた。
いろんな話を聞きたかったが、石黒はまずはモールス信号で状況の報告を忘れなかった。
それはアブラが作成した、モールス信号を自動で音声に変える装置からの音声だった。
「井口君救出に成功。このまま調査継続。また定時連絡入れます。」
アブラとサイダは、石黒の念願の希望であった井口君の救出が叶ったことを喜び合った。
「私も行きたいなー。」
とつい本音がこぼれたサイダだった。
「ほんと、いつかは俺も。」
とまじめ一徹のアブラもここは同感だった。
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