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狼の山荘  作者: 東雄
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追放者決定

 司会の灰田さんが皆を見回した。

「時間がありません。最後に意見のある人は話してはどうですか」

 反対する者はいない。すると、灰田さんが言った。

「では、私から、私は紺野さん、あるいは藍田さんのどちらかに投票します。お二人の内どちらかが、嘘を吐いているわけですから、どちらかが人狼の可能性が高い」

 シンプルだが、筋は通っている。次に発言したのは、緑川さんだ。

「すいません、投票に迷っています。しかし、必ず投票はします」

 白田君が腕を組みながら言った。

「藍田さん、紺野さん、確かに二人に理がある。それは認めます。ただ、どちらを信じるかと言われると……」

 空気が藍田対紺野になってしまっている。やむおえない状況か。

「藍田さんに聞きます」と言ったのは赤城さんだ。藍田さんは赤城さんを見つめて言った。

「何じゃ」

「藍田さんは、初めは、占い師のことを言うつもりは無かったんですか」

「そうだ」

「何故ですか?」

 なるほど、確かに藍田さんは占い師は簡単に排除できないと言った。ならば、真っ先に言うはず。すると目を剥いて藍田さんが反論する。

「占い師は、占って初めて認めてもらえる。占いが先で、告白はその後にすべきだ。これが儂の考えだ」

 赤城さんは、さらに聞いた。

「でも、初めに追放されたら、困るんじゃないですか」

 藍田さんはやや声を落として言った。

「まだ、追放される確率は十一分の一だ。今は言うべきではないと思ったからだ。初めから言ったら、人狼は儂を狙うだろう。騎士が守ってくれる確率も百ではない。だから実際占ってから言うべきなんだ」

「だったら、黙っていたら良かったんじゃないですか」と赤城さんが疑問を呈するが、

「儂が黙っていたら、紺野さんが占い師になる!」と一喝した藍田さん。赤城さんは「うーん」と唸って黙った。


 すると灰田さんが聞いた。

「藍田さん、さきほど、初めから占い師が最初から言うメリットを言ったじゃないですか。矛盾していませんか」

 藍田さんが目をぎらつかせる。

「だから! あれは理屈にすぎん。あそこまで読んだとしても、まだ最初の最初だ。どう展開するか分からん。これは将棋ではない。だから本当の占い師の儂は様子見したんだ。理屈をこねて、自分を守ろうとするのは人狼だ」

 まあ、言い方はともあれ説得力がある、灰田さんも試したのだろう。じいさん呆けてないな。だが、これで紺野派と藍田派に分かれることになるかもしれない。占い師ががぜん重要になってきた。人間には貴重な味方、人狼にも実は守りたい存在になってきた。

「俺は、まだ、どっちとも決められねえ、だから違う人間を吊る」とにやけながら茶川君が言った。相変わらず吊るという単語を発している。だが言葉は案外慎重だ。

 青木さんは茶川君を睨んでいる。茶川君が自分を追放しようとしている、そう感じているのだろう。

「私も、紺野さん、藍田さん、どちらも言い分があるから、決められない」と青木さんが言ったが、別に、紺野、藍田どちらかを追放するか決めなくて良いのだが、空気がそうなっている。

「私は、迷っています」とだけ言ったのは金井さん。

「私もです。こういうの弱くて」と言ったのは桃井さんだが、弱くて、どうして参加した?


 私は手を挙げた。

「私は、迷っていますが、結局、紺野さん、藍田さん、どちらかにします」

 私も場の雰囲気に飲まれたが、では他に選択肢はあったか。

 すると紺野さんがきっと前を見て言った。

「私は決まっています」

 誰にと聞くまでも無いだろう。

 灰田さんが皆を見回して言った。

「もう時間です。意見のある方居ますか」

 皆、黙った。場にピーンと張りつめた緊張感が走る。今、午後九時十分前。

「皆さん、時間がありません。投票に入りませんか」と灰田さんが言うと、皆一様に顔が硬くなったが、誰も反対しない。私は胸の鼓動が速くなってくるのを感じた。

「指をさすカウントは結城さんが言ってください」と灰田さんが結城さんに頼んだ。

 結城さんは頷いた。そして、時計を見上げる。五分前だ。結城さんは皆を見回すと言った。

「よろしいですか?」

 皆無言で頷いた。私は急いでノートを書く用意をした。さて最初に三億から見放されるのはいったい誰か?


「では、数えます。ファイブ、フォー、スリー、ツー、ワン、ゼロ!」

 皆、一斉に手を挙げた。ふと青木さんの顔を見ると、顔をこわばらせ、目をぎらつかせている。

「では、五十音順に聞きます。藍田さんは誰を指していますか」

「紺野さんじゃ!」

 さんづけをするだけ、まだましかというほど藍田さんの口調はきつい。藍田さんの次は青木さんだ。青木さんは即座に言った。

「茶川君!」とこれもきつい口調だ。青木さん。マジすぎる。

次の赤城さんは「紺野さん」

金井さんは「紺野さん」

私は「藍田さん」結局、私はあくまで冷静に見える紺野さんをとった。際どい勝負だが、藍田さんは後出しジャンケンだ。と思うが、そんなに自信は無い。

紺野さんは「藍田さん」。

茶川君は「美人のお姉さん、緑川さんっていったけ、その人」とぶっきらぼうに言った。普通に言え。が、緑川さんは意外だ。

白田君は「紺野さん」

灰田さんは「藍田さん」

緑川さんは「紺野さん」

桃井さんは「藍田さん」


 誰が、誰かを指したか、かろうじて書けた。青木さん、茶川君以外、紺野さんか藍田さんだ。青木さんは分かりやすいが茶川君の緑川さんは何を考えているのか分からない。茶川君は青木さんをさんざん挑発しておいてのこの投票は何だろう。投票は茶川君一票、緑川さん一票、藍田さん四票、紺野さん五票。よって追放は紺野さんに決まった。


 思わず私はテミスの女神像を見た。女神の見えざる目が見ている。これは正しい選択だったのだろうか、できれば答えて欲しいが女神は黙って、秤と剣を掲げているだけだ。

 紺野さんは唇を噛みしめていた。四対五は僅差だ。どっちに転がってもおかしくは無かったと言える。多分十分な確信を持って、紺野さんを選んだ人は少ないだろう。私もそうだ。誰か一人は選ばねばならないから、やむなく選んだ。だがこれが、これからの対戦で、どう変わってゆくか。

 結城さんが声を発した。

「では、紺野さん、追放です」

 その声はあくまで無機質だった。

「分かりました」と紺野さんは擦れた声で言った。この選択は吉とでるか凶とでるか神のみぞ知る。そして仮に紺野さんが人狼としても、あと一人残っている。誰かが今晩必ず襲撃される。

 紺野さんは黙って、立ち上がると、玄関に通じるドアに向かって歩き、ドアの向こうに消えた。


 私はフーとため息を吐いた。

 だが、これから、二時間後襲撃の時間になる。また一人消えることになるかもしれない。何かどっと疲れたが、果たして今晩眠れるか分からない。皆、ぐったりとした顔で座っている。だが、隣を見ると青木さんが憤然としている。

「黒田さん」と私に声を掛けて来た。言いたいことは分かる。

「紺野さん追放でよかったんですかね」

 私も分からないがら適当に答えた。

「空気がね、藍田さんか紺野さんかになっていたでしょう」

「そうですかね」


 空気を読まない人は必ず存在するということだ。皆が皆空気を読むとは限らない。青木さんは続けた。

「でも裏切り者はいやですね、一番面倒だし、結局人狼の味方なんでしょうが、人間だし」

 まあ同意する。

「場合によっては、人狼からも狙われる」

「どういうことですか」

「つまり人狼は分け前をやりたくない」

「なるほど、あんまり良い役割では無いですね。いったい誰でしょうね」

 すると座っていた藍田さんがボソッっと言った。

「いずれ占いで出る」

 青木さんがうんうんと頷いた。

「そうですよね」

 私は、何かちょっとひっかかった。何だろう。すると青木さんは続けた。

「占い師はどっちかだったんでしょうか」

「さあ、分かりません」

「でも、占い師は騎士が守ってくれるから良いですよね」

 するとぎょろりと目を剥いて藍田さんが言った。

「騎士は二度同じ人間は守れない」


 すると隣の緑川さんが立って左手のドアに入り、すぐに紙カップを持って出て来た。

「それは何?」と私が聞くと、

「コーヒーです」と緑川さんは答えた。

「コーヒーがあるんですか」

「ええ、自動販売機があります」

「では、私もコーヒーを」と私は席を立った。それを見た青木さんもついて来た。基本的に一人になるのが嫌なんだろう。だが、後の人はようやく座席から離れ始めていた。

 だが、ドアを開けて、自動販売機に向かった時、青木さんが囁いた。

「仲間を作りませんか?」

 なるほど、グループか、確かにありだが、人狼をグループに入れたらどうなる?

「いいんですか、私が人狼という可能性ありますよ」

 青木さんは真面目な顔をして言った。

「いいんですよ、仲間にすれば、かえって見張りやすい」

 なるほど、人狼の行動を見極められるか。青木さんも案外考えている。グループもありかな。しかし、

「二人じゃしょうがないですよ。それに私が襲撃されるかもしれないし、青木さんが襲撃されることもある」

 青木さんは言った。

「その時は、仕方が無い。もしお互い生き残ったらという前提で、緑川さんを説得してくださいよ。私は金井さんか、桃井さんを説得します」

「女性ばかりですね」

「このゲーム、女性が多いんですよ。女を味方にしないと」


 青木さん考えたな。多分自分が茶川君とのバトルでポイントを落としているのを感じているのかもしれない。それにゲームに参加する以上、何かやらなければと考えているのだろう。また、確かに次の回はもっと厳しくなるから、グループ作りは良いかもしれない。

「それで、グループを作って、どうするんですか」

「もちろん、投票する人間を決めるんですよ。四票固めれば大きい」

 まあ、そうだろう。グループ内で見張れば人狼も自由にできない。とにかく、今日の夜から明日の話し合いまで時間があり過ぎる。これを漫然としていたら負ける。今晩、襲撃されたら終わりだが。

 席に戻ると、青木さんは男性陣のドアに向かった。緑川さんと茶川君が座っている。茶川君は携帯をいじっている。チャンスだ。

「緑川さん」と私は声を掛けた。

 見上げる緑川さんに素早く、ペーパーを渡す。緑川さんは怪訝そうにそれを見たが、少し考えて、OKと指で示した。よし。


 ペーパーには「明日九時に伺いますが、良いですか」と書いたのだ。これは反則ではない。他にも声を掛けようと思ったが、止めた。明日には人数は九人になっているかもしれないから、四人を固めれば、これは大きい、まずは一人を確保するべきだと思った。緑川さんは黙ってコーヒーを飲み干して、席を立つと左側のドアに消えた。

 時刻は九時四〇分。

 見回すと、茶川君が相変わらず、携帯をいじっている。こいつ何を考えている? 私は声を掛けてみた。

「君さ、なんで、青木さん挑発するわけ」

 茶川君は携帯を弄りながら答えた。

「別に、あのおっさん単純そうだし、って言う訳ないじゃん」

「何? どういうこと?」

「あんたさ、あの人と仲いいみたいけど、知らねえぞ」

「どういうことだ?」

「あんた、今俺等何やっていると思っている?」

「ゲームだろ」

「三億円のな。こんな得体のしれないものに関わる奴に、油断してどうする」

「……」

「まあ、誰を信じるかは、おっさんの自由だけどな」

 確かに彼は正しい。私は無言で彼に背を向けた。すると「ばーん」と声がした。振り返ると茶川君が笑いながら指を向けていた。こいつ、と思ったが、背を向けた私が悪い。用心しよう。


そして疑心暗鬼の中で人狼の夜がやってきた。

私は、部屋に入ると、ノートに目をとおす。いろいろあるが、やはり重要なのは誰が誰を追放としたかだ。


藍田→(紺野)続けて青木→(茶川)、赤城→(紺野)、金井→(紺野)、黒田→(藍田)、紺野→(藍田)、茶川→(緑川)、白田→(紺野)、灰田→(藍田)、緑川→(紺野)、桃井→(藍田)


 青木さんか茶川君が紺野と指したら同点だったわけだ。際どい勝負だったのだ。人狼同士はお互いを知っていることを前提にしたら、二人がぐるということは無い。どちらかが人狼の可能性はある。また緑川さんに票が入っていること、よりよって茶川君が緑川さんとは意外だ。青木さんの提案に乗るなら同じ意見を持ったものを仲間に引き入れた方が良いと思うが、どうだろう。

 時間は十時四十五分。占い師と騎士が動くころだ。そして人狼も。

この部屋にはテレビもラジオも無い。電話、ネットができない。ほぼ外の情報が遮断されてしまった。私たちは孤絶したのだ。そして異常な状況で異常なことを行っているのだ。私たちは。

窓の外は白銀の林が連なって、ときおり風に白い雪が舞う厳寒の光景が広がっている。不気味に静かな部屋の中、息の音が聞こえるような静けさの風景に暖房はきいているのだが、冬の凍り付くような寒さを私は感じていた。

 


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