第28話:論理と魔法の慰安旅行 ―特異点たちの京都(オーバーフロー)―
アトラン王都の中枢に「異世界クラウドファンディング」という名の巨大な楔が
打ち込まれてから、三年の月日が流れた。
かつて魔法という名の不確実なオカルトに依存していたこの世界は、今や石黒賢治
という一人の自称天才科学者がもたらした「絶対効率」という宗教によって、劇的な
進化を遂げている。
王都の地下、かつての秘匿空間に設置された超巨大次元ゲート。
その前には、白衣を纏った石黒と、その相棒である井口、そして彼を信奉する数十名
の「異世界スタッフ」たちが、整然と隊列を組んでいた。
「……いいか、無能ども。これから向かうのは、
俺と井口君の故郷である『地球』だ。
そこには魔法など一欠片も存在しないが、
あらゆる現象が厳密な物理法則によって管理されている。
俺の論理を学んだお前たちなら、その美しさが理解できるはずだ」
石黒の声が、静まり返った地下広場に響く。
石黒と並んで立つセレナ。背後には、リディア、エアリス、カヤの三名。
そして、その後ろには石黒が直接指導した異世界の精鋭たちがいた。
元行商人で今や物流部門の長となったガラム。石黒の電気理論を忠実に実行し、
王都の配線を一手に引き受ける電気工のザック。ルルルとミャオミャオ率いる、
生体プロセッサとして訓練された十数名の獣人部隊。
さらには、石黒の『分散型魔法ネットワーク』を最前線で維持する、iWandを
腰に下げた魔導技師たちまでもが、石黒の「効率化」に最適化された姿で並んでいる。
「……ゲート、同期完了。
全スタッフ、転送開始!」
石黒の合図と共に、数千、数万の論理回路が明滅し、一行は光の渦へと飲み込まれた。
黄金のドバイ、そして因縁の再会
ホワイトアウトした視界が次に捉えたのは、ドバイの超巨大ラボだった。
強烈な空調の風が吹き抜け、半年前に一足先に帰還していたアブラとサイダが、
満面の笑みで一行を迎える。
「ドクター石黒! 井口さん!
それにアトランの皆さん、ようこそ地球へ!」
「準備は完璧です。
さあ、皆さん、『視察』を始めましょう」
歓喜に沸くスタッフたちの中心で、一人の男がバツの悪そうな顔をして立っていた。
アラブの大富豪、アキラだ。かつて石黒が異世界で最大の窮地に陥った際、彼は投資家
としての保身を優先し、石黒を見捨てて一人地球へ逃げ帰った。
井口がわずかに顔を強張らせ、背後の異世界スタッフたちが不穏な空気を察して
身構える。だが、石黒は表情を変えることなく、アキラの前に進み出た。
「……アキラさん。あなたが逃げ出したあの日、
俺の生存確率は1.2%まで低下した」
冷徹な声に、アキラが肩を震わせる。
「……すまなかった。あの時は、
これ以上の損失に耐えられなかったんだ」
「気にするな。リスクマネジメントとしては正解だ。
あなたが地球側でインフラを維持し、俺の『帰還後の利権』を
守ったおかげで、今の莫大なリターンがある。
あの日のあなたの裏切りは、
この三年間で俺が吸い上げた利益によって、すでに帳消しだ」
石黒は無造作に右手を差し出した。
「俺は論理を信じるが、かつての『初期投資』も忘れない。
……握手くらいはしてやる」
「……石黒。お前ってやつは……!」
アキラは震える手でその手を握りしめた。
「埋め合わせはさせてもらう。
あなたを世界の支配者層へと繋ぐ。
ドバイの石油王たちとの会合をセッティングした。
あなたの『魔導科学』を、全地球規模のエネルギー革命
として売り出すんだ。
あなたは、この世界の王の一人になる」
「……いいだろう。アキラさん、あなたを再び俺のフロントマン
として再雇用してあげる。石油王どもに伝えて欲しい。
俺の論理に従うなら『繁栄』を、拒むなら『破滅』を約束すると」
千年の都、京都への降臨
一行を乗せたチャーター便は、日本、関西国際空港へと降り立った。
そこから大型バス数台を連ねて向かった先は、古都・京都。
歴史と静寂が息づくその街に、総勢五十名を超える異世界人の集団が降り立った光景は、
まさに圧巻の一言だった。
アキラが全館を貸し切ったのは、鴨川のほとりに佇む老舗の超高級旅館。
門をくぐった瞬間、異世界のスタッフたちからは驚愕の声が漏れた。
「……ケンジ。この街の『気』の流れ、異世界とは全く違うわ。
数千年の歴史が、論理的に蓄積されているのを感じる」
セレナの義眼が、京都の街並みを解析し続ける。
「この美しい建築物……釘一本使わずに組み上げられているなんて!
物理的な構造計算だけでここまで……!
なんて素晴らしい工学の結晶ですわ!」
リディアは興奮のあまり、旅館の柱をなで回している。
「……Wikipedia。京都の歴史、文化財……。
情報の密度が、ドバイとはまた違うベクトルで深すぎる……!
私は、この街の全データをインデックス化するまで眠りません!」
エアリスはスマートフォンを片手に、もはやトランス状態に入っていた。
一方、ガラムやザック、一般スタッフたちも、現代日本の清潔さと利便性に度肝を
抜かれていた。
「おい、ザック! 見ろよ、この壁にあるボタンを押すだけで光がつくぞ!
魔法回路もないのに、なんて安定した電圧なんだ!」
「ガラムさん、この自販機という機械は……二十四時間、
常に冷えた飲料を供給し続けるのか?
物流の極致じゃないか!」
さらに、客室のトイレに入った二人の悲鳴が響き渡る。
「ひいっ! ザック、ここの椅子、
勝手に蓋が開いたぞ! 思考感知魔法か!?」
「待てガラムさん、このボタンだ……
『おしり洗浄』……?
ひゃあああ! なんだこの計算され尽くした水圧は!
魔法なしで、どうやって肛門の座標を特定しているんだ!?」
彼らにとって、地球はまさに「魔法が実用化された後の理想郷」のように見えていた。
夕刻。広大な大浴場で、石黒、井口、アブラ、そして異世界の男性スタッフたちは、
湯煙の中で肩を並べていた。
「はぁ〜……極楽っすねぇ。
アトランの荒野で魔物に追いかけられてた頃が、
前世のことみたいっす」
井口が手ぬぐいを頭に乗せ、だらしない顔で笑う。
「ドクター石黒。異世界の皆さんも、
この温泉のミネラル成分には驚いていますよ。
特にザックたちは、この給湯システムの配管設計を
熱心にメモしていました」
アブラが苦笑いしながら、湯船の端で何やら議論しているスタッフたちを指差す。
壁越しには、女湯から賑やかな歓声が聞こえてくる。
「にゃー! お湯が溢れてるにゃ!
地熱エネルギーをこんなに贅沢に使うなんて、
地球人はお貴族様以上に太っ腹にゃ!
井口サマー。そっち行っていいかニャー。」
ミャオミャオの叫び声に、サイダやリディア、そして女性精鋭スタッフの笑い声が重なる。
「……井口君」
石黒が静かに口を開いた。
「はい、先輩」
「五年前、お前があの歪みに消え、俺が一人残された時。
俺はすべてを呪った。
だがな、結果的に俺たちはあの閉鎖された研究室を飛び出し、
異世界という規格外の実験場を手に入れ、さらに今、
地球の資本すらも飲み込もうとしている。
不完全なアルゴリズムは必ず自壊し、強固な論理のみが生き残る。
それだけのことだ」
「……ええ。俺たち、勝ちましたよね」
夜。大広間には、五十人分超の豪華な会席料理が並べられていた。
舟盛りの刺身、近江牛のすき焼き、季節の天ぷら。異世界のスタッフ全員が、
自分たちの「功績」に対する最高のリターンを前に、目を輝かせている。
その宴の最中、アキラが特別な一皿を石黒の前に置いた。
「ドクター石黒、あなたの『原点』だろ。
ここの凄腕シェフに特別に頼んで再現させたよ」
それは、石黒が学部生時代、皿洗いのバイトで油と洗剤にまみれながら、賄いで
食べて涙したあの高級ホテル仕様の「黄金色のチャーハン」だった。
「……フン。論理的に言えば、
単なる米と卵の攪拌に過ぎない」
石黒は一口食べ、かつて泣いたあの味を喉に通す。
その瞬間、彼の冷徹な瞳にわずかな光と大粒の水滴が宿った。
「だが、この味を構成する『情熱』という名の変数は
……俺の計算式を狂わせるほどに重いな」
宴もたけなわとなった頃、石黒は静かに立ち上がり、手にした日本酒の猪口を掲げた。
その瞬間、騒がしかった五十名以上のスタッフたちが、一斉に静まり返り、主を注視した。
「……お前ら。この三年間、俺の『効率化』という暴力に、
よくぞ耐え、そして貢献してくれた。
お前たちが俺に投資したリソースのおかげで、
異世界は劇的に最適化され、俺たちは莫大なリターンを得た。
今日という日は、その配当を享受する日だ。……存分に食え」
地鳴りのような歓声が上がる。
だが、石黒はそこで言葉を止めなかった。
「だが、これで終わりだとは思っていないだろうな?
アトランの最適化は完了した。
アキラの資本で地球の裏側も掌握した。
ならば、次は何だ?」
石黒は、窓の外――京都の夜空に浮かぶ、白く輝く月を指差した。
「俺たちの前には、まだ解明されていない物理法則、
まだインデックス化されていない宇宙、そして、
観測されていない別次元の歪みが無限に広がっている。
科学に『完成』という終着点はない。
あるのは、終わりのないデバッグと、果てしないアップデートだけだ」
石黒の言葉に、スタッフたちは熱に浮かされたように目を輝かせる。
「来週、ドバイに戻り次第、石油王たちとの極秘会合を行う。
そこで、俺たちの『魔導科学インフラ』を全地球規模の
エネルギー革命として突きつける。
……いいな、無能ども。ゲートでアトランに戻ったら、
また、死ぬ気で俺の論理の部品として働け。
それまでは、一生分楽しめ」
石黒が猪口を突き出すと、五十名を超えるスタッフたちが、グラスや猪口を
天に掲げて叫んだ。
「「「了解、ドクター石黒!!!」」」
京都の夜空に響き渡る乾杯の音。
それは、魔法と科学を統合した特異点たちが、次なる宇宙規模のクラウドファンディング
へ向けて放った、新たな祝詞であった。
石黒賢治は、騒ぎ続ける仲間たちを横目に、静かに冷酒を飲み干した。
(さて、次はどの世界の理を、論理で切り刻んでやろうか)
完結話となりました。
いかがだったでしょうか?ハッピーエンドにほっこりして戴けましたか。
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次は、どの異世界を攻めようか。
もう勘弁して下さい、先輩。




