表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第一章完結】名もなき森の後砦   作者: フリィ
第一章 白蝶、夢を紡ぐ庭
20/69

020 白百合の心

池のほとりの東屋で食べる昼食の時間は、とても穏やかで温かいものだった。


リーベルと旦那様の何気ない会話に、わたしも加わる。


リーベルがパンをほおばりながら、「先生、このサンドイッチ美味しいね!」と嬉しそうに言うと、先生は「それはよかった」と微笑んだ。


わたしも一口食べてみる。具材はシンプルだったけれど、ふんわりとしたパンとほんのり甘いバターの香りが心地よく広がった。


こんなふうに三人で食事をするのは初めてなのに、とても自然だった。リーベルとも、ようやく本当に友達になれた気がする。


そんな安心感と幸福感に包まれながら、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。


昼食を終え、旦那様と別れたあと、リリィはリーベルを支えながら、彼女の部屋へと戻った。


二階の廊下を歩きながら、リーベルがぽつりとつぶやく。


「……ねえ、リリィ。さっきの話なんだけどさ?」


「うん?」


「お金をかけずに、先生に恩返しする方法……思いついたんだ。」


リリィは興味津々でリーベルを見た。


「何を… するの?」


リーベルは部屋の扉を開けると、そっとベッドの端に腰掛け、少しだけ照れくさそうに笑った。


「──お花を贈りたい。」


「お花……?」


リリィは目を瞬かせる。


「うん。先生、前に言ってたことがあるの。『花は、言葉よりも気持ちを伝えやすいことがある。』って。」


「……ヴェルメイン先生らしいね。」


「フフッ、でしょ?」


リーベルはくすりと笑い、目を輝かせながら続ける。


「だから、わたし、先生にぴったりのお花を選んで、それを贈りたいの。お金を使わなくても、わたしが今までに植えた、正門の花壇のお花をプレゼントするだけなら、きっと受け取ってくれると思うんだ。」


「……うん!」


リーベルらしい、素敵な計画だった。旦那様はきっと、綺麗な花を見て喜ぶだろう。


わたしは、そんな旦那様の優しい笑顔を想像して、心が温かくなった。


「でも……どんなお花を贈るの?」


「それが問題なんだよね……」


リーベルはちょっと困ったように唇を尖らせた。


「先生にぴったりな花……何がいいかな?いろんなお花を植えたから…」


「……一緒に考えようよ。」


「え?」


「せっかくなら、二人で計画したいなって思って。」


わたしがそう言うと、リーベルは驚いたように目を丸くし、それから嬉しそうに微笑んだ。


「……うん!一緒に考えよう!」


そうして、わたしたちはヴェルメイン先生に贈る花について、相談を始めた。


──その後、リリィとリーベルは並んで廊下を歩き、院長室の前で立ち止まった。


リーベルも、花についての詳しい知識はあまりなかった。そのため、ヴェルメイン先生に似合いそうな花を、彼のことを一番よく知っているであろう人、院長先生に尋ねることにしたのだ。


「本当に聞いちゃっていいのかな……忙しそうだったら邪魔しちゃうかも……」


リリィが戸惑っていると、リーベルは「大丈夫」とはっきりと言った後、小さく息を吸って、意を決したようにノックをした。


「失礼します、院長先生。」


しばらくして、中から穏やかな声が聞こえた。


「……入りなさい。」


扉をそっと開けると、春にもかかわらず、暖炉の火がぱちぱちと音を立てて燃えていた。部屋の中はじんわりとした暖かさに包まれている。


院長先生は大きな机に向かい、たくさんの紙に目を通していた。深く刻まれた眉間の皺が、その書類の内容が決して簡単なものではないことを物語っている。


先生は書類の束から顔を上げると、申し訳なさそうに微笑んだ。


「待たせてしまったね。すまない、少し考え込んでいてね……。それで、どうしたんだい?」


二人は互いに顔を見合わせ、少し緊張しながら前へ進んだ。リーベルがそっと口を開く。


「あの、院長先生……ヴェルメイン先生の好きな花って、ご存知ですか?」


院長先生は少し驚いたように目を瞬かせた後、顎に手を当てて考え込む。


「ほぉ… あの方の好きな花、か。」


しばらくの沈黙の後、院長先生はふっと懐かしそうに笑った。


「そうだな……彼には『白百合』が似合うと思うよ。」


「白百合……」


リーベルが呟く。院長先生はゆっくりと続けた。


「気品がありながらも、どこか儚く、静かに咲く花だ。そして、強く清らかなものでもある……。彼の佇まいを見ていると、まるで白百合のように感じることがあるよ。」


わたしたちはその言葉を胸に刻みながら、静かに頷いた。


院長先生は少し目を細めて、二人を見つめる。


「ヴェルメイン先生に、プレゼントするのかい?」


「「はい!」」


わたしとリーベルは同時に答えた。


院長先生は微笑みながら、「きっと彼は喜ぶだろうね」と優しく言った。


その時、リーベルがふと机の上の書類に目を向けた。


「院長先生、何を読んでいたんですか?」


その問いに、院長先生は一瞬だけ視線を彷徨わせ、少し躊躇いがちに口を開いた。


「ハハ……大人のつまらん仕事話だぞ?…まあ、嬉しい悩みさ。実は、ヴェルメイン先生や、その他の資産家たちからの寄付のお陰もあって、ここの名前はかなりこの国に知れ渡っておってな。それで、新しく孤児を迎え入れることになりそうなんだ。」


「新しい子が……?」


「そう。遠くの地方からも、身寄りのない子どもたちが来る予定だ。」


わたしとリーベルは顔を見合わせた。それ自体は良いことのように思えたけれど——


院長先生は小さく息を吐き、困ったように微笑む。


「しかし、問題があるんだよ。既にこの孤児院の部屋はかなり埋まってしまっていてね。増築… いや、新しい建物を作らねばならない。でも、敷地の問題や工期のことを考えると、簡単なことではないんだ。……でも、必ず受け入れるよ。この子たちはここ以外に、居場所はないのだからね。」


暖炉の火がゆらめき、静寂が広がる。


院長先生の苦悩と覚悟がひしひしと伝わってきた。ヴェルメイン先生や支援者たちの善意を無駄にはできない。でも、今の状況では新しい子どもたちを受け入れる余裕がない——。


わたしはぎゅっと拳を握る。


(わたしに、何かできることはないかな……?)


院長先生の言葉を反芻しながら、ふとそんな思いが胸に浮かんだ。しかし、自分たち子どもにとっては、あまりにも難しく、規模の大きな話だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ