2 問題の村にて
静かな林の中を蹄の音がこだまする。
大勢の騎士たちが鬱蒼とした木々の隙間を縫うように馬を走らせている。精鋭だけあって馬では難しい道なき道も難なく通り抜けていく。
地図上で決めてあった最初の分かれ道で四隊に分かれて進む。
王立騎士団、聖騎士団第三部隊、同じく聖騎士団第二部隊、そしてベルシルク家騎士団。既に聖騎士のゴドファン率いる第三部隊は隊列を離れて別行動を取っている。続いて各三隊も別れて進むのだが、殿に近い場所で少し揉めている。
「だから、そちらの聖騎士であるラファイア・ベルシルク殿を連絡係としてベルシルク家騎士団へお貸し願いたいと何度も申し上げているが」
普段は口の悪いフィーランが騎士らしく礼儀正しい風情でカーティスに声をかけているのだ。その黒曜石の瞳を鋭くさせれば大抵の要求は通るのだが、カーティスも一筋縄ではいかない人物である。
「副隊長をわざわざ連絡係にする意味が分かりません。他の聖騎士をお貸しいたしますと何度言えばご理解頂けるのでしょうか」
貴族家の騎士団に聖騎士としては礼儀を尽くさねばならない。
カーティスは不本意そうに眉を寄せて言った。
バルシルク家騎士団は傭兵のような側面がある。だからヘルーシュ神の神殿に集う聖騎士団と任務を共にしたり、後方支援をしたりと交流は多い。だからフィーランもカーティスもお互い顔見知り以上に互いの素性を知っている。
そこへ新たな声が上がる。
「ラファイア殿は我が騎士団でお預かりしよう。元とは言え、聖女を最前線に立たせる訳にもいくまい」
そう、ランドハーゲス第二王子である。
こちらは王族だけあって、一番安全そうなルートを辿る。そして王族だけにその発言は重たい、はずなのだが、数多の戦禍を潜り抜けてきた歴戦の騎士には通じないらしい。
フィーランもカーティスも不敬に当たるくらいの形相でランドハーゲスを睨む。
「殿下は口出し無用。この件は聖騎士とベルシルクの問題です」
この時ばかりは声を揃えてフィーランとカーティスが一刀両断した。
「まあ、まあ。お二人とも、ご本人の意思を無視しては後で恨まれるかもしれません。ということで、ラファイア様、このままご自分の隊と同行されるか、我がベルシルク家騎士団に合流頂くか、まさかとは思いますがランドハーゲス殿下の隊に随行なさって殿下を護衛頂くか、ご希望はございますでしょうか」
ベルシルク家騎士団第一師団の紅い花と名高いハーパーが取りなすように顔を出す。師団長を務めていても貴族令嬢となんら変わらない柔らかな物腰が人気のハーパーだが、ベルシルク家の者は誰もが知っている。彼女を決して怒らせてはならないと。
一瞬の間の後、全員が揃ってラファイアに目を向ける。
「私はこの問答をすぐに終わらせ時間の無駄を省くことを希望します。それから皆様誤解のないようにして頂きたい。私はもう聖女ではありません。あれは神の勘違い、もしくは気まぐれというやつです。聖女としての期間はカウントされないと思って頂きたい。最後に、私はヴァンニ神殿の聖騎士で第二部隊所属ですから、カーティス隊長の指示に従うまで」
淡々と告げるラファイアにフィーランは上目遣いで、カーティスは痛ましそうに、ランドハーゲスは色気のこもった眼差しで、そしてハーパーは微笑みをたたえて応じる。
「ではこのままの隊列で問題なさそうですね。各隊、それぞれに速やかに出立をお願いいたします」
ラファイアはそう締めくくるとカーティスに黙礼して聖騎士隊の後に続いて馬を走らせる。
彼女に続いて、それぞれ言いたいことを飲み込んだような表情のまま出発する。
聖騎士隊が魔人の被害にあった村を通っていくと調査中の第一部隊の騎士に出会う。
「お待ちしておりました、カーティス隊長」
第一部隊の騎士ジャクソンが険しい顔で切り出す。
「何かあったのか」
カーティスも何かを察して表情を険しくする。
「隊長以下第一部隊の五名が連絡を断ちました。ここいる三名は第二部隊との連携を取るために残されました。後二名は神殿への連絡係として移動中です」
「連絡を断ったとされる根拠は」
「魔力残滓です。唐突に途切れました」
「ふむ。君は魔力を追えるのだな」
「はい」
カーティスは馬から降り、ジャクソンの案内に従い道なき道を進んでいく。それに続く第二部隊は辺りを警戒しながらも神妙な顔つきになっている。
「それで?」
カーティスが足を止める。
村からは適度に離れ、他に生き物の気配はない。複数の足跡はあるものの、木々が木陰を作り、野草が風に揺れている。静かに時が流れているような、そんな場所だ。
「それで、とは」
ジャクソンが眉を上げて問い返す。
「魔物がジャクソンのフリをしているのはなぜなのか、と聞いている」
カーティスの雰囲気が変わる。
最大限に自らの戦闘能力を瞬時に上げて構える。
「ふ、おかしなことを仰いますね」
ジャクソンだけではなく、残っていた残り二人の騎士たちの様相が変化する。
「魔物ではなく、私たちは神の創りたもうた最高傑作ですよ」
そう自信たっぷりに言うだけあり、華やかな見た目は神々や王族に近しいものがある上に溢れ出てくる魔力も相当な量だ。人間に扱える魔力の比ではない。
緊張感に包まれる中、ラファイアが一歩進み出る。
「ジャクソンは魔力探知だけでなく、勘に優れている。そんな彼が捕まるような愚を犯すとは思えないが彼をどこにやった?」
「まあ、人間にしては素早くて機転もきいていたようですが我々の敵ではない、とだけ教えてあげましょう」
余裕を見せながら魔人が答える。
「答える気はない、か」
「あなた達が私にかすり傷でも負わせられるのならば教えてあげてもいいでしょう」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる魔人にラファイアは思案顔を浮かべる。
「結構な自信だが、何か勘違いをしているようだ」
ラファイアを中心に第二部隊の聖騎士達が魔人三人を円形に囲むような配置につく。
「神が創りたもうたのは人間も同じってことだよ」
ラファイアが告げた瞬間、彼女は自分の魔力を解放し魔人を閉じ込める魔力の檻を練り上げる。それを補佐する聖騎士の結界と聖具による捕縛効果で魔人は息をするのも難しい状況に陥ってしまう。
「……まさか……こんなこと、が」
魔人達は膝をついて呻く。
「こちらにも人間離れした魔力の持ち主がいるんでね」
第二部隊で一番年長のアンドレアが魔人を見下ろしながら言った。
「人間離れしたって言い方、酷くないか」
ラファイア本人ではなくミレーネがツッコミを入れる。
「いや、副隊長のは実際人間離れしているでしょ」
ラファイアと同年のマーラーが彼女の左隣で言うと彼女の肘鉄が彼の脇腹に命中する。その彼女の右隣でカーティスが冷め冷めとした目で魔人を黙って見下ろしている。
「カーティス、彼らに言葉通りかすり傷を付けた方がいいですか」
隊長から副隊長に降格したラファイアはカーティスに対してきちんと敬語を使うようになっている。それに対してカーティスはいつも複雑そうな表情を浮かべる。今回もそんな顔を見せてながら一瞬間をおいて首を振った。
「圧迫を続けてくれ」
「承知」
ラファイアは一段と威力を増した己の魔力を魔人たちにぶつける。
本来、魔力は魔法に変換して使用する。純粋な魔力を力として応用できる者は少ない。生まれ持っている桁違いの魔力のお陰で彼女はこういった力技もできてしまうのだ。その魔力をいつもは秘密にしていたのだが、魔人との戦いにおいてそうも言っていられないと彼女は心を決めた。
彼女の成そうとしていることを思えば、その変化はあって然るべき。さらに彼女の吹っ切れたような行動力に周囲は戸惑うよりも興味津々なのである。
神への下剋上。
親しい人々には話をしているラファイアである。協力を仰がなければ成し遂げられない。理解を示してくれる人も難しい顔をする人もいた。
問題は聖女たちだ。
ラファイアが下剋上をしたいと公に表示したわけではない。まだごく一部の人にしか話していない。けれど。
最高神に捨てられた聖女がいる。その事実に今まで神の理解者たる地位を確保してきた聖女達が不安を覚え始めたのだ。加えて神殿も神に対して苦言を呈して良いものかと議論が湧き起こる。
唯一絶対の存在である神々に人間はどう対応すべきか。
神は人間をかくも簡単に捨てるのか。
人間の定規を当てはめられない神という存在への畏怖が少しずつ薄れていた時代であることも影響し、揺れ動く信仰に神は無言を貫いている。




