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狼の山荘  作者: 東雄
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人狼・襲撃

 結局、私は、その後うまく眠れなかった。慣れない部屋で過ごすには、ストレスが多すぎる。果たして人狼は誰か、裏切り者は、誰か、頭の中をいろいろなワードが入り乱れて、収拾がつかなくなってきたのだ。結局一回目では有効なヒントは少ない。二回目の発言を聞いて、一回目の発言と突き合わせて考えるしかない。ただ発言の多さは、紺野、藍田、灰田が多く、続いて緑川、茶川の順になろうか。青木さんは発言しているようだが、茶川君に挑発されたからともいえる。赤城、白田は、まあ中間か、口数が少ないのは私、桃井、金井だろう。人は嘘をつくと口数が多くなると言うが本当だろうか、むしろ口数を少なくして矛盾点を突かれないという作戦もありだろう。だが、まずは今日、襲撃されたのは誰か。


 私はカーテンを開けて、外を眺めた。するとかなり太い氷柱が何本も下がっている。これは、かなりの寒さだろう。電気が通っていてよかった。夜はまだ暗いが、徐々に木々が陽に輝き始めている。眠い頭を呼び覚まそうとして私は窓を開いた。すると一気に寒風が顔に吹き付ける。顔に痛いほどの寒さを感じ、思わず肩をすくめた。息を吐くと、真っ白な息吹が空間に吐き出された。寒いが新鮮な空気だ。樹々が白い衣を纏って凛として聳えている。暮らすには確かに大変だろうが。ほぼ自然を駆逐した東京の暮らしが如何に人間らしくないのが感じられる。ふと故郷の北国の街を思った。縁者が居なくなったふるさとに、もう帰ることも無かろう。私は多分孤独に死ぬだろう。それがいつか分からないが、だがゲームに勝って三億得たら変わるだろうか、三億は大金だが、まだ四十代の身では遊んで暮らせる額ではない。私は一人苦笑いをした。まったく取らぬ狸だ。私は窓を閉め、ドアを開けた。すると茶川君が歩いているので声をかけた。


「おはよう」と声を掛けた。

「うっす」と低く答えた。こいつほんとに無礼だな。まあ答えるだけましか。


 茶川君がドアを開けてホールに入るのに続いた。するとすでにスクリーンの前にはひとだかりができていた。何かざわざわしている。

 私は、前に出て、それを覗くと、すぐに、え、と驚いた。人狼に襲撃された者は、はっきりと大文字で藍田八郎の文字が記されていたのだ。藍田さんが襲われた! これには驚いた。

そして何故か文字の下に一枚の画像が映っている。赤い着物を着た、ツインテールの女の子の写真だ。多分綿菓子を右手に持っているから、夏祭りの夜の写真だろう。何故、こんなものが映っているのか、私はその写真を見るうち、ふと、この女の子はどこかで見たことがあると思った。はて何処だったか。しかし、とにかく藍田さんが襲われた、占い師と言った二人が消えたのだ。これは意外だ。襲撃されたからには藍田さんは人間に違いない。果たして占い師かどうかは分からない。


「通常の人狼では、襲撃された者の能力が分かるルールもあるんですが、今回は分かりませんね」と緑川さんが冷静に言った。

「そうなんですか、それが分かれば良いんですけどね」

 私の言葉に緑川さんは苦笑した。

「そう簡単に三億は渡さないということですね」

 パソコンを操作する結城さんに灰田さんが聞いた。

「あの画像は何ですか?」

 結城さんは相変わらずの無表情で答えた。

「私は、指図されて行っているだけです。画像の意味は知りません」

「誰に指図をされたんですか?」

「お答えできません。不審であれば、ゲームを降りてもらって結構ですが」

 これを言われると逆らえない。結局灰田さんは引き下がった。

それ以上追及するものは無かった。それにしても、前回、火花を散らした両人が消えた。さて今回の話し合いはどうなるか、それにしても藍田、紺野両人はここに居ない。部屋にいるのか、紺野さんはともかく藍田さんは確かめに来るはず。やはり疲れが出ているのか、それにしてもあの画像は何だろう、何のために写したのかさっぱりわからない。それとも意味の分かる人はいるのだろうか。

 しばらくして朝食の時間になった。空いた二つの白い席が妙に空虚に見えた。これはつまり脱落者はここで食事をとれないということか。するとこれから確実に減ってゆく。


 そうして、時間は九時に近くなった。私は、こっそり部屋を出ると、ホールに出た。この時間、ホールに居る人はいなかった。

 この蘇芳色に染められたホールは居心地が良くない。窓が無い分閉塞感を感じ、何よりテーブルの女神像が、いつも我々を監視しているように感じるのだ。だが実際は、複数の防犯カメラがホールにある。各部屋の出入り口はこのホールを通る。特に管理人室の出入りは厳重だろう。そのカメラのコントロール室から我々は見張られているのだ。これは本当に気持ち悪いが、仕方無いだろう。なにしろ我々は観光客ではない、三億を賭けたゲームを行っているのだ。多分、結城さんに接触する人間などをチェックするのだろう。ただ仲間を作ってはいけないとは言われていない。


 そして私は女性陣の部屋があるドアを開けると、一番近いNO1のインターフォンを鳴らし、黒田ですと答えた。すばやくドアが開かれ、私は部屋に入り込んだ。見事に誰にも見られなかった。

 緑川さんが、ピンクのふわふわのセーターにジーンズという格好で迎えてくれた。まあ、四十男の私は、異性の部類に入らないのだろう。私も、もう恋愛には遠いことになっている。


 緑川さんはベッドの端に座って、

「まあ、座って」と言った。私は、多少緊張して椅子に座った。異性と居るからではない、話をどう切り出そうか迷ったのだ。

「それで、何の話ですか?」と緑川さんがまっすぐの瞳で見る。

さすがに胸が高鳴る。これほどの美女と差し向かいで、ふたりっきりで話すことなど、めったにあるもんではない。だが、時間が無い。

「単刀直入に言います。チームを組みませんか」

「つまり、ぐる?」と緑川さんは首を傾げる。

「そうです」

「組んで、何をするんですか」

「誰を追放するか決めるんです」

 緑川さんはじっと私を見た。

「いいんですか、私人狼かもしれないですよ」

 緑川さんは、切れ長の目で私をじっと見つめたままだ、これは何を意味する。瞳の奥に、何かを隠しているか。

「ええ、分かっています。しかし、ここで拒否したら、それも怪しくなる」

 すこし意地悪だが、これも心理戦だ。


「では、投票は、人狼、あるいは裏切りもの、異常者を推理して追放するんですね」

「ええ、今青木さんが動いています。まずは四票固めます。私は四票が集まるなら、やってみても良いんじゃないかと思っています」

 それを聞いた緑川さんがゆっくり言った。

「まずは、人狼ですね。その次は裏切り者、異常者」

「異常者の行動がさっぱり読めない。何か考えはありますか」

「人狼は、話してゆくと絞り込める率が高い。また裏切り者は人狼がはっきりしてくると、どこかで人狼の味方をしているはずです。しかし、異常者は、全部の敵ですから、読みにくい、しかし」

「しかし?」

「異常者が、皆が思うほど狡猾に動けるとは思えない」

「何故?」

「異常者は、全部の敵なんですよ、案外、簡単にぼろをだすかもしれない。行動が一貫しないひとを探せば良いんじゃないかな」

「なるほど、異常者は属するものが無い。人狼についたり、人間についたりしなければならないから、そのひとつひとつが首尾一貫することは不可能かもしれない」

「それが出来たら、天才だわ」


 なるほどな、人数が少なくなれば、意見も思い出しやすい。

「でも人狼を引き入れてしまったら、どうするんですか」

 これは自分が人狼ではないことを前提として緑川さんは言っている。それを承知で私は言った。

「たぶん、人狼は仲間のことを他の人狼に話すでしょう。しかし初めのうちは露骨には反対しない。なんせ四票は大きいです。初めのうちは絶対に合わせてくる。私たちを潰す行為に出た時は人数が少なくなった時です。ここから五分の闘いです。私達を潰す行為に出た中に人狼はいる。と言えるでしょう」

 緑川さんは反論した。

「いや、初めに潰そうとするのではないですか」

「んー、そうですか?」

 私は一応そう言ったが、絶対の自信を持っているわけではない。緑川さんは黙って考え込み言った。

「考えさせてください」

 私は頷いた。

「とにかく、賛成してくれるのなら昼休みに教えてください」


 緑川さんはちょっと俯きかげんに言った。うなじが美しい。

「もう少し待ってください」

 まあ、即断はできないだろう。

「はい、後で」と私は言って、部屋を出ようとしたが、緑川さんが「待って」と言うとそっとドアを開けた。そして廊下の様子を伺った。すると、

「赤城さんが来ます」と言ってドアを閉めた。

「こっちに来ますかね?」

「さあ、分かりません」

 するとインターフォンが鳴らされた。

「ベッドの下に!」すばやく緑川さんが指示する。私は大急ぎでベッドの下に潜り込んだ。

「はい」と緑川さんが答えた。すると、

「赤城です」との声がした。

「少し待ってください」

 緑川さんは一呼吸置いて、ドアを開けた。

 

私はベッドの下で息をひそめた。どうやら赤城さんらしき人間が部屋に入ったようだ。声が聞こえた。

「赤城さん、どうしました」と緑川さんが言った。

「ええ、ちょっと相談があって」と赤城さんが答える。

「何ですか」

「……」

 躊躇しているようだ。これは、まさか。

「あのね、私達組まない」

 やっぱりそうか。緑川さんは人気があるな。

「それは……」

 こいつは、複雑だな。グループ作りは、私達の専売特許ではないということだ。ただ人選が被った。偶然とは言え、これはラッキーかもしれない。赤城さんは、タッチの差で私の後に来た。この時点で赤城さんが仲間を作ろうとしていることを私は知っているが、赤城さんは私が緑川さんに同じことを持ちかけたことを知らない。だが緑川さんが喋れば、この優位はなくなるが。

「組んで、どうするんですか」と平然と聞く緑川さん。かなりの狸だ。だがこっちはベッドの下で緊張する。どう出る、緑川さん。

「投票する人を決めましょう」と赤城さんはやっぱり同じことを持ちかける。

「何を投票に?」と分かり切ったことを聞く緑川さん。

「とりあえず、人狼っぽい人を選ぶ。裏切り者は人狼だよりだから、まず人狼を追放すればいい」と赤城さんが答える。

 赤城さん、考えているな、優先順位を付けた訳だ。これは参考になる。しかし、ベッドの下は冷たい。

「仲間は金井さんですか」

「ええ、初めの投票で紺野さんを選んでいたから」

「なるほど、それで私」


 やはり女性は同じ意見を持つ人と固まりやすいのか、いや偏見か、これは。とりあえず、緑川さんは即答しないだろう。

「人狼かもしれないですよ、私」と緑川さんが聞くと、

「その時は、多分仲間に入って、私達を逆に説得してくるはずと金井さんが言っていました」と赤城さんが答えた。

「どういうこと」

「人狼が仲間に入ることを承諾するのは、人狼は人間を味方にして勝つつもりの場合だと金井さんが話していました」

「なるほど、お金ね」

「ええ」


 こいつは驚きだ、人狼は身分を明かして人間を抱き込み、勝利した後、金を分配すると金井さんは言っているわけだ。良い作戦だ。人間を抱き込んでいれば、人狼と人間の連携で、邪魔な人間を追放する。人狼一人勝ちにはならない。ここで私がいるから、緑川さんはすぐ返答しない。心理戦だ。どう出る緑川さん。

「金井さんと直接話したい。だから後で」

 返答を引き延ばした。そして私にも、金井さんとの話によっては私を切る可能性も示唆した。緑川さん狡猾な人だな、人狼か。それにしても、めまぐるしく局面が変わる。あといったい何人の狸が、いるか、そして人狼は? 

「考えてみます」と緑川さんは言った。女性陣はお互いに比較的自由に行き来できる。ベッドの下で私は、これは簡単にはいかないぞと思った。すると赤城さんが部屋を出た気配がした。

「黒田さん、もういいですよ」

 緑川さんの言葉で私は這い出た。

「まあ、複雑な展開ですね」としか言いようのない私だった。

「ええ、まあ…」

 美女の薄笑いをして緑川さんが見る。この人、何を考えている。

そして、どうする。とりあえず私は自分の考えをまとめたかった。

「もう、出られます」と緑川さんに言われ、私は部屋を出た。

 出るとき、緑川さんはにやりと笑ったような気がする。

 

 私は自動販売機でコーヒーを買った。考えて見れば、ただでコーヒーをくれればいいのにと思ったが、まあ百万貰っているから良いか。

 私は息苦しいホールを避け、玄関から外に出た。

 外は銀色の林が連なり、遠く微かに山並みが見えた。そのなだらかな山並みの上に太陽が冬の青空のなか煌めいている。昨日の大雪が嘘のように空は青に輝き渡っている。私はスキーはやったことが無いが、スキー場があったら、絶好のコンデションだろう。一瞬、陰険なゲームを忘れさせる風景だ。

「いい天気ですね」と声を掛けられ、振り向くと白田君が立っていた。歯が真っ白だ。本当に絵にかいたような好青年だが、彼も三億を狙う人間だ。好青年を演じていると言って間違いないが。まったくその要素が無いかと言われれば、そうでもないと言う気がする。

「白田君、公務員って言ったけど、実際、何? まさか警察じゃあないよね」

 白田君は頭を掻いた。

「実は……検察事務官なんです」

 こいつは驚きだ。まさか検察から来るとは。

「いいの、こんなことして」

「もちろん、内緒ですが」

「よく休暇とれたね」

「まあ、年休は溜まっていますから、割と簡単に取れましたね」

 どうやら、このゲームを行っている組織は並みの組織力では無いなと思った。国の機関にまで影響を持っている。

 私はちょっと試したくなった。

「君、人狼かい?」 

「え、いや違いますよ」


 私は人間かとは聞かなかった。人間ならば人狼でないと明快に言えるが、人狼ならば嘘を吐くことになる。嘘は体に出るとメディアにはよく言われる。人間ならば嘘ではないのだが、さてこの「違う」はどうだったか。正直言うと彼はシロだと思うがどうだろう。

「黒田さんこそ人狼では無いですか?」と白田君が聞いて来た。私は明快に「違う」と言った。

 白田君はぼりぼり髪を掻く。

「実を言うと、僕は生き残れる自信が無いですよ。単純だし、芝居は苦手だし」

 じゃ何で来たんだ。という話だ。が、調子を合わせる。白田君も心理戦を仕掛けているのかもしれない。

「いや、世の中、多かれ少なかれ、皆、嘘を吐いて生きている」

「そ、そうですね」

 白田君がそう答えた時だった。青木さんが入口から顔を出して言った。

「何か、あったみたいですよ」

 白田君が訝し気に聞いた。

「何か?」

「藍田さんの部屋の前に皆集まっています」

 襲撃された藍田さんか、私はちょっと嫌な予感がした。

 私達三人は黙って藍田さんの部屋に向かった。嫌でも、あのふらふらした老人の姿が頭に浮かぶ。


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