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狼の山荘  作者: 東雄
11/32

紺野・消失

 息苦しいホールだが、今、NO9の部屋の近くには居たくない。

いずれ帰らねばならないが、今、とてもその気になれない。皆、同様の気持ちだろう、だが外部に、特に、警察、消防署、病院に一切連絡取れないという状況は、こんなに恐ろしいものかと思った。

男は全員ホールに居た。茶川君はスマホを弄っているが。

 緑川さんと灰田さんが女性陣では残っている。だが、そう言えば紺野さんがいない。おかしいな。こんな騒ぎになっているのに。


 私は緑川さんに聞いた。

「紺野さんは、どうしたんでしょうね」

 緑川さんは頷いた。

「ええ、昨日の夜は確かに居たんですけど」

 灰田さんも続ける。

「今朝は、だれも見ていないようです」

 またもや、嫌な感じがする。彼女は追放された身なのだ。私はしばらく考え込んだ。おかしい、こんなに騒ぎの中で、いっさい顔を見せないのは異様だ。異様なことに異様なことが重なっている。

「ちょっと行って見ませんか、部屋に」

 男一人では行けないので緑川さんにそう言った。

「どうします、灰田さん」

 灰田さんはしばらく考え込んだが、うんと頷き、

「行ってみましょう」と意を決したように言った。灰田さんもおかしいと感じているようだった。

 男全員で行くのは憚られるので、結局男は私と青木さん、そして緑川さん、灰田さんが行くことになった。紺野さんの部屋はNO5だ。 女性の部屋に通じるドアのノブが、思わず冷たく、私の胸に不安が広がった。


 廊下の奥から二番目の部屋がNO5だ。廊下はしんと静まりかえっている。確かに、男性の部屋もそうだが、各部屋の防音は完璧だ。廊下には私たちが歩く以外、何の音もしない。私達四人はゆっくりと歩いた。わずかの距離なのだが、何かとても部屋までが遠い気がして、まるでストップモーションの動画を見るように、私達は進んだ。


 まずは灰田さんがインターフォンを鳴らすが、返事が無い。再度押すが、返事は無い。灰田さんはドアノブを握った。ゆっくり回すと、がちゃりと金属音がした。

「鍵、かかっていませんね」と皆を見回して灰田さんは言った。喉がゴクッと鳴った。藍田さんの横たわった姿がいやでも頭に浮かぶ。これは、まさか。

 だが、部屋の中は予想とは違っていた。

 窓が開けられて、冷風が部屋の中に吹きつけていた。寒風で部屋の中は凍りつくような寒さだ。四人は順番に部屋に入ったが、私はぶるっと震え、寒々しい部屋の中を見回した。しかし、そこに紺野さんの姿は無かった。

 灰田さんはベッドの布団をまくり上げたが、誰も居ない。緑川さんと青木さんは呆然と立っている、私は、窓の外を覗いたが、一面に真っ白な雪が、林の向こうまで続いている。そこを通った人間はいないということだ。

 皆、呆然として立っている。私も事態がうまくつかめない。

「どこかに行ったんですよ、そうでしょう」と希望的観測を青木さんは吐いた。私はゆっくり言った。

「この雪山の中のどこに? しかも一人で?」

「それは……でもだったら、いったいどういうこと?」

「分かりません」

 まったく見当のつけようが無い。この深い雪山の何処にも行きようがない。ゲームに負けたから、やけになって出て行ったのだろうか、しかし、もしそうなら自殺行為だ。その判断がつかないほど紺野さんが馬鹿とは思えない。


「結城さんを呼んできます。まだ紺野さんは、この家の中のどこかにいるのかもしれない」と私は言った。

「そうですよね、私等の部屋とは別の部屋があって、ゲームからの脱落者はそこにいるのかも」と青木さんが口ごもりながら言うと、

「でも藍田さんは部屋に居た」と緑川さんが反論した。青木さんはうっと詰まった。私はそれを無視した。

「とにかく、結城さんに話します」 

 灰田さんがうんと頷いた。

「そうですね、結城さんには、黒田さんがお願いします。緑川さんはここに居て、私と青木さんは、女性に声を掛けて、とにかく探してみましょう」

 緑川さんは無言で頷いた。私はNO6から出ると、ホールに出るドアを開けた。そして、そこにいる茶川君、白田君に声を掛けた。

「紺野さんが見当たらない。皆探してくれ」

 白田君が戸惑った声で言った。

「探すってどこを?」

 私にも分からないが、面倒なので言い放った。

「とにかく、どこか!」


 私は初めて管理室の黒いドアに手をかけた。遠慮してくれと言われているが、今は遠慮している場合では無い。ドアを開いてみると、そこから、やや埃がたまった階段があった。煤けた蘇芳色の壁が十メートルくらい下に伸びている。ここも蘇芳色か、この館の主は、よほど、この色が好きらしい。地下に伸びる空間はしんと鎮まって冷気に満ちていた。私は階段を下り、階段の裏手に位置する銀色のドアに手を掛けた、つまりこのドアの向こうはホールの真下にあたるわけだ。私はドアノブを握った、しかし鍵が掛かっている。ドアの横にインターフォンらしき物があるので、私は呼びかけた。

「結城さん、黒田です」

 インターフォンから声がした。

「何でしょう?」

「紺野さんの部屋に紺野さんがいません。結城さんは何か知っていますか」

「……」

「聞いていますか、結城さん」


 するとがちゃりと音がして、扉が開かれた。

 ちらっと部屋の中が見えた。白いモニターが無数に並んでいるのが見えた。なるほど防犯カメラのコントロールはこの部屋か、結城さんの居住も兼ねているのだろう。この建物を維持管理するには相当数の人間が居るはずだと思うが、私たちに接触するのは結城さんと武藤さんと二人の給仕だ。私たちの知らない空間がそこにある。

 だが、今は紺野さんだ。

 結城さんは、ドアを閉めて言った。

「とにかく、上へ行きましょう」

 職務に忠実な管理人だ。だが、少し、落ち着き過ぎではないか、

もっと、あわててもいい状況だ。私は、目の前のドアの中を見せて欲しかった。が、ここで押し問答をしても仕方が無い。私は階段を結城さんと共に上がった。


 ホールには誰も居なかった、皆で紺野さんを探しているのだろう。私と結城さんは紺野さんの部屋に向かった。

 部屋には緑川さんが一人立っている。これは正解だ。立ち入りを制限し、現場保存だ。 結城さんも、さすがに部屋の様子を見て驚いたと思うが、顔色は変えない。私は単刀直入に言った。

「結城さんは紺野さんが、何処にいるかは知っていますか」

 結城さんは、いやと首を振った。

「いや、分かりません。原則、脱落者は、自室にいていただくことになりますので」

「従業員の方で、心あたりがある人はいないんですかね」

 私は、ちょっと結城さんに反発を感じながら聞いた。なんだろう、この落ち着きは。すると緑川さんがゆっくり聞いた。

「脱落者は、行動の自由は制限されるんですか」

「一週間、この館に居てもらう以外に、ゲームに関わらない限り、制限する行動はありません」

「立ち入りの制限をした部屋は管理人室だけですか」

「皆さまには、ホール、自室以外関係ないかと思います」

「とにかく、結城さんが把握できる場所を探してください。それと防犯カメラもチェックしてください」と緑川さんが言うと、結城さんは答えた。

「承知しました。ですが、私の責任は、あくまで、この建物内です。自分で出て行かれたのなら、仕方ありません」

 これにはむっとした。

「この雪で、山で、しかも道路が通っていないのに、一人で出てゆくなんて考えられますか」

 結城さんは表情を変えないで言った。

「あくまでも可能性の問題です」


 見上げたもんだ。ここまで、当事者ではないと主張するか。

 そういうと「では、私はスタッフに聞いて見ます」と言って、部屋を出た。なにか冷たい。今に始まったことでは無いが。

「あの態度、どう思います」と私は緑川さんに聞いた。

「まあ、管理人としては完璧ですね。いっさい感情が感じられませんが、よっぽど腹のすわった人かと」

 どうしたら、あのキャラクターが生まれるか、知りたいところだが、やはり反発を覚える。

「何か部屋にありますか?」と私は緑川さんに聞いたが、

「いや、見事に何も無いです。本当に紺野さん、ここにいたのかなっていうくらい何もない。普通ゴミ箱とかベッドとかに何かあるものです。それが一切ない」

「でも、紺野さんが昨日まで部屋に居たことは知っていたんでしょう」と私は聞いた。

「ええ、それは……」

 紺野さんは痕跡を何も残さず消失したか。確かに変だが、問題は、今紺野さんがどこに行ったのかということだ。

「とにかく、私はちょっと外に出て見ます。緑川さんは、ここを離れないで」


 私はそう言って、部屋を出ると、ホールを過ぎ、玄関を出た。

見事に晴れ上がった空に太陽が輝いている。光が銀白色の雪に降り注ぎ、眩しいほどに輝く林の間を縫って、私は表門に向かう。道は緩い下り坂だが、けっこう距離があった、ちきしょう、なんて長い道なんだ。これは一人で、夜出たら必ず凍死する。

 黒門を通り抜け、私は公道にでたが、曲がりくねった林道が続くだけの風景が目に入る。林道にはまだ雪が積もって、氷のようになって、足元が危うい。しばらく、多分我々が来たと思われる方向に歩いていると、途中で白田君に出会った。


「だめです、この先、まだ木が倒れていて前には行けません」と白田君は言った。

「この先に建物はあるの?」と私が聞くと、白田君は首を振った。

「ありません」

「やっぱり、外には出てないな」

「僕もそう思いますよ。こんな雪道、女性一人が行けるわけがありません」

「しかし、じゃいったいどこに?」

「分かりません」

 可能性は、つまり紺野さんは山荘のまだどこかにいるか、もしくは自らか、他人によって死んだか、どちらかだろう。結城さんの冷たい表情が目に浮かぶ。

 私たちは、あきらめて、山荘に帰ることにした。帰りながら白田君が呟く。

「そう言えば、山荘には裏に入口があるみたいですね。さっきぐるりと回ってみたんですが」

「入口?」

「ええ、入口と言うよりは駐車場かな、シャッターが下りていて、バスがあそこに止めてあるんでしょね」

「なるほど、そこから出入りできる」

 白田君はうんと頷いた。白田君はため息を吐いた。

「まったく、よりによって、追放された者が消える、襲撃された者が死ぬなんて、どうなっているんでしょうね」


 私はふと、普通ありえないことを思いついた。

「この人狼ゲームは追放と襲撃をされた者が、本当に消えるルールじゃないのか」

 白田君は目を見張る。

「消えるって、どういうこと」

「つまり、強制的に消される」

 殺されたとまでは言えなかったが、もしかしてそういうことかと思った。

 だが白田君は首を振った。

「藍田さんは病死でしょう」

「本当にそうかな」

「誰かに殺されたと言うんですか?」

「……」

「ドアには鍵がかかっていたし、窓も内側から施錠されていました。しかも間違いなく藍田さんは一人でした。どうやって殺したんですか」

 そうなのだ、あの部屋は密室だったのだ。だがマスターキーさえ手に入れば別だ。この場合、最大限怪しいのは結城さんだが、彼には殺す動機が無いとは言える。だが私たちの知らない何かあるのか。

「それにルールがそうなら、藍田さんも消えているのでは」と白田君がさらに言った。確かにそうとも言える。私は混乱した頭のまま山荘に帰った。


 ホールには青木さんが一人座っていた。何かぼうとした顔だ。急展開する状況について行けないのか。

「青木さん、どうですか」と私は声を掛けた。

「あ、ああ駄目です、男性の部屋には何もありません」

 まあ、そうだろうな。私と白田君は、椅子に座った。とにかくやることがない。それに疲れた。すると茶川君がズボンのポケットに手をつっこんで、ゆっくり歩いて来る。

「何か、あった?」と私が聞くと、

「いや」とめんどくさそうに答えた。この態度にもなんとか慣れた。すると「そう言えば」と茶川君が呟いた。

「何だ?」と青木さんが敵意丸出しで聞く。

「藍田のじいさんの部屋鍵がかかっていた」

「当然だろ、中に死人が居るんだ」

「別に、俺は気にしないがね」

「俺は気にする」


 まるで漫才だ。青木さんと茶川君は案外、逆に合っている。

 二人はというよりは青木さんが茶川君を睨んでいると、女性陣全員がホールに入ってきた。私は灰田さんに聞いた。

「どうですか」

 灰田さんは黙って首を振った。皆、黙って座るのみだ。

 すると結城さんが玄関からのドアを開いて入ってきた。灰田さんが立って聞いた。

「どうでしたか」

 結城さんは首を振って言った。

「ここの建物は表口と、裏口があります。このホール及び皆さんの部屋は裏口に通じておりません。管理人室と、ガレージの入口が地下に通じていますが。地下にはスタッフルームしかありません。皆に確認しましたが、紺野さんを見かけたものはありません」

 スタッフルームか、そこに居るのかもしれないが。彼らに紺野さんを隠す理由が分からない。もはや、紺野さんは脱落者なのだ。

「防犯カメラは、どうですか」と緑川さんが聞いた。

「紺野さんが映っている最後は、今日の五時ころ、玄関から出た

画像がありました。しかし暗いため鮮明ではありません」

 今日の朝か、外に一旦出たのは間違いないか。どこへ行ったのか。

「玄関から、裏口に向かっったんじゃないですか。そこから入れるんでしょう」と緑川さんが疑念を挟む。

「お望みなら、スタッフルームを調べてもらって結構ですが」

 顔色ひとつ変えないでこう言われると反論のしようがない。多分紺野さんはいないのだろう。

「では一回見せてください」と緑川さんは食い下がる。

「分かりました。他にはいませんか、希望者があれば地下をご案内します」と結城さんが言うと、灰田さんが手を挙げた。

「念のために」

 結城さんは頷いた。

「では、まいりましょう」


 私は手を挙げなかった。ああいうふうに断言するのは、それが真実だからだ。行っても無駄だ。大きなからくり部屋があるのかもしれないが、それを必要とする意味が分からない。脱落者はおとなしく部屋に居ればいい。ルール以外は自由なはずだ。

「行っても無駄なのに、ご苦労さんだ」と茶川君がズバリ言った。

まったく口は悪いが正鵠を得ている。

「でも、確かめるのは必要でしょ」と白田君がたしなめるように言った。だが茶川君はふんと鼻を鳴らす。

「じゃ、あんたも行けば」

「……」

 白田君は黙った。誰も茶川君に反論しない、つまり、この場に居る人間は皆、無駄だと思っているわけだ。茶川君が呟いた。

「まるで、デスゲームだな、脱落者が本当に消える」


 皆、しんとした。死のゲームか、確かに、藍田さんは死に、紺野さんは忽然として消えたのである。二名の脱落者は、私達の目前からいなくなった。襲撃された藍田さんが人間だと確定したが占い師かどうか分からない。紺野さんは、あらゆる可能性がある。これらの情報は本人からは聞くことは禁じられているが、陰でこっそり聞く事すらできなくなった。

デスゲームか、まだ信じることは出来ないが、重く、その言葉が心にのしかかってきた。

結局、その後、私達は、口を開くことなく、灰田さん達を待った。

灰田さん、緑川さんが悄然として帰って来たのは、ほぼ三十分後。誰も、何も聞かなかった。時間はとっくに昼を超えている。私達はおそい昼食を取った。もちろん緑川さんとは話しできなかった。それどころではなかったからだ。


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