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【第一章完結】名もなき森の後砦   作者: フリィ
プロローグ 不完全な名前
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012 陽だまりと小鳥の巣

リーベルは静かにスプーンを手に取り、残っていた朝食を食べ進めた。


少女──リリィは、隣でじっとリーベルの横顔を見つめる。彼女は穏やかな表情のままだったが、どこか遠くを見ているようにも感じられた。


やがて朝食を食べ終えると、ふとぽつりと呟く。


「…ねぇ、リリィ。」


「はい?」


「『自由』って、なんだと思う?」


不意の問いに、リリィは少し驚いた。


「自由、ですか…?」


「うん。」


リーベルは食器をそっとテーブルに置き、膝の上で手を握る。


「…自由って、何でもできることだよね? 好きなところに行けて、好きなものを食べて、好きなことをして…」


リーベルの言葉は、ゆっくりとしたものだった。しかし、その声には、先程と比べてどこか力がない。


「でもさ、わたしはどうなんだろうって思うんだ。」


リーベルは俯いた。


「他の子たちは、元気に庭で遊んでる。でも、わたしは長く歩けないから、ちょっとしか遊べない。」


リリィは黙って聞いていた。


「みんなと一緒に食堂でご飯を食べたいのに、それすら先生に止められる。無理をすると、体が痛くなるから…って。」


「リーベルさん…」


「こんなの…『自由』なのかな。」


その言葉は、リリィの胸に重くのしかかった。


「わたし、自由をもらったはずなのに、できないことばっかりで… それなのに、こんなすごい名前をもらって…」


リーベルの声が震える。


「…それでも、わたしは自由なのかな…?」


沈黙が落ちた。


リーベルの言葉が、ひどく苦しく感じられた。自分ではどうにもならないこと。それをただ、受け入れるしかない苦しさ。


リリィは、自分の手をじっと見つめた。


(わたしは…何も知らなかった。)


リーベルが、こんなふうに悩んでいたことも。ずっと苦しんでいたことも。


何か言わなければ。でも、何を言えばいいのか分からない。


ぎゅっと拳を握る。


──でも。


言葉は見つからなくても、伝えたいことはあった。


リリィは、震える声で勇気を振り絞る。


「…リーベルさん。」


「ん…?」


リーベルが顔を上げる。


リリィは真っ直ぐにリーベルを見つめて——小さく、それでもはっきりと言った。


「わたしと、お友達に… なりませんか?」


リーベルの目が、驚きに見開かれた。


「…え?」


「わたし、友達って… どんなものか、よく分かんないです。でも…」


リーベルの手を、そっと握る。


「わたしが、リーベルさんのそばにいても… いいですか?」


その言葉を口にした瞬間、リリィの心臓が大きく跳ねた。こんなことを言ったのは、初めてだった。


リーベルは一瞬呆然としていたが──やがて、ふっと息をつく。


そして、ゆっくりと、微笑んだ。


「…リリィって、変わってるね。」


「えっ…?」


「普通、もっと気を遣うんじゃない?『大丈夫だよ』とか、『きっと自由だよ』とか、そういう綺麗な言葉をかけてくれるものかと思ってた。」


リーベルは、少しだけ涙ぐんだ目で、リリィを見つめた。


「でも… そうじゃなくて、そばにいたいって言ってくれるんだね。」


「…はい。」


リーベルは、少しだけ迷ったようにして──それでも、そっとリリィの手を握り返した。


「うん。…嬉しかった。よろしくね、リリィ。」


その言葉に、リリィの胸がじんわりと温かくなった。


──その後、リリィはリーベルからはたくさんの話を聞いた。リーベルはほとんどの時間をこの部屋で過ごしているが、時折悩みを抱えた子どもがリーベルの部屋を訪れるそうだ。リーベルはこの孤児院の中では年長の方であり、先生には打ち明けにくい悩みに付き合っているらしい。


そして、昨日のことをしっかりと謝ることができたリリィは部屋を出て、意を決して男を探しに食堂へ戻ることにした。小さく息を吸い、拳を握る。


(…逃げちゃだめ。)


自分の気持ちに整理がつかず、昨日は途中でリーベルの話を聞くのが怖くなってしまった。でも、リーベルは受け止めてくれた。


今度は──わたしが、向き合う番だ。


足を踏み出し、食堂へ向かう。朝食の時間は終わり、食堂にはもう誰もいなかった。


…いや、たった一人だけ。


旦那様が、窓際の席に座り、静かに紅茶を飲みながら本を読んでいた。


リリィは、少し緊張しながらも、ゆっくりと近づく。すると──


「おかえり。待っていたよ。」


本から目を上げた旦那様が、穏やかにそう言った。


その一言で、胸の奥がじんわりと温かくなる。まるで、わたしがここに来ることを信じてくれていたような、そんな言葉だった。


「……っ」


リリィは、込み上げる感情を押し殺しながら、旦那様の向かいに座る。


「…さっきは、ごめんなさい。」


素直に頭を下げた。


「わたし… 勝手に逃げちゃって…」


「フフ… いいんだよ。」


男は、ゆっくりと紅茶のカップを置いた。


「少しずつでいい。無理に向き合おうとしても、人はそう簡単に答えを見つけられるものじゃない。」


「……はい。」


その言葉に、少しだけ気持ちが軽くなる。


しばらく沈黙が流れた。窓から差し込む朝の光が、静かに食堂を包み込んでいる。


「……それで、どうしようか。」


旦那様が、やわらかい声で尋ねる。


「君は、ここに住みたいかい?」


リリィは息を呑んだ。


この問いに答えることを、ずっと考えていた。


ここにいていいのか。 わたしは、ここにいてもいいのか。


まだ迷いはある。でも——


「……わたし、ここにいたいです。」


自分の声が震えないように、しっかりとした口調で言った。


男は、ふっと目を細める。


「そうか。」


「……でも、わたし、何もできません。リーベルさんみたいにみんなを支えられるわけでもないし、役に立てるかわからないし…」


「…」


「……それでも、ここにいたいです。」


リーベルが言っていた。「名前は、自分らしく生きるためのもの」だと。


だったら、わたしは──


「わたしも、わたしらしく生きられる場所を見つけたいんです。」


小さな手を、ぎゅっと握りしめる。


男はしばらく少女を見つめていたが、やがて小さく笑った。


「ああ。それなら、ここで暮らすといい。」


その言葉を聞いた瞬間、胸がじんわりと温かくなる。


「ここは、君の家だよ。」


(……家。)


挿絵(By みてみん)


その響きが、なんだかくすぐったくて、でも、ひどく嬉しかった。

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