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【第一章完結】名もなき森の後砦   作者: フリィ
第一章 白蝶、夢を紡ぐ庭
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030 友情の蜜

八人の名前を発表し終わった後、院長先生は言葉を続けた。


「以上が、ヴェルメイン先生のお屋敷に、一時的に移り住んでもらう子だ。…みんな、素晴らしい目標を掲げてくれたよ。さあ、惜しみない拍手で送ってあげよう。」


食堂の中で一斉に拍手が沸き起こる。


リリィにとって、賞賛を受ける立場になるのは、これが初めてだった。


みんなの前に立つこと。それはやはり恥ずかしい。でも、泣きながら拍手を送ってくれている子もいる。


……しっかり、受け止めなきゃ。


リリィはまた、深々と礼をした。


──しばらくして拍手が止み、院長先生が最後に述べる。


「今呼ばれた八人の子は、早速だが……今日のお祈りが終わった後、また院長室に集まって欲しい。みんなで、自己紹介をしよう。それと、お屋敷での暮らしについて、ヴェルメイン先生からお話があるよ。……それでは、私の話はこれでおしまいだ。今日も夕食前の時間を割いてしまって、本当に申し訳ない。ではまた。」


言葉が終わり、院長先生は食堂からゆっくりと出ていく。食堂の扉が静かに閉じた。


一瞬の沈黙の後──食堂は一気に賑やかになった。


「お前!よくやったな!」

「すごいなぁ、ヴェルメイン先生のお屋敷って、すごく広いんでしょう?」

「いいなぁ……わたし行きたかったな……」


あちこちから声が聞こえてくる。


リリィはまだ少しぼんやりとした気持ちで、自分が選ばれたことを実感しきれずにいた。しかし、そんな彼女の、真っ先にリーベルが声をかけた。


「リリィ、おめでとう。」


リーベルは、小さな笑みを浮かべながら、そっとリリィの手を握る。


「……リーベル……」


「ふふ、そんな不安そうな顔しないの。行けない子に申し訳ないでしょ?大丈夫、リリィなら絶対にうまくやれるよ。」


その言葉は、不思議とリリィの心にすっと染み渡った。


すると今度は、ヴィオレッタ先生が近寄ってきた。


「リリィ、よく頑張ったわね!」


先生はいつもより少しだけ興奮した様子で、微笑んでいる。


「な、なんとなく、あなたなら選ばれるって思っていたけれど……それでもやっぱり結果を聞くまではドキドキしたわ。本当に、おめでとう!」


ヴィオレッタ先生の言葉に、リリィの胸の奥がじんわりと温かくなる。


「ありがとう、ございます……」


リリィはそう言いながら、小さく息を吸い込んだ。


お屋敷に行くことを諦めざるを得なかったリーベルのことを思うと、ただ喜んでばかりもいられなかった。だけど……だからこそ。


(リーベルの分まで、わたしはお屋敷で精一杯頑張る。)


心の中でそっと決意する。


リリィはまっすぐリーベルを見つめ、ぎゅっと手を握り返した。


「わたし……お屋敷で、ちゃんと頑張る。だから、見守っていてくれる?」


リーベルは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに優しく微笑んで頷いた。


「うん。もちろん。……だから、リリィも私のことを忘れちゃダメよ?」


「うん! 絶対に忘れない!」


二人はしっかりと手を握り合い、そのまま小さく笑い合った。


食堂の喧騒の中で、リリィの心はいつになく強く、温かく満たされていた。


リリィとリーベルが手を握り合い、小さく笑い合う──その微笑ましい光景を、ヴィオレッタ先生はどこかもじもじとした様子で見つめていた。


(こういうとき、先生って、どうするのが正解なのかしら……?)


もっと心から祝福したい。でも、どうやって?一緒になって飛び跳ねて喜んであげるべきなのか、それとも優しく頭を撫でてあげるのか。はたまた、ただ微笑んで見守るのが一番いいのか。


……わからない。


考えれば考えるほど、どうすればいいか分からなくなって、ヴィオレッタ先生はそわそわと落ち着かなくなっていた。


リリィは先生に背を向けていたため気づいていなかったが、リーベルはその様子を察したらしい。


ふと、リーベルはリリィとの手をそっと離し、控えめに片手を伸ばした。


「フフッ、先生も、ほら。…聞きましたよ?リリィの担任になったんですよね?おめでとうございます。」


その言葉に、ヴィオレッタ先生はハッとしたように目を瞬かせた。


「えっ、あっ、あり、がとう……わ、わたしも……?」


リーベルは静かに微笑んで頷く。


先生はしばらくあたふたと戸惑っていたが、意を決したように息を吸い込むと、手を握る……のではなく、一気に二人を抱きしめた。


「もうっ!ほんっといい子たち!おめでとう、リリィ!」


力強く抱きしめられ、リリィは驚いたが、すぐにくすぐったそうに笑った。


「えへへ……ありがとう、先生!」


リーベルもふふっと小さく笑い、ヴィオレッタ先生の腕の中でそっと目を閉じる。


「旦那様、私……少しは成長できたかしら……?」


ぼそりと呟いたヴィオレッタ先生の声は、二人の笑い声に紛れてかき消えた。


──他愛もない会話をし、夕食を食べ終わると、ちらほらとお風呂へ向かう子が目に入るようになった。ヴィオレッタ先生はひと足先に食堂を出て行った。リリィも、お風呂の準備のために部屋に戻ろうとする。そろそろリーベルとはお別れ……かと思ったのだが。


「じゃあ、また明日ね、リーベル。おやすみ!」


「あ……お、おやすみ……」


「…ん?どうしたの?」


「……っ」


リーベルは席に座ったまま、両手を握りしめている。食器は既に片付けており、もう何もすることはないはずだった。


「どうしたの?リーベル。……あっ、体痛いの?」


「……」


リーベルは答えない。表情を窺うと、かなり葛藤しているように見える。


「ど、どうしたの?」


「……ごめん、リリィ……本当に…」


「えっ、な、何が?」


すると突然、リーベルは勢いよく席を立ってリリィに抱きついてきた。


「ごめん……離れ、たくない……ごめん……」


「リーベル……」


「お風呂……お風呂まででいいから……一緒に、いて……」


リーベルは膝を床につき、縋るようにリリィに抱きつき、懇願する。


(リーベル……どうして、ここまで……)


もう3回目だ。既に今日は、今までよりかなり多くの時間を、リーベルと一緒に過ごした。リーベルの心の奥の秘密……人との距離に、人一番敏感になってしまっていること。その影響が、リーベルの心を苦しめているのだろう。


(きっとリーベルは……まだわたしのことを、心の底から信頼しきってはいない。まだ、友達になって、二日だもんね……)


リーベルの人柄を考えれば、彼女と友達になりたいと思う子は少なくないはず。そして、その誰もが、徐々にリーベルから離れていく。その辛さは、リーベルの溢れる涙から痛いほど伝わってきた。リーベルは今、物理的な距離ですら、離したくないのだろう。


……わたしは、リーベルとずっと友達でいると約束した。


「……リーベル。大丈夫だよ。…寂しいよね。」


リーベルは黙ったまま、リリィのお腹に顔をうずめている。リリィは優しく、彼女の頭を撫でる。


「まだ……そんなに、簡単には……信じられない、よね?ずっと友達で、いるって……」


リーベルは顔をうずめたまま、首を横に振る。


「ごめ、グスッ……リリィ……ヒッ… ごめん……」


「いいんだよ、リーベル。」


リリィも膝を床につき、優しく抱きしめ合う。


「一緒に、お風呂行こう?それと……もし良かったら、リーベル。」


「…なに?」


「今夜は……リーベルのお部屋で、一緒に寝て……いいかな?フフッ、お泊まり、みたいに……」


そう言った瞬間、リーベルはさらに力強く抱きしめてきた。


「リ゛リィ〜……」


「ん〜苦しいよリーベル!フフッ…」


──お風呂場へ向かう途中、リリィはリーベルの歩調に合わせながら、しっかりと身体を支えていた。リーベルは「大丈夫よ」と言わんばかりに笑ってみせるが、その手はしっかりとリリィの腕を掴んでいる。


(やっぱり、少し無理してるんじゃ……)


リリィはそんな不安を抱きつつも、リーベルの「離れたくない」という気持ちを尊重し、一緒にお風呂場へ向かった。


──自分とリーベルの体を流し、お湯に浸かると、ふわりとした湯気が立ち昇り、心も体もほぐれていくようだった。


「…そういえばさ、リーベルと初めて会ったのも、お風呂だったよね。」


リリィが思い出したように言うと、リーベルも「そうだったね」と微笑む。


「良かった……あの日、無理してお風呂入って。」


「フフッ、そうだね。あの時、会えなかったら……きっと、友達にはなれなかったよね。」


「……ううん、それでもきっと、友達になるよ!」


二人はくすくすと笑い合う。こうして話していると、リーベルはとても幸せそうだ。さっきまでの辛そうな表情は、見る影もない。


もっとたくさんお話ししよう。


「そういえば、普段はどうやって体を洗ってるの?」


リリィが尋ねると、リーベルは少し考え、「うーん……」と湯船に肩まで浸かりながら口を開いた。


「毎日、メリー先生が、お湯に浸した布で体を拭いてくれるの。」


「メリー先生?」


何度か、食堂の中で聞こえてきたことがある名前だ。


「うん。メリーヌ・ロシュフォール先生。わたしの担任の先生だよ。ベテランの先生で、とっても優しいの。」


ベテランの先生……きっとリーベルの他にも、担任の子がいるのだろう。……そういえば、ヴィオレッタ先生のフルネームを聞いていない。また会ったら、聞いてみよう。


リーベルは話を続ける。


「でも、ちょっと心配性でね……頑張ればお風呂に行けそうな日も、なかなか行かせてくれなくて。」


そう言って、リーベルは肩をすくめる。


「え、それなら今日も、お風呂に来るって言ったら止められちゃったんじゃ……?」


リリィが少し心配そうに尋ねると、リーベルはほんの少しだけバツの悪そうな顔をした。


「うん……だから、黙って来ちゃった。」


「えぇっ!?大丈夫なの?」


「大丈夫大丈夫。まあ……よくやることだし、ちゃんと謝れば、許してくれるよ。それに……今日は、どうしても……」


そう言って、リーベルは少し恥ずかしそうに目をそらした。


その姿を見て、リリィの胸の奥がじんわりと温かくなった。


(ほんとに、リーベルって……)


「じゃあ、ちゃんと謝るときは、わたしも一緒に謝るね。」


リリィがそう言うと、リーベルは驚いたように目を丸くし、それから柔らかく微笑んだ。


「……うん。ありがとう、リリィ。」

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