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【第一章完結】名もなき森の後砦   作者: フリィ
第二章 籠中の小鳥、夢眠る居城
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041 好奇心の行く末は…

リリィ、カリタス、アルメリアの三人は、屋敷の二階、東側の、ひたすらに続く長い廊下を進む。今はメイドの一人が先導してくれているが、一人でここを歩くとなると、直線の廊下であるにも関わらず迷子になってしまいそうだ。廊下の突き当たりに着いた……と思ったら、左にまだ廊下が続いている。しかしその奥に、大きな扉が見えた。


重厚な扉が静かに開くと、陽光がたっぷりと差し込む、天井の高い部屋が現れた。壁には繊細な花模様のレリーフが刻まれ、白を基調にしたインテリアが、清楚でありながらどこか気品のある雰囲気を醸していた。


リリィは一歩足を踏み入れた瞬間、思わず目を見張った。部屋の奥には、ふかふかの羽毛でできた大きなベッドが三つ並び、それぞれが煌びやかな天蓋に包まれている。そのどれもが、孤児院で使っていたものより遥かに柔らかく、暖かそうに見えた。


「すごい……」と、リリィがぽつりと呟くと、隣でカリタスが「これ、わたしたちの部屋なの?」と、信じられないといった面持ちで天井を仰ぐ。


リリィは無邪気にベッドへ飛び込みたくなる衝動をぐっとこらえ、代わりにそっと手のひらでマットレスを押してみた。指が沈む柔らかさに、思わず顔がほころぶ。孤児院のベッドも、それまで床や藁の上で寝ることがほとんどだったリリィにとってみれば、最上の物であることに違いはなかった。しかし、これを知ってしまったら……果たして戻れるのだろうか?「幸せを知ってしまったら、二度と戻れない」……リーベルのあの言葉が、今は恐ろしく感じてしまう。


その横では、アルメリアは静かに窓際に立ち、カーテンをかき分けて外を見ていた。大きなガラス窓の向こうには、森の先に広がる王都の街並みが遠くに見える。青い屋根に白い壁の家々が陽光に照らされ、きらめくように輝いていた。


三人が、これから自分たちが過ごす豪華な部屋の中を、ただひたすらに感嘆しながら眺め歩いていた、その時。


「……あれ、そういえば……フリーシアさんは?」


ふいに、カリタスが小さく声を上げた。


その場の空気が、少しだけ止まった。三人の視線が自然と、部屋の隅で待機していたメイドへと向かう。メイドは少しだけ口元に緊張を走らせ、静かに頭を下げる。


「フリーシア様は……その、ややご配慮が必要なお方でして。こちらとは別のお部屋をご用意させていただいております。」


その言い方に、リリィもアルメリアも、自然と顔を見合わせる。何か特別な事情があるのだろうか。けれど、メイドはそれ以上を語ろうとはせず、少しだけ肩を落としたように見えた。


「ご不明な点があれば、お知らせくださいませ。昼食のご用意ができましたら、お呼び致します。」


そう言ってメイドは礼をし、足音も立てずに扉の向こうへと姿を消した。


部屋に残された三人の少女は、それぞれに小さな沈黙を抱きながらも、新しい生活の始まりに胸を躍らせていた。けれど、その中にぽつりと生まれた「フリーシア」という名は、微かに影のような印象を残して、部屋の空気にゆらりと揺れていた。


カリタスが部屋の隅の椅子に腰を下ろすと、ふうっと息を吐きながらぽつりとつぶやいた。


「その……フリーシアさんって、わたし、ほとんど見かけたことないんだけど……どんな人なのかな?」


その言葉に、リリィとアルメリアもそれぞれのベッドに腰を下ろし、顔を見合わせる。部屋の窓からは、木々の間を吹き抜ける春の風がカーテンをふわりと揺らしていたが、三人の胸の中には小さな霧が立ち込めるような静けさがあった。


「わたし、あの人と話したこと、一度もないかも」とカリタスが言うと、アルメリアもゆっくりと頷いた。


「……正直、私もよく知らないのよ。私は、孤児院ができた頃からいたはずなのに……申し訳ないのだけれど、フリーシアのこと、あまり記憶にないの。食堂でも聖堂でも、ほとんど見かけなかったし……。いつも部屋に籠もっていたんだと思うわ。」


「そうなんだ……」とリリィは小さくつぶやいた。


その後、ふと思い出したように、リリィは手のひらを膝の上でぎゅっと握りしめた。


「……ねえ、覚えてる?八人で院長先生の部屋に集まった夜のこと。みんなが部屋を出ていくとき、わたし、最後だったから見えたんだけど……フリーシアさんだけ、立ち上がらなかったの。」


アルメリアとカリタスが顔を向ける。リリィはその視線を受けながら、言葉を続けた。


「そのとき……ヴェルメイン先生が、フリーシアさんに……何か、声をかけてたの。すごく静かに。でも、なんだか……特別な感じだった。」


「特別?」カリタスが首をかしげる。


「……うん。ごめん、何を言ってたかは、わかんない、けど……それと、今日の朝も。私たちが馬車に乗るとき……フリーシアさんだけ、先生と一緒だったよね?」


リリィのその言葉に、アルメリアとカリタスの間に、短い沈黙が流れた。


「……まさか」と、アルメリアが呟くように言った。


リリィは小さく頷き、言葉を続ける。


「わたしの勘だけど……先生とフリーシアさんは、他の誰とも違う、何か特別な関係がある気がするの。」


部屋に沈黙が戻る。けれどその静けさは、さっきまでとは少し違っていた。まるで、閉じられていた一冊の本が、ページをめくる音を立てはじめたような──そんな予感めいた不思議な空気が、部屋の中に満ちていた。


「……フリーシアさんのこと、もっと知りたいね。」とカリタスが呟いた。


「うん」と、リリィも小さく頷いた。


三人の少女の心に灯った小さな疑問は一体となって、フリーシアへの好奇心となり、少女たちの心をソワソワと突き動かし始めるのだった。


──


「わああ……!」「うおおっ……!」「これは……」「すげぇ……」


ヴェルメイン先生に直接案内され、西棟二階の廊下の先にある扉が開いた瞬間、男子たちの口から驚きの声が漏れた。


高い天井、金の縁取りがされた美しいカーテン、ふかふかの絨毯、そして──天蓋付きの大きなベッドが、四つも並んでいる。


「……ここ、ほんとに僕たちの部屋……?」とジャスティンがぽかんと口を開ける。


「お、王族の寝室みたいだな……予想以上だ……」とアンドリューが呟くと、クラージュが鼻を鳴らしながら誇らしげに言った。


「ふっ、まあ、これぐらい当然だろう!なんたって俺たち、選ばれし八人なんだからな!」


そう言いつつもクラージュの目は、ベッドのふわふわ具合を確かめるためにギラついていた。おそるおそるベッドの端に腰を下ろしたジャスティンが、ふかふかに沈み込むと、


「沈む!ベッドに飲まれる……!これは沼だ!贅沢の沼だよっ!」と大げさに叫ぶ。


「おい、ジャスティン!ベッドと戦ってどうする!」とクラージュが笑いながら飛び込み、すぐにアンドリューも巻き込まれて、小さな跳ね合い合戦が始まった。フィデルは既に、端のベッドに陣取っていて、我関せずといった表情で仰向けになっている。


ヴェルメイン先生は部屋の隅で静かに見守っていたが、くすっと笑ってから、やんわりと声をかけた。


「ベッドが壊れる前に、落ち着いてくれると助かるよ。借り物のベッドもあるからね。あと、壁は蹴らないようにね。もし何か壊した時の修理代は……君たちに何か仕事を与えて、払ってもらうことになってしまうからね。」


その言葉に、三人の動きがぴたりと止まる。


「仕事……それって……まさか本当に……?」


「ふふ、もちろん冗談だよ」と先生は笑顔のまま言うが、背筋がぞくりとするほどの威厳を含んでいた。


「では、君たちはしばらくここで、休んでいてくれ。昼食の用意ができたら、誰かが呼びに来るから。それまで、待っていなさい。」


そう言い残し、ヴェルメイン先生は部屋から出ていった。


先生が扉を閉めたその瞬間、クラージュがふと顔を上げて口を開いた。


「女子の部屋って……どんな感じなんだろうな?」


その言葉に、アンドリューが一瞬反応する。しかし、それを隠すように、クラージュから顔を背ける。ただ、クラージュはそれを見逃さなかった。


「フッ……お前、気になっちまったな?その好奇心は、一度頭に浮かんだら消えない……それどころか、ますます膨れていくばかり……ほ〜ら、気になってきただろ?」


アンドリューは必死に顔を背けるが、ジャスティンは乗り気でクラージュに賛同する。


「気になる!やっぱり、カーテンとかピンクなのかな。あと、ベッドに可愛いリボンがついてるとか……」


「ここもなかなかのもんだったからな。女子の部屋はもっとすごいに違いない!」とクラージュがニヤリとしながら、勢いよく立ち上がった。


「ちょっと見に行ってみるか?」


クラージュは扉の方へズンズンと歩いていき、ドアノブに手をかける。


「さあ、オレについてくる勇者はいるか?オレは決して聖人じゃない……後であっちの様子を教えてくれって頼まれたって、素直に言うとは限らないぜ?」


……しかし、立ち上がる者はいなかった。アンドリューとジャスティンは、気になって仕方がないようだったが、どうしても足が動かない。


「フッ……なんだ。分かった分かった。それじゃ、オレは一人で『冒険』に行ってくるよ。」


クラージュは扉を開く。廊下に満ちる眩い光が目に差し込んできたその瞬間、光の中に見えたのは──あくまで優しい、しかし明らかに、「逃さないぞ」と言わんばかりの表情のヴェルメイン先生だった。


「……クラージュ君。女子の部屋は、直接許可を得ない限り、立ち入り禁止だよ。」


ピシッ。


クラージュの動きが、石像のように凍りつく。


「え、い、今までのって、聞こえてたんですか?」


「フフ……扉を閉めていれば、全く聞こえないと思ったかい?全部、聞こえていたよ。まるで、君の心の声まで聞こえてくるように……ね?」


「先生、魔術師……」


「……まあ、代わりに私が答えよう。部屋の造りは、全く同じだ。この家は、ほとんど左右対称だからね。家具や装飾も、大差ないよ。……さあ、『冒険』は終わりだ。好奇心は結構だけれど、節度を持って。お互いの信頼のためにもね。」


そして、先生はにこりと微笑みながら、その場を去って行った。


トボトボと部屋に戻ったクラージュは、ぽつりとつぶやく。


「……あの人、笑顔が一番怖いよな。」


ジャスティンとアンドリューは、揃って頷く。


その後、クラージュはベッドの上で仰向けになり、天井を見上げながら、騒ぎすぎたことをちょっぴり反省した──かもしれない。

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