追放の夜・第二夜
私は時計を見て、六時二十分を確認して、窓の方を向いた、部屋の窓の外は、白雪が舞っている。雪の量はそれほどでもないが、風が強く吹いて、それがいっそう寒気を強めているようだ。
多分今頃、街では地震の被害の復興に大騒ぎだろう。しかし、この厳寒に閉ざされた山中にまだ外の救いは届いていない。確か3.11地震で、関東地方の地方都市では一週間以上、電気、水道、ガスが止まったところもあったという。都市でさえ、そうなのだから、この深い山の奥では、いったい、この状態がいつまで続くか見当もつかない。
フーと息を吐いて私は椅子から立った。ホールに多分、皆集まって来ているだろう。そして昨日と同じく、夕食の後、話し合いと言う話になるのだろう。多分、ゲーム続行だろうが、多少のためらいもある。一人が病気で死に、一人が行方不明なのだ。正気ならゲームどころではないはずだが、もともと初めから、これは異常な状況で、異常なことをしているのだ。また三億が目の前にぶら下がっている。これは充分、人を狂わせる。ただ、ゲームマスターの結城さんがゲームオーバーを言ったら、皆、正気に戻るかもしれない。私も含めてだ。
私はゆっくりとドアを開けて、ホールに向かった。
ドアを開けると、スクリーンの前に人が集中している。何だまたか、と私はその人だかりに向かって歩いた。
私が近づくと、緑川さんが振り返って私に声を掛けた。
「黒田さん」
「また何ですか」と聞くと緑川さんは体を開いて、スクリーンの前を開けた。
するとスクリーンに学校の門らしきものが映っていた。都立光陵高等学校の青い文字とともに。
光陵高校!
私は愕然とした。何で、何でこれが映っているんだ。私にはその校門が忌まわしさの象徴に思えた。封印していた記憶がよみがえる。三年前に私を絶望に陥れた記憶が、何故ここにある。私は思わず結城さんを探すと彼は自分の机の上にあるパソコンの前に座っていた。いつもの表情、顔色ひとつ変えない、この無表情は、何故この画像を映したかを問うても無駄だと思わせる、多分、理由は知らない、自分は指示されただけとの答えるのだろう。私は再び画像に目を向けた。光陵高校の門を。
「黒田さん」と緑川さんが呼びかけてきた。
「え、ああ」と私は茫洋とした声で答えるが意識がそこに無い。
「黒田さん」と再び呼びかける緑川さんに、私はやっと返事をした。
「あ、すいません」
「いったい、どうしたんです」
訝し気な視線に私は目を伏せた。言いたくない記憶が、いやでも蘇るが、私はかろうじて返事をした。
「いや、何でも無いんです。何でも」
緑川さんは不審な目を外さない。
「何か、あるんですか、あの画像に」
食い下がる緑川さんに私は、つい怒鳴り返した。
「何でもない! 何でもないんだ」
つい出た激しい言葉に目を見開いて驚く緑川さん、そして他の人間達も、いっせいに私の顔を見た。
「いや、失礼、つい」と私は謝った。その時、ふと気が付いた。青木さんの目が何となく泳いで、灰田さんが困惑、赤城さんが固まって、白田君が目をそらしている。なんだろう。
「とにかく食事にしましょう」と桃井さんが珍しく皆に声をかけた。
見ると、淡々と二人の婦人が、テーブルの上に食事を並べている。まったく何の感情も無く、いつものように仕事をこなしている。つい声を荒げた自分が恥ずかしくなる。ここは落ち着こう。
すると右隣の青木さんが、珍しく無口でなんとなくぼんやりと箸を運んでいるような気がする。右隣りの緑川さんは淡々と食事をしている。まずいな、気まずくなったような気がする。女性に怒鳴ったのは元妻以外には無い。ここは、あやまる他無いだろう。
「緑川さん、さきほどは、すいませんでした」というと緑川さんは短く答えた。
「いいえ、気にしてないです」
けっこう冷たい感じだ。まあ仕方がないだろう。誰でも怒鳴られていい感じがしないのはあたりまえだ。
「ところで例の話は」と青木さんが小さな声で言った。
私は緑川さんの方を見た。
緑川さんはすばやくバックから紙片を取り出すと、テーブルの下に手を下げた。私もテーブル下に手を入れてそれを受け取った。
顔は向こうを向いているが、確かに緑川さんの手からそれを受け取った。緑川さんの手は少しひんやりとして冷たく、私は少しドキッと胸が高鳴った。そして、決して、まずくない料理なのだが、今の私には苦い味がする。奇妙な静けさが漂う食事の時間が淡々と進む。食事が終わり、私は自動販売機のあるドアに向かった。青木さんは座っている。さきほど目で合図したが分かったろうか、私はゆっくりと歩いた。よし、すぐに付いてきたらまずいが、青木さんは分かっているようだ
私はコーヒーのカップを握って、少し待った。この空間は暖房があまり効いていないので寒い。口でハーと息を出すと、それは白く透明だった。空気がまるで東京とは違って澄んでいる証拠だ。コーヒーのカップの暖かさが手にじんわりと広がる。
青木さんが十分くらいして入ってきて声を掛けてきた。
「話し合いが始まるみたいですよ」
私が無言で頷くと、続けて聞いてきた。
「それで、緑川さんはどうですか」
私はYESと書いてある紙片を見ながら言った。
「仲間になるみたいですよ、一応」
「一応? ですか」
「青木さんこそ、桃井さんは大丈夫なんですよね」
「桃井さんには、灰田、茶川どちらかを追放すると言っておきました」
「投票サインは」
「大丈夫、話しました」
そうか、まあ何とかなるだろう。私は手短に緑川さんが、赤城さんのグループに緑川さんが誘われたこと、そして緑川さんが私たちを騙している可能性があることを話した。
「赤城さんがね」と青木さんが考え込む。
「とにかく、こんなゲームをやるのなら、相手を百パーセント信じちゃならない、私もあなたも」と私は釘をさした。つまり、あなたも私は百パーセント信じた訳ではないことを匂わせたかったのだ。だが、人は人を信じ切るのは確かに難しいが、逆に疑いきるというのも難しい生き物なのだ。合理的な判断は、実に難しい、感情という得体の知れないものに惑わされる。人間は厄介な存在なのだ。
「それにしても、あの画像は何でしょうね」と青木さんが不安そうに言う。多分私の態度がおかしいと感じているのだろう。私は自分の思いを隠して聞いて見た。
「青木さんは、あの画像に何かあるんですか」
青木さんはいやと首を振った。
「いや、何も無いです」
青木さんの顔を私はじっと眺めた。青木さんは本当のことを言っているのか、あるいは嘘か。青木さんが何かを知っているとして、それは何か、私は知りたいと思ったが、それを言えば、まず私のことを話さねばならない。それは避けたいことだ。あれを他人に話す気は無い。
「とにかく、呼びに来たと言うことにしていますから、早く戻りましょう。皆が不審がる」と青木さんが言った。
そして私たちはゲームの話し合いの場に戻って行ったのだ。
私が席につくと待っていたように灰田さんが、皆を見回すと少し擦れた声で言った。
「皆さん、恐縮ですが、私から結城さんに聞きたいことがあります。よろしいですか」
皆、無言だ。何を言うか容易に予想できるからNOをいう人は居ない。灰田さんは結城さんに顔を向け、話を続けた。
「ゲームマスターにお聞きします」
結城さんは顔を灰田さんに向けて聞いた。
「何でしょう」
「二人の人間が実際消えました。ゲームは続行ですか」
結城さんは頑として聳え立つ壁のように表情を崩さすに答えた。
「私どもで、決めることではございません。皆さんが決めてください。私どもはそれに従います」
予想通りの答えだ。結局我々が決めなければならない。この、ある意味狂ったゲームを続けるか、否か。だが、灰田さんはもうひとつ聞いた。
「結城さん、あの画像は何ですか」と画像を指さした。灰田さんも気になることがあるのだろうか、灰田さんの声に微かな震えを感じた。そして、皆の表情が硬く、押し黙っている。私や灰田さんと同じに画像を無視できない人がいるのだろうか。
結城さんは、淡々と答えた。
「私どもに、画像の意味は解りません、私は指示されたことを行っているだけです」
意味を知らないのは嘘だろうと思う。だが、結城さんの口調は断固として、それを言わないという意志が感じられる。
「指示しているのは誰ですか」
「お教えできません」
結城さんを崩すのは、ほぼ不可能に思える。完璧な壁だ。
灰田さんは「分かりました」と小さく言って、顔を皆に向けると、意を決したように、強い声で皆に聞いた。
「どうしますか、皆さん、ゲームは続けますか、止めますか」
「どうも、こうもねえ、続行に決まってんだろ。一人は病気だし、ひとりは、どっか他所に行ったんだ。それに決まっている。だいたいこんな山奥で、携帯も繋がらない状況で何をやるってんだ」と言ったのは、もちろん茶川君だ。見事に皆の本音を代弁している。
しかし灰田さんが反論する。
「ゲームを止めて、復旧を待つというのもありですよ」
これは灰田さんが、一応まともなことを言っておこうというのが透けて見える。ただ気のせいか灰田さん歯切れが悪い。
緑川さんが手を挙げた。
「皆さん、このゲームの奇妙さは分かりますよね。これは、もはや人狼ゲームでは無い。人狼の名をかりた別の何かが動いているような気がします。お二人が消えたのは確かに怖いですが、このゲームの果てに何があるか知りたいです」
緑川さんが奇妙さと言った時、緊張した顔になった人間が多々見えた。そう奇妙さと言えば、あの画像だ。
だが、茶川君が薄笑いをして緑川さんを見た。
「そんなもん三億に決まっているだろ」
緑川さんはいやと首を横に振った。
「それだけではないと思います」
「じゃ何?」
「分かりません、だから、やるんです」
「あんた、三億を欲しくないの?」
緑川さんが茶川君を視る。
「いいえ、お金は欲しいですよ」
茶川君は目を開いて、緑川さんに指をさした。
「面白いねえ、美人のお姉さん」
緑川さんは平然としている。
「人を指さすのは、失礼ですよ」
茶川君は肩をすくめた。
二人のやりとりを他の人たちは皆、黙って聞いていた。何となく奇妙な静けさが、この場を支配している。何だろうこれは。茶川君に物言う人間は緑川さん以外居ない。
灰田さんはきっと顔を固くした。意を決したな。ただ灰田さんは実は司会とは決まっていない。成り行きでそうなったのだが、灰田さんが意図してやっていると思わなくもない。そして彼女は宣言した。
「皆さんで、ゲームから降りる人、いますか。やめる方は手を挙げてください」
誰も手を挙げなかった。GO TO HELLだ。ただ、灰田さんはゲームをやる人はいるかと問わなかった。そう問うていれば、果たして結果はどうだったろう。この問いの違いは大きい、積極的に降りると言う人が出ないだろうという前提で問うたような気がするのだ。灰田さんも詐術を弄している。
「皆さん、続行同意みたいですね」と灰田さんは皆を見回して言った。私はノートにゲーム続行と書き、二回目話し合いと加えた。
白田君が手を挙げた。おや積極的だな。だが、確か、前の回でも話のとっかかりは灰田、白田だったような気がする。これは、人狼の連携か。ただし、前回、灰田さんは藍田さんを、白田君は紺野さんを追放としていて、一見、つながりは無いとはいえるが、それも手かもしれない。仮に二人が、あらかじめ人間と思われる人を二人選んで置いて、どっちに転んでもいいようにするという可能性もある。私は灰田、白田、注意と記した。
白田君は言った。
「藍田さんは、襲撃されたんだから、人間ですよね。占い師かどうかわかりませんけど」
すると緑川さんが、すかさず、手を挙げた。
「少なくとも、人狼は藍田さんを占い師だとは思っていないはず」
白田君が目をパチパチ瞬かせて聞いた。
「何故ですか」
「前の話し合いで出たでしょう。占い師は簡単に殺さなれないって、X仮説って言うんですよ。この仮説、まだ今の段階では生きている」
まいったな、先に言われちゃったよ、X仮説。
「うーん」と白田君は唸った。何だ文句があるのか。すると、赤城さんが反応した。
「X仮説ですか、でも占い師を名乗った二人がいなくなった。占い師は居なくなったんですかね、占い師がいたら、出てきて欲しいですね」
私は手を挙げた。
「私も赤城さんと同意です。一夜が過ぎました、と言うことは、占い師が生きているならば、誰かを占ったはずです。その結果が知りたいですね、占い師が生きていたら名乗ってくれませんか」
皆、少し緊張した顔になった。果たして占い師は出てくるか。出たとして本物か。私が占い師なら、どうするか、様子を見るか、積極的に出て皆を味方にするか。
また、X仮説を信じるなら、占い師は出るだろう、しかしX仮説を信じないなら出ない。しかしその場合追放される可能性がある。
私は、人間の場合とノートに記す。人間は本物の占い師を追放することは無い。人間の立場で言えば占い師が、まず一人人狼を当て、それが追放されて、夜の襲撃で騎士に占い師を守ってもらう。そしてもう一人の人狼を占って見つけ出すのが理想だろう。
一方人狼は、今九人で明日までに必ず七人になる。そして次は五人になる。もしも人狼が二人生きていて、人間が三人だとする、ここが分かれ道だ。人狼が一人勝とうと考えたら、ここで占い師に前の夜に片割れを占ってもらって、追放する。そして市民を襲撃する。この場合、人間の構成が問題だが、騎士がいないとすると、多分占い師を襲撃する。それで三人、ひとりが裏切り者なら人狼の勝ちだ。そうでなければ人間の一人を全力で、もう一人の人間に人狼だと思い込ませる。そして人間の一人を追放し、人間と人狼が同数になって、人狼の一人勝ちだ。
こういうストーリーになると思うが、現実は多分そう旨くはいかないだろう。




