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【第一章完結】名もなき森の後砦   作者: フリィ
プロローグ 不完全な名前
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005 焦燥と苦憶

脇腹を刺された男は少女を降ろし、両膝をついて傷を押さえる。致命的な傷ではなかったが、それでも男の足を止めるには十分な痛みだった。その上、なぜか全身の力が思うように入らない。神経毒だろうか。


「ハハッ!!そこで待ってろ!殺してやる!」

そう言うと男は、他の武器を取りに家の中に入っていった。


「お、起きてください!主様が、来ますっ!」


「うぅ……すまない… ダメだ… 君だけで、騎士団のところへ行きなさいっ…」


「そっ、そんなの、ダメですっ!あなたが、殺されてしまいますっ!それに… 私なんかの言うことなんて… 誰も信じてくれませんよ!」


「くっ… フゥ… そうか… あぁ… まったく…」


男は目の前の路地に目をやる。小さな家々が密集しているため、隠れられそうな物陰はたくさんあった。

「…分かった。すまない、支えてくれないか…」


「はっ、はい!」


少女は男を支えながら、ゆっくりと前に進む。しかし、それではいつか主人の男に見つかり、追いつかれてしまうのは明白だった。


「あぁ… やはりダメだ… 君だけでも、行きなさい…」


「そんなぁっ…!」


「私はそこの路地の隅に隠れるから、大丈夫だ…」


「で、でもっ… 私が何を言ったって… 騎士団の皆さんは、信じてくれないんです!」


少女のような奴隷が、騎士団に駆け込むことは良くあることだった。しかし、騎士団は奴隷を相手にしようとはしない。すぐに拘束され、主人の元か奴隷市場に送り返されるだけなのだ。少女も過去に一度、それを経験した。


「なっ、ならば… すまない… 少し汚すぞ…」

男は、脇腹から流れる血を指に付けると、少女の服に何かを書いた。


「これは…?」


「私の… サインだ… これをっ… 騎士団に、見せなさい… 少しは、聞く耳を持つだろう… ほら、早くっ… 行きなさい!」


「…はいっ!」


少女は駆け出した。自分を救ってくれた男のことが心配でならなかったが、自分の使命を果たさなければ、最悪の結末が待っていることも分かっていた。ナイフを刺された男は、身を引きずりながらも、近くの路地の建物の裏に身を隠す。ちょうどその時、そう遠くない所から、怒号が聞こえた。


「おい、どこいった!!さっさと俺の奴隷を返せ!!近くにいるのは分かってるからな!!今出てくれば、命だけは助けてやるぞ!!」


──


少女が騎士団の宿場に着く頃には、山沿いの小さな町には雨が降り出し、灯の落ちた家々には冷ややかな風が吹き付けていた。少女は宿場の扉の前で立ち尽くす。昔の出来事を思い出すたびに、扉を叩こうとする右手が止まる。しかし、服の裾あたりに付けられた印を見る度に、そんなことをしている暇などないということを思い知らされる。


少女は意を決して扉をノックする。しばらくすると、中からメイド服の女性が顔を出した。


「あら、こんな時間に… どうしたの?」


「あ、あぁ、あの…」


「大丈夫よ。とりあえず、中に入りなさい。寒いでしょう?」


メイドの女性の手に引かれ、部屋の端にある暖炉の前に案内される。中には、屈強そうな騎士が何人か、豪勢な食事や酒を取り囲んで談笑していた。少女は目立たないように椅子には座らず、壁に背を向けて縮こまった。


「あら、大丈夫?ここに座っていいのよ?」


「い、いえ…」


「…まあいいわ。それで、どうしたの?こんな時間に出歩くなんて、迷子でも… ん?」

暖炉の光に照らされ、少女の服に付着しているものが目に留まる。


「だっ、大丈夫!?血が出てるじゃない!」


「いっ、いえ、これは!」


「なんだ、怪我人か?」


メイドの女性が叫んだのを聞きつけ、談笑していた騎士たちが集まってきた。

「なんだ、やけにボロボロだな。また奴隷じゃないのか?」


「そのように見えるな… どうする?怪我の手当だけして、持ち主に返すか?」


「それはあまりにも可哀想ですよ… 今晩だけでも、泊めてあげましょうよ?」


騎士たちに囲まれて気圧されていた少女だったが、再び意を決して口を開いた。

「これを見てくださいっ!」


少女は服の裾を広げる。


「おいおい、そんな汚いものわざわざ見せ…」


「待ってください!これは… サイン?」


「ああ、これは知っている。確か……ヴェルメイン家のサインだ。」


「ヴェルメイン家?あそこは貴族の家だし、しかも名誉市民までいるだろ?奴隷なんかいないだろう…」


「いや… これは間違いない。しかしなぜ… 血で書かれているのだ?これは一体…」


少女は必死に経緯を伝え始める。

「たっ、助けてください!そのっ、めいよしみん、様が… ナイフで刺されたんです!これは、あのお方が、助けを呼ぶために書いてくださったものなんですっ!」

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