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狼の山荘  作者: 東雄
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閉ざされた山荘

 私は、週末のその日の夕方、クリスマスを直近に迎え、華やかな光と、ファッションで覆われた新宿駅南口のバスターミナルに立っていた。新宿駅の一日当たりの乗降客は三百万を超えるそうである。つまり、ちょっとした大都市に匹敵する人数が、この巨大駅に蠢くと言うわけだ。それは、いろんな人がいるだろう。男、女、若者から老人、サラリーマンからホームレスまで、多種多様なことは、多分間違いない。その中には犯罪者もいることだろう。そういう意味では、新宿駅は東京という、化け物じみた都市の縮図とは言えるだろう。


 だが、今、私のような、ここに立つ理由を持っている者は、多分、少ないだろう。私は、今からゲームをやるためだけに、ゲームを行う場所に連れてゆくバスを待っている。だが私は、まだ、半信半疑だった。本当に、この通常のターミナルにバスは来るのか。


ふと、空を振り仰ぐと、寒さにブルッと震え、思わず、コートの襟を立てた。新宿の真冬の夕空は、一面に暗い雲で覆われ、かなり大粒の雪が舞い始めていた。それはまるで巨大な雲の中から湧き出てくるかのようにも見えた。そして雪とともに空から地表に向かって冷たい、湿った風が吹き下ろす。昏い空と白い雪、そして肌を突きさす冷たい風によって世界はモノローグの空間に変わってゆく。

そういえば、一週間くらい前から大雪の予想は出ていたような気がする。テレビのニュース番組も、さかんに騒いでいた。東京に雪が降るのは、それも大雪が降るのは、どこかの国の大統領が来日するくらいのニュースらしい。


 そして、新婚旅行に買った、古いキャリーバッグを持ち、もう十年以上使っているショルダーバックを肩に下げている。外出するときは必ずこれを肩に下げる。そして待つこと十分、ターミナルに横付けされた、一見してごく普通の観光バスに私は乗った。運転席の側のドアから入ると、灰色のセーターを着て、短髪の、かなり背が高く逞しい体躯の運転手が鋭い目で私を見た。ちょっと私はその目に気圧された。


ざっとみて四〇席はある座席に乗っていたのは十人のみ。これは、つまり例の手紙に誘われた人間達ということになるのだろう。そして、新宿から乗ったのは私ひとり、これが最後ということになる。皆、ちらっと私を見たようだ。車内の十一人の内訳は私を含めて女性が六人、男性が五人だった。

 そして私が後ろ二番目の左座席に座ると、それを待っていたかのように、ゆっくりとバスは動き出した。

 バスは、新宿を出て、中野坂上から、どうやら練馬方面に向かっていることは分かったが、この方面に疎い私は高速道路に乗ってからは、私の知らない道を走っているようだった。

 夕闇から暗闇に変わった見知らぬ道路は、まるで、どこまでも長く続く暗夜のトンネルのように感じた。この先には、ゲームが待っている。ゲームという非日常的な空間と時間が、そこに待っているのだ。


バスの窓から街に舞う雪が見えていた。吹き付ける雪の粒は徐々に大きく、そして激しさが増している。これは大雪になるかなと、ふと私は思った。窓の外の風景は夜の闇が広がっていた。

 乗客は沈黙していた。お互い知らない者同士の旅は、やはり緊張する。だが、私達の共通点ははっきりしている。つまり、すでに百万という現金を手にして、さらに三億の金を賭けた人狼ゲームを行うつもりの人間達と言うことだ。つまりライバルであるが、しかし、人狼ゲームは人狼グループと人間グループにはっきり分かれる。だが、人狼は誰が人狼か知っているが人間は知らされないから推測するしかない。人間は、この洞察力が試されるゲームであり人狼はそれをかいくぐって人間を倒す。これが人狼ゲームと言うことだ。いきおい腹の探り合いということになるだろう。

「煙草は吸えませんかね?」という声が上がった。髪の薄い中年の男性だ。

「ここはバス内だ」と一番年嵩の老人が素早くたしなめた。

すると、「バス内の煙草はご遠慮願います」と運転手が短く答えた。


 男性は、まあ仕方ないと肩を落とした時、私と目が合った。

「すいません、我慢できなくて」と男性は言った。

「いや、まあ、今はどこも屋内は禁煙ですからね。やはりバス内は無理でしょう」と私は答えた。


 男性は、ゆっくりと立つと、私の席の近くまで来た。

「私は青木譲と申します。よろしく」と挨拶した。

 いきおい、私も挨拶を返すことになる。

「私は黒田雄一と申します」

「黒田さんですか、失礼ですが、御職業は」

 さっそく情報の収集か、職業は人となりの目安になる。人間は環境によって行動や思考が左右される生き物だから。

「警備会社の社員です」

 ほうと青木さんは目を見張った。ここは驚くとこか。

「ほう、さすが立派な体格なさっている」

「いや、単なるビルの夜間警備ですから」

 これで私は体育会系の人間と思われたわけだ。まあ、まったく的外れでは無いが。

「青木さんは何処にお勤めで」と私が聞くと、

「家電販売会社の販売員です」と青木さんは答えた。

「するとマネージャーとか」と軽く探りを入れる。

「ええ、フロアマネージャーです」

 なるほど、部下はいる管理職なわけだ。

 すると青木さんが立った。

「どうです、他の人も、自己紹介くらいはしませんか」

「時間はあるんですかね。運転手さん」と私が聞くと、

「目的地までは今夜一杯かかります」と機械的に答えが返ってきた。

 うーん、それは意外だったな、いったいどこまで行くんだろう。


 すると青木さんは頷きながら言った。

「では、時間はあることだし、どうです、皆さん」


 女性の一人が立った。パンツスーツで目の鋭い人だ。彼女は「灰田明子、興信所に勤めています」と短く言った。

「ほう、探偵さん」と青木さんは目を見張った。この人、これが癖か。それにしても灰田さんは探偵か、強敵かな。


 そして順番に名前と職業を全員が明かした。一番前に座ったワンピースの女性が赤城七瀬さんで保険外交員。二列目右の目鏡を掛けた女性が金井祥子さんでパート事務員。二列目左のショートカットの女性は主婦の紺野春子さん、紺野さんはボーイシュな美女だ。三列目左の、紺野さんと対照的にセミロングの艶やかな黒髪で目元涼やかな美女は緑川夏美さんで派遣社員。三列目右の小太りの中年女性は主婦の桃井美冬さん。女性は年齢を言わなかったが、緑川さん、紺野さんが二十代後半から三十初めか、他の女性は多分、三十代から四十代というところだろう。

男性は五列目右の一番年上だと思われる老人が藍田八郎さん、無職。五列目左のスポーツ刈りの二十七歳の青年は白田三郎君、公務員。最後尾でふんぞり返った腰パンジーンズの茶髪の二十二歳と言った若者がフリータの茶川徹君、これが私と四十二歳の青木さんが加わって、総勢十一名の顔ぶれだった。

この十一人を乗せて、バスは深夜の、何処とは知り得ぬ道をひた走って行った。


 それから、しばらく私は青木さんと話をした。ここで私は、あることに戸惑いを感じていたことを青木さんに伝えた。すなわち、この一週間の休暇のことだ。私は会社がすんなり得ることは出来ないと思っていた。認められないなら、ゲーム参加はできない。これが一番の難関だなと思っていたが、申し出た次の日に会社から承諾を得たのだ。こんなに、すんなり一週間もの休暇を得ることは難しいはずだ。だがそれが出来た。他の人はどうだったのだろうかと思ったのである。すると私の当惑を聞いた青木さんは大きく頷いた。

「私もね、あっさり会社が休暇を認めてくれたんですよ。驚きです」

 青木さんも、私と同じだったのだ。ということは主婦を除く他のメンバーも同じようなものだろう。この際、何故、通ったかは詮索しても仕方ない。あとは青木さんの家族や仕事についての、ごく普通の会話をした。まだゲームは始まっていない。この普通極まる人が、三億のゲームを始めたら、さてどう変わるか見ものだが、いや実はもうゲームを始めているのかもしれない。自分をごく普通の、日本人、一男一女の父親であり、ごく普通のサラリーマン。こういう像を私に植え付け、聞き耳を立てている人間に思わせる。そういうゲームをしかけているのではないか。


 私も疑り深くなったものだ。この十日間、人狼ゲームのことばかり考えていた。このゲームで一番得なのは、何といっても、異常者だ。最後まで残ればゲームは異常者の勝ちで三億まるどり。次には人狼がただ一人生き残った場合である。最終的に人間と人狼が一人ずつ残った時、その人間が異常者もしくは裏切り者ではない場合、人狼一人が三億まるどりである。人間は投票で人狼を追放するしかないので、裏切り者と異常者以外の人間二人以上いなければならない。その場合三億は割り勘だ。賞金を考えた場合人狼は限りなく一、人間は限りなく二を目指すはずだ。人狼、人間も賞金を考えたら、味方をあえて切り捨てる場面があるはずだ。多分積極的に、その状況を作ろうとする者が必ずいるはずだと思う。


 すると青木さんが難しい顔になって言った。

「このゲームの目的は何でしょうね?」

「目的って? お金でしょ」

「いや、ゲームをやらせている人の目的ですよ。実験というのは嘘くさい」

 やらせている人間か、確かに気にはなるが。

「青木さんは、どう思っているんですか」と私は聞いた。青木さんは難しい顔になった。

「よくは分かりませんが、もしかして、金持ちの道楽かもしれませんね」

「道楽とは?」

「誰が勝利者になるか賭けるんですよ。本物の人間を使ってギャンブルをする。ギャンブルというのは人間の非常に強い快楽ですからね。ある意味、私達は競馬の馬ですよ」

「本当に、この世でそんな人間達がいるものでしょうか」と私が首を傾げると、青木さんは苦笑した。

「世の中には、裏と表があります。私たちが知らない世界が存在するのは確かでしょう」

「それにしても三億というのは大金でしょう」

 青木さんは私の目を見て笑った。

「宝くじが十億の時代ですよ。私は驚かない」

 私は思い切って聞いた。

「青木さん、三億を信じていますか?」

 青木さんはちょっと顔を固くして言った。

「ええ、信じたいですね」


 信じたいか。まあ私もそうだ。ようはW財団のいうとおりゲームに勝って賞金を得られれば、それでいい。まさか一人百万を投じて殺しもすまい。私たちは今日あったばかりの赤の他人だ。実験ならそれでいいし、ギャンブルならそれでもかまわない。今のところ何のリスクも無い。嫌なら帰れば良い。皆少なくとも百万は得ているはずだから携帯でタクシーでも呼んだらいいのだ。競争相手が減って良い。つまり今のところゲームを拒否する理由が無いのだ。 

その後、一時間位は青木さんと話したろうか、私は眠気がさし、

眠ることにした。青木さんも眠そうだった。多少窮屈だが、仕方が無い。


 私は眠る前に、ぼんやりと窓から外の景色を眺めた。雪が暗い空間の中を降りしきっていた。その道はどうやら木が生い茂る山あいの道らしかったが、木々の向こう側は闇に閉ざされ見えなかった。目に出来るのは、暗い空間の中を真っ白な雪の粒子がバスの車体や、タイヤにぶつかって来る風景だけだ。粒子はしぶきとなり再び闇の中へと吸い込まれてゆく。バスはまるで、海辺を走る船のように水しぶきをあげて、ひた走る。そのバスの走行音だけが響く暗闇が過ぎ去ってゆく。やがて私の視界はぼんやりと、そして、閉ざされていった。


 光を感じた時、すぐに頭は働かなかった。ここは何処? 俺は何をしていたのか。そして、頭で三秒数えた。そして思い出した。人狼ゲームのことを。

 まだ雪が降りしきる朝、私の乗るバスは、白銀の樹々の中に立つ黒い、古びた鉄の門に辿り着いた。バスは門を抜け、雪に覆われて銀色に輝いて連なる、多分杉の樹々の間をゆっくりと走り、その赤い屋根の山荘と呼ぶべき建物にたどり着いた。時計を見ると午前七時三十分。バスは山荘に横付けした。私は最後に降りた。降りるとき、運転手が私の背後を見て、私が最後であることを確認して、チラッと私を見たが、その目に何の感情も私は見いだせなかった。

 バスから降りると、黒のスーツを着た、すっかり髪が無くなった頭の、多分六十代後半の男性が傘を持って私たちを迎えていた。

 皆、それぞれに困惑した顔になっていた。まさか一晩かけて、こんな山奥に連れて来られるなんて思っても見なかった。ここは、いったい何県だろう。さっぱり検討がつかない。山梨か長野の県境あたりか、周りには建物が見えない。私はこんな山奥に来たことが無い。


 その山荘は木造りの、横長で平屋建ての建物だった。赤の屋根に、蘇芳色に塗られた太い丸木が組み合わされた建物が、今銀白色の雪に覆われている。蘇芳色は黒味を帯びた赤色だ。赤が基調の建物が、鬱蒼とした杉の銀白色の白の谷間に建っている、その風景は、都会から、いきなり連れてこられた私の目には非現実的な、不思議な風景に思えた。そしてまたこれは、結構年月の経た建物と見た。それが重厚な雰囲気で独特のものを私は感じた。

 ベランダが入口の横に据え付けられているが、テーブルも椅子も真っ白な雪に覆われていた。ここの住人は、バスの運転手と老人、他に何人かいるのだろうと私は思った。広さはそう大きくはなかったが、それでも維持管理には、それなりの人数が必要だろう。

「皆さま、ご苦労様です。管理人でゲームマスターの結城と申します。入り口はこちらです」と傘を持った老人が告げた。

 私たちは、やや横長の玄関に入り、そのままドアを開けると蘇芳色に塗られた壁がぐるりと囲む広い円形のホールに出た。ここは中も蘇芳色なのか、そして窓がない。ぐるりと円形の蘇芳色の壁に囲まれ、また、灰色に塗られた床、天井の豪華なシャンデリアが、唯一華やかなホールに私は緊張を感じた。多分このホールでゲームは行われるのだろうと思った。


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