表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼の山荘  作者: 東雄
1/32

ゲームの始まり

登場人物

黒田雄一・警備員

青木譲・家電従業員

灰田明子・興信所勤務

赤城七瀬・保険外交員

金井祥子・パート事務員

紺野春子・主婦

緑川夏美・派遣社員

桃井美冬・主婦

藍田八郎・無職

白田三郎・公務員

茶川徹・フリーター

以上十一名が人狼に招待された人々である。


 私、黒田雄一は年も押しせまったその日の朝、警備の深夜業務を終え、ビルの外に出た。冬晴れの、冷たいが澄み渡った光を顔に感じた。多少強めの冬風が、眠気を覚ましてくれる。

勤務地の歌舞伎座に近い商用ビルを出ると、サラリーマンやスーツをピシっと着こなす女性たちが、足早に、私と逆方向に過ぎ去ってゆく。私とあの人たちは道も生活も逆方向なのだ。私は帰宅し、あの人たちは、勤務地へと向かう。こんな生活を、もう二年間続けている。ふーと一息、白い息を吐くと、私は黒いコートの襟をたてて、地下鉄の銀座駅に向かった。


 通勤客で、大混雑の地下鉄丸の内線を池袋まで、少しの隙間も無い空間に押しつぶされ私は、ゆらゆら揺られながら、夜勤の疲れで眠りそうな体を、かろうじて支えていた。四十も過ぎると、四、五時間の睡眠では少々堪える。人間の老化は四十から始まるそうだ。

 池袋からは、通勤客とは、ほぼ逆のコースだから私鉄の電車の席に座れる。座席の暖房は、体に心地よい。本当に眠りそうになり、隣の人の肩に触れて、あわてて態勢を立て直す。そうやって約三十分、最寄りの駅に下りて、駅前の商店街を抜け、住宅地に入ると、やはりほっとする。


 灰色の二階建てのアパートの階段を、ゆっくり上がり、階段口から二番目の自室の鍵を開けた。そしてポストに手を突っ込み、新聞と共にその黒い手紙を掴んだ。すると差出人を見ると銀色の文字でW財団とだけあった。海外あたりの財団の寄付願いか、しかし黒とは不吉だなどと思いながら、私は部屋に入った。

 インスタントコーヒーを飲みながら、ひんやりとした部屋に一人、炬燵とガスストーブの温度が上がって来るのを待つ。部屋が温まるまでの間、私はじっと待つ。部屋を暖めてくれる人の居ない生活は、こんな時、侘しくも寂しいものだとつくづく思う。


 ニ年ほど前に前職を辞してからすぐに妻とは別れた。妻は私の辞職に至った思いを理解できなかった。いや理解させる力が私には無かったというべきかもしれない。私と妻の良子は、とうに心が離れていた仮面夫婦だった。子供も居ない。四十三歳での退職は単にきっかけにすぎない。私は基本的に女性に弱いことを自覚している。自分の思いを女性に伝えるのが下手だ。

 私は目の前にある黒い封筒を手に持ち、鋏を入れた。封筒の切り口を逆さすると、中からぱらりと一枚の文書と何と! 百万と記載された紙片が出て来た。思わず私はそれを凝視した。いったい何だ、これは! 良くは知らないが、小切手というものではないか。百万の小切手、こんなものが、こんなに無造作に普通郵便で届くか。私は混乱し、急いで文書に目を遣った。すると次のような文字が並んでいた。すなわち、


「突然のお手紙、失礼いたします。このたび、当財団において、事業の一環として、一種のコミュニュケーション実験を行います。この実験には現実の人間の方が必要なのでご協力をお願いするわけです。そこで日本国民からランダムに選ばせていただいた方にこの手紙をお送りしています。実験については次の様になります。

一・私どもの手配したバスで、ある場所にご招待いたします。

二・その場所で、あるゲームを行っていただきます。

三・このゲームが本物の証明として別紙のとおり百万お支払いします。

以上、手紙にはここまでとし、このあとの詳細については、ホ

―ムページにて掲載いたしますので、ご興味の湧いた方は次に記したサイトにアクセスしていただければ幸いです。なお、この手紙に不審を抱いた方は廃棄してください」

このような文の次に、ホームページのアドレス並びにそのホー

ムページに入るためのパスワードが記されていた。

 ゲーム、参加料百万だと? 手のこんだ悪戯か? だが、これが本物の百万だとしたら、どうだ。いったい、誰が何のためにこんなことをしているのか、否が応でも興味は湧く。だが、あくまで百万が本物としたらだ。私は、文面と小切手らしきものを三十分睨んで、行動を開始した。


駅前の銀行に行って、私はそれを窓口に示した。すると結論としてこの小切手が本物であること、支払いは自銀行でもできるという回答を得た。これは本物だったのだ。あまり、もたもたしてると挙動不審だと疑われるので、いったん私は家に帰った。

私は。黙って何もしなくても百万が転がり込んだのだ。私はW財団とはいったい何かを知りたくなった。情報はホームページにある。ホームページにアクセスした途端にウイルスか? だが、それだけのために百万をタダで支払うか? とにかくいったい何があるか知りたい。多分、相手の思惑どおりに動いていると知りつつ、私はパソコンの電源を入れた。


そして見た。ホームページのトップに、きりりと立つ狼の姿と

WOLFの銀文字を。W財団のWはWOLF、すなわち狼だったのだ。その画像は、切り立った壁の上にすっくと立つ銀色の狼だった。 


 その画像をクリックすると、文章が現れた。すなわち、

「狼とは赤ずきんちゃんの話の様に悪の存在として認知されておりますが、決してそのような存在ではありません。狼は崇高な魂を持ち、仲間と家族を何よりも大事にする尊敬すべき存在なのです。シートンが記したように狼は人間に決して従属しません。野生の、あくまで孤高の存在なのです。自分たちを害する人間には厳として闘います。


私たちは、このような狼と人間の闘いのゲームを用意いたしました。このゲームの賞金は三億とします。ゲームとは、すなわち人狼ゲームです。ゲームの内容は次の様になります。


①参加者は十一名。

②参加者は人間と人狼側に別れます。人間は九名、人狼は二名。これは事前に配るカードによって決まります。参加者は自分以外の誰が人間か人狼か分かりません。但し人狼はお互いを知ることができます。

③ゲームは人間のターンと人狼のターンに別れます。(ふん、人狼の時間と人間の時間か)

④人間のターンは参加者全員が話し合いの場を設け、午後九時までに皆さんには人狼と思われる者を多数決投票で追放してもらいます。追放の理由は自由です。しかし投票の棄権は許されません。必ず自分以外の一人を指名してください。一人でも投票がなされない場合は全員、脱落します。なんと厳しいな。

⑤人狼以外の参加者は午後十時から朝六時まで部屋にいてください。(結構長いな)

⑥人狼のターンは午後十一時から午前一時までの間に、人狼が誰かひとりを襲います。襲撃された参加者は脱落いたします。人狼が襲撃を行わない場合全員脱落します。また人狼は人狼を襲撃できません。(なるほど、人狼は直接対決できないわけだ)

⑦人間が投票で人狼二名を追放すれば、人間の勝利です。人間と人狼の数が同数になった場合、人狼の勝利です。

⑧人間には特殊な能力を持った能力持ちがいます。すなわち占い師、騎士、裏切り者、異常者がいます。

⑨占い師は一晩に一人、誰が人間か人狼かを占うことが出来ます。占い師が襲撃された場合、占いの結果は分かりません。占い師は能力までは分かりません。人狼か人間か、それのみです。(これは意味深だな。よくよく検討しなければならない)

⑩騎士は一晩に誰か一人を人狼から守ることができます。但し誰を守ったか、騎士にしかわかりません。もし人狼が騎士が守った者を襲撃の対象とした場合、襲撃失敗となり、その夜の脱落者はゼロとなります。但し、騎士は同じ人を連続して守ることは出来ません。そして騎士は自分を守ることは出来ません。

⑪裏切り者は、人間ですが人狼側です。もし人狼側が勝利した時、人間でありながら勝利します。また生き残っても人間が勝った場合には賞金はもらえません。ただし、追放あるいは襲撃されれば、脱落します。また人間ですから人狼の襲撃を受ければ脱落します。裏切り者は人間が勝った場合で生き残っていても賞金を受け取れません。

⑫異常者は人狼にも人間にもつかず、最終的に残れば、その時点で人狼及び人間の勝利は無効になり、ゲームの唯一の勝利者になります。また人間ですから人狼の襲撃を受ければ脱落します。(なんだ異常者か、実感できないが、やってみれば分かるかも)

⑬襲撃を受けた者が、占い師、騎士、裏切り者、異常者であったかどうか残った者には分かりません。

⑭以上の説明をお読みになってゲーム参加を希望する方は、下記のW財団宛てにメールを送付してください。後日、ゲーム開催日を連絡いたします。

⑮勝者が一人の場合は三億を支払います、複数の場合は賞金を分けることになります。割合は当事者で決めてください。


 パソコンの画面に現れた文書に私はうーんと唸った。三億のゲーム! まいったな、人狼ゲームか、確か、昔テレビでやっていたような気がする。私はキーボードを「人狼ゲーム」と叩いた。すると例によってウイキペディアが現れた。ウイキペディアによれば、もともとはヨーロッパ伝統のゲームがアメリカでこれを人間対人狼にアレンジされ人狼ゲームとなった。案の定ネットで広がり、いろいろな能力が考案されたということだ。具体的なゲームのやり方はW財団のホームページに書いてあるとおり、ただ人間の能力については色々あるようだ。


 つまり賞金を賭けたゲームをやるわけか、しかし何故に私にという思いは拭いきれない。また、いろいろ疑問がわく。何処でやるのか、ホテルか、レストランか、また肝心なのはGM、ゲームマスターはどうするかだ。テレビ番組では、声のみのゲームマスターがいたような気がする。司会進行だから、プレイヤーではない。しかしGMがいないとゲームが成り立たない。それをどうするのか、などと考えていると、結局やる前提で自分が考えていることに気がつき苦笑する。なんといっても百万のリアルと三億という賞金が大きい。


 百万が本当なら、三億もという気になる。三億という金額は、おそらく私の人生の上で、まったく縁の無い金額だろう。それがふいに目の前に垂らされたのだ。宝くじよりはるかに高い確率で三億というとんでもない金を得るチャンスだ。参加者が十一人ということは、すでにW財団は一千万以上の金を何のためらいもなく提供していることになる。これは並みの資金力ではない。本物の確立が高い。今のところ私は何のリスクも負っていない。ギャンブル経験はあまり無いが、やってみる価値はありそうだ。ほぼ一時間後、私は百万の入金手続きを取り、携帯でゲーム参加のメールを送った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ