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【第一章完結】名もなき森の後砦   作者: フリィ
第一章 白蝶、夢を紡ぐ庭
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019 願いの秘密

リリィは、目の前で泣いているリーベルを見つめながら、どうにかこの子を慰める方法を探していた。でも、どんな言葉をかければいいのかわからない。リーベルの悲しみや苦しみは、痛いほどわたしにも伝わってくるのに。


──その時、ふと気づいた。わたしとリーベルには、決定的な違いがある。


それは、「夢」。


リーベルには、将来の夢がある。お花屋さんになって、いずれは庭師になりたいという、はっきりとした目標がある。


……でも、自分には、そんなものはなかった。


それに気づいた瞬間、わたしはリーベルがとても眩しく思えた。


そして、羨ましかった。


「……リーベル。」


そっと彼女の側に寄る。


「わたしね……すごく羨ましいなって思ったの。」


リーベルが涙を拭いながら、ちらりとわたしを見る。


「リーベルには、夢があるから。」


リーベルは目を瞬かせ、困ったように笑った。


「……夢?…ああ、お花屋さんのこと……?」


「うん。」


すると、リーベルは小さく首を振る。


「そんなの……本当の夢じゃないよ。」


「え?」


「わたしは、将来お金を稼いで、先生に恩返しをするために庭師になろうとしてるだけ。」


リーベルは、自嘲気味に笑った。

「そんなの……ただの義務みたいなものだよ。」


「そんなことない!」


リリィは、思わず強く言った。


「だって、リーベル……本当に植物や園芸が好きでしょ?」


「え……?」


「わたし、気づいてたよ。ヴェルメイン先生のお話を聞いてるときのリーベル、とっても楽しそうだったもん!」


「……それは、先生がいるから……」


「そっ、それに……前に言ってたよね?リーベルがここに来たばかりの頃、元気がなかったときに、裏庭のお花を見て感動したって。」


「……」


「先生の話を聞いてるときも、実際に植物に触れてるときも……リーベル、同じくらい幸せそうだったよ。」


リーベルは、ぽかんとわたしを見つめた。


「……そんなふうに、見えてた?」


「うん!」


しばらく沈黙があったあと、リーベルは視線を落とし、小さく呟いた。


「……わたし、本当に……植物のことが好きなのかな……?」


「そうだよ!」


リーベルは驚いたように、わたしを見つめた。


リリィはまっすぐ彼女の目を見返して、はっきりと言う。


「だから、お花屋さんは恩返しのためだけの夢じゃない。リーベル自身の、本当の夢だよ。」


「……っ」


リーベルの目に、また涙が浮かんだ。


「……わたし……ずっと……恩返ししなきゃ、って……そればかり考えてて……」


「……うん」


「それ以外に、わたしがやるべきことなんてないって……思ってた……」


「……リーベル。わたし……なんとなく分かる。先生はきっと、恩返し……受け取ってくれないよ。」


そう言うと、リーベルは驚いたようにリリィを見つめた。


「そんな……ことない……!」


「……あるよ。」

リリィは、ゆっくりと続ける。


「先生はわたしたちに、恩返しなんて望んでない。それに……リーベルが頑張って稼いだお金を、先生が受け取るなんて、思えない。」


「……」


「…ねぇ、リーベル。先生がリーベルにくれた名前の意味……覚えてる?」


「え……?」


「『リーベル』って、『自由』って意味なんでしょ?」


「……!」


リーベルは、息を呑んだ。


リリィは静かに続ける。


「先生はきっと……リーベルが恩返しに縛られてほしくないんじゃないかな。」


リーベルは目を見開いたまま、じっと考え込んでいた。やがて、ぽつりと呟く。


「……そういえば……」


「…?」


「……わたし、名前をもらう少し前に……先生に恩返しがしたいって、直接伝えたことがあったんだ。」


「うん。」


「でも、そのとき先生……すごく優しい顔で、でもちょっと呆れたみたいに、微笑んで……」


リーベルは、少し笑ってしまったように息を漏らした。


「『君はもう十分、返してくれたよ。』って、言ったんだよね。」


「……!」


「……もしかして、あのときから……先生はもう、わたしにそんなものを求めてなかったのかな……」


リーベルは、ゆっくりと視線を上げた。リリィの顔を見て、ふっと微笑む。


「……リリィ。」


「うん。」


「……ありがとう。」


それは、さっきまで泣いていたのが嘘みたいに、穏やかで優しい笑顔だった。


リリィの胸の奥が、じんと温かくなる。


「……わたし、少しだけ、楽になったかも。」


「……うん!」


リーベルは、小さく息を吐いた。


「……本当、先生って、優しすぎて呆れちゃうね。…恩返しくらいさせてくれてもいいのに。」


「ふふ……そうだね。」


二人で微笑み合った。


さっきまで重く垂れ込めていた気まずい空気は、どこかへ消えていた。


わたしは、少しだけ誇らしい気持ちになった。


──わたしも、ちゃんとリーベルの支えになれたんだ。


そしてリリィはふと、リーベルの笑顔を見つめながら、ある考えが浮かんだ。


「ねえ、リーベル。」


そう声をかけると、彼女は「ん?」と小さく首を傾げる。


「……やっぱり、少しでもヴェルメイン先生に恩返ししたいって気持ちはある?」


リーベルは、一瞬きょとんとした顔をしたあと、くすりと笑った。


「そりゃあ、もちろん。先生にはお世話になりっぱなしだからね。」


「うん、そうだよね……わたしも。」


リリィは頷きながら、少し悪戯っぽく微笑む。


「じゃあ……その気持ちをちゃんと先生に伝える方法を考えない?」


「えっ……?」


リーベルの目が大きく見開かれる。


「でも、先生は恩返しなんていらないって……」


「そう。でも先生はわたしたちが、恩返しを『義務』だと思っているからいらないって言うんじゃないかな?」


「……?」


「たとえば……先生は、わたしたちの願いなら、できる限り叶えてくれるでしょ?」


「うん……そう、だね。」


「だったら、恩返しをすることが『義務』じゃなくて、『願い』だったら……どうかな?」


「!」


リーベルの表情が、ぱっと明るくなる。


「なるほど……!」


「それなら、先生も受け取ってくれるかもしれないでしょ?」


「確かに……!」


リーベルはわたしの提案にすっかり乗り気になったようで、わくわくした様子で身を乗り出す。


「でも……どうやって恩返しの気持ちを伝えるの?」


「う〜ん……お金のかかることじゃなくて、何か手作りするのがいいと思う。」


「何かを作る……」


リーベルはしばらく考え込んでいたが、やがて「そうだ!」と何かを思いついたように顔を上げた。


「ねえ、リリィ——」


その時だった。


カサリ、と木の葉を踏む音がして、二人とも思わずそちらを振り向いた。


「お待たせ。お昼を持ってきたよ。」


ヴェルメイン先生が、木のトレーに乗せた昼食を手に、こちらへ歩いてくる。


リリィとリーベルは、顔を見合わせた。


──まだ先生には秘密。


わたしたちはそっと口元に人差し指を当てて、「しーっ」と合図を送った。


リーベルと目が合い、二人でくすくすと笑い合う。


旦那様は少し不思議そうに眉を上げたが、すぐに優しく微笑んだ。


「……何やら、楽しそうな話をしていたようだね。聞かせてくれないかい?」


わたしとリーベルは、旦那様には言えない秘密を共有している。それは、「友達」という言葉に大きな実感をもたらしてくれた。二人はもう一度、「しーっ」と口に指を当てながら、また笑い合った。

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