引籠りへの道
直孝は、第二工に合格していた。
電子工学科では無かったが、第二志望の自動車科に合格していた。
直孝は、中2の夏に原付を直していて、エンジンの基礎を理解している。
高校生活で、問題が起きた。
北条直孝は、高校の合格発表を見に来ていた。
半分、諦めもしていたが。第二工に、合格している。
少し、戸惑いも有ったが。第二志望の自動車科に進む事を決意した。
あれ程、自信があった電子工学科に、落ちたショックは、半端じゃなかった。
初日は、酷い点数だったのだろう。
2日目は、2科目と面接で。2教科で満点取っても、200点にしかならない。
直孝は、1年を無駄に過ごすより、進学を決意した。
別に、東大の工学部への道が絶たれたわけではない。少し、レールを間違えただけだ。
それに、エンジンが嫌いな訳では無い。
中学2年の夏休みに、静岡の田舎に帰省した時おり。祖父の原付を直した経験がある。
家族4人で、母親の実家である静岡の田舎に帰省した。
川崎から車で、そんなにもかからない距離だったが。
静かな田舎で、子供達にとっては、退屈なところだった。
祖母は、優しく迎えてくれて。祖父は、ご機嫌だった。
僕らは、スマホで忙しく。ワイファイも無く、不便を感じていると。
僕は、納屋に埃の被った、黒い原付を見つけて。
兄の史孝は、ワイファイを探しに外へ出た。
「お祖父ちゃん、このバイク何で埃被っているの」
僕の病気が始まった。
「直孝、駄目よ。二泊三日しか滞在しないの。分かっているでしょ」
母親は、僕を叱り付けて。川崎に帰る事を、優先させようとした。
「直孝、それはお祖父ちゃんのなんだから」
父親も、家に帰って羽を伸ばしたがっている。
「秋頃から、ご機嫌斜めで。直すにも、街まで運ばないといけないから、どうしようかと迷っているんだよ」
お祖父ちゃんは、腕を組み。皆の力を借りて、原付を荷台に乗せようと考えた。
だが、直孝は違った。
「お祖父ちゃん、これ僕が直してもいいかな」
直孝は、目を輝かせて。お祖父ちゃんに、懇願した。
「お父さん、お願いだから、駄目だと断って」
母親は、直孝の行動に嫌気が差し。父親である祖父に、耳打ちをして言った。当然だが、父親も頷いている。
だが、祖父は直孝の味方をした。
「好きにしなさい」
こんな田舎で、熱中してくれるモノを見つけてくれて、祖父は喜んだ。
「有難う、お祖父ちゃん」
直孝は、早速工具を集めて、ユーチューブの動画を回しながら、原付のカウルをバラし始めた。
直孝は、楽しくて。原付に夢中になっていた。
今までも、色々なモノを破壊しては、納得するまで分解している。
テレビは、3台分解して。各家電は、一通り破壊され。高い物だと冷蔵庫を壊し、ドライヤーに至っては6代目だ。
修理できたモノも有れば、残骸になったモノもある。
家電が壊れたら、直孝の玩具となった。
流石の直孝も、エンジンは初めてで。いくつもの動画を漁り。
エンジンを、ある程度バラしてから、ヒューズが切れている事を知った。
急に機嫌が悪くなった原因は、簡単に解決したのだが。
ここから、組み上げるだけでは収まらなかった。
直孝は、オーバーホールを始めた。
古い配線や、部品を取り寄せようとしたが。
何処もかしこも、お盆休みだ。
ディーラーなんて、空いているわけ無い。
ネットで調べても、配送はお盆休み明けで。静岡の田舎は、プラス2日を要した。
古い原付なので、解体屋さんを回る術などなく。結局、ネットで部品を買い足して。
二泊三日の予定が、僕だけ2週間も滞在した。
たけど、直孝が整備した原付は静かに走り。試すことは無いが、馬力も上がっていると思う。
祖父は、原付が直り。ご機嫌だったが。
祖母の表情を見て、暗くなって行った。
僕は、お祖父ちゃんのご機嫌な表情を見て、満足している。
祖父母の感情など、考えてもいない。
「直孝、芝刈り機の調子が悪いんだが、見てくれないか」
祖母は、真新しい芝刈り機を指した。
「お祖母ちゃん、こめんね。学校が始まるし、宿題も片付けないといけないから」
僕は、笑顔でお爺さんの運転する軽トラックの助手席に乗り込んだ。
お爺さんも、駅で似たような事を言って来た。
「直孝、後1日休みを延ばさないか」
「宿題が、溜まっているんだよ」
僕は、即答していた。
原付が直れば、田舎に用はなかった。原付のおかげで、自由研究が出来た。
家に帰って、パソコンに向かい、レポートを仕上げなければならない。
頭の中は、レポートに支配されている。
僕は、中2でエンジンの基礎を学んだ。
だから、自動車科を第2志望に選んでいる。
4月を迎えて、第2工の自動車科の生徒となったのだが。
午前の授業は退屈で、中学の問題を繰り返している。
皆も、午前中の授業は眠っていた。
お昼休みを終えて。午後の実習からは、目を輝かせて、先生の話を聞いている。
だが、V型やL型エンジンの説明から入っている。
僕が知りたいのは、映画とかで見るニトロを混合した燃料をエンジンで燃やして、エンジンがどれだけ耐えられるかの実験や、空気抵抗とダウンホースの実験をしたかった。
場違いな質問を投げかけ、授業を遅延させて、先生を困らせた。
クラス全員の顰蹙を買い、ボッチになった。
それでも、自分を曲げずにいると。
実習の時に、ボルトとナットを紛失したり。
教科書も、体育着や作業着なども無く成り始め。
精神を侵され始める、イジメを受けた。
ゴールデンウイーク迄には、パシリになっていた。
期末テスト頃は、登校拒否を繰り返し。
夏休み前には、部屋からも出なくなっていた。
教師からの最後の言葉は、『協調性を持て』と言われた。
僕は、出席日数が足らず。留年が確定して。
別の学校や通信に切り替えることなく、退学届を提出した。
僕は、何もしていない。
書類を書いたのも、提出したのも母親だった。
そして、春を迎えて。
新たに受験をせず、静岡の祖父母の家に飛ばされた。
祖父母は、こんな僕を優しく迎えてくれた。
それだけではなかった、近所の年寄り達も、優しく接してくれた。
僕は、少しずつだが、恩返しのつもりで、機械を直している。
軽トラックやトラクター、農機具から家電まで。皆が、僕を頼りにしてくれて。僕は、精一杯応えた。
僕は、のどかな田舎の時間に流されながら。正常に戻りつつあった。
ここが、僕の場所なんだと思い始めた頃に、祖母の西島たえが亡くなった。
『すい臓癌』だった。
突然の死に、お祖父ちゃん西島権蔵は、ボケてしまった。
お葬式が始まり、僕は泣いてばかりいた。
両親も駆けつけて、僕を川崎に連れ返そうとしている。
ボケてしまった、権蔵爺ちゃんを老人ホームに入れて。史孝兄ちゃんが、相続する話になっている。
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