追放の夜・第一夜
その日の夜、六時半の夕食に全員集まった。
「あそこには厨房があるんですか?」と私は女性側の部屋を指して、隣の緑川さんに聞いた。結局座席の配列は、朝と同じになったのだ。私は結城さんの机に背を向けた形になる、右隣りは青木さん、左に緑川さん、その隣には、灰田さん、藍田さん、桃井さん、茶川君、白田君、紺野さん、赤城さん、金井さん、となる
「ええ、ドアを開けると、すぐに厨房と書いた部屋があります」
「従業員は、あの人たちだけではありませんよね」
「正確には分かりませんが、何人かいるようです」
なるほど彼らは表玄関を使用しているのでは無いなと思った。
従業員と私たちの接触は最低限にしている。何にしてもこれだけのものを人里離れた地に作るW財団とはいったい何者なのか? と考えても仕方ないが。
ホールに取り付けられた時計は七時三十分を指していた。これから一時間三十分で投票だ。すると灰田さんが皆を見回して言った。
「あと一時間三十分、このまま話し合いに入りませんか、すこし長いようですが、解散すると、時間がもったいない」
白田君も大きく頷いて手を挙げた。
「もっともです。私は賛成です、しかし私は人狼ゲームが初めてなので戸惑っていますが、とにかく始めましょう」
自然の流れだ。誰も反対は無かった。が、場に緊張感が走った。
さっそくノートを取り出す人が何人かいた。緑川さんも桜をあしらった、薄いピンクのノートを取り出していた。青木さんは出さない。私はノートを出したが、議事録は取らない。気になる言葉をすばやく書くだけだ。こういう会議は。参加者が議事録を取っていると、結局、取ることが目的になって、意見を言うことが出来なくなる。書記がいればなと思うが、これも自己責任か
だが、私は初心者なのでいったいどうすれば、人狼をあぶりだせるのか分からない。なので、私は手を挙げて聞いて見た。
「皆さんで、人狼ゲームをしたことがあるという方、答えられたら答えてください」
これで、果たして名乗りでるだろうか。すると緑川さん、灰田さん、茶川君が手を挙げた。これが嘘か本当か分からない。また経験者なのに黙っている者もいるかもしれない。
すると、老年の藍田さんが重々しく聞いた。
「経験者に聞きたいが、私が考えるに、一回目は、情報が少なすぎる、あてずっぽうになるのではないか」
もっともだ。すると主婦の桃井さんが手を挙げて言った。
「そうですよ、誰が、どういう人か分からないのに、難しいです」
桃井さんが当惑しているのは分かる。すると灰田さんが提案した。
「まずは、自分が何であるか申告してもらいましょう。その様子を見る」
なるほど、観察か良いだろう。ノートに①観察と書く。多分皆、人間だと言うだろうが、人狼二人は嘘を吐き、正体を隠す。そう言えば人狼はすでにお互いを知っているはずだ。投票行動の相談ができていると見ていいだろう。裏切り者、異常者も嘘を吐く。人間は嘘をつくとき、平常ではいられない。だがそれを見る人間にも判断力が要求される。三億がかかっているのだ。皆必死に嘘をつき、必死に見破ろうとするだろう。真剣勝負だ。
「では、五十音順に言いましょう」と灰田さんが落ち着いて言ったすると。
「儂は人間だ」と藍田さんが重々しく言った。やや声が大きいか。
「私は人間です。神に誓って。私はクリスチャンです。嘘は言いません」と青木さん、神を持ち出した。
「私も人間です」と赤城さん、眼鏡を掛けなおした私も、か。
「私も人間です」と金井さん、早口だ。
「私は人間です」と私はゆっくりと言った。
「私は人間です」と紺野さん、若いのに嫌に落ち着いているな、初心者と言っていたのに。
「俺は人間だよ」と横柄に茶川君、俺は、か。
「僕は人間です。本当です」と手を挙げて白田君、念を押したな。
「私は人間です」と灰田さん。
「私は人間です」と美女の緑川さんが手を挙げて言った。
「私も人間です」と桃井さん。やや早口だ。これは癖か、あわてているのか。
さて、皆の顔はどうだったか、表情から見ると、緊張しているのは桃井さん、赤城さんか。落ち着いて見えるのは灰田さん、緑川さんか。藍田さんは、もともと怖い。私は自分に、そんなに自信があるわけではない。顔はどうだった。口調は固いか、普通か。さて皆、どうとったか。
ここに二人の嘘つきが居る。そして二人はお互いを知っている。すると藍田さんが言った。
「儂は年寄りだから、記憶力が衰えておる。だから、もう一遍確かめたいことがある」と藍田さんが言った。
「記憶があいまいなら、はやく脱落すれば」と茶川君が言い放った。
これは無礼だ。すると、
「君、失礼だろう」と青木さんが怒ったようだ。ほんとうにクリスチャンか。メモに「青木・真面目か?」と書く
「ふん、俺等は皆敵だ。忘れない方がいいぜ」と平然と言う茶川君、まあ、正論だが。嫌われたら追放される可能性が高い。すると、すかさず茶川君が言った。こいつはふてぶてしいが、狡猾とメモしよう。
「あんたら、俺を追放したら後悔するぞ」
青木さんが目を見張る。
「どういう意味だ?」
「だから、後悔するって」
この茶川君の言葉で一時膠着した。しばらくして言ったのは灰田さんだ。
「茶川君、能力持ち?」
「さあね」と茶川君。
こいつは、すでに心理戦に入っている。だが藍田さんが割って入った
「それだ、その能力だ。儂は年寄りだ。いまいち分からん。誰か説明してくれんか」
皆、黙った。これは説明すべきか、否か。必ずしも説明しなくてもいいのだが、一方、スクリーンに能力説明は無かった。だから共通理解は必要だ。すると灰田さんが言った。
「では、私が説明します。間違いがあれば訂正してください」
灰田さんはバッグから青色のルーズリーフを出して開いた。さすが探偵、そしてこれで能力についての共通理解ができるわけだ。私はノートに②灰田能力説明、理性的と記した。
「能力と言うのは、人間の中でまず占い師がいます。占い師は夜に一人を人狼か人間かを知ることが出来ます」
藍田さんはうんと頷いた。次に騎士ですが、説明しますか」
藍田さんは黙って頷いた。灰田さんが続ける。
「また騎士は夜のターンで誰か一人だけを守れますが、自分は守れません。騎士が誰を守ったかは騎士だけにしかわかりません。これは良いですか」
藍田さんは再びうんと頷いた。
「人間の中で裏切り者がいます。裏切り者は人狼の味方です。人狼チームが勝てば勝利です」
「ややこしいな。まったく、だが、そういうやつは確かに現実にもいるな」
「裏切り者は、人狼が勝った場合にだけ、賞金が受け取れます」
「ますます、ややこしい。いっそのこと人狼にすれば良いんだ」
「人間でありながら、人間でない、そういう存在なのですよ」
灰田さんの言葉に藍田さんは黙って苦虫を噛みつぶしたような顔になった。 ややこしいことは、まったく私も同意なのだ。裏切るというのは人間を裏切るということだが、人間なのだ。ここがややこしい。
「裏切りものは難しいですね。通常人狼ゲームでは、死んだら終わり、分け前を考えたら、人狼に狙われることだってある」
桃井さんが疑義を挟んだ。
「どういうことですか、裏切り者は人狼の味方じゃないですか」
灰田さんはまじめなというか、硬い顔をした。
「人狼が、分け前をやりたくないと思ったら、裏切り者を切る。まあ最後のほうになるかもしれませんが、裏切り者は考えなければならない。人間でありながら人狼の味方をする矛盾した行動と絶対に死なないようにしなければならない」
裏切り者は人狼が生きていなければ意味が無いので、三億独り占めは出来ない。苦労はしても結局人狼と賞金を分けるほかないのだ。さて誰だ、裏切り者は。
「まあ、いいだろう」と藍田さんは頷いた。灰田さんは続けた。
「続けては異常者ですね、よく人狼では狐とも言いますが、通常狐は占い師に占われたら死ぬとかあるんですが、私達のゲームでは無いようですね。これはひたすら逃げなければならない。追放も襲撃も受けずに生き残る。しかし生き残れば、彼の一人勝ちです。難しいですが、その分一人勝ちが可能です」
ノートに異常者、困難と記した。 すると藍田さんはフンと鼻を鳴らした。その顔が赤らんでいる。血圧があがらないか心配だ。多分藍田さんは七十歳を超えていそうだから。
「臆病者だな」
藍田さん辛らつだが、当たっている。だが人生でもひたすらトラブルを潜り抜けて、しぶとく生きている人はいる。
「だいたい、こんなものでしょう。みなさん何か付け加えることはありますか?」
皆、黙っている。灰田さんは結城さんに顔を向けた。
「ゲームマスターはどうでしょう。私の説明で良かったですか?」
「私どもで加えることはございません」と結城さんは無表情で答えた。話し合いの内容にはタッチしないということか。これで皆の能力の共通理解が出来た。あとで知らなかったは通用しない。しかし情報が少ない。
「経験者に聞きますが、初回はどんなもんなのでしょうか?」と赤城さんが聞いた。保険外交員というからには、喋るのは得意だろう。
「そうですね、まず経験者の方の意見聞きたいです」とは桃井さん。小太りのせいか、冬だというのにハンカチで汗をかいている。桃井さん、他人の言葉に乗っかる人か。すると緑川さんが答えた。
「これは、普通の人狼ではないです。普通はパーティなんかで、カード配って、その場で夜、昼のターンを繰り返すんです。今行われているのは、本当に昼、夜を過ごしますから、通常のセオリーは通用しないと思います。昼夜を共にしてやる人狼ゲームなんて、あり得ません」
確かにババ抜きであろうがポーカーであろうが、昼夜を通して、一週間、缶詰にしてやるカードゲームなんて聞いたことも無い。灰田さんも頷いて言った。
「私は経験と言っても数回です。でも緑川さんが言ったように。とても奇妙な人狼ゲームとは言えるでしょう。ゲームなら、都内のどこかに場所を決めてやれば良いはずです。わざわざ、こんな所に集めてなんて、それも一週間もかけてなんて」
だが、茶川君は不敵な笑みを浮かべた。
「そんなことはねえよ、人間は人狼を見つけ出して吊るせば良いし、人狼は人間を殺せば良いんだ」
能力を考えると、そう簡単には言えないが、ざっくり言うとそうなる。どうやら茶川君は身なりで判断しない方が良いな。経験者、茶川、緑川、灰田と記す。茶川にアンダーラインを引っ張る。
「一回目は、通常の人狼でも難しいです。情報が無さすぎる。ただし、人狼は人狼を知っている」と緑川さんが言うと、
「俺は電気屋のおっさんが怪しいと思う」と茶川君が言い放った。
電気屋とは青木さんだろう。本人は目を一杯に見開いた。
「私! 私が人狼!」と驚いたように言った。青木さん、反応がマジすぎる。
「おっさん、喋り過ぎなんだよ。バスの中もうるさかったし、地震の時も騒いで、うっとうしい。それでクリスチャンってお笑いか」
青木さんは猛然と反論した。
「私が、口数が多いのは認めるが、バスに乗っている時にゲームは始まっていない。それにクリスチャンは本当だ」
茶川君は薄笑いを浮かべて言った。
「ユダってのもキリストの弟子だったんだろう」
「何!」
ユダは裏切り者だ。茶川君はにやり笑って「まあ、そのうち分かる」と言った。押して引いたわけだ。青木さんは面食らっている。青木さんポイント減らしたかも。
茶川君、人の感情を逆撫でするのにたけている。ケンカが得意なんだろう。やっかいだな。だが青木さんも、もう少し冷静にならないとだめだ。この様子はマイナスだ。図星を押されて、感情的になったと思われるからだ。だが、逆に嘘をつけない人とも思われる。さて青木さんはどちらか。茶川君はどうか、こうやって人間は疑心暗鬼になってゆく。
金井さんがかなり臆したように手を挙げた。
「能力で重要なのは占い師ですよね、なんたって人狼が分かるんだから」
赤城さんが頷いて言った。
「だから危険なんでしょ。分かったら人狼は必ず襲撃にかかる」
「でも、占った結果が分からなければ人狼の勝ちになります」
「だからタイミングだと思います」と赤城さんが考え込みながら言った。
「COは難しいです」と緑川さん。
思わず私は聞いた。
「COって何ですか?」
「カミングアウト、例えば私は占い師ですっていうこと」と緑川さんが答えると、藍田さんが怒った顔になって言った。
「マニアどうしのゲームじゃないんだ。普通に言えばよい、告白と」
その勢いに押されて緑川さんが頭を下げた。
「ごめんなさい、つい」
藍田さんもきびしいな、顔が赤い、あまり興奮しない方が良いのに、年寄りは気が短いからやっかいだ。そんな怒ることではないと思うのだが。とりあえずノートするにはCOは良いだろう。
「ついでに言うと追放は、吊るですが、これもやめましょう」と灰田さんが茶川君の顔を見ながら言った。妥当な発言だ。茶川君は笑っているだけだ。しかし吊るとは少々悪趣味だな。
「しかし、能力を持っていることを言ってもいい能力と言ってはだめな能力があると思う」と私は言って見た。
「それは、どういうこと?」と赤城さん。
「つまり、占い師は、いずれ占いの結果を話さねば人間は勝てない、しかし。騎士はなるべく言わない方が良い。人狼に狙われるから、だが、黙ったままだと、追放される可能性がある」
能力の理解はこんなものなのかと考えをめぐらす。ここまでほとんどが口を開いた。紺野さんが、あまり話していないが、前段階で聡明なのは分かっている。能力や人狼の行動について問いただしたのは彼女だ。だが彼女は経験者では無いと言っている。嘘か本当か。一番印象的なのは、何と言っても藍田さんと茶川君だ。この多分最高年齢と最少年齢の二人が強烈な個性だ。その次は灰田さん、うまく話を回している。緑川さんは、まだつかめないがゲームの経験者というのは嘘ではないだろう。赤城さん、桃井さん、金井さんの発言からは何も感じられない。白田君は、一見、確かに好青年だが…分からない。最後に青木さんは、明らかに目立った。多分悪い方に、あんなにむきになってはいけない。だが多分、私も平静さを欠いていた。落ち着こう。