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狼の山荘  作者: 東雄
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ゲームの会場

 ホールの真ん中に楕円形の白いテーブルと白い椅子が十一脚並び、テーブルの上には、銀色に輝く、いわゆるLADY・JUSTIS・テミスと呼ばれる正義の女神、目隠しをして、右手に剣、左手に天秤を持った像が置かれてある。正義の女神か、裁判所の中にあるとも言われるが、実際は見たことが無い。嘘と真実を測る天秤と嘘を切り裂く剣が目の前にある。そして椅子は人数分並んでいるから、ここに座れということだろう。

 楕円テーブルから少し離れたところにパソコンと電話が置かれた白い机と椅子があった。そして入口の真向いの蘇芳色の壁に四角いスクリーンがはめ込まれ、スクリーンの右側に管理人室というプレートが貼られた黒いドアが見える。結城さんの部屋か。そのドアの上に、丸く、黒い秒針の時計が架っていた。

私たちは、とりあえず、荷物をテーブルの下に置き、それぞれ椅子に座った。


 灰田さんが老人に顔を向け「結城さん」と声をかけた。老人は頷いて答えた。

「はい」

 灰田さんが聞いた。

「結城さん、洗面所はどこでしょうか」

 寝起きで、私も顔を洗いたいところだ。女性陣は特にそうだろう。すると結城さんは入口から見て左手のドアを指した。

「女性はあちらの左手のドアを開けていたただければ、すぐにあります。男性は右手のドアに行ってください」

 女性のドアは茶川君の後ろ付近にあり、男性のドアは私の背後にある。

 とりあえず、全員が洗面所を利用した。私も顔を洗って歯磨きをすると、いくらか頭がはっきりしてきた。そして全員また白い椅子に座ったのだ。


 結城さんは、私の後ろに位置する椅子に座って、パソコンを開いていた。それにしても妙なつくりの建物だ。ホールを真ん中にしていろいろな場所に出るらしい。

 青木さんが私の右隣りに座り、さっそく話しかけて来た。

「結城さんのパソコンで、あのスクリーンに何か写すんでしょうね」

 私は頷き、

「これからの日程とかでしょう」と私は答えた。私は答えながら左隣を見た。そこに座っているのは美女の緑川さんだった。男としては嬉しいが、緊張もする。すると緑川さんが、自ら声を掛けて来た。

「黒田さんは人狼ゲームをやったことありますか?」

 なるほど、ゲームの経験が有るか無いかで、その行動が違うと思う。但し、有っても、無いと嘘を言える、その反対もありうる。だが私は正直に言おうと思った。経験者と言えばゲームの知識を問われるだろう。それを突かれて、うまくごまかす自信がなかったのだ。嘘がばれれば、嘘つきの印象を持たれる。すると追放の対象にされやすい。

「経験はありません」と私が答えると、

「そうですか」と緑川さんが答えた。果たして緑川さんは信じたろうか。顔を見る限り信じたようにも見えるが、男性は美女に甘い。私にもその自覚はある。なので私も聞いて見ることにした。

「緑川さんはやったことがあるんですか」

「ええ、ありますよ。結構、流行っていますよ。人狼ゲームは」

「そうなんですか」

「ええ」と緑川さんは微笑みながら頷いた。美女に甘いのに、世間では女性は嘘つきという考え方が強固にある。緑川さんの微笑みに嘘があるかないか私には分からなかった。

 

 すると結城さんが立って皆に声を掛けた。

「皆さま、お疲れ様です。本日は、ようこそ人狼の館に」

 人狼の館だって、またベタなと私は苦笑した。

「それでは、皆さんスクリーンにご注目してください」

 皆、スクリーンを注視した。スクリーンを背にする紺野さん、赤城さん、金井さんは後ろを向くことになる。

 そしてスクリーン上に崖の上に毅然として立つ灰色の狼が映し出され、声が発せられ、文字が映し出された。

「皆さま、ようこそ当館にお越しいただき、ありがとうございます。皆さまはホームページをご覧になって、もうここで何をするかお分かりだと思いますが、あなたがたに、やっていただくのは人狼ゲームです。すなわち二人の人狼と人間との闘いです。通常、人狼ゲームはパーティなどで行われるのですが、今回は、一週間をめどに、この館に泊まってもらいゲームを行います。つまりその時間の過ごし方でゲームが大きく変わります。

 かの有名なシートンの動物記で語られたように、狼王ロボの物語でもロボはその奸智と勇猛さで人狼と呼ばれ、脅威、恐怖の対象でありました。まさに、かの動物記でも人間は知力を集めて、あらゆる囮、獲物、罠でロボを捉えようとし、ロボは、その知力、胆力で、これを逃れ、獲物を人間から奪い取って行ったのです。

 まさに、今回、皆さまに行っていただくのは、ロボの物語のように人間はあらゆる罠、嘘をつくして人狼をあぶり出していただきます。一方人狼は、知略の限りをつくして人間を狩っていただきます。疑問点があればGMの結城にお聞きください。ただし、ゲームに関してGMに個人的に接触を図るのは禁じます。また暴力は厳禁です。違反者は脱落します。さあ、勝って賞金を得るのは、誰か、皆さまの御健闘を、私どもは願っております。

最後に、携帯電話は、一時、お預かりします。

以上、説明を終わります。最後に皆さまの御健闘をお祈りいたします」


 スクリーンは白色になった。ここまで手の込んだ悪戯はあるまい。ゲームは本当だと私は思った。それにしても能力の説明を省いた。これは自己責任ということか。また個人的な結城さんとの接触を禁じた。つまり例えば結城さんに、賞金を分けるから、情報をくれともちかけるのを禁じたということだ。

「何だ、携帯、取られるのか」と茶川君が不平を鳴らした。確かに携帯は必需品だが、外部と、そして私たちの中で内緒に連絡するのを防ぐということだろう。

「ご不満があれば、いつでもゲームから降りてもらって結構です」

と結城さんは冷たく言う。徹底しているな。すると紺野さんが聞いた。

「緊急時には、戻してくれるんですよね」

 結城さんはうんと頷いた。

「もちろんです」

 

 皆、仕方なく、結城さんの机の前に携帯を並べた。結城さんは、それを淡々とバックに入れる。なんとなく不安になる。これは、今の世の中が携帯電話なるものに、如何に依存しているかを示すものだ。そして、結城さんから、ここで日常の説明があった。すなわち、女性は玄関から見て左側のドアを開けてNO1から6までの部屋が並び、男性は玄関から見て右側のドアを開けると男性用にNO7から11までの部屋があることが説明された。また、食事は午前八時、昼食は十二時、夕食は六時半とされた。後は自由時間である。この時間で、例えば仲間をつくることは禁じられていない。


 結城さんが皆に向かって言った。

「男性方、女性方の部屋は、各自話し合って決めてください。決まったら、私どもにお知らせください。一覧表をホールの壁に貼ります」

 なるほど一覧表を貼れば、人狼、人間に双方都合がいい。

「それで、人狼、人間を振り分けは?」と灰田さんが聞いた。

「それは、これから決めます」と結城さんはひとつの箱を取り出した。表面に丸い穴が空いている。


「この中に十一枚のカードがあります。人狼、普通の人間、占い師、騎士、裏切り者、異常者のカードです。皆さんにはこの箱から一枚を選んでもらいます。選んだカードであなたが何かを決定します。そして、カードを私だけに示してください。なお、人狼、占い師、騎士にはパスワードが記してあるので、必ず覚えてください」

「カードはどうするんですか」と青木さん。

「カードは決まった後回収します。そして金庫にしまいます。こうやれば、まず他人には自分の正体は分かりません」

 カードを持ち歩けば、他者にばれる可能性が高い。この方法では結城さんだけが全員の正体を知っていることになる。だが問題がある。私は手を挙げた。

「人狼の追放は多数決ですね」

 結城さんは頷いた。

「そうです」

「どうやって多数決を取るんですか?」

「皆さんで決めてください」

「私達で?」

「はい、九時に一斉に決めるもよし、話し合いをして決めるもよし、また投票方法も皆さんで決めてください。自由です」

 そう言われれば、話し合いをすることになろう。


 すると緑川さんが聞いた。

「人狼はお互いをどうやって知るんですか」

 結城さんが答える。

「この後、人狼の方はこの机の上の内線電話で私どもにお問い合わせください。番号は部屋にあります」

「なるほど、その時にパスワードが必要なんですね」と緑川さんが言った。

「そうです」と短く結城さんが答える。


なるほど人狼などを語って電話をかけることが出来ないようにするわけだ。結城さんが続けた。

「人狼の襲撃についてですが、基本的に人狼以外の皆さんは午後十時から朝六時まで部屋から出ないようにしてください。これはルールです。違反者はゲームから脱落します。人狼だけが十一時から一時まで自由を得ます。二人は相談し、襲撃する人間を決めて、このホールで待っている私に零時から一時までに来て知らせてください。内線電話での連絡は禁じます。必ずこの場に来てください。なお、部屋は完全防音です。ドアを開けない限り隣の部屋の音、廊下の音は聞こえません。誰が襲撃を受けたかは朝の六時三十分にスクリーンに映します。その方は脱落します。そしてゲームオーバーの場合、私がコールします」


 人狼は相棒と夜に相談するわけだ。また、二人の合意を証明するために、ホールに来いという訳だろう。だから他は部屋から出るなという訳か。すると紺野さんが聞く。

「占い師はどうやって占うんですか? また騎士はどうやって守るんですか?」

 結城さんはうんとひとつ頷いた。が、その表情は淡々として感情を顕さない。ゲームのマスターとしては正しい態度だろう。

「まず占い師から私どもに、午後十時五十分までに内線電話で誰を占うか知らせてください。占い師にもパスワードがカードに記してありますのでお忘れなく。それで私が、占われた方が人狼か人間かお知らせいたします。騎士も同じく、午後十時五十分までに誰を守るか内線電話で教えてください。騎士にもパスワードがあります。占い師と騎士の方は決して連絡が十一時を超えないようにしてください。そのために十分余裕を与えたのです」

 紺野さんは、さらに聞いた。

「私は人狼ゲームの経験が無いので、聞きますが。人狼に占い師が襲われた場合に占いはどうなるのか、また、騎士が人狼を守った場合どうなるのでしょう?」

 なるほど、紺野さん、頭が働くな。結城さんは淡々と答えた。

「占った結果は占い師しか分かりません。もし占い師が襲われた時は、占った者は謎です。また騎士が人狼を守った場合、他の人間の誰かが襲撃されるだけです」


 自分が占い師か騎士になった場合には、極力、追放されないこと、人狼から襲われないことが必要ということだな。逆に人狼なら、この二人を見つけなければならない。また、それより難しいのは裏切り者だ。人間だから自分が裏切り者かを人狼だけに分からせなければならない。行動が難しい。または裏切りアピールして襲撃を避ける作戦もある。異常者は勝利条件は無い。ひたすら生き残る、それだけだ。難しいな。すると赤城さんが聞いた。

「脱落者はどうするんですか」

「基本、ゲームが終わるまで、ここに留まっていただきます。ただし、自分が何者だったかは他言無用です。違反した場合、ペナルティ一千万を課します。この罰金はW財団が必ず回収します。また脱落者は、脱落した時点で、参加者の正体が分かっていても一切言わないでください。脱落した時点で、ゲームの介入を禁じます。これも違反した場合ばペナルティ一千万を課します」


 自分が追放されたとき、あいつは人間だ、あるいは人狼だとか気が付いても、遅いという訳だ。また追放された人狼が腹いせに相棒をばらしたら、ゲームは成り立たない。脅しだな、これは。

「最後に、念を押します。全てのルールの違反があった場合、相当なペナルティを課します。W財団にとって、皆さまを社会的に葬るのはたやすいことです」と結城さんが釘をさす。

「ゲームが一週間を過ぎたら、どうするんですか」

 結城さんは表情一つ変えず言った。

「これまでの経験で一週間を超えた例はございません。しかしながら、もし一週間を超えた場合でもご心配はございません。食料は充分あります。また当財団で、皆さまの職場に対処いたします」


 なるほど、これは初めてでは無いということが分かった。かなりのデーターがあるのかもしれない。またW財団は私たちの職場に影響を与えるということか。青木さんの言った別の世界というワードが浮かんだ。

 すると、ゆっくりと茶髪の茶川君が手を挙げた。

「何でしょう」と結城さんが聞く。

 茶川君は唇をニヒルに歪めて言った。

「三億は残ったやつだけに支払うんだよね」

 結城さんは頷いた。

「そうです」

「三億は、ほんとうにあるんだよね」

 結城さんが微かに笑った。初めて感情を顕した。

「皆さんは確認したいですか?」

「ぜひ、見たいものだ」とそれまで黙っていた藍田さんが言った。

 皆、同意の顔だ。結城さんは頷いた。

「良いでしょう、少々お待ちください」

 結城さんは玄関に通じるドアに向かった。それを見送ると、三億は本当にあるのだと私は確信した。無ければ、あんな落ち着いた態度はとれない。それにしても三億などという金は、今までの人生で見たことが無い。しばらく、皆は無言で待った。だが上気しているのは分かる。おそらく三億を想像して、気がはやっているのだろう。どうやら金持ちは、この中にはいないらしい。

 そして、ドアが開けられた。


 バスの運転手がジュラルミンのトランクらしきものを二つ運んで、その後を結城さんが同じ箱を一つ両手で持って来た。

 かなり重そうな箱を両手にぶら下げて、平然とした運転手は、かなりの腕力だ。とても敵いそうにない。

 私たちの前に三つのトランクが並べられた。そして運転手が無造作に三つの鍵を開ける。

 札束の塊が目前にある。これは人生初めての経験だ。確かに一万円札がぎっしり詰まっている。これが三億か。すると隣の緑川さんの目が光った。おやこの人は見かけによらず貪欲か?、青木さんが口を開けたままになっている。まあ見たままだ。

「もちろん、これを持っていただくことは、ありません、小切手でお渡しします。ですが、私どもが実際に三億を所持していることを証明できたかと思います。なお御注意しますが、この現金を力ずくで奪おうとする方は、後悔するようなことが起きますので、くれぐれもそんなことの無きように」

 これは脅しだ。運転手の逞しい体躯を見ながら、そう思った。ガードマンは彼だけではないかもしれない。そして、当然武器もあるかもしれない。結城さんは「最後に」と言った。

「管理人室とある部屋は、緊急時以外、原則立ち入りをご遠慮願います」

 次に何か尋ねる人はいなかった。私も何か聞くことはもはや無かった。


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