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【第一章完結】名もなき森の後砦   作者: フリィ
プロローグ 不完全な名前
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007 犠牲と献身

「ん… だ… さま… だんなさま… 旦那様!」


「ん…」

翌日、男は目を覚ます。周りには年老いた院長と、まだ年若い医者のオルフェ、そして少女がいた。窓からは暖かな昼の光が差し込んでいる。


「目を覚ましたか… 良かった…」


「ハァ… ったく…」

オルフェは男が目を覚ましたのを見てすぐに立ち上がり、部屋から出ていこうとした。


「フフ… オルフェ。ありがとう。信じていたよ。」


「うるせぇっ!これで借りはなしだっ!」


オルフェは扉を勢いよく閉めて部屋を出ていった。


「まったく… 医者なら、もう少し患者に寄り添ってくれてもいいと思うのだがな…」


「ハハ… 左様ですな。いやはや… 良かった。目を覚ましていただけて…」


「ああ… あなたたちのお陰だ。夜遅くに迷惑をかけて申し訳ない… 子どもたちを起こしてしまったか?」


「いやいや、子どもたちは気づかなかったようです。みんなぐっすり寝ていました。ただ…」

院長はそっと、ベッドに顔を埋めて泣いている少女の背中に手を置く。


「この子はずっと起きていて、貴方のそばを離れなかったようですな。…ああ、ご心配なさらず。この子には昨夜、少しですが水とポリッジを与えましたよ。」


少女はそっと顔を上げ、ベッドに横たわる男の顔を見つめる。

「うっ… グスッ… ううぅ…」


「ハハ… ずっと側に居てくれたのかい?ありがとう。」


「だっ… だんな、さまぁ…」


「旦那様?フフ… そんな呼び方はしなくていいさ。」


「ごめんなさい… ごめんなさいっ…!」


「おやおや… なぜ謝るんだい?」


「私、なんかのっ… ために… こんな、酷いことに…!」


「ハハハ、いいんだ。私が怪我をしただけで、一つの命を救えたんだ。安いものさ。」


「でもっ…!」


「大丈夫さ。私は今までも何度か、危険な目に遭ってきた。危ない目に遭うのは、私の性のようなものだ。…だから、気を落とさないでおくれ。」


「あああっ…!」


それからしばらく泣き続けていたが、その後少女は、男の世話を付きっ切りで行った。


「…痛く、ありません、か?」


「ああ、大丈夫。」


少女はそっと男の腹に包帯を巻く。その小さな手は震えていたが、どこか決意に満ちたような、迷いのない手つきだった。


「フゥ… ありがとう。」


「…ごめんなさい。本当に… ありがとうございました…」


「…ああ。もう大丈夫だよ。」

その言葉を聞いて、少女の内にずっと溜め込んでいた何かが、決壊したかのように溢れ出した。


「ああああぁぁーーーーっ!!」


「フフ…」

男はそっと、少女の頭を撫でる。


「もう大丈夫だ。君を傷つけようとする者は、ここにはいないよ。」


──少女はまたひとしきり泣いた後、緊張から解放されたのか、そのまま床に座り込んで寝てしまった。男が怪我をして運ばれてきたということを聞きつけて見舞いに来てくれた数人の子どもたちが、寝てしまった少女をベッドに運んでくれた。


夕方、男がベッドで本を読んでいると、ふと少女が目を覚ました。


「…おや、おはよう。よく眠れたかな。」


少女は起きるや否やベッドから降り、男の元へ駆け寄った。

「旦那様…!大丈夫、ですか?」


「ハハ、私はもう大丈夫だ。君のお陰だ。」


「…良かった、です…」


少女の安堵の吐息が静かに溶けていく。窓からは柔らかな夕暮れの光が差し込み、部屋の中を淡い黄金色に染め上げていた。カーテンが風に揺られ、微かに涼やかな風が入り込む。外では鳥が(さえず)り、遠くで子どもたちの笑い声がかすかに響く。


静けさの中に、確かに感じる温もり。

それは、ここにある安らぎと、確かに守られた時間の証のようだった。


「少し… いいかな?」


「はい… なん、でしょう?」


「…次は、私が君の助けになりたい。起きたばかりで申し訳ないが… 少し話をしてもいいかい?」


少女は黙って、小さく頷いた。


「…ここに住んでいる子の多くは、私の家の前に捨てられていた子や… 身寄りのない子ばかりだ。」


「そう… なんですね。」


「ああ。君は… 行く当てはあるかい?」


「それはっ…!それは… 分かんない、です… どこに、行けばいいのか…」


「…そうか。ならば、ここで暮らすといい。ここには、君を受け入れてくれる子たちがたくさんいる。」


「それはっ… わたし… わたし…」


「ん?どうしたんだい?」


「旦那様… わたし… やりたいこと、あるの、です…」


「ほお、それはなんだい?」


「わたし…!」

少女は口を開いたが、ふと言葉をのみ込んだ。自分の胸の内にある想いを口にするのは、少しだけ怖かった。だけど、それ以上に伝えたかった。


指先をぎゅっと握りしめ、視線を落としたまま、浅く息をつく。夕暮れの光が彼女の横顔を淡く染めていた。カーテンが静かに揺れ、微かな風が頬を撫でる。


「…わたし…」


少女は言葉を探すように、ゆっくりと顔を上げる。目が合うと、少しだけ頬が熱くなるのを感じた。胸の奥がくすぐったい。でも、後戻りはしたくなかった。


「旦那様、の… お役に、立ちたい、です… あなたに… 恩を… お返し、したいです…」

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