1 聖騎士ラファイア・ベルシルク
聖女編の続きになります。
風に揺らめく旗は栄えあるドロスマジン王国の王立騎士団の真紅、そして王族直轄の精鋭部隊である近衛騎士隊の証である鮮やかな青に金の紋が刺繍されている。そして、もう一つ。
聖騎士を多く輩出してきたベルシルク伯爵家の家紋が染め抜かれ、その旗の下に集う豪奢な刺繍のサーコートを纏った騎士たちはそのベルシルク伯爵の私兵であり、王都でも勇猛果敢で名高いベルシルク家騎士団である。
規則正しく隊列を組んだ騎士たちの先頭にはフィーランが涼しい顔をして馬上にいる。その内心がいかに怒りに染められていようとも、彼はベルシルク家騎士団を背負う騎士なのである。故に、常に冷静で礼儀正しい、はず。
「くそ、あのイカれ最高神、今度会ったら覚えてろよ」
例え、思っていることを少しボソボソ口に出していても、遠くから見ればなんとも見目麗しい妖艶な騎士なのである。
「ねえ、もういいから、それ」
隣でハーパー第一師団師団長が呆れたように言ったが、彼女も涼しげな表情を崩さない。
「お嬢様の無念は後で晴らすとしても、今は任務をこなさないと」
王立騎士団との任務に当たって、フィーランとハーパーは神の加護がないとされているバーザワール領の魔物討伐に出向いて成果を収め、その足で新しい任務の集合場所に向かったのだ。
この任務は各方面に秘匿され、しかも重要性が高く危険度も高いという。
フィーランは華々しい、けれど決して邪魔にはならない煌びやかな細工を施された甲冑を着込むドロスマジン王国の騎士団の指導者をチラリと伺う。
明るい金髪に新緑の瞳。色白の肌は貴婦人のもののようであり、顔の造作も繊細な細工を閉じ込めたような美しさを放つ。しかし、その体躯は鍛え抜かれた戦士のものであり、華奢な見た目に反して実用に十分耐えうる筋肉が付いている。
ランドハーゲス第二王子。
王子でありながら戦闘狂の様相を醸し出す御仁である。まだ学籍に身を置く若さながら、年季の入ったベテラン騎士をも震え上がらせる青年だ。
「緊急性のある任務のくせに呑気に任命式なんかやってていいのかよ」
フィーランがイライラと呟くとハーパーも頷いた。
「王子殿下がいらっしゃるから仕方がないと言えば仕方がないと思うけど」
王族というものは本人の意思に関わらず格式ばった儀式を重んじる。
本人の意思に関わらないというのは、ランドハーゲス第二王子もイライラとした表情を隠すことなく、出立を急ぎたい様子だったからだ。
任務の特性上、王都で儀式をするわけにもいかず任務地に近い場所で式を行なっている。
この任務は魔人という新たな魔物の出現により、村が一つ滅ぼされていることから始まっている。魔人は魔物よりも討伐が困難で、その目的も不明とされている。
ヘルーシュ神の神殿であるヴァンニ神殿の聖騎士たちがやっとの思いで一人の魔人を討伐し調査に出向いていたが、魔人が一人ではなく複数いること。人間を無惨に殺し、その恐怖や絶望を「神」へ捧げていることが分かった以外は謎が多い。
今のうちに討伐できるものなら討伐したい。そういう訳で騎士たちがここにいるのだが。
「来たか」
ランドハーゲス第二王子の口元がにやりと緩む。
その視線の先には軽やかな音を立てながらやって来た聖騎士たちの姿がある。
王立騎士団やベルシルク家騎士団とは全く様相を異にする騎士である。
くすんだ銀色の鎧は戦闘に慣れた騎士の証。サーコートはなく、甲冑に直接神殿のシンプルな紋が刻まれている。
戦の神ヘルーシュ神のヴァンニ神殿の聖騎士たちである。
第二部隊、第三部隊と連なって王立騎士団の隣に布陣し、ランドハーゲス第二王子に黙礼を捧げる。
第二部隊長カーティスの隣には凛とした美貌の副隊長が控えている。
「お嬢様」
フィーランが気遣うように彼女を見遣る。
第二部隊の副隊長として聖女から聖騎士へ復帰を果たしたラファイアは怪我人で部隊の再編成を余儀なくされた第二部隊に配属されたのだ。これには元聖女を戦闘に繰り出すなど罰当たりだという物議を醸し出したが、ヘルーシュ神の一声で鞘に収まった。
元々聖騎士として盤石の礎を築いていたラファイアである。実力もさることながらベルシルク家の子女であることも影響し、聖騎士に戻ってからは何の問題もない。
むしろ、第二部隊に入ったことで実力を遺憾無く発揮していると言ってもいいだろう。剣の腕はますます磨きがかかり、俊敏さも誰にも引けを取らない。更に堅物のカーティスの補佐として緩衝材の役目も果たしていることから、なくてはならない存在だと有り難がられている。
チラリ、とラファイアがランドハーゲス第二王子に視線をやる。彼はこれに応えて笑みを浮かべる。容姿が容姿だけに、見る者を蕩けさせて骨抜きにする王族特有の魅了の微笑みだ。だが興味なさそうにラファイアは視線を外してカーティスの後ろに移動した。
あからさまな拒否だが彼には意に介していない。
「これだよ」
フィーランが「はあぁぁ」と重苦しいため息をついた。
聖女ではなくなったラファイアに非公式にランドハーゲスが接触し、婚約を打診してきているのはベルシルク家騎士団では有名な話である。
いつもは堅苦しく礼儀に煩いはずのカーティスの表情が王子に敵意むき出しなのも珍しい。更に第三部隊隊長のゴドファンも穏やかなはずの表情を鋭くさせている。
この任務には色々難ありだな、とフィーランがラファイアを心配しながらも自分の隊に指示を出して整列させ出立準備をし始める。
第二王子に国王からの任務の書かれた書状と権利を表す剣が贈られて儀式は終了だ。
聖騎士たちが第二部隊、第三部隊と最初に出立し、続いて王立騎士団、そしてベルシルク家騎士団が続く。
こうして聖騎士としてのラファイアの再出発が始まった。