1 お姫様は日なたがお好き②
パズルのようにばらけた風景が見る間に布きれになって風に散る──その後ろから灰色の肌の、やけに耳の大きい異様な小男が数人、目を黄色く光らせ、殺気立って飛びだしてきた。
「おどきなさい、のろまね」
言うより早く、そばかすの少女剣士は残像の残る速さで進み出、黒服のボディーガードたちを軽く左右へ押しのける。
少女剣士の鶏ガラのような細腕に、ヘビー級レスラー並みのふたりを一センチでも動かす力があるようには見えなかった。しかし彼女の手が触れたとたん、ボディーガードたちは、ダンプカーにでもはねられたかのように吹っ飛ぶ。
「!」
灰色の肌の小男たちは、ボディーガードたちを刺すはずの短刀が空を切ったことに仰天し、黄色い目をむいた。少女剣士はその目の前に、太く長いニンジン色のおさげをなびかせ、無造作に歩み寄る。ふとなにかに気づいて、そばかすだらけの顔をほころばせた。
「あら、おまえたち獣人じゃなくって?」
嬉しそうにきく少女剣士に向かって、灰色の肌の小男たちはしゃにむに短刀をふるって襲いかかるが、かすりもしない。
それどころか、そばかすの少女剣士は小男たちの間をワルツを踊るように優雅な足取りで歩きまわりながら、相手の頭をなでたり、大きな耳をひっぱったり、目をのぞきこんだり。まるでペットショップで小動物の品定めでもしているかのようだ。
あっと言う間に息があがってしまい青ざめる小男たちに、少女は無邪気な笑顔で指摘した。
「おまえたちネズミね! わたくし獣人マニアですの。わたくしに武器を向けた無礼は大目に見てあげます。その代わり、従者にならないこと? 高給を約束しましてよ」
「バ……バカにすっでねえっ!」
灰色の肌の小男のひとりが、脳天に突き抜けるようなキイキイ声でわめいた。
少女剣士が言い当てたとおり、その顔がみるみるうちに薄汚れたドブネズミに変わっていく。
まわりの仲間もネズミ顔に変わり、毛皮を冷や汗にじっとり濡らしつつも口々に抗議の声をあげた。
「わ、わ、悪ィのはそっちじゃろっ!」
「オレたちのナワバリに断りもなく、ばかでけえ車なんか停めやがってっ!!」
「人間はともかく、化け物は所場代払うことになってんだっ! なのにおめえの手下が……」
「あら、それはごめんなさい」
恐ろしい少女剣士があっさり謝罪したので、ネズミ男たちはあっけに取られて口をぱくぱくさせる。少女剣士は真っ赤な長いおさげを揺らし、塀際まで吹き飛ばされてしりもちをついているボディーガードたちをかえりみると、鷹揚に叱った。
「駐車代ぐらい払っておやりなさいな。異国に来たら土地の風習には従うものです」
女主人の鶴の一声で、ボディーガードたちは文句も言わずネズミ男たちに金を払う。
「さ、これで問題は片づいたわね。それでさっきの話だけれど、あなたたち、わたくしの従者になる気はなくって? お給金はお好きなだけさしあげましてよ」
支払いがすむのを待ちかねて、そばかすの少女剣士はいそいそと勧誘を再開した。が、
「へっ、所場代さえもらやあ、こちとら毛唐の小娘になんか用はねえんだ!」
ネズミ男たちは強気な態度を取り戻し、一匹が空中へのしのしとあがってゆくと、仲間も肩をそびやかし、あるいは足もとにこれ見よがしにつばを吐き捨ててあとに続く。
そばかすの少女剣士は一瞬、恋人にふられたようなやるせないまなざしで彼らを見あげた。
しかしすぐ気を取り直し、さっぱりと微笑んだ。
「ふふっ、残念だこと。でもそういうことなら、無礼の代価を払ってお行きなさいね」
とん、とサンダル履きの足で軽く路面を蹴る。
少女剣士のサンドレスをまとった痩身が、地上数メートルを遠ざかるネズミ男たちのさらに頭上へ、きれいな伸身宙返りのフォームで軽々と舞った。
ふたたび淡い金色の光が華やかな軌跡を描いた、と見えた時にはもう、細剣は華奢なさやにおさまっている。
度肝を抜かれて空中で動きを止めるネズミ男たちをあとに、少女剣士はサンドレスのすそと麦わら帽を押さえ、品良く路上に着地した。そのとたん、
「!!」
ネズミ男たちの右手首がいっせいに本体から離れ、ぼとぼとと地面にこぼれ落ちた。
身体から切り離された手首はまたたくまに塵になって崩れ去り、一瞬遅れて悲鳴があがる。
「獣人なら手ぐらいすぐ生えますでしょう? 命までは取らないであげます。感謝なさい」
とほほ笑む少女剣士に、ネズミ男たちは歯噛みしたが力量差はあまりに明らかだ。
口々に「ち、ちくしょうっ、覚えてろおっ!!」と月並みなセリフを吐いて逃げて行く彼らに、
「心配しなくても、忘れてさしあげましてよ」
少女剣士は涼しい顔で返し、きびすを返す。
瞬間、視野のすみできらりとひらめいた光を、少女剣士は驚異的な反射神経でかわした。
「いきなりなにをなさいますの?」
きっとふり向いた先にはいつの間にか、一寸法師サイズの破壊神が浮いていた。
「なにがだ? 今度はこっちとやる番だろ」
あえて小さいサイズのまま、平然と戦いの続きを要求する破壊神を少女剣士はあきれたように見る。その時、かわしたつもりの胸もとで、太いおさげの片方にざくっと切れ目が入った。
「!」
傷ついたおさげをあぜんと見つめる少女剣士の、そばかすだらけの頬がかっと怒りに紅潮し、破壊神は、点火した火薬の爆発を待ち焦がれる悪ガキのように顔を輝かせる。
黒服のボディーガードたちもようやく事態に気づき、先ほどの失点を回復しようとしてか、殺気立って主人のわきに駆けつけて来た。
「おのれっ、この野蛮なチビめ!」
「このお方がどなたか知っての無礼であろうな!?」
どっと妖気を放って咆哮するふたりの顔と手が、見る間に毛深くなっていく。サングラスを割って鼻面がのび、裂けた口から牙をむきだしたひとりは人狼、ひとりは人虎だ。
「そいつが誰かなんざ知ったことか。戦いにしっかり集中できるようにしてやっただけさ」
自慢するかのように、堂々と胸を張ってうそぶく破壊神に、
「信じられませんわっ! そんなことのために……乙女の髪を傷つけるなんて最低です!」
そばかすの少女剣士は、自分のネズミ男に対する仕打ちは棚に上げ、驚くほどまともな意見を述べた。しかもさすがは妖怪、切れ目の入ったおさげはとっくに復元しているのだが、
「お望みどおり殺してさしあげます。そうして、霊玉を奪って珠貴様に進呈いたしますわ」
怒りはおさまらないとみえ、ボディーガードを気迫でさがらせ、細剣の柄に手をかける。
「ふうん、おまえ、アイシャの知り合いか?」
破壊神の無慈悲な瞳にようやく、少女剣士の正体への関心が生まれたが、
「あの方は、その名で呼ばれるのをたいへん嫌っておいでです」
少女剣士は、だからおまえは敵だ、と言わんばかりに返事を拒んだ。午後の陽射しを吸い取るほど濃い闇を全身からたちのぼらせ、今にも剣を鞘走らせようとする。その時、
「待って待って! スサノオったら……おっ、女の子相手になにしてるんですかあ!?」
メイの恐怖にうわずった声が、場の空気をぶち壊した。
◆
パニック寸前で建物から飛びだしたメイはそのとたん、敷石に蹴つまずいてつんのめり、鞄を放り投げてしまった。だが鞄が手から離れたことにも、後ろで鬼のしんらがおろおろと鞄と中味を拾い集めているのにも気づかず、無我夢中で走る。
(もっと……もっと早く降りてくれば良かった!)
あれから屋上で──
しんらの登場に勇気づけられ、退去勧告はなんとかすんだ。しかし帰ろうとして、答案の一枚、それも一番成績の悪いものが行方不明なのが判明したのである。
しんらだけでなく、団地の妖怪たちも総出で探してくれた。おかげで、何階か下のベランダにひっかかっていた答案は無事、見つかったのだが──。
答案を返してくれた、後足で立ち、服を着た妖怪亀は、悪いけどすごい点数だねえ、と言いたげにクスクス忍び笑った。
恥ずかしさに真っ赤になったところを、最初にぶつかったミントのアイスクリームそっくりの妖怪に「まあまあ、零課のねえさんよ、そう気にするない。てすとだけが人生じゃないやね」と訳知り顔でなぐさめられてしまい、メイはますます落ちこんだ。
で、やっとエレベーターで一階に降りたとたん、鬼のしんらが「あっ」と言ったのである。
なにごとかと建物から走り出、三十メートルほど先の団地入り口に渦巻く闇色の霊気、空中をにらんで身構える見知らぬおさげの少女を見たとたん、メイは頭が真っ白になった。
(スサノオが女の子を殺そうとしてる!)
もちろんメイの視力では、その距離から一寸法師サイズの破壊神の姿を確かめることはできない。でも、他に考えられなかった。
いつかやるんじゃないかと、どこかで思っていたのである。
破壊神は数ヶ月前、人間は殺さないと約束してくれた。
いちおう今までのところ、約束を守ってくれているようではある。
だがこのところあまり機嫌が良くなさそうだし、破壊神はそもそも、敵がどんな卑怯な手を使っても、腹を立てるどころか本気でほめてのける性格だ。正義とか公平などという概念とまるきり無縁な夜叉神が、当人ばかりいつまでも約束を守っている……わけがない気がした。
全速力で、でもたっぷり十秒かかってやっとその場に駆けつけたメイは肩で息をしながら、
「なっ……なにして……ど、どうして……」
宙に浮かぶ小さな破壊神と、真っ赤な長いおさげの外国人少女とを交互に見るが、すぐにはまともにしゃべれない。数秒してやっと破壊神が、よくもジャマをしやがって、と言いたげな恐ろしい目つきでにらんでいるのに気づき、ひるみながらもカッとなった。
「ひ、ひどいじゃないですか! 人間は……に、人間は殺さないって、前に……」
感情のたかぶりに声をつまらせるメイの、大きな瞳いっぱいにみるみるうちに涙の粒がふくれあがる。その悲しみの気にあたって、小さな破壊神はぎょっとたじろぎ、
「こっ……このバカっ! おまえというやつはなんで……怒るのにいちいち泣くんだっ! だいたいそいつのどこが人間だ!? 早合点しやがって!!」
あわてて空へ駆け上がり、泣くメイから距離を取りながらわめいた。
「え?」
メイは眼鏡越しに涙をぬぐいながら、あらためて赤いおさげの外国人少女に目を向ける。
ヒマワリ模様のサンドレスと麦わら帽を身につけた少女は、メイより頭ひとつ分ほど背が高かったが、メイよりも細身だった。メイと目が合うやいなや、明るい若草色の瞳と、そばかすだらけだがとても整った顔で、にこっと、びっくりするほど人なつっこくほほ笑む。
赤毛のアンを連想させる底抜けに朗らかで健康的な笑顔に、メイは反射的にほほ笑み返してしまってから、おずおずと空中の破壊神を見あげた。
「あ、あのう……人間にしか見えませんけど……?」
「ああ、そうかよ! じゃあ、そいつの後ろの二匹はどうだ? そいつらも人間かあ?」
苦虫を噛みつぶしたような顔でうなる小さな破壊神の言葉に従い、メイは素直に緑の目の少女の背後に立つ、黒い壁のような大男ふたりに視線を移す。
ゆっくりと視線を上へあげてゆき、
「……!!」
黒いネクタイを締めた首の上に、剛毛を逆立てた狼の頭と、白に灰色の縞模様の入った毛並みの、ホワイトタイガーらしき頭が載っているのに初めて気づいて、目をぱちくりさせた。
(かぶりものかしら? それにしては良くできて……)
という間の抜けた考えは、狼の頭がメイをにらみ返してリアルに牙をむき、虎の頭がじろりと黄色い目を動かし、ついでにヒゲをぴくつかせたおかげで瞬時に消し飛ぶ。
「き……」
悲鳴をあげかけて破壊神の無言の怒りを感じ、メイはあわてて自分の口をふさいだ。
「ご、ごめんなさ……」
反射的に謝りかけてまた、破壊神には謝るのもよくないのだったと思い出してやめる。だがそれでもまだ目の前の、赤毛のアン似のそばかす少女が妖怪だとはとても信じきれない。
と──
おさげの少女が、ぷっ、と噴き出した。
「ほほほほほ、あははははは、ああ……おかしいこと!」
お腹をかかえて本気で笑い、目じりににじんだ笑い涙を指先ではらう。
どこへ消えたのか、その手にもう黄金の細剣は影も形もなかったが、もちろん、最初から見ていないメイにはその異様さはわからない。
少女はいきなり、両手でしっかとメイの手を取った。
「あなた、可愛いわ」
「……は?」
「お友だちになってくださらない?」
セリフそのものに特に問題はないが、なまめかしくうるんだ、ぞくぞくするほど色っぽいまなざしで、すうっと顔を近づけてくるのはどういう意味なのか。
メイは反射的に相手を押しのけ、
「ち、ち、ちょっと待っ……待ってくださいっ!」
頬が熱くなるのをおぼえながら、たじたじと後ずさった。
「わた……わ、わたしはその、そ、そ、そういう趣味は、あの……」
言ってしまってから、またこっちの勝手な早合点だったらまずい、と一瞬、焦ったが、赤毛のアン似のそばかす少女はびくともせず、またにこっと、朗らかにほほ笑む。
「あら、愛に性別なんて、障害のうちに入るのかしら」
「あっ……あい……?」
今度は早合点ではなかった、と理解して、メイはぼうぜんとなる。
いささか色っぽい赤毛のアンはふたたびメイの手を取り、そっと胸もとに引きよせた。
「もちろん最初はお友だちでいいわ、ね。おつきあいしてみましょうよ、いいでしょう?」
優しくささやく若草色の瞳が、嘆願するようでいて命令するような、邪悪なようでいて高潔でもあるような、人を惹きつけるあらゆる表情を、波立つ湖面のようにきらきらと映し出す。
そのそばかすだらけの顔は今や、脳がとろけそうなほど圧倒的魅力に光り輝いていた。
女同士なのに、こんなのは絶対ヘンだと思うのに……どうしても目が離せない。
(だ……誰か助けて)
思った瞬間。
後ろから誰かにぐいと、輪にした三つ編みの片方を力いっぱいひっぱられ、メイは首をひねりそうになりながら数歩、後ろへたたらを踏んだ。
「アホウ! 吸血鬼の目をまともにのぞきこむやつがあるか」
破壊神の苦々しげな声に、メイは痛めた首を涙目でおさえながら、助けてもらって感謝すべきか、それとも乱暴なあつかいに抗議すべきかわからない。だがそれよりなにより──
「吸血鬼? って……で、でも今、昼間……ですよ?」
メイは恐る恐る、横目で赤毛のそばかす少女をうかがった。
九月の強い陽射しの中に平然と立ち、肌は健康的な小麦色、影だってばっちり濃い。はっきり言って研修で習った吸血鬼の特徴すべてに反している。
が、破壊神が口を開くより早く、
「あら、ごめんなさい。そういえばご挨拶がまだでしたわね」
言うなり、赤毛の少女は軽く片足を後ろにひき、サンドレスのすそをつまんで、バレリーナか貴族のようなしぐさでメイと、続いて破壊神にも、優雅に一礼した。
残念ですけど殺し合いはしばらくおあずけですわね、と暗に宣言する、くまなく友好的なほほ笑みで破壊神に嫌な顔をさせておいて、メイにくったくのない笑顔を向ける。
「わたくしはドラキュラ三世、アナスタシア・ドラクル。あなた方人間の言う吸血鬼です」
「えっ……」
「できれば不死族と呼んでいただけると嬉しいですわ。確かにもともと日光は苦手です。でも長年研究した薬のおかげで百年ほど前やっと、昼間出歩けるようになりましたの。太陽の輝く青い空の下を初めて歩いた朝、わたくしがどんなに嬉しかったか、おわかりになって?」
急な話についていけず、ぼうっと立ちつくすメイをよそに、そばかすのドラキュラ三世はうっとりと、ほとんど敬虔なほど深い感謝をこめて空を仰ぎ、楽しげに続ける。
「今回は我が城から盗まれた貴重な品を回収するため、来日しました。あなたが協力してくださるという零課の神納五月さんでしょう? あらためてよろしくお願いしますわね」
「…………はい? あの、わ、わ、わたしがあなたに……協力?」
あまりの不意打ちの連続にうろたえ、緊張に裏返った声できき返してしまうメイに、獣人従者ふたりがここぞとばかりにふんぞり返って凄む。
「ええい、立場をわきまえんかっ! 神聖ワラキア公国領主にして不死族真祖の盟主、〈魔公女〉アナスタシア様に言葉を返すとはなにごとか!」
「そもそもアナスタシア様の礼を受けながら、棒立ちのままとはなんたる無礼な小娘っ!」
「おまえらこそあきれた態度のでかさじゃのう」
一方的威嚇に腹を立て、ぬうっと身を乗り出すしんらを、メイはあわてて押しとどめ、
「ごっ、ご、ごめんなさ……」
必死で謝ろうとするが、アナスタシアと名乗った吸血公女は鷹揚にいなして微笑んだ。
「あら、なにも聞いてませんの? おかしいですわね、確かに急な話で零課のみなさんにはご迷惑をおかけしましたけど、今日の午前中にはあなたにも連絡が行ったはずでしてよ?」
「き……今日の午前中……ですか?」
恐る恐る言われた言葉をくり返してやっと、思い出した。朝、登校してすぐ、零課に支給されたスマホの電源をオフにして──それっきり忘れていた。
(スマホっ! ええと、ス、スマホは、確か……)
あわててポケットを探すがどこにも入っていない。そういえば落とすのが怖くて鞄に入れたっけ、と思い出してようやく、メイは、自分が鞄を持っていないことに気づいた。
「やだ、か……鞄っ!?」
どこで落としたかまったく思い出せず、真っ青になってあたりを見まわす。その目の前に、鬼のしんらが、どこかで拾っておいてくれたらしいメイの鞄を、そっと差し出した。
「あ、ありがとう、しんらさん!」
メイは涙ぐまんばかりの感謝で鬼を照れさせながら鞄を受け取ると、けんめいに中を探す。
みなの視線を痛いほど意識しながらなんとかスマホを発見、電源を入れ直した。が、
「…………」
液晶画面にメール着信の表示があるのを見たとたん、メイは、万事休したことを知った。
(どうしよう、わたしメールの見方、まだ覚えてない……)
「苦いっ! このドアホウっ、クソつまんねえことでいちいち絶望すんじゃねえってんだろ!」
むかっ腹を立てた小さい破壊神が軽く、ならいいが、とにかく怒りにまかせてメイの頭を蹴ろうとし、しんらがあわてて止めるが、当のメイは気づく余裕もない。
すると、
「貸してごらんなさいな」
アナスタシアがひょいとメイの手から携帯を取りあげ、鮮やかに操作した。
「ほら、表示されましたわよ」
「あ……ありがとうございます……」
メイは恥ずかしさに消え入りそうになりながら、スマホを受け取って画面を見る。
『今日午後、ワラキア公国公女アナスタシア・ドラクル嬢があなたのところに行くので指示に従うこと。ちなみに彼女はきわめて強力な吸血鬼なので目を見ないように。関連書類はおって送付します。追伸。スマホもきちんと管理できないんなら、テレパスになんなさい!』
通報処理係の女性の手になるとおぼしき文面に叱りつけられ、思わず心の中でごめんなさい、ごめんなさい、とくり返しつつうなだれるメイに、吸血公女は明るく握手を求めた。
「というわけでご協力お願いしますわ、神納五月さん」
「は、はい、こちらこそ……よろしくお願いいたします、ア……アナスタシアさん」
目さえ見なければ大丈夫かと思い、メイは恐る恐る握手に応じたが、
「あら、イヤだこと、そんな他人行儀な呼び方。アンって呼んでちょうだい」
アナスタシアはさっそく、色っぽいささやきとともに密着して来ようとする。
メイはあわててしっかと目をつぶり、そばかすの吸血公女を押しのけながら、無理やり話題を変えた。
「とっ、ところであのっ! わ、わ、わたし、なにをお手伝いすればいいんでしょうか?」
ふたりの獣人従者がアナスタシアの背後で、『なんだって零課は、こんな無能な新米をよこしたんだ? こいつ、役に立つのか?』と言いたげに顔を見合わせる。が──
それを一番知りたいのは、メイだった。
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