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第4章

寝ぼけた頭のまま、俺は布団の中でパニックを起こしていた。2つの衝撃的な現場に共通する忌まわしい香りが、部屋中に充満していたからだ。いくら警察官とはいえ、理屈を超えた恐怖には狼狽えずにはいられない。


この狂おしく甘い香りは何なのか。寝ぼけた脳が、現実と悪夢の境界を行き来する。慌てて身を起こし、周囲を見回して、とりあえず俺は生きていた。ただ確実に、この香りは俺を追い詰めていた。


混乱する頭を抱えながらも、次に俺が取った行動は電話だった。


「鹿取さん!鹿取さん、大変です!」


夜が明けて間もない時刻だというのに、俺は上司である鹿取さんに電話をかけた。普通なら非常識な時間帯の連絡だが、この状況ではそんなことを気にしている余裕はなかった。香りのことを伝えようにも言葉にしづらく、俺はただ必死で状況を訴えた。


電話の向こうで事情を聞き取った鹿取さんは、

「わかった、今すぐ行く」

と短く答えた。緊張感のこもった声が、いつもより低く響いた。


香りという伝えにくい情報を確かめるために、鹿取さんは車を飛ばして俺のアパートにやってきた。部屋に入った瞬間、甘い香りにウッと顔をしかめる。


「これは例の香りか……。確かに独特だな。男の一人暮らしの部屋には似合わない甘さだ」


鹿取さんはそう言いながら、慎重に部屋を見回した。そして何かを思い出したように口を開く。


「そうだ、香水はどうした?例の店で、お前が手に入れたあれだ」


俺は数時間前まで優香を思い出しながら眺めていた小瓶を手渡した。しかし、今はその小瓶を忌々しく感じていた。あの香水がこの状況と関係があるのではないかという嫌な予感が頭を離れない。


「証拠品でも何でもないが、とりあえずこれを預からせてもらう。この香りに何か関連があるかもしれないしな」


そう言いながら、鹿取さんは香水の瓶を慎重に手に取った。


「お前はまず落ち着いて、支度を済ませろ。香りを吸いすぎて頭がおかしくなる前にな」


部屋を去る鹿取さんを見送った後、俺は急いで窓を開け放った。外の冷たい空気が甘い香りを徐々に追い出し、少しずつ正気を取り戻していくのを感じた。自分の部屋がまるで事件現場のように思えて、息苦しさが増していたのだ。


出勤すると、鹿取さんはすでに俺を待っていた。何か進展があったのだろう。


「波左間氏の件で、ようやく手がかりが見つかった」

そう切り出した鹿取さんの声には、わずかな安堵が混じっているように思えた。


「現場には確かに証拠が残っていなかったが、ご遺体の洋服からかすかな指紋が見つかった。分析結果が出るのも時間の問題だ」


それを聞いて、俺の心にも少し光が差したような気がした。ただし、それが犯人の逮捕に直結するかはまだわからない。


「ただ、君が気になるのはむしろ、優香さんと今回の容疑者との関連だろう」


鹿取さんは俺の心を見透かすようにそう言い、少し間を置いて続けた。


「あの女性、板橋という名前だったな。君も名刺をもらったかもしれないが、彼女は双方の事件への関与を否定している」


板橋――あの調香師の名前を耳にすると、心の奥で何かがざわめいた。なぜ彼女がこんな事件に関わっているのか。頭の中でその答えを必死に探していると、鹿取さんが軽く肩を叩いてきた。


「お前は目の前の仕事をこなしつつ、続報を待て。それが今できることだ」


その言葉に従い、俺は机上に広がる書類に向き合った。しかし、気もそぞろな状態では仕事に集中できるはずもなかった。


夕方になり、ようやく事務作業を終えようとしていた頃、鹿取さんが再び俺の前に現れた。手には小さなピンクの封筒を持っている。


「香水専門店を調べていたら、こんなものが出てきた。棚板の裏側に目立たないように隠してあったんだ」


そう言いながら、封筒を俺に差し出す。その封筒には、俺の名前が書かれていた。


「お前宛だ」


短い言葉が、ずっしりと重く響いた。俺はその場で封を切ることができなかった。胸の奥に不安と恐怖が膨らむのを感じながら、それを鞄にしまい込んだ。


アパートに帰り着くと、まっすぐに封筒を取り出した。息を詰めながらそれを開き、中に書かれた内容を読んだ俺は、月の光すら差し込まない黒い空に向かって泣き叫んだ。


そこに記されていた言葉が、俺の全てを覆すものだった。


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