004 希望と絶望
もう終わりだと思った。しかし、主人の男がドアノブに手をかけた、ちょうどその時だった。
「グルル… ウーーッ… 」
どこからか、低い唸り声が聞こえた。声の主は、木箱の中でずっと眠っていた、ロッタだった。ロッタはヨロヨロと起き上がり、前脚を木箱にかけ、主人の男を睨む。
「チッ…」
男は一瞬そちらの方を見たが、舌打ちした後に、すぐに扉の方へ向き直った。その瞬間…
「ガウッ!!」
ロッタは木箱から飛び出し、主人の脚に噛み付いた。噛み付かれた男は痛みのあまり腕の力を緩め、少女を手放す。
「キャアッ!」
少女は地面に倒れ、呆気に取られていた。今起きた出来事が理解できなかったのだ。ロッタは衰弱しきっていて、動くことすらままならなかったはず。それなのになぜ、主人に楯突くようなことをしたのだろうか。
「ヴゥーッ!ガウッ!!」
「やめろっ!このクソ犬!ああっ!!」
少女は、主人とロッタが格闘している様子を怯えながら見ているうちに、理解した。ロッタは身をもって助けてくれたのだ。自分が逃してしまったチャンスを、再び目の前に運んできてくれたのだ。
「助けてっ!!!」
少女は全力で叫び、残った力を振り絞って生垣の方へ走る。その叫び声に気づいた柵の外の男は、再び戻ってきた。
「こっちに来なさい!登るんだ!」
裏庭は、周囲の目から中を覆い隠すように、少女の身長を優に超える高さの生垣と、鉄柵で囲われている。ここから逃げ出すには、生垣をよじ登るしかなかった。
「ううっ!いっ、痛い!」
まだ春先の、葉が落ちているその生垣は、鋭い枝が剥き出しになっていた。登ろうともがけばもがくほど、薄い布きれ一枚しか着ていない少女の肌に、枝が突き刺さる。
「ああっ!離せっ!!」
「キャウッ!ウゥ…」
主人の男はついにロッタを振り離し、腹を蹴飛ばした。ロッタは最後の力を振り絞っていたためか、そのまま地面に倒れて動かなくなった。
「ロッタァッ!!」
「ダメだっ!振り返るんじゃない!登るんだ!!」
少女は動かなくなったロッタのことが心配でならなかった。しかし、これが本当に最後のチャンスであるということも、同時に理解した。怒り狂った男に、家の中に連れ戻されてしまえば、何をされるか分からない。少女は意を決して枝を掴み、棘が顔に刺さろうと、皮膚が切れようと、全力で生垣を登った。幸いにも、体の軽い少女が登った程度では、太い枝が折れることはなかった。
「…クッソ!… おいっ!!待てっ!!」
主人の男はしばらく脚の傷を抑えていたが、数秒もしないうちに立ち上がり声を荒げ、全力でこちらに走ってくる。
「もう少しだ!ほら、掴むんだ!!」
外の男は鉄柵をよじ登り、少女を引き上げようと手を伸ばす。
「ガシッ!」
先に少女を掴んだのは、柵の外の男だった。両手で少女を引っ張り上げ、裏庭から出すことに成功した。少女は裏庭から出るなり、男の後ろに怯えながら立つ。
主人の男は柵越しに外の男を睨んで叫ぶ。
「おいっ!返せ!俺の娘だと言っただろ!」
少女を守る男は冷静に反論する。
「もしこの子が本当にあなたの娘だとしても、この子はあなたから逃げることを選択した。私は名誉市民として、この子を保護する責務がある。」
「うるせぇ!そいつは奴隷だ!しかも俺はそいつを、虐待から救い出したんだ!暴力は振るってないぞ!」
「黙りたまえ!暴力さえ振るわなければ、虐待にならないとでも思ったか!虐待は重罪だ。その相手が、自分の子だろうと、奴隷だろうと、それは同じだ。フゥ… 騎士団を呼んでくる。そこで待っていたまえ。」
男は少女を抱き上げ、身を翻してその場を立ち去る。
柵の内側からその様子を見つめる男は、悔しそうに唇を噛んでいた。そして、ベルトのポケットから何かを取り出した。男はこのベルトを、どんな時でも肌身離さず身につけていた。自分を抱き抱える男の肩越しにそれを見ていた少女は、主人の男が何をしようとしているのかをすぐに理解し、叫んだ。
「ダメッ!避けてっ!!」
「えっ?」
少女を抱き抱えていた男が振り返った瞬間、男の脇腹に鋭い痛みが走った。何が起きたのか理解できなかった。しかし、柵の中にいる男の顔の、勝ち誇ったような表情を見た瞬間、理解した。脇腹には、男が投げたナイフが刺さっていた。
「ぐうぅっ!?」
「あああっ!!」