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異世界クラウドファンディング 〜研究室の殺人事件から、舞台はドバイ、そして異世界へ〜  作者: 稲盛 皆藤


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22/28

第22話:制御の悪魔と計算中毒の降臨

 ヴァレリー伯爵邸の地下に拡張された巨大な第一ラボ。

 カヤの魔法によって管理された冷媒が循環し、精密機器の駆動音だけが

響く静寂の中で、石黒賢治は数日前のログを忌々しげにスクロールしていた。


「……マスター。三日前にガムリガムリ村外れの観測杭が

 記録した空間変異パルス、再解析の必要はありませんか?」


 セレナの問いに、石黒は視線を端末に向けたまま、冷淡に答える。


「不要だ。あちら側でゲートの安定化が完了する前に接続を試みるなど、

 論理的な自殺行為だからな。ただの地脈の揺らぎによるセンサーの誤作動(ノイズ)

 として処理すべきだと思う」


 だが、石黒のその「予測」は、次の瞬間、物理的な暴力によって粉砕された。


 ――ドゴォン!


 ラボの重厚な正面扉が、ノックもなしに乱暴に蹴破られ、蝶番が半壊した。

 静寂を塗りつぶしたのは、眩いばかりの純白のスーツと、この世界には存在

しないはずの「最高級の葉巻」の匂いだ。


「よっ! ドクター元気かい! 随分と湿気た顔してんじゃない、ケン!」

聞き覚えのある声の英語が石黒の耳に飛び込んできた。


 真っ先に踏み込んできたのは、ドバイで石黒を死の淵から救い上げた最大の

パトロン――Akilah(アキラ)だった。


 彼は泥だらけのワニ革の靴で、石黒が磨き上げた床を躊躇なく踏み抜き、

不敵に笑った。


「……アキラ。なぜあなたがここにいる。

 ゲートの固有ポイントは、ここから数十キロ以上離れた獣人村付近のはずだ」


「ハハッ! 三日前に到着してたのさ。

 YOUが気付けなかったおかげで、

 村の獣人たちとバーベキューを楽しむ時間ができたよ。

 ……さあ、野郎ども、新しい任地に到着だよ!」


 アキラの背後から、泥に汚れ、精根尽き果てた様子の二人の男女が転がり込んできた。


「……ドクター石黒……。最悪だ。……この世界の道、舗装率ゼロ。

 地球のGPSの衛星装置も上手く作動しないから、

 慣性航法と地脈の磁気バイアスを逆算して歩く羽目になった……。

 僕の精密機器が、移動中に巨大な鳥に食われたんだぞ……」


 鼻息を荒くしながら、泥だらけの計測機器を抱え込んでいる浅黒い肌の男

――Abla(アブラ)。異常なまでの機材開発への執着から『制御狂(コントロールフリーク)

と呼ばれる天才ハードウェア・エンジニアだ。


「……五感入力……シャットダウン。

 現地の物理エンジン、再計算完了……。

 ああっ、新しい数式……脳髄が痺れる……。

 ドクター石黒、あなたのラボの座標を逆探知するのは、

 最高のパズルだったわ……ふふ……」


 分厚いVRゴーグルを被り、虚空に向かって凄まじい速度でタイピングしている

小柄な女性――『計算中毒』のアルゴリズム構築者、Saida(サイダ)


 石黒の予測を「目的達成への執念」で上書きし、数日間の強行軍を経て

サプライズ登場を果たした三人の異常者たち。

 かくして、石黒のラボに「地球最高の頭脳と資本」という名の劇薬が投下された。


「ケッ、さすが我が研究チームだ」


 石黒は、苦虫を噛み潰したような顔から満面の笑みにシフトチェンジし、

全員と力強いハグを交わして再会を喜んだ。合理主義者の仮面が剥がれ、

一人の「プロジェクトリーダー」としての顔が覗く。


「……さて。ここからは英語じゃなくアトラン語でお願いするよ、

 翻訳デバイスはOKだな。

 騒々しい連中だが、紹介しておこう。

 この世界の住人であり、現在私の手足として機能している

『リソース』たちだ」


 石黒が指し示した先には、あまりに場違いな地球人たちの登場に、言葉を失って

固まっている現地スタッフたちがいた。


「おい、アブラ。その汚い計測器を置け。

 こっちが錬金術師のカヤだ。彼女自身が冷却システムの

『冷媒』として機能している。お前の大好きな定常的な熱管理の権化だ」


「冷媒……人間が? 冗談でしょう。生体組織の熱慣性なんて不安定すぎて

 ……いや、待てよ。この魔力波形、自己修復機能付きの熱交換器として

 見れば……ああっ、素晴らしい! すぐにセンサーを埋め込ませてください!」


「な、なによこの失礼な男は! センサーってどこに刺すつもりよ!」


 アブラが泥だらけの手でカヤに詰め寄り、カヤが氷結魔法で応戦しようと

するのを、石黒が冷たく制す。


「サイダ、そこのリディアを見ろ。

 彼女が魔法をデジタル信号に変換する『生体A/Dコンバータ』だ」


「……A/D……コンバータ……。

 ああ、なんて滑らかなサンプリングレート……。

 魔法というアナログなカオスを、これほど美しく量子化するなんて……。

 ねえ、あなたの脳内キャッシュ、少し覗かせてくれない?

 完璧なアルゴリズムを書き込んであげるから……」


「ひ、ひぃっ……! 石黒様、この人、目が……目が怖いですっ!」


 VRゴーグルをずらし、充血した目でリディアを凝視するサイダ。

リディアは震えながらエアリスの背後に隠れた。


「……カオスね。石黒様、この方々も、あなたと同じ

『あちら側』の狂人なのですね?」


 エアリスが呆れたように溜息をつく。

そんな混沌としたラボの入り口に、さらなる「ノイズ」が飛び込んできた。


「な、なんだこの騒ぎは! 誰だ、私のラボの扉を破壊したのは!」


 現れたのは、この屋敷の主、ヴァレリー伯爵だった。

彼は、自分の邸宅に土足で踏み入った「見たこともない派手な服の男」

――アキラを認めると、貴族としてのプライドを即座に発動させた。


「君か! 私の許可なくこの神聖なラボに押し入った無礼者は!」


 アキラは、葉巻をくゆらせながらゆっくりと伯爵に向き直った。その仕草一つに、

石油王たちと渡り合ってきた圧倒的な「資本の重圧(プレッシャー)」が宿る。

その立ち振る舞いには、アトランの貴族が持ち合わせぬ未知の洗練と、残酷なまでの

自信が宿っていた。


「オーウ、失礼。君がここの大家(ランドロード)かい?

  ケンがお世話になっているようだね。私はアキラ。

 ドバイを拠点に世界の『可能性』に投資している、ケンの第一パトロンだ」


 アキラは、懐から純金製のカードケースを取り出し、見たこともないほど

精巧な名刺を伯爵に突きつけた。


「第一パトロンだと? 笑わせるな!

 石黒殿にこの広大な別館を与え、地下に最新の地脈配管を整備し、

 さらには王都最大級の温水プールまでヒートシンクとして

 提供したのはこの私、ヴァレリー伯爵だぞ!」


「フッ、温水プール? かわいいもんだね。

 私はケンのために、宇宙の彼方から数千億のパケットを運ぶ

 時空の橋を架け、一国を買い取れるほどのシリコンウェハーを

 コンテナごと放り込んだ。

 ……ケン、ここの冷房効率が悪いんじゃないか?

 明日にでも、氷結魔法の使い手を一万人雇って、

 この屋敷の上空に永久氷河でも作らせようか?」


「き、貴様……! 私は彼に、この国最高の酒と、

 アトラン騎士団の警護、そしてこの私という

『歴史ある権威』の後ろ盾を与えているのだぞ!」


「権威? そんなものに価値がつくのはオークションハウスの中だけだ。

 私はケンの論理(ロジック)に、文字通り『世界の未来』をベットしている。

 伯爵、君の持っている金貨をすべて溶かしても、私が彼のために用意した

 次世代型超電導ケーブルの材料費にもなりゃしないよ」


 アキラと伯爵。

 異世界の貴族と、現代の資本家。

 次元を超えた「どっちがより石黒に貢いでいるか」という、あまりにも不毛で

傲慢な自慢合戦が始まった。


「……先輩。これ、どうするんすか?」

 井口が、騒音のなかで耳を塞ぎながら石黒に尋ねる。


 石黒は、再び冷たいコーヒーを口に含むと、騒ぎに背を向けてモニターに向かった。


「……放置しろ。リソースを競い合うのはシステムの健全な競争原理だ。

 ……セレナ、全モジュールの同期を開始。これより、アトラン全域を覆う

 ネットワーク構築の『本実装』へ移行する」


「了解しました、マスター。

 ……現在、ラボ内のカオスレベルは最大値を更新中。

 ですが、演算能力(スループット)は従来の四〇〇パーセントに跳ね上がっています」


「上等だ。……狂った世界を塗り替えるには、これくらいの狂気が丁度いい」


 アキラの笑い声、伯爵の怒号、アブラの計測音、そしてサイダのタイピング音。

 不協和音のような喧騒のなか、石黒の指先が、異世界の運命を書き換えるコードを

刻み始めた。


 それからの数日は、阿鼻叫喚の「開発フェーズ」となった。

 サイダの狂気的な計算速度は、リディアの「生体A/Dコンバータ」としての能力と

完璧にリンクした。サイダが書いたアルゴリズムを、リディアが魔法陣として現実に

コンパイルする。

 一方のアブラは、ザックが敷設した地下の物理ネットワークに、自ら組み上げた

規格外の制御ハードウェアを次々と接続し始めた。

 パトロンのアキラは、その圧倒的な「富のオーラ」で伯爵邸の面々を煙に巻き、

石黒たちが研究に没頭できる「政治的・経済的な聖域」を瞬く間に構築していった。


 かつてないほどの熱気に包まれたラボを、石黒と井口はキャットウォークから

見下ろしていた。


「……どうやら、開発環境の初期構築フェーズは完全に終了したようだな」


 石黒は冷たいコーヒーを啜りながら、淡々と言った。


「各モジュールの専門家が揃い、システムは自律稼働を始めている。

 ……井口。お前の『汎用ローカルエージェント(雑用)』としての役割は、

 そろそろ終了だ」


「えっ」


「ここから先は、より専門的で危険な実装フェーズに入る。

 お前のような『ただの理系学部生』程度の汎用スペックでは、

 この怪物共の演算速度についていけず、リソースとして浮く。

 日本には、残してきた両親もいるだろう。

 ……あちらの大学に戻って、無難な研究室で平穏な数式でも

 いじっている方が、生存確率は高い」


 石黒の言葉は相変わらず冷酷だったが、その裏に彼なりの「配慮」があることは

井口にも分かっていた。

 だが、井口はいつものヘラヘラした笑いを消し、眼下の眩しい光を放つ魔導炉を

見つめたまま、ぽつりと呟いた。


「……親父は、もう死んでるんすよ。残ってるのは、母親だけです。

 ……でも、俺、帰りたくないんすよね」


 井口は手すりに寄りかかり、自嘲気味に息を吐いた。


「俺の母親、マジでキツイ人なんすよ。

 昔から、延々と自分の自慢話ばかり聞かせてくる人で。

 自分が世界で一番賢くて、周囲の人間はすべて『発達障害』だって

 本気で見下してるような人で……」


「……極端に肥大化したエゴと、他者の認知機能への無理解か。

 典型的な自己愛性パーソナリティのバグだな」


「ええ。母親はいつも俺に『賢く生きろ』って言ってた。

 でも、俺はその言葉を聞くたびに反吐が出そうだった。

 だから、母親の言う『賢い生き方』の逆を、ずっと探して生きてきたんです」


 異世界に巻き込まれても、常に明るく振る舞い、誰とでも適当に仲良くなる井口。

それは「他者を見下す母親」への、彼なりの反逆だったのかもしれない。


「……今俺が日本に帰っても、母親は絶対に俺の失踪を

『お前の行動は失敗だった』

『愚かだった』って断罪してくるだけです。

 それが目に見えてる。だから、今は帰る気、ゼロっす」


 井口はそこで言葉を区切り、ふっといつもの笑顔を作って石黒を見た。


「それに、せっかくこんな面白い世界で、

 先輩たちが無茶苦茶やってるのを特等席で見られるんですから。

 雑用でもなんでも、しがみつかせてもらいますよ」


 石黒は井口の顔を数秒間、無言で見つめた。

 そして、タブレットの画面に視線を戻すと、冷徹な声で言い放った。


「……親という存在(ルートノード)が、常に子(末端ノード)に対して

 破壊的なノイズを送信し続けるのなら、そのネットワークは物理的に

 切断するのが正しいセキュリティ対策だ。

 お前の判断は、極めて論理的で正しい」


「……先輩」


「それに、専門家(バカ)が集まりすぎたこのラボにおいて、

 潤滑油としての『凡人のコミュ力』は、まだギリギリ評価に値する。

 ……せいぜい、エラーを起こさないよう立ち回れ」


「ははっ、了解っす。

 物理レイヤーの雑用でもなんでも、完璧にこなして見せますよ!」


 井口の明るい声が、再びラボの喧騒の中へと溶けていく。


「……イグチ、大丈夫?」


 不安げに実を差し出すミャオミャオと、震えるルルルがそこにいた。


「アブラさんに尻尾の毛を抜かれた……」

「サイダさんの目が怖いの……」


 地球の狂気に怯える彼女たちに、井口は真っ赤な実を頬張り笑う。


「大丈夫、あの人たちは『石黒先輩の濃い版』なだけだ。俺が中和してやるよ」


「……やっぱり、イグチはここの『一番あったかい場所』だね」


石黒はモニターを見つめたまま、微かに口角を上げた。


「……中和剤、オーバーヒートするなよ。

 総員、配置につけ。世界を書き換えるぞ」


 不協和音を奏でる最強の布陣で、アトランの夜が加速し始めた。

 異世界の地下深く、井口は地球という名の重圧から解放されたように、これまでで

一番晴れやかな表情で笑っていた。

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