020 白百合の心
池のほとりの東屋で食べる昼食の時間は、とても穏やかで温かいものだった。
リーベルと旦那様の何気ない会話に、わたしも加わる。
リーベルがパンをほおばりながら、「先生、このサンドイッチ美味しいね!」と嬉しそうに言うと、先生は「それはよかった」と微笑んだ。
わたしも一口食べてみる。具材はシンプルだったけれど、ふんわりとしたパンとほんのり甘いバターの香りが心地よく広がった。
こんなふうに三人で食事をするのは初めてなのに、とても自然だった。リーベルとも、ようやく本当に友達になれた気がする。
そんな安心感と幸福感に包まれながら、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
昼食を終え、旦那様と別れたあと、リリィはリーベルを支えながら、彼女の部屋へと戻った。
二階の廊下を歩きながら、リーベルがぽつりとつぶやく。
「……ねえ、リリィ。さっきの話なんだけどさ?」
「うん?」
「お金をかけずに、先生に恩返しする方法……思いついたんだ。」
リリィは興味津々でリーベルを見た。
「何を… するの?」
リーベルは部屋の扉を開けると、そっとベッドの端に腰掛け、少しだけ照れくさそうに笑った。
「──お花を贈りたい。」
「お花……?」
リリィは目を瞬かせる。
「うん。先生、前に言ってたことがあるの。『花は、言葉よりも気持ちを伝えやすいことがある。』って。」
「……ヴェルメイン先生らしいね。」
「フフッ、でしょ?」
リーベルはくすりと笑い、目を輝かせながら続ける。
「だから、わたし、先生にぴったりのお花を選んで、それを贈りたいの。お金を使わなくても、わたしが今までに植えた、正門の花壇のお花をプレゼントするだけなら、きっと受け取ってくれると思うんだ。」
「……うん!」
リーベルらしい、素敵な計画だった。旦那様はきっと、綺麗な花を見て喜ぶだろう。
わたしは、そんな旦那様の優しい笑顔を想像して、心が温かくなった。
「でも……どんなお花を贈るの?」
「それが問題なんだよね……」
リーベルはちょっと困ったように唇を尖らせた。
「先生にぴったりな花……何がいいかな?いろんなお花を植えたから…」
「……一緒に考えようよ。」
「え?」
「せっかくなら、二人で計画したいなって思って。」
わたしがそう言うと、リーベルは驚いたように目を丸くし、それから嬉しそうに微笑んだ。
「……うん!一緒に考えよう!」
そうして、わたしたちはヴェルメイン先生に贈る花について、相談を始めた。
──その後、リリィとリーベルは並んで廊下を歩き、院長室の前で立ち止まった。
リーベルも、花についての詳しい知識はあまりなかった。そのため、ヴェルメイン先生に似合いそうな花を、彼のことを一番よく知っているであろう人、院長先生に尋ねることにしたのだ。
「本当に聞いちゃっていいのかな……忙しそうだったら邪魔しちゃうかも……」
リリィが戸惑っていると、リーベルは「大丈夫」とはっきりと言った後、小さく息を吸って、意を決したようにノックをした。
「失礼します、院長先生。」
しばらくして、中から穏やかな声が聞こえた。
「……入りなさい。」
扉をそっと開けると、春にもかかわらず、暖炉の火がぱちぱちと音を立てて燃えていた。部屋の中はじんわりとした暖かさに包まれている。
院長先生は大きな机に向かい、たくさんの紙に目を通していた。深く刻まれた眉間の皺が、その書類の内容が決して簡単なものではないことを物語っている。
先生は書類の束から顔を上げると、申し訳なさそうに微笑んだ。
「待たせてしまったね。すまない、少し考え込んでいてね……。それで、どうしたんだい?」
二人は互いに顔を見合わせ、少し緊張しながら前へ進んだ。リーベルがそっと口を開く。
「あの、院長先生……ヴェルメイン先生の好きな花って、ご存知ですか?」
院長先生は少し驚いたように目を瞬かせた後、顎に手を当てて考え込む。
「ほぉ… あの方の好きな花、か。」
しばらくの沈黙の後、院長先生はふっと懐かしそうに笑った。
「そうだな……彼には『白百合』が似合うと思うよ。」
「白百合……」
リーベルが呟く。院長先生はゆっくりと続けた。
「気品がありながらも、どこか儚く、静かに咲く花だ。そして、強く清らかなものでもある……。彼の佇まいを見ていると、まるで白百合のように感じることがあるよ。」
わたしたちはその言葉を胸に刻みながら、静かに頷いた。
院長先生は少し目を細めて、二人を見つめる。
「ヴェルメイン先生に、プレゼントするのかい?」
「「はい!」」
わたしとリーベルは同時に答えた。
院長先生は微笑みながら、「きっと彼は喜ぶだろうね」と優しく言った。
その時、リーベルがふと机の上の書類に目を向けた。
「院長先生、何を読んでいたんですか?」
その問いに、院長先生は一瞬だけ視線を彷徨わせ、少し躊躇いがちに口を開いた。
「ハハ……大人のつまらん仕事話だぞ?…まあ、嬉しい悩みさ。実は、ヴェルメイン先生や、その他の資産家たちからの寄付のお陰もあって、ここの名前はかなりこの国に知れ渡っておってな。それで、新しく孤児を迎え入れることになりそうなんだ。」
「新しい子が……?」
「そう。遠くの地方からも、身寄りのない子どもたちが来る予定だ。」
わたしとリーベルは顔を見合わせた。それ自体は良いことのように思えたけれど——
院長先生は小さく息を吐き、困ったように微笑む。
「しかし、問題があるんだよ。既にこの孤児院の部屋はかなり埋まってしまっていてね。増築… いや、新しい建物を作らねばならない。でも、敷地の問題や工期のことを考えると、簡単なことではないんだ。……でも、必ず受け入れるよ。この子たちはここ以外に、居場所はないのだからね。」
暖炉の火がゆらめき、静寂が広がる。
院長先生の苦悩と覚悟がひしひしと伝わってきた。ヴェルメイン先生や支援者たちの善意を無駄にはできない。でも、今の状況では新しい子どもたちを受け入れる余裕がない——。
わたしはぎゅっと拳を握る。
(わたしに、何かできることはないかな……?)
院長先生の言葉を反芻しながら、ふとそんな思いが胸に浮かんだ。しかし、自分たち子どもにとっては、あまりにも難しく、規模の大きな話だった。




