疑心暗鬼
そして私は例のサインを緑川さんに提案したところ彼女は了承した。すなわち、追放は灰田なら頭を撫で、茶川なら顎を撫で、多数決。そして同点なら自由投票。もし決められないなら腕組とします。腕組が二人出たら自由投票。ことが決まれば、ここに長居は無用だ。私たちはタイムラグをつけて建物に入ることにした。
別れるとき、緑川さんが私の目をじっと見て言った。蠱惑的な目だ。
「黒田さん」
「何ですか」
「黒田さんは、三億で、人を殺せますか」
私は、ぎょっとした。この質問はどういう意味だ。「それは……」私が言葉に窮すると、緑川さんは「フフ」とほほ笑むとくるっと背を向けて、私から離れた。 女は謎だ。
私は黒門を抜けて、樹々に挟まれた、雪道をさくさくと歩く。東京に住んではいるが、根が雪国生まれなので、滑って転んで怪我をすることはまずない。だが、結構深い雪だ。しんと静まった空間に、時々雪の重みに耐えかねて樹がたわみ、ばさっと、雪が地に降り落ちる音がする。この周りには、本当に樹々と雪しか無い。
そして歩き始めて、十五分くらいで、道が倒木でふさがれた場所に来た。人影は無い。まだこの方面に捜索の手が来ていないのだろう。Xの形で、何本かの木が重なっている。四駆の自動車でも乗り越えるのは困難だろう。私は木に手を掛けてのぼろうとしたが、雪で滑って無理だった。向こう側が分からないので、やはり不安になる。この道の向こうに国道が通っているから、山荘はこの道を通ってしか抜けることが出来ないのだ。まったく不便なところに造ったものだと思う。何か災害があれば孤立するのは明白だが、人の交流を避けた建物を造りたかったとしか思えない。
私は、重なった木の上に座って空を見上げた。朝は青一色だった空に、雲が湧き始めている。夕に向かって、気候が変わろうとしている。天候の不安定は北国の特徴だ。風も何か湿気を帯びた冷たい風になっている。また雪が降るのだろうか、すると、ますます孤立が続くことになる。
灰色に近くなってゆく空を見上げながら、濡れた倒木の隅に腰かけて私は考えた。裏切り者は誰かとふと思った。裏切り者の定義から、その行動はどうなるだろう。人間なのだから、それらしくしなければならない。藍田さんは襲撃されたから人間なのだが、占い師かどうか分からない。裏切り者ならばX仮説により人狼に狙われないよう占い師を名乗ったということだ。やはり私は藍田さんを疑っているらしい。そういう意味では、やはり紺野さんは、もしかして本物の占い師か、
赤城さんは目立たないようだが、ゲームを円滑にする方向にあると思う。X仮説が出る以前に占い師が人狼に狙われるから危険と言っていたと思う。つまり占い師は簡単に身分を明かすなということだから、この時点での、この言は人間のものと言える。
桃井さん、白田君は今のところ目立たないから判断の材料が少ない。青木さん、茶川君はいうまでも無い。全部の可能性がある。私が人狼なら、灰田さんと茶川君が一番たのもしい味方だ。と私は考えたが、何のことは無い。一番、手強そうな人間を選んでいるだけだ。
また異常者の行動が、さっぱり分からない。人間、人狼を全部敵にまわして、果たして生き残れるとは到底思えない。だから、そのハンデがあるから、金を独り占めできるのだろう。自分がそうなら、どうするか、まず自分が利口だと思わせてはならない。しかし馬鹿だとされると、必ず人狼の標的にされるし、人間にも見放される。これは多数決のゲームだから異常者は一対十の闘いを強いられるのだ。異常者を追放する点で人狼と人間は利害が一致する。ここでハッとした。それを回避するにはⅩ仮説に拠って、占い師ではないか。異常者が占い師を名乗る確率は高い。今、占い師と思わせているのは茶川君だ。彼が異常者か。だが断定するのは速い。占い師を名乗った二人がいた。つまり紺野さんも藍田さんも異常者だった可能性があるということだ。
それと緑川さんが本当に仲間になっているかどうかだ。緑川さんは、赤城さんにグループをつくることを誘われていた。メンバーは今のところ、赤城、金井とまでは分かっている。二人とも、追放者を紺野とした人たちだ。そして金井さんは人狼の行動として、人間の買収を指摘した。これは人間の発想のような気がする。実際金井さんが人狼なら、そうしていただろう。だが単なる仲間づくりを選んだ。何故なら、金井さんは人間だから。これが面と向かって金井さんに言われたなら、少し疑うが、赤城さんの口から得た情報だけに、かえって真実味をおびる。ただ金井さんが裏切り者の可能性はある。買収を思いついたからには、人狼に味方して積極的に人狼の買収を進めるはずだ。真の人狼に金で味方にしろと言うかもしれない。だが緑川さんが、彼女らに乗ったのなら、彼女らを一応人間としているのかもしれない。そして私を騙していることになる。だが、緑川さんは赤城さんに誘われたという事実を私に知られている。それを承知で、私に乗ったふりをした。それは私達の中に人狼がいると考えているかもしれない
だが逆に本当に私達に乗ったなら、逆に赤城さんか金井さんを人狼と思っているのではないかということだ。
また赤城、金井グループは誰を選ぶだろうか、だが、ここまで考えて気が付いた。赤城、金井グループは緑川さんだけに声をかけたのだろうか、紺野さんを追放とした中に、もう一人白田君がいる。白田君は果たしてフリーかどうか分からない。また、緑川さんが本当はどちらか、この答えは、今日の夜の話し合いで分かるかもしれない。一応、灰田、茶川どちらかを追放を選んだら、私達に乗ったと思うが、選ぶ人間が被ったら、まだ分からない。
そして灰田、茶川は、今のところフリーに近いと思う。青木さんに灰田さんが怪しいと言っておいたから、青木さんは灰田さんに声を掛けていないと思う。また赤城グループは藍田追放とした灰田さんを仲間には入れないだろう。茶川君は、あの性格でグループを作るとは思えない。そしてなにより自分もまた孤独なコマにすぎない
すると、灰色の高い空から、ちらちらと粉のような雪が舞い始めた。気温が急激に下がってゆくのを私は感じた。大雪にならないと良いがと半ば祈りながら私は立って、人狼の館に帰っていった。




