謎解き
そして、一同が、緑川さんの部屋に集まった。結城さんは最後にゆっくりと歩いてきて、ドアの外に立っているが、声は聞こえるだろう。全員が緑川さんを注視している。緑川さんはすっくと立って、皆を見回しながら語り始めた。
「私は、このゲームの奇妙さを言いました。ここでいったい何が起きているのか、人狼ゲームでは無い何かが進行している気がしていました。そして赤城さんがあきらかに殺された」
いったん言葉を切り、緑川さんはゆっくり話し始める。
「この部屋と赤城さんの部屋はまったく同じ構造です。だから第二の密室で殺された赤城さんの、殺人は再現できます。その密室の謎が解けた時、私にはある構図が浮かんできたのです」
私は緑川さんに聞いた。
「密室の謎ですか」
緑川さんは頷いた。
「マスターキーを使えば、密室ではないのですが、マスターキーを使わないとしたら、赤城さんの部屋は密室のように見えました」
私はえ? と思った。密室に見えた?
「どういう意味ですか、見えたなんて。マスターキーが無ければ、あれは密室です」
緑川さんは余裕の笑みを浮かべた。
「マスターキーを使わなくても赤城さんの部屋はあの時、密室ではなかったんです。密室に見せかけた、誰でも自由に出入りできる部屋だったんです」
それは無いだろう、あれはどう眺めても密室だった。
「ドアにも窓にも鍵が内側から掛かっていましたよ。マスターキーが無くて、あれでどうやって出入りするんですか」と私が聞くと、
「黒田さん、よーく思い出してください。赤城さんの部屋にまず結城さんが入り、その後に黒田さんが続いた。そして黒田さんは赤城さんの死体に驚き、首筋に絞めた跡があるから殺人と分かった。だが、ドアに鍵が掛かっていたから、窓の方を向いた。そして結城さんがカーテンを開けた時、どうなっていました?」
私は当惑しながら答えた。
「窓に鍵が掛かっていました。間違いないです」
何か見落としがあるのか、緑川さんは余裕の笑みを浮かべた。
「そして窓の外を見て足跡を見つけた」
私はうんと頷いた。緑川さんは続ける。
「黒田さんは結城さんに声を掛けて、結城さんが錠を上げて窓を開き、お二人は足跡を確認した。良いですか」
「はい、そのとおりです」
緑川さんは笑みを浮かべたまま、私に言った。
「いったん皆さん出てもらっていいですか」
何故だ、緑川さんは何をしたいのか、疑わしくなった。だが緑川さんは一人になった部屋のドアを閉めた。そしてすぐに、ドアを開けて私に告げた。
「黒田さん、部屋に入って、窓を開けてください」
訳が分からないまま私は閉じていたカーテンを開け、錠を上げようとした。その時、
「待って、錠を上げないで、そのまま開いてください」と緑川さんが鋭く言った。何! 何だって、それはどういうこと? 私は困惑しながら錠を上げないで、そのまま窓を横に滑らせた。
すると窓はすんなり横に滑っていった。何だ! だが、まてよ私も閃く何かがあった。これは!
「もう、お分かりですよね。皆さんも入って確かめてください」
皆、錠を下げたまま窓を開いて、閉じる。そして閉じた窓を真正面から見ても、錠が下りているとしか見えない。錠受けまでは確認できないのだ。窓枠の隙間もカーテンを上げて、よく見れば分からない、錠が下りていても、鍵はかかっているとは言えないということか。これは盲点だ。緑川さんは、皆が確認するのを終わるのを見て、探偵の最後の説明に入った。
「この窓の錠はクレセント錠と言います。クレセントは半月の意味らしいです。クレセント錠は刃の部分をクレセント受けと言う金具に収める錠です。でも今見たように、クレセント受けに入れなくても刃は回転して窓に直接触れます。しかし正面から見たら、クレセントの刃が受けに入っているのか窓に接しているのかどうかは分かりません。その状態にできる隙間は、クレセント受けの幅しかありません。カーテンを上にあげないと分かりません。それにこの建物は古いです。きっちり閉まるビルとは異なる。またその状態は結城さんが窓を開けるまでの短い時間でした。誰も、気づかないうちに、クレセント錠は窓を擦って上げられたのです」
皆、一斉に結城さんを見た。
「これに気が付いたとき、結城さんが如何に、この密室をつくるために重要だったかが分かります。黒田さんに窓を注目させて、足跡を見つけさせ、思わず窓を開けたという演出を行ったのです。窓にクレセントの刃が窓に直接触れて、錠が掛かっていない状態を、結城さんは素早く解除しました。結城さんがクレセントの刃を上げた時、この密室は完成されたんです。どうですか結城さん」
結城さんは黙っていた。皆が注視するなか、微動だにしない。
そして、緑川さんは、今度は私にではなく結城さんに顔を向けた。
「結城さん、あなたが、この密室に深く関わったとしたら、藍田さんの死が疑わしいものになります」
結城さんの顔は硬いまま、何の感情も表していない。どう生きて来たら、このように感情を完璧にコントロールできるようになるのだろう。ある意味見習いたいものだ。
緑川さんは続けた。
「皆さん、これも、よく思い出してください。あの時、黒田さんと白田さん、そして結城さんが最初に部屋に入りました。そして結城さんが息を確かめ、脈を計った。そして死んだと言った。これは結城さんが完成させた死です。そこで私は推理します。実は藍田さんは死んでいなかった。藍田さんは病死などでは無かった。密室殺人でも無かった。ではそんなことをする目的は何か、これも推理するしかないですが、藍田さんは自分が死んだことにしたかったのではないですか」
確かに私と白田君は顔を見ただけだ。息を確かめ、脈をとり、死んだと言ったのは結城さんだ。だが、あの顔色は生気が無かった。
「あの顔は死人のように見えましたけど、生きている感じでは無かった」と私が言うと、緑川さんは頷いた。
「ええ、それは認めます。しかし確証はないのですが、あそこにモルヒネがありました、モルヒネを適量の十倍くらい飲むと呼吸抑制が起こると聞いたことがあります。もしかしたら藍田さん、それ以上のモルヒネを飲んだかもしれない」
私は、これには同意できない。
「いったい何のために、そんな危険なことをやったんですか」
緑川さんは眉をひそめた。
「それに答えるためには、今晩の話し合いで私がやったことを説明しなければならない」
私は確かめるように聞いた。桃井さん、金井さん、青木さんに聞かせるつもりだ。
「あなたは、今晩の話し合いで仕組みましたね」
「ええ」
「何を仕組んだんですか」
「私は、白田さんと組んで、私が追放されるように、話し合いをコントロールしようとしました」
「わざと追放されようとした。それでは、あの時、赤城さんの部屋の前に居たのは、本当にスクリーンを見て、赤城さんのところに行ったんですね」
緑川さんは頷いた。
「ええ、そうです。でも、後で考えて、まるで私が事前に赤城さん襲撃を知っていたように見えることに気が付いた。だから白田さんとグルになって、話し合いをコントロールした」
「あなたは、その状況を利用した。そして私たちは、あなたを追放した」
「ええ、そうすれば、何かが起こる。実際に追放されるかは、本当に分からない。でも私はこのギャンブルに賭けた。そして幸い、うまくいった。そして、それは起こった。追放される私の部屋に、いなくなったはずの紺野さんが来た。つまり藍田さんが死んだふりをして、追放されたはずの紺野さんがスタンガンを持って追放された者の部屋に現れる」
「藍田さんは、死を装い、紺野さんは追放を装ったという訳ですね」
緑川さんは頷いた。
「そうです、であれば」
私は、もう理解したが、確かめるように聞いた。
「藍田さんと紺野さんはグル?」
緑川さんは大きく頷いた。
「そうです」
「何のために」
「これは推測ですが、このゲームをデスゲームにしたかった。そして、それ以降は、多分追放者や、襲撃が女性なら、紺野さんが、男性なら武藤さんが手を下したと思います。こうやってデスゲームを行う。でも何のためかは分かりませんが。二人は、まず、自分たちが追放、襲撃される立場に置いた。二人が占い師を名乗れば、必ず、どちらかを追放になると予想して、その結果になるため、みんなを藍田対紺野の対立に巻き込むように演出したんです。まずスクリーンでは能力の説明を省き、藍田さんがわざわざ能力の説明をさせたのも、能力の重要性、特に占い師の重要性を、皆に認識させたかった。つまり布石を打った。しかし藍田さん、紺野さんがいったい何者なのか分かりません」
私たちは、部屋にしばらく茫然としていたが紺野さんだけは落ち着いた顔をしていた。しかし口を開かず、緑川さんをじっと見ている。考えてみれば、失踪した紺野さんが、突如、現れたら、皆、驚いて、部屋を開けるだろう。そんな計算があったんだろう。
「藍田さんと紺野さんは最初の話し合いからグルだったんですね」
緑川さんはさらに言った。
「ええ、そうだと思います」
私は、あえて聞いた。
「しかし、皆が紺野さんあるいは藍田さんを追放するかどうかは賭けですよね」
「はい、でも、結果は二人の筋に乗った。なんといってもⅩ仮説が大きいです。あれで話の流れが占い師に偏ったんです」
しかしと、私は思った。
「では、紺野さんが残ることになったとしたら」
「もし藍田さんが追放されたら、藍田さんは部屋で死に、襲撃された紺野さんが失踪する。失踪、襲撃どちらでもよかったんです。どちらにしても、このゲームから実際二人がいなくなる。そういうシナリオが出来ていたと思います」
しかし、その説には問題がある。
「しかし、あの時、必ず藍田さんは襲撃されるか、どうか分かりません」
「はい、だから藍田さんは罠を仕掛けた」
「罠?」
「はい、藍田さんは、灰田さんの騎士と占い師の説明不足に気が付いた。そして、これを利用しようとした。藍田さんが灰田さんの言い損ねた騎士は二度守れないということを知っていたと言って、自分は人間だと思わせた。そして占い師が能力を占えば良いと言って、占い師ではないことを思わせたんです。いったい誰に思わせたかったか、それは人狼です。これで藍田さんはシナリオどおり襲撃を受けた」
「しかし、それなら、もし藍田さんが追放となっていたら、それは成立しません」
「たらればで、申し訳ないですが、藍田さんが追放されたら、紺野さんが自分に襲撃が来るように言ったと思います」
「紺野さんも灰田さんの言い損ないを分かっていたと」
「はい、そうです」
「何故」
「これも推測ですが、一回目の話し合いで灰田さんが占い師は危険だと言った時、紺野さんは分かっています。でも騎士が守ると答えた。ここで紺野さんは、灰田さんの説明不足は分かっていると言いたかったのではないか。しかしあの時点で、灰田さんの言い損ないを指摘すると、自分が占い師というのが嘘で騎士であると思われる可能性があるから言わなかった。紺野さん実は騎士だったんじゃないですか、だから分かっていると言えた。あの分かったと言ったのは藍田さんに向かって言ったんじゃないですか。藍田さんは紺野さんが騎士と知っている。その紺野さんがひとつの言い損ないを分かっているなら、もう一つも分かるはず。藍田さんが追放なら、紺野さんは必ず藍田さんと同じ言葉を、同じ状況で言ったと思います。それに紺野さんが騎士であるなら、藍田さんを守るのは自分しかいない。だが、守らない。また騎士であるなら、自分を守れないから襲撃を受ける。しかしこれは賭けです。」
だから根本的な疑問が出てくる。これは恐怖だが、あえて私は聞いた。
「一回目の投票で、藍田さん、紺野さんが二人とも生き残る可能性はありました。追放もされず、襲撃もされない可能性はあった」
緑川さんは、ちょっと顔を硬く、やや青ざめた顔になっていた。
「その場合、実際追放された人が、実際消え、襲撃された人が死ぬ。。そして同じように密室が作られる。とにかく、そういう状況になっていたと思います。このゲームは、とにかくルールに厳密に乗っ取って行われるんです。だが、結果は紺野さん追放、藍田さん襲撃でした。殺人が起こったからには、不適切な言い方かもしれませんが、これは運しかない。お二人は運に恵まれたんです。テミスの天秤は、お二人に傾いた」
私たちは二人に踊らされたのか。ため息が出る。だが、いずれにしても死人は出たわけだ。それも最悪だ。
「緑川さんは何故、二人がそんなにルールに厳密と考えたんでしょう」
「単なる殺人が目的なら、人狼ゲームに沿って行う必要は無い。私たちが孤立した時点で、生殺与奪は彼らの意のままのはず。しかし、ゲームは続行され、ゲームのルールに拠って殺人は行われた。」
「でも何で、そんなことをやっているのですか」
緑川さんはフーとため息を吐いた。
「それが分からない、私には」
「緑川さんでも分からない」
その時、茶川君が口を挟んだ。
「三枚の画像があるぜ、ありゃ何だ、電気屋のおっさんよ、あんた何か知らないか」
青木さんは、先生にミスを指摘された学生のように動揺した。
「なんで、私が」
「おっさん、二回目の話し合いで、ほとんど口を開かなかったよな。ありゃ、なんか、おかしい。いったい光亮高校ってなんだ」
茶川君は光亮高校を知らないらしいな。青木さんは知っていた。
緑川さんは知らない。私は知っている。この差は何だ。
私は、思い切って言った。
「結城さん、ゲームオーバーしました。からくりを教えてくれませんか」
結城さんは、黙って立っている。
「結城さん、質問に答えてくれるだけで良いので、答えてくれますか」
結城さんは目を挙げて、私を見た。
「質問によりますが」
私は、ぐっと腹に力を込めた。ここは緑川さんだけに頼ってはならない。俺は男だ。
「ゲームは終わったんですね」
「いや、まだゲームは続いています」
「さっき、武藤さんがゲームオーバーって言いましたが」
「紺野さんのゲームは終わりましたが、三億を賭けたゲームは続いています」
なるほど、だが問題がある。
「今夜の襲撃は、どうなりましたか」
結城さんはゆっくりと口を開いた。声は、やはり冷たい。
「まだ、人狼の時間になっていません。襲撃相手は不明です」
確かに十一時前だ。
「したがって、私の裁量で今夜の襲撃は失敗とみなします」
死人が減ったわけだが、私は、ここが正念場と思って聞いた。
「死人は、また出ますか?」
結城さんは、冷たく、そして硬い声で言った。
「出ません」
ほっとした。これで普通の人狼ゲームになったわけだ。
「それは紺野さんが捕まったからですか」
「そのとおりです」
「では、緑川さんの言ったこと聞いていましたよね。緑川さんは正しいですか」
結城さんは少し困ったような顔になった。初めてだ。結城さんが感情を現したのは。そして、結城さんは、ゆっくり口を開いた。
「緑川さんの、お話に間違いは無いです。しかし全部は知らない」
「どこが」
「緑川さんは根本を、まだ知らない。緑川さんでは、それに辿り着けない」
緑川さんでは、辿り着けない根本とはなんだ。
「では、誰なら、そこに辿り着けるのですか」
結城さんはゆっくりと私を見た。
「それは、黒田さん、あなただ」
「私!」
「そうです。光亮高等学校陸上部顧問の教師。相馬純子の先生であった、黒田雄一さん、あなたです」
私は、唇を噛みしめた。やはり相馬純子に関わることなのだな。
結城さんは更に続ける。
「もう、お気づきの方はいらっしゃる方もいるでしょうが。ことの発端は三年前、相馬純子という一六歳の若さで亡くなった少女なのです」
そうして、結城さんは皆を見回した。
「何だ、それ、画像の女の子は相馬純子っていうのか、美人のお姉さん知っていたか」と言ったのは茶川君。緑川さんはいやと首を横に振った。
「私は知りません。この中でいったい誰が、画像の少女を知っているのですか」
すると金井さんが手を挙げた。私もだ。
「ほかには。居ないのですか」
畳みかける緑川さんの言葉に、苦渋に満ちたように白田君、青木さんも手を挙げた。知らないのは緑川、茶川、桃井か。
結城さんは、それを見届けると言った。
「皆さんホールの方に移動してください」




