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【第一章完結】名もなき森の後砦   作者: フリィ
第一章 白蝶、夢を紡ぐ庭
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018 蛹の中の過去

リーベルは小さく肩を震わせながら、涙をこぼしていた。


「……ごめんね、リリィ……」


俯いたまま、か細い声で呟く。


「急に大きな声出して……驚かせちゃったよね……」


リリィは首を振った。


「ううん……」


でも、それ以上の言葉は出てこない。


リーベルは涙を手の甲で拭いながら、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……ねえ、リリィ……わたしたちの気持ちって、きっと一緒なんだよね……」


「……」


「ヴェルメイン先生は……わたしたちのことを助けてくれた……」


「……うん……」


「幸せって何かも、教えてくれた……」


「……うん。」


「でも……」


リーベルは声を震わせながら、拳をぎゅっと握りしめた。


「わたしたちは……先生に何も返せてない……!」


涙がポツリと膝の上に落ちる。


「それだけじゃなくて……先生に叶わない恋心まで抱いて……苦しんでる……!」


リリィも胸が苦しくなるのを感じた。


(そう……わたしも、同じ……)


「……ねえ、リリィ。」


リーベルは震えながら、懐かしむように語り始める。


「……ヴェルメイン先生に助けられた時のこと……話してもいい?」


リリィは静かに頷いた。


リーベルは、ゆっくりと過去の記憶を辿る。


──あの日。


リーベルは、ただ荷馬車の上で揺られていた。


行く先は分からなかった。


ただ、自分が「役に立たない」と判断され、奴隷市場に売られることだけは分かっていた。


「……どうせ、誰も買わないよ……」


薄暗い荷馬車の隅で、リーベルは膝を抱えていた。


「こんな病弱な奴隷……誰もいらない……」


体は小さく、力もない。


大した仕事もできず、今回も主人の役に立てなかった。奴隷市場に行くのは、これで何度目だろうか。


そんな自分に、もう価値などないと思っていた。


──でも、その時。


「……それは売りに出す奴隷か?」


不意に、聞き慣れない男の声がした。主人は馬を止める。


「……ああ、そうだが。」


リーベルはそっと顔を上げた。


そこに立っていたのは、一人の男だった。


黒い服を身にまとい、どこか品のある雰囲気を持っていた。


リーベルは彼をじっと見つめる。


「言い値で買おう。」


──え?


驚いて目を見開く。主人も、僅かに動揺したようだった。


「……ほう?本気か?」


「ああ。」


男は迷いなく、懐から袋を取り出す。


「金貨二十枚でいいか?」


じゃらり、と金貨の音が鳴った。


主人は目を丸くし、それからニヤリと笑った。


「おいおい、冗談じゃないよな?本当にこんな病弱な奴に、二十枚も払うのか?」


「構わない。」


「……まあ、いいけどな。ほら、持ってけ。」


そう言われて、リーベルは呆然としたまま馬車から降ろされた。


男がそっと手を差し出す。


「もう大丈夫だよ。」


リーベルはその手を、ただ茫然と見つめていた。


(どうして……?)


(わたしなんかに、こんなにたくさんの金貨を払うの……?)


──その日から、リーベルは孤児院で暮らすことになった。


暖かい食事を食べ、柔らかいベッドで眠ることができるようになった。


体調が悪い時は、先生が心配してくれる。


「幸せ」というものを、初めて知った。


──でも。


リーベルの心には、ずっとある想いがこびりついていた。


(わたしは……金貨二十枚分の恩返しを、しなきゃいけない。)


——そして、今。


リーベルは、唇を噛みしめながら言った。


「……でも……わたしは……今になっても……」


「……?」


「金貨二十枚どころか……たった一枚分の恩すら……返せてない……!」


リーベルの拳が、膝の上で震える。


「先生は……あの日、私を買ってくれた……!何の価値もないわたしに……二十枚も金貨を払ってくれた……!二十枚もあれば、牧場になるくらい、たくさんの家畜が買えるよ!宝石だって、高価な食べ物だってたくさん… 家だって買えるかもしれないのに……!」


「……」


「なのに……わたしは……!」


「……リーベル……」


リリィは、何も言えなかった。


リーベルの痛みが、自分の心にも重くのしかかる。


リーベルは、涙をこぼしながら続けた。


「……ヴェルメイン先生は、優しすぎるよ……」


「……」


「わたしが先生のために何かしようとしても、『無理しなくていい』とか、『君の将来が第一』とか言って、止めてくるのっ!わたしに、名前までくれたのに!……こんな気持ちになるなら……いっそ……」


「いっそ?」


「……いっそ、出会わなければよかった……!」


「っ……!」


リリィは息を呑んだ。


リーベルは泣きながら、顔を覆う。


「……なのに、好きになっちゃった……!」


「……!」


「こんな想い……抱いちゃいけないんだよ……!」


涙が、次々とこぼれていく。


リリィも胸が痛くてたまらなかった。


──それは、自分にも当てはまる気持ちだったから。


好きになってはいけない人を、好きになってしまった。


その苦しさを、どうすることもできない。


リリィは、ただリーベルの震える肩を見つめることしかできなかった。

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