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狼の山荘  作者: 東雄
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イジメの現実

 そう言って、緑川さんは、廊下に出て、ホールへの入り口に向かった。桃井さんと、金井さんは、自室に入って行った。これで二人の死体が、この山荘に居ることになる。そして二人の失踪者がいる。

茶川君はホールにとどまっていた。私と、青木さん、緑川さんは蘇芳色の壁に囲まれたホールの椅子に座った。緑川さんは腰かけて何か考えこんでいる。

 スクリーン上の文字と画像は消えていた。画像のことを結城さんに聞くのを忘れていた。

「画像、消えましたね」と青木さんが語りかけてきた。

「そうですね」と私は適当に答えた。

「あれって、相馬純子という子じゃありませんか」

 青木さんの言葉に私は驚いた。何故、知っている。

「私の息子がね光亮高校に通っていたんですよね」

「それで」

「確か、息子に相馬純子って言う子がクラスが同じだったような」

 ような? 相馬の名前を知っていて、あのことを知らないのか。

「息子さんの名前は」と私が聞くと、

「青木忠雄」

 青木忠雄、何だ! 陸上部の一年生だったはず。

「あなた、青木の親なんですか、だったら相馬のこと知っているはずですよね」

 青木さんは首を横に振った。

「いや、詳しくは知らないですよ」

 そんなはずあるか。

「相馬は、光亮高校の陸上部の生徒です。そして私は顧問だった」

「え、黒田さん、まさか、教師」

「元教師です。辞めました学校は」

「そうですか。息子の学校の」

「青木さん、本当に相馬のこと知らないんですか」

 青木さんは訝しげな顔をした。これは、本当に知らないのか。

「なんのことですか」

この人知らない。息子の学校のことなのに。

「相馬は自殺したんですよ」

「え!」

 仕事にかまけて、息子の学校のことなど何も知らない父親なんだろう。が、本当に知らないのか、それほど冷え切った親子なのか。

「遺書がね、あったんですよ」

「どんな遺書」

「死にたい」

「それだけ」

「公式にはね」

 青木さんはますます訝しげになる。

「どういうこと?」

「日記が、実はあったんですよ。しかし学校は無視した。私は、怒って、公表すべきと逆らって主張したが、結局辞めたんですよ、学校を」

 青木さんは絶句した。

「……」

 すると緑川さんが私をじっと見て言った。

「お話、さえぎって悪いですが、日記に書かれていたのは、もしかして、いじめですか」

 私は沈黙した。それが肯定の証だ。

「誰が、いじめをしていたんですか」

「多分、陸上部の女子、が、証拠はない。ある生徒からの話だけ」

 緑川さんは眉をひそめた。

「きちっとした調査は」

 私は苦い笑みを浮かべた。

「生徒が、教師にいじめの事実なんて教えない」

「何故?」

「若い君のほうが分かるだろ。今の高校生は学校や教師を信頼していない。皆、喋って得する者はいないって思っている。私も粘って部員に何回も聞いてみた。だが皆、黙り込むだけだった」


 緑川さんは黙り込んだ。多分、私の話に怒っているか。青木さんは少し肩を落として言った。顔に生気がない。

「私はね、朝の五時起きで、電車に乗って二時間かけて通勤しているんですよ。帰りは終電近く、息子の顔なんて、休みの日くらいしか見ないし、話もあたりさわりのない話。友達は、とか授業はとか聞くだけ、相馬って子もたまたま知っていただけですよ。どんな息子か、何をやっているなんて知らない。だから息子の学校で自殺なんて知らなかった」

 本当か、学校は大騒ぎしたが、無関心な親は、もはや高校生の自殺には関心が無いのか、なんという冷たさか、ここまで我々の社会は荒涼としているのか。だが、相馬純子がいったい何だというのだろう。繰り返される、追放と襲撃のゲームと何の関わりがあるのだろうか。そして、今、気が付いた。灰田と赤城の名前に。

「でも、黒田さんは、何かは感づいているんでしょ。でなければ、教師を辞めませんよね」

 私は黙った。言えば、泣き言になる。

「とにかく、あの画像が何のために、我々の前に映すのか、結城さんに聞いてみましょう」

 すかさず緑川さんが言った。

「私どもは、雇い主に指示されただけです、て言うだけですよ」

 確かに、あの厚顔を崩す自信は無い。だが、これっきりにしてほしい、悪夢の断片は、いらない。

「私、気になることがあるので、失礼します」と緑川さんが立った。

「どこへ」

「部屋に行きます、確かめたいことがあります」


 確かめたいこととは何だろう。ずいぶん考え込んでいたが、緑川さんの思惑はどこにあるのか、それは私にとって吉か兆か。

「人狼ゲームとは違う何かが行われている」と緑川さんは言っていたな。それはいったい何か。だが、ワトソンは黙って見るほかない。

 結局、朝食をとったのは、茶川君だけだった。私はコーヒーを飲んで、給仕の女性に朝食を断った。青木さんも出て行ったホールには白田君、茶川君、私の三人だけだ。この状況で飯が食えるのは、茶川君、大したタマだ。白田君もげんなりと消耗している。多分、赤城さんの部屋で何も発見できなかったのだろう、話す気も無いというところか。


 私は立って、玄関口のドアに向かった。この建物から、少し離れたかった。本当は、早く逃げたい気分だったが、そうもいくまい。私は雪道を歩き、昨日行った、樹がふさいで通れなくなった場所に行って見たくなったが、玄関を出ると、青木さんが例によって煙草を吸っている。

 青木さんは無言だった。黙って曇り空を見上げて、煙を吐いている。私は、ふと煙草を吸いたくなった。学生時代、少し吸った程度の煙草だったが、煙草を吸って、気を紛らわしている青木さんがうらやましくなったのだ。

「一本、もらえますか」と私は青木さんに頼んでみた。青木さんは、ちょっと驚いたようだが、黙って、煙草ケースから、一本ラークを取り出して、私にくれた。ついでにライターもくれた。

「ライター、あげますよ。私ライターいっぱい持っているから」

「どうも」と短く答えて、私は頭を下げると黒門に向かう、なだらからかな下がり坂を歩いて行った。


 天に陽は無い。どこまでも灰色の空が広がっていた。道は、雪道の悪路だが、歩くには支障はない。白い息を吐きながら、いっそ駆け出そうと思ったが、やめた。いかに、陸上の選手だったとは言え、いきなり、この寒さで、しかも悪路で走ったら、体が悲鳴をあげるのは分かり切ったことだ。私は苦笑して、とぼとぼと歩き始めた。

 雪が、道に積り、シャーベット状になっている。歩くと、さくさくと音がして、ズボンの裾を濡らすが、私はあまり気にしなかった。一週間ということで、セーターを二、三枚と普通のズボンを二本持ってきたが、もはやゲームを続ける気にはならなかった。実際の殺人が行われたのだ。もう中止だろうし、何より、気持ちがついてゆかない。


 私は、例の道の塞がれた地点につくと、倒れている丸太の木の上に座り、煙草を咥えた。咥えたまま、思いっきり吸うと、頭の奥にめまいを感じ、むせこんだ。当たり前だ。二十年以上前に、二、三か月吸って辞めた煙草を吸えばこうなる。喉がむせて、煙を吐く。煙が、私の口から吐き出され、天に昇ってゆく。それを見ながら、私はある光景を思い出していた。

 それは、五,六年も前のことだったろうか、陸上部の部室で部員の喫煙を見つけたのだ

 陸上部の三年生の男子部員が、部室で煙草を吸っていたのを、たまたま休日、学校に来ていた私に見つかったのである。休日の練習は、基本的に自由練習だ.その頃は試合には出勤するが、休日の自由練習までは付き合わない建前だった。だから彼らも羽を伸ばしたのだ。煙草や酒を飲んでみたい気持ちは分かる。大人になりたいのだ。しかし社会は許さない。それを分からせるためには罰が必要だ。私は彼らのクラス担任に報告して、罰を与えた。そのころは私も毅然としていた。していたつもりだった。だが、これによって、休日も出勤する羽目になった。教師は生徒を監視しなければならない。

 罰を受けた彼らは停学を受けて、どう思ったのだろう、反省したのか、分からない。何故、自分たちだけが罰せられるのか不満だったかもしれない。他に煙草を吸っていて見つからない者も確かにいるからだ。年末の学校の大掃除を行うと必ず、煙草の吸殻や、箱が見つかる。校舎の裏、体育館の裏、グラウンドの隅に、必ずある。その持ち主のすべてが見つかっているかというと、そうではない。ずるをしたやつが勝ちだ。見つかったのは不運だったとしか考えないかもしれない。はっきり言って今の学校は生徒性悪説だ。監視しなければ何をするか分からない。何か起こったら責任が生ずる。だから監視して管理する。そして、それでも、ことが起こったら、なるべく矮小化する。誰も責任を取らない。再発防止に努力します、で終わりだ


 学校の建前と、本当の姿がここに凝縮している。喫煙もいじめも建前は悪いこと。だが、決して、それは無くならない。それが本当の姿だ。その実に汚い本音に、相馬純子は葬られた。

 青木さんに、相馬の日記を見たといったが、相馬の母親に見せられたのだ。母親は相馬が陸上の顧問の私と仲が良いことを知っていたのだ。そして、実は、その日記の写しを今も持っている。どこに行くときも古いショルダーバッグに入れて持ち歩いていた。何処にいても、忘れない。それが私の贖罪なのだ。だが、人は気休めだろうと、せせら笑うだろう。私はバッグから、その紙の束を出した。思わず指が震える。何度も読んだ、それは、実に陰湿ないじめの実態だった。


踊るゲーム」の章で抜け落ちた部分がありました。「この横やりに灰田さんは少し驚いたようだ。何! という顏になった」に続く部分です。追記したのでよろしくお願いします(7/18)。

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