秋の薫
夏の暑さは、肌に焼きつくほど強烈になり、アスファルトの隙間から立ちのぼる陽炎は、まるで地面が揺れているように幻を見せる。午前8時、通勤の足を駅へと向けながら、微かに鼻先をかすめる潮の香りが、遠くの海を思い出させる。だがその中に混じる、ひんやりとした北風の気配。どこか懐かしい、秋の気配。あの季節が、すぐそこまで来ているのを肌が知っている。
ふいに胸の奥がきゅっと締めつけられる。あの、夏の少年少女時代――夕立のあと、まだ熱を帯びたアスファルトに寝転がって空を見上げた日々。甘酸っぱいラムネの味、冷たい水風船の感触、蝉の声にかき消された笑い声。すべてが一瞬でよみがえる。そして、それを追い払うように、夕暮れの空が真っ赤に燃え上がる。まるで一日の終わりを惜しむように、焦げるような朱色で街を染めていく。そんな秋の夕陽には、言葉にできない寂しさがある。
季節の変わり目は、見慣れた風景を容赦なく塗り替えていく。何気なく通り過ぎていた街路樹の葉が、昨日まで深い緑だったはずなのに、今日は色彩がすこし抜け落ちて、セピア色に沈んで見える。心の奥底で「まだそんな時期じゃない」と否定しながらも、遠くの空き地に白く揺れる薄が、幻のように見えた気がした。
それは現実か、記憶か。あるいは、季節の移ろいが見せる夢の断片か――。空の色も、空気の匂いも、まるで感情を持って語りかけてくるように、今日という一日を鮮やかに染め上げていく。