追放の夜・第三夜
時刻は七時半になっていた。残った者たち、私、青木さん、茶川君、白田君、金井さん、緑川さん、桃井さん。皆、所定の椅子に座っている。皆、黙っているのは、ゲーム続行ということか。そして灰田さんは居なくなった。司会は誰だ。私は、もはやノートをとらない。
緑川さんが手を挙げた。自ら、リードするか、緑川探偵。
「皆さんに、お聞きします。ゲームを続行しますか、辞めますか。
続行という方、手を挙げてください」
すると全員が手を挙げた。緑川さんは、ゆっくり言った。
「分かりました。続行ですね」
否は無い。緑川さんは、結城さんを見ないで告げた。
「ゲームマスター、お願いします」
「かしこまりました」と結城さんは、あくまでも冷たく言った。
金井さんが手を挙げた。
「占い師は、もう言えますよね。出てください。Ⅹでも非Ⅹでも、もう、本当の占い師が出てこないと、話が進まない」
金井さん、占い師をあぶりだすか、白田君が手を挙げる。
「ゲームは続いています。ということは人狼が最大限二人います。するとこの会で追放できるのは一人、また誰かが襲撃されます」
「騎士が守れば良いのでは」と金井さんが言うと、
「騎士が居るんですか」と白田君が反論する。
緑川さんが手を挙げた。
「このさい、占い師、騎士も出てきたら、どうですか。もう人狼ゲームは終わるんだから」
桃井さんが聞いた。
「何故ですか」
緑川さんが手を挙げた。
「今残っているのは七人、二人が居なくなれば、明日、五人です。最悪、人間三人対人狼二人なら、まず、人間、あるいは人狼どっちかに勝ちが確定するはずです」
その構成で言うと、人間が追放された時点で、人狼の勝ち、また人狼が追放されたら、人間三人対人狼一。人間が有利になる。確かに、ゲーム的には今日の話し合いで、態勢が見えるが、茶川君が異議を唱えた。
「緑川さんよ、勝ちが確定するなんて、はったりだろ。人狼にも人間にも、勝ち負けの可能性がある、特に人狼は一人勝ちを狙って、分裂するぜ」
相変わらず態度が大きい。茶川君をゲーム続行と説得するには簡単だったろう。すると緑川さんが、
「占い師が生きているならね」と言って、茶川君をじっと見る。
「なんだよ、あんまりじろじろ見るな」
茶川君も若いな。あなただけなんだよ、占い師と言って、生き残っているのは。だが、意外な方向から、弾が飛んできた。
「私、占い師です」と手を挙げたのは、青木さんだった。私はハアっという気持ちだ。あんた空気読めよ。緑川さんもあわてたようだ。
「青木さん……占い師ですか」
青木さんは、まじめな顔をして言った。
「そうです」
「では、誰を占ったんですか」
「金井さんです、金井さんは人狼です」
金井さんは目を見張った。
「あたしが人狼!」
こいつは、驚いた。これを計算でやっているとすれば、青木さん、大したタマだ。だが、多分違うだろう。
金井さんは、大慌てで否定する。
「あなた、何言うんですか。私は人間です」
がぜん、話が乱れた。
「何で、今まで、黙っていたんですか」と白田君が聞くと、
「そりゃ、占い師は、危ないでしょ。人狼が見つからない限り言いません」と青木さんは答えた。この人にかかったら、Ⅹも非Ⅹも無いらしい。これ、実は一番、正しいのかもしれない。皆が論理的であろうと必死になっていたのが、阿保らしくなる。
緑川さんが聞いた。
「青木さんは何故、金井さんを占ったんですか」
「追放された灰田さんは人間です。それに加担していた白田君も人間です。この二人を攻撃していた金井さんを占ったんです」
まいった、追放と、襲撃を一緒にしているよ、この人。それでいて、灰田、白田の連携には気が付いていて、金井さんが対抗していたことを覚えている。こういう人は、困る。
金井さんは、猛然と抗議する。
「私は、人狼じゃない、人狼でも人間でも同じく追放は受けるんです。青木さんは間違っている。青木さんこそ占い師を語る人狼です」
皆の視線は茶川君に集まった。
「おっさん、ほんとうに馬鹿だな」と茶川君が青木さんを毎度、同じように挑発する。
「馬鹿とは失礼だろ」と青木さんが返したが、今日もバチバチだ。だが茶川君は続ける。
「あんた、緑川、黒田、桃井とつるんでいるだろ。みえみえなんだよ、だから敵のグループを潰したい。灰田、赤城は消えたから、こんどは金井を吊りたいんだろ」
もはや呼び捨てか。だが、茶川君は、よく見ている。
「もう一度、言うけど、俺が占い師だ」と茶川君は言った。
緑川さんは、待っていたかのように、茶川君に聞いた。
「で、誰を占ったの」
「桃井って言う人。人狼だよ」
「何故、桃井さんを選んだの」
「いいか、 桃井は黒田のグループに属しながら、Ⅹ仮説を否定した。それなら灰田と赤城を疑っていいはずなのに赤城を疑った。俺は灰田が人狼だと思っているから、それを擁護した桃井は、あきらかに人狼か裏切り者だ。だから占った。そうしたら人狼だった。青木グループは騙されてんだよ。おとなしそうで、大した人だ」
桃井さんは黙って、縮こまっている。青木さんが猛然と抗議する。
「私が、占い師だ。これまで黙って、君の暴言にも我慢したんだ。君が占い師だと言ったときは喜んだよ。偽物だからな」
茶川君はふんと顔をそむけた。
「ほう、それで、よく黙っていたな」
「俺は、あんたが思うほど馬鹿じゃない。あの場で、話に入るには危険だと思った」
「あんた、分かってないね」
「何が」
「灰田が追放だから、人間だって、おかしいんじゃないの、人狼だから追放されたんだよ」
青木さんは、首を横に振った。
「このゲーム、追放されたのも、襲撃されたのも、みんな人間だ」
「何で?」
「このゲーム、人狼が人間を殺しているゲームなんだ。絶対消えた四人は人間に違いない。人狼が、この中にいて、人間を殺しまわっているんだよ。一人は金井さん、もう一人は茶川君だ。初めから、そう決まっていたんだ。この人狼が人間を殺しまわっている。違うか」
さすがの茶川君も、これには驚いたようだ。
「あんた、おかしいんじゃないの。人狼はカードで決まったんだ。あんたも見たろう」
「それは……なんか手品を使って」
「どんな手品だ」
青木さんは、ばん! とテーブルを叩いた。
「それは分からん!」
こんなむちゃくちゃな人だとは思わなかった。異様な空間で、少しおかしくなったのかもしれない。確かにこの空間と時間の中で正常な判断ができなくなる人間がいてもおかしくない。ただ、人狼が殺しまくっているというのは、あるいは正しいかもしれない。
緑川さんが落ち着いた声で言った。
「少し、休憩しましょう。皆さん、落ち着きましょう」
休憩には早いが、やむおえない。青木さん血が昇りすぎている。
私はコーヒーを買いに席を立った。青木さんはついてこない。
私はほっとした、あの調子で来られたら、困ってしまう。これはグループは解散か。すると、緑川さんがドアを開けて入ってきた。
私は声をかけた。
「青木さんも困ったもんです」
緑川さんはそれに答えず、二枚に折ったメモ帳の紙を私に渡した。
「あとで読んで」とだけ言って、緑川さんは、黙って、コーヒーを買うとさっさと出て行った。私は、紙を開いて読んだ。そして、どういう意味だ、これは。と思った。
だが、ホールに戻った私を待っていたのは、怒号と、つかみ合いの喧嘩だ。
青木さんが、目を大きく見開いて「貴様、白状しろ!」と茶川君の胸倉に掴みかかっている。
「てめえ、離せ!」
茶川君は、案外、後退して、後ろに下がっている。口より腕力は無いと見た。白田君が割って入って、止めようとしている。
「二人とも、止めて! 冷静に」
「冷静になれるか、このやろう!」と青木さんが怒鳴る。女性陣は、当然、後ろに下がって見ている。
まあ、一触即発だったからな、私は、白田君を助けるべく、走って、二人の間に、割って入った。これでも、元体育教師だ。悪ガキととっくみあいをしたこともある。白田君も若いし、体も引き締まっている。何かやっているのだろう。
二人の間に強引に体を入れて「馬鹿野郎、止めろ!」と一喝した。白田君は茶川君を引きはがした。すると当然、私が青木さんを制することになる。
二人とも、肉体的には、大したことがなかったから、よかった。
私は青木さんの腰を後ろから、私の腰に引き付けて、おとなしくさせる。白田君は茶川君を羽交い絞めにしている。白田君は結構強いな。取っ組み合いをしたら、私が負けるかもしらない。
「離せ!」と青木さんが怒鳴ったが、「止めろ!」と私は一括して、腰投げを放った。わたしも、少し苛ついているのかな。
青木さんは半回転して、床に転がった。青木さんはびっくりしたように「痛!」と叫んだ。私は、指をさして、決めつけた。
「やめろ、みっともない!」
青木さんは、おとなしくなった。まあヒートアップするのも分からなくは無い。許されるなら私も誰かを殴りたい気持ちはある。
茶川君は、白田君に制されて、おとなしくしている。
「あんた、離せよ、俺から、やる気は無いよ」と茶川君が言ったので白田君は手を緩め、私を見た。まあ、連携がうまくいった。白田君が人狼であっても、ここは白田君、ナイスだ。
緑川さんが一歩出て、
「暴力はやめましょう」と腹の据わった声で言った。おや暴力は怖くないのか。
「大丈夫ですよ。私と白田君がいますから、もう暴力は無いですよ」と私が言うと、白田君が頭を掻いた。
「いや、黒田さんが居てよかった。僕一人では、難儀したでしょうから」
暗に一人でも大丈夫と言っている。こいつ、腕には覚えがあるな。柔道か、レスリングか。
「とにかく、座りましょうよ」と金井さんが言った。この言葉で全員、座った。
「黒田さん、格闘技やっているんですか」と白田君が聞くので、
「いや。元体育教師ですから」と私は答えた。
「白田君こそ、何かやっているんですか」と私は聞いてみた。
「ブラジリアン柔術です」と白田君は答えたので、びっくりした。
「そいつは珍しい」
確かグレーシーで有名になったブラジルの格闘技だと思ったが、そういえば、テレビで見たが、相手を倒して、馬乗りになって、ぽかぽか殴っていたのを覚えている。単純だが、一対一の場合は効果的だ。
「ついでに言うと、多分、運転手さんも素人ではないですよ。何かやっていますね」と白田君は言ったが、同意する。あの体は獰猛そのものだ。彼は柔道か、柔術か。それにしても緑川さんの、あのメモはどういう意味か。




