034 二人分の恋、半人前の自信
──朝の光が、薄いカーテン越しに部屋へと差し込んでいた。静かな陽ざしが、二人の眠っていたベッドをやさしく照らす。
リリィがまどろみの中で瞼を開けると、間近にリーベルの顔があった。状況が掴めずに目をぱちくりさせるリリィの視界には、まるで何かを観察するかのような、真剣なリーベルの瞳が映っていた。
「……え……?」
寝起きでぼんやりとした頭で状況を整理した、次の瞬間──
「わっ……!」
リリィは慌てて跳ね起きた。布団がふわりと舞い上がり、ベッドの上でリリィは小動物のように身を丸める。
「な、なに見てたの……!?」
リーベルはくすりと笑い、いたずらっぽく答えた。
「フフッ、ただ……可愛い親友の寝顔を、じーっと眺めてただけ。」
「やっ、かっ、可愛いとか言わないでよ……!傷だらけ、だし……恥ずかしい……」
リリィは頬を赤く染めながら顔を背ける。しかし、リーベルは顔を寄せてきて、さらに追い打ちをかけるように笑いながら続けた。
「ううん、リリィは可愛いよ。…フフ、しかもさ、リリィ、『旦那様……』とか、『お慕いして……』とか、寝言で言ってたんだもん。あれは反則だよ。」
「……えええっ!?うそっ!?」
リリィは顔を真っ赤にして、毛布で自分の顔を覆った。
「もう……聞かなかったことにして……!」
その様子が可笑しくて、リーベルはころころと笑い続けた。リリィは悔しさ半分、照れくささ半分で、毛布の中からじろりと睨む。でも、その視線さえも、リーベルには微笑ましく映っているようだった。
「ごめんごめんリリィ!フフフ……誰にも言わないから、大丈夫だよ!フフッ…」
「そ、そういう問題じゃないよぉ……」
「え?じゃあ誰かに言ってもいいの?」
リーベルは、こんなやり取りができる友達を心待ちにしていたのだろう。……でも、それだけは……
「絶対ダメ!!」
それからしばらくリリィは、リーベルに他言しないように懇願し続けた。リーベルに元からそんな気はないとは思いつつも、彼女のにやけ顔を見ると気が気でならなかった。
「フフッ、リリィ?じゃあ、どんな夢を見てたのか教えてくれたら、絶対誰にも言わないって約束するよ?」
「え……本当に?」
「もちろん!」
……さらなる恥ずかしい秘密が暴露してしまうだけにも感じたが……
「親友同士で隠し事はなしだよ〜?」
……言わない訳にはいかないだろう。恐らくリーベルは、何が何でも言わせるつもりだ。
「いっ、言う!言うから……えっと……旦那様に… こっ、告白、する夢……」
そう言うと、ずっと上がりっぱなしだったリーベルの口角が、さらに上がった。
「〜〜っ!!なになに!?どんなセリフで?どんな場所で?返事は!?」
リーベルはリリィの肩を掴んで、次々と質問をぶつけてくる。
「…ばっ、場所はよく、覚えてないけど……『ずっと、ずっとお慕いしていました。どうか、あなた様と……』ん〜〜っ!!」
リリィはそこまで言って、羞恥心に押し潰されそうになり、両手で顔を覆った。
「ちょっとリリィ!頑張って!大事なのはその先でしょ!?」
「……ふぅ……『ずっと、お側にいさせてください!』」
「キャ〜〜ッ!!やるじゃんリリィ!!それでそれで!?」
リリィは、ぼんやりとした夢の中の情景を、徐々に呼び起こしていく。しかし、旦那様の返事の言葉を思い出した瞬間、途端に悲しくなった。
「…ダメ、だった……」
「え〜〜〜っ!?夢なのに!?」
「う、うん……」
(夢の中ですら、叶わない恋なの……?だとしたら、現実でも……)
リリィは悲しげに俯く。そんなリリィを励まそうと、リーベルは再び、しっかりと肩を掴む。
「もう!元気出してリリィ!もっと、自信を持つの!『自分なんか』って思い込んでたら、夢の中ですらお付き合いできないよ!…それに……」
リーベルの声が、急に小さくなる。
「……わたしの、恋でもあるんだから……」
リリィはハッとする。
(そうだ……託されたんだ、わたし。リーベルの分まで……)
諦めちゃいけない。それは分かっている。……でも、自信が自ずと付いてくる、なんてことはない。ただ、それでも……
「リリィ……」
わたしは、旦那様が好き。
「リリィなら、大丈夫……」
あの優しい眼差し、温かい手、包み込むように響く声……
「絶対、大丈夫だから…」
その全てを、一身に受けてみたい……わたしの全てを、捧げたい……
「お願い……リリィは、諦めないで……」
気がつくとリーベルは、リリィに縋り付くように抱きついていた。
「ごめん……こんなに、自分勝手で……」
リリィはリーベルの頭を優しく撫でながら、そっと語りかける。
「大丈夫だよ……わたし、諦めないから……」
「……ありがとう……」
朝の光の中で、そんな二人の温かい時間が、静かに流れていった。
──その後、リーベルと昼食後に再び会う約束を交わした後、リリィは朝食のために食堂へ向かった。食堂の前に立つと、ヴィオレッタ先生が待っていて、優しい笑みを浮かべながら手を振っていた。
「おはよう、リリィちゃん。元気そうね。」
ヴィオレッタ先生は軽やかに挨拶しながら、リリィの顔色や立ち振る舞いを気遣うように見つめる。そして、丁寧に健康状態をチェックするかのように、
「よく眠れたかしら?体に変わった様子はない?」
リリィは照れくさそうに頷きながら、「はい、大丈夫です」と答える。
先生は少し眉をひそめながら、続けた。
「ところで、さっきあなたの部屋を訪ねたら、いなかったじゃない。どこで寝ていたのかしら?」
リリィは少し恥ずかしそうに、しかしはっきりと答えた。
「リーベルの部屋で、一緒に寝ていました。」
その返事に、ヴィオレッタ先生は一瞬目を丸くして驚いたように見えた。
「…あっ、あら〜リリィ、リーベルと本当に仲がいいようね?そんなにすぐに、誰かと一緒に……」
先生は、普段よりもさらにぎこちない笑みを浮かべ、気を取り直すように言葉を続けた。
「そ、それとね、カリタスがリリィのことを探していたのよ。カリタスは食堂の中で待っているわ。さあ、行ってあげなさい。」
ヴィオレッタ先生の温かい声に、リリィは少し安心した様子で、にっこりと笑って「はい」と返事をした。そして、先生に礼を言うと、食堂の中へと足早に向かった。
食堂の扉を開けた瞬間、温かい料理の香り共に、誰かが立ち上がる気配がした。リリィが一歩足を踏み入れると、すぐにカリタスがまっすぐにこちらへ向かってきた。
「リリィ!おはよう!」
小さな声だったが、弾むような勢いのある呼びかけに、リリィは少し驚きながらも立ち止まる。カリタスはそのままリリィの手を取ると、にっこりと微笑んで、そのまま空いていた自分の隣の席へと引っ張っていった。
「こっち、座って?」
少しおずおずとしながらも、どこか嬉しそうな顔をして言うカリタスに、リリィは素直に頷いて、その席に腰を下ろす。
座った瞬間、カリタスは勢いよく言葉を続けた。
「ねえ、リリィ。わたし、リリィとお友達になりたいの!」
リリィは一瞬、目を丸くしてカリタスの顔を見る。カリタスは恥ずかしそうに、けれどしっかりとリリィの目を見ていた。
「ヴェルメイン先生のお屋敷に行く女の子の中で、わたしと同じくらいの子って、リリィしかいないの。だから、まずは……リリィとお友達になりたいの。」
真っ直ぐで、迷いのないその言葉に、リリィはふとリーベルのことを思い出し、ほんの少しだけ後ろめたいような気持ちがよぎる。
(……でもリーベルはきっと、わたしがいろんな子と仲良くすることは、喜んでくれるよね?)
そう思い直し、リリィは笑顔でカリタスを見た。
「うん。わたしも、カリタスと友達になりたい。」
その言葉に、カリタスの顔がぱっと明るくなる。朝日が窓から差し込む中、カリタスは嬉しそうに声を弾ませて言った。
「やった!じゃあ……これからよろしくね、リリィ!」
「うん!よろしくね。」
二人の声が、賑わう食堂の中で小さく、けれど確かに響いた。新しい一日の始まりに、小さな友情の芽がしっかりと根を下ろした瞬間だった。




