2 僕の正義
昨日の終礼で先生が話していた内容は、まさに僕がイメージして見た予知夢だった。でも、本当に僕がイメージして予知夢を見る能力が備わったという確信はない。もしかしたらの偶然ということだってある。
それならば、それを確かめてみることにしよう。
確かめその一
新たなストーリーを考えて、そのイメージをしながら寝る。
確かめその二
そイメージ通りの夢を見るか。
確かめその三
現実の世界で夢の現象が起きるか。
まずは確かめその一のためにに、ストーリーを考えなければならない。
どのようなストーリーにするかを考えて考えて、誰とも話すことのないまま、しかも何のビジョンも浮かばないまま今日の授業を終了した。
そして普通に帰るために一人で正門を右に出た。それは眞山翔避難ルートを帰るからではなく、今日は杜野駅前にある学習塾の日だからだ。
学習塾が終わるのは夜の八時。いつものことではあるけれど、急いで駅と隣接するバスターミナルまで小走りで移動し、八時十分発のバスにギリギリ乗り込む。そうすると八時半頃には家に着く予定だ。そして今日も、バスに揺られながらいつものようにボーっとして、学習塾でフル回転させた頭をリラックスさせていた。
そういえば……、四回目に先生から呼び出されたときに、僕に成りすました僕が起こした事件はバスの無賃乗車だった。
よし、確かめその一はこのパターンで組み立ててみよう!
「次は、中央公園口、中央公園口。お降りのお客様は降車ボタンでお知らせください」
ピンポーン!
僕の家の最寄りのバス停に着いた。考え事をしているときの時間の進み方には矛盾がある。バスの中での十数分間もあっという間だった。
ピッ!
ICカードを読取り機にかざし、料金残高を確認して僕はバスを降りた。
当然のことながら目の前にはバス停がある。このバス停は、登校するときにいつも篤人が待っていてくれた駄菓子屋の前にあるバス停だ。だからだろう、篤人に申し訳ない気持ちがよみがえってきた。
篤人、美奈子ちゃん……
そして街灯を頼りに家に帰った僕は、今日も早目に自分の部屋にこもった。そしてベッドに横たわりながら、思いついたイメージを現実のストーリーっぽく組み立る作業を始めた。以前、僕に成りすましたヤツがやらかした出来事を、眞山翔にすり替えて作ってみるのだ。
これで確かめその一は完了。あとは寝るだけだ。
はっ!
夢を見た!
予知夢だ!
確かめその二も成功だ!
僕は、想像したストーリーを予知夢として見ることができるんだ!
それは驚き以外の何物でもない、まさに驚きそのものだ!
勉強以外は何にもかもが不器用で、ビビリで、引っ込み思案で、優柔不断なこの僕に、とんでもない能力が備わったんだ!
僕の心はウキウキとワクワクとドキドキが同時に起き、身体もプルプルと震えている。何かに怯えているわけではない。緊張と興奮でプルプルと震えが出たのだろう。しかし気持的には最高だ。天にも昇る心地とはこういうときに言うのだと思う。
あとは確かめその三が成されるかだ!
それからの僕は、やはり恐怖にさいなまれることなく一人で登校し、誰とも話すこともなく普通に授業を受け、眞山翔避難ルートではあるけれど普通に帰宅。という、災難のない毎日を過ごしていた。
そんなある日の終礼、いつものように先生からの連絡事項のあと、もうすでに帰り支度も万全なところに先生の話が続いた。
「今朝の新聞……、見た人はいるか?」
クラスメイトたちは教室内を見渡し、先生の質問の意味を察することができる人を探している。僕も同様にサラッと目を動かしてみた。
先生は、少しの間を置きながら教室内を見渡した……。いや、先生自らのフリなのに、その先生が言葉を出しづらそうにしているようにも伺える。
「……、昨日の夕方、地元の中学三年生の男子学生が、バスの無賃乗車で警察に補導された。という、内容の記事だ……」
教室内はザワついた……。
「何、それ!」
「犯罪じゃん!」
「そんなヤツいるの?」
「それって、この学校の生徒?」
いろいろな言葉が教室のあちこちから飛び交う。当然だろう。僕たちにとってインパクトの強いワードが並べられたのだ。
そして、クラスメイトたちの言葉が一段落ついたところで先生が話を続けた。
「いいかみんな、バスに乗るときにはそれにみあった料金を所持していることをしっかり確認しておく必要がある。でも万が一、何かしらの不都合がある場合にはその旨を運転手さんにしっかりと伝え、しっかりと謝り、しっかりとした…………」
大ビックリ!
僕は、あまりのビックリさに先生の言葉など耳に入らなくなっている!
先生の言いづらそうに話す気持ちはとてもわかるけれど、これは、この内容は、間違いなく僕がイメージしたストーリーだ。
僕は、予知夢を操れるんだ!
僕に、とてつもない能力が宿ったんだ!
スゴイ、スゴイぞ、僕!
終礼も終わり、なだれ込むように教室から出ようとしているクラスメイトたち。その後ろを、押し合いへし合いを好まない僕は、出入口の渋滞が収まるのを待ってから教室を出た。
すると、廊下でも無賃乗車の話題で盛り上がっていた。僕は心が弾むくらいに面白さを感じている。素知らぬ顔を作ってはいたけれど、思い切り笑いを吹き出しそうでこらえるのが必死だ。
だってこれは、僕が作ったストーリーなのだ!
家に帰った僕は、早速今朝の新聞に目を通した。記事の内容は乏しくて先生が言ってた程度のものだったけれど、僕が作ったストーリーの実現版がここに載っているのだ!
僕の実験は一応、成功といえる。一応というのは、この中学三年生男子が誰なのかは、現実にはハッキリとしていないしからだ。そこはちょっとした反省点ではあるけれど、今回の目的である僕のイメージが予知夢になるか、という点では大成功を収めたことになる。
そして、もっと真の目的に近付けるために、今度のストーリーでは眞山翔本人だとわかるように設定してみよう。
これは、もはや今までのような実験ではない。もっと核心を突いた正義だ!
よし、どんなストーリーにするか……。
ヤツは野球が得意だったなぁ。
その日から数日かけて、間違いなく眞山翔を特定できるストーリーを考えている。登下校中も、もちろん授業中も、何をやるにもそのための想像を巡らせていた。もしかしたら、勉強しているときよりも頭を使っているかも知れない。
そして、ついに正義へ突き進むためのオリジナルストーリーが完成し、そのイメージをしながら眠りについた。
リリリリ!
リリリリリリ!
リリリリ!
ヨッシャー!
予知夢を見たぞぉー!
見てろよ眞山翔。僕の予知夢に出てくる中学三年男子生徒とは、オマエ以外の何者でもないことを証明してやる!
ただし、僕の予知夢はいつ実行されるのかはわからない……。何らかの形で知るまでは、僕も首を長くして待つしかないのだ。その間は、朝起きると新聞に目を通し、登校中も周りの生徒たちの会話に神経のアンテナを張り、朝礼や終礼には先生の言葉の一言一句に集中した。
しかし、何の兆候もないまま一週間が経ち、まるで予知夢をコントロールできるようになったそれこそが夢だったのかも……、という不安がよぎるようになり始めたある日の登校中、ついに待ちに待った会話が僕の耳に飛び込んできたのだ!
「ねーねー聞いた? 野球の超得意な黒くてデカい人いるでしょ?」
「ああ、眞山翔って人。野球推薦で高校に行く人でしょ?」
「そうそう。その眞山翔って人がさ、野球の練習中にケガをして入院だってよ!」
僕はその言葉の一言一句を逃さないように通学路を歩き、いろんな方向から聞こえてくる情報に耳を傾け、そして学校の教室までたどり着いた。
「入院って、そんなに酷いケガなの?」
「みたいだよ。バッティング練習をやっているときにさ、打ったボールが自分の顔に当たったんだって。しかも右目の辺りらしいよ」
僕は聞き耳を立ててはいても態度としては知らん振りを貫き、あちらこちらから聞こえてくる情報を逃さず耳に入れると同時に、複数の情報のうち同じ内容は一つにまとめる作業をしては頭の中を整理し、空き容量を作ってはまた新たな情報を取り入れていた。
「悪い噂ばっかの人だから他人事だけど、ちょっと気の毒な気もするな」
何を同情しているんだ。ヤツはどれだけ卑劣で、どれだけの人に嫌がらせをしてきたか!
「それも分かるけど、ザマー見ろって思ってる人がたくさんいると思うよ……、実際」
そうそう、悪人は裁かれなければならない、それが人間社会のルールというものだ!
「野球推薦はどうなるんだろう? 進学が絡む大切な時期だっていうのに……」
そんなことよりも苦しむ人の気持ちを知れ、ってことだよ!
「目は大丈夫なのかな?」
天罰だよ!
「大丈夫みたいだけど、念のために、検査も含めて今週いっぱいは入院らしいよ」
ざまあみろ!
今度こそ眞山翔を特定できるようなストーリーを組み立てて現実化した。これで先日の信号無視や無賃乗車で話題になった地元中学三年男子学生というのは、眞山翔で間違いないということが証明されたのだ!
教室の窓際の僕が座る席から見える杜野の街が活気に満ち溢れ、勇気が湧き、あらゆる希望が叶うパワースポットのように見える。
僕は思う。
予知夢、これは僕に課せられた使命なのだ。今まで眞山翔に嫌な思いをさせられてきた人たちの仇を討て、ということなのだ。
僕自身も嫌がらせを受けたことによってその辛さや苦しみなど、当事者の心の底からの感情を理解することができた。
だからこそ僕が得た能力を活かして、周りの人たちを苦しみから開放するとともに、ヤツを懲らしめる立場を与えられたのだ。
これが、僕がやるべき正義なのだ!
次の課題としては、眞山翔グループからどうやって美奈子ちゃんと篤斗を救い出すかだ。しかも毎日顔を合わせる学校生活の中で、安全にそれぞれの生活に戻るための方法、難しい問題だな……。
「そういえばさぁ、眞山翔を中心としたグループみたいなあるでしょ。あの人たちはどうなるんだろう?」
「あのグループの関係性がイマイチわからないけど、眞山翔が復帰してきたらいつもの不良グループに戻るんじゃない」
「周りの人に文句を言って楽しんでる連中だし、特に変わらないか」
確かに、眞山翔にだけ照準を合わせていたけれど、他のヤツらにだって仕返しをしないといけない。例えば、初めて僕が詰め寄られたときに、僕の肩に手を回してまで何だかんだと言ってきたヤツ……、飯坂尚史だ。
まるで自分の天下のように大腕を振って肩で風切りながら歩いているけれど……、みんなはオマエにビビっているのではない、眞山翔にビビっているのだ。そのことをハッキリと教えてやらなければいけない。そのためにも仕返しをする必要がある。
そのためのストーリーを考えている僕の心臓はドキドキと強く脈を打っているうえ、呼吸も荒くて早くなっている。ヤツらへの仕返しができると思ったら、今さらながらに興奮しているのだ。
正義の制裁を与えてやる!
朝晩に寒さを感じるようになったうえに眠たさも相まって、ヌクヌクしているベッドから出るのがつらくなってきた。
「慎司、起きてるんでしょ。早くご飯食べて準備しないと、遅れるわよ」
「う〜〜ん」
今週の月曜日から眞山翔が学校に姿を表していた。問題の右目には眼帯が付いたままだったけれど、鉛色のデカい岩は手下を従えてピロティホールやら杜野神社やらをうろつくのをちょこちょこ見かける。
それでも僕は何の被害もなく授業を受け、昼休みには図書室で勉強という、いつもと変わらない生活を送っていた。
篤人も相変わらず自分の机とニラメッコ、でも放課後はヤツらと一緒にいるのだろう。美奈子ちゃんは頼まれた用事を終えたら、コッソリと様子を見ているのかな……。
飯坂尚史に対する仕返しの予知夢を見てから何日が経つだろう。待っていると時間の流れがとても遅く感じていたある日の終礼のときに、いつものようにそれはやってきた。
「いいかみんな。昨日の夕方、ここの生徒が駅前の本屋で万引きをしたということで、本人を連れて警察の方が学校に来られた」
先生の言葉に教室内では、またもやガヤつく声が飛び交う。
「警察が来たの?」
「万引きって……」
「この学校の生徒って、誰ですか?」
誰かを訪ねるガヤの声に、クラスメイトたちは先生に注目した。
「気になるところだろうが、名前は伏せておく」
クラスメイトたちの気持ちもわかるけれど、学校側の立場もあるだろう。そのごとく話を切った先生は、改めて話を続けた。
「実はな、以前にも同様の事件が数件あってな。本屋さんも今回は厳しい措置を取らざるを得ないということで……、我が校の生徒は当分の間、駅前の杜野本屋への出入りは禁止となった!」
思わぬ厳しい制限に、不平をあらわにするクラスメイトたちの声が飛ぶ。
「えーー」
「マジで!」
「誰かのせいなのにそりゃないですよ、自分たちは関係ないんじゃないですか!」
さきほどから廊下を伝わって単発的に届いていた騒音があったけれど、原因はこれだったのだ。クラス担任の先生方も大変であろうと、他人事のように僕は冷静であった。
というよりも、僕は別の意味で関わっているものだから、先生の話す言葉をみんなとは違う視点から捉えていた。それは「以前にも数件の同様の事件がある」という言葉だ。ということは、僕が濡れ衣を着せられたとき以外にもあった、ということになる。
それじゃゲームセンター事件や無賃乗車事件も……?
でも、教室内はそれではない。
「君たちの不満は分かる。しかし現実に警察が学校に来られた、これは、れっきとした犯罪行為だからだ」
「…………」
「そして、そのせいで関係のないみんなにも迷惑がかかるのも事実。でも、一番迷惑がかかっているのは……、わかるな!」
いつもは優しい先生の厳しい声が教室を覆った。そして、犯罪や警察という生々しいワードにクラスメイトたちはみんな口をつぐんだ。
「軽はずみの行動が、大きな社会問題に発展することもある」
先生の言葉、そしてこの問題に教室内の空気がとても重苦しく感じられる……。
でもそれは当然だと思う。中学三年生、大人ぶってはいても、まだまだ子ども的精神から抜けてはいない時期なのだから……。
しかし今の僕の心はみんなとは真逆で、とても爽快なんだ。学校中の全ての生徒が万引きの犯人を知らない、でも僕だけはその犯人を知っているんだ。
大きな声で犯人の名前を言いたい!
どんないきさつで万引きしたのかを教えたい!
そんな衝動が僕の心の中にグイグイと芽を出す。だけど、そこは現実を観てしっかりと自分を抑えなければならないんだ。それもまた、僕の抱えた試練ということだ。
わかっている、わかっている、大丈夫だ。
でも、自分の思い通りに物事が動く、これほど愉快なことはあるかい!
次の日も尖ったお母さんの声に促されて学校へと出かけた僕は、止まれの道路標識を右に出て大通りを歩いた。そして、つい習慣で電柱とバス停の所に目がいってしまうのだった。それは、中学校に入ってから二年数ヵ月間、毎日篤人と一緒に登校していたのだから当たり前……。
って、えっ?
電柱とバス停の陰に、隠れるように立っている人影がある!
篤斗……?
まさか……、だって眞山翔に捕らえられて以来、一緒に登下校をすることができなくなっているはず。別の誰かが篤斗と同じようにあの場所で誰かを待っているのだろう……、きっとそうだよ。
僕は気に止めないように心掛けながらも、結局そのシルエットから目を離せないまま歩いていた。
すると見覚えのある薄手のジャンパー。上半分が紺色で下半分が黒という真っ二つのツートンカラー、そしてその境目に赤いライン入り……。
「篤人!」
「……」
「どうしたの? 僕に近づいて大丈夫なの?」
「シッ! 見張られている!」
篤斗は、表情も態度も変えずに、薄く開けた口から吐く小さな声だけで僕の言葉を止めた。そして、僕の歩調に合わせて右側を歩く篤斗。しかし、その雰囲気は教室にいるときと同じで、人間としての篤人という感じは全くなかった。
すると、 いつかのような操り人形かCGロボットのような機械的な話し方で話かけてきた。
「眞山翔君が野球で右目辺りをケガしたのは知ってるな?」
僕は、何かを期待して篤人に目を向けてみるけれど、篤人はにジッと前を向いたまま表情をなくしている……。仕方がないことだと思いながらも淋しい感情を覚える僕は、渋々言葉を出した。
「うん、噂で聞いた」
そう答えながら僕は周りの異変を感じ始めている。
前を歩いているはずの同じ制服を着ている生徒数名の歩きがユックリ過ぎる。そのために僕たちの足取りがソイツらに近付いていく。更に後ろにも人影を感じ、さりげなく目を向けようと顔を左に向けてみた。
えっ、いつの間に!
僕たちは……、いや、僕は既に周りを取り囲まれていた!
ソイツらの顔は篤人と同じく無表情でただまっすぐ前を向いて歩くロボットだ。
「だから」
「えっ? あっ、篤人……」
「だから眞山翔君は今、野球ができない状態になっている。慎司の予知夢で眞山翔君のケガを治してくれ。そして早く野球に復帰できるようにしてくれ。早急にだ」
そう言い終えると、篤人は歩く速さを上げて僕から離れていった。そして、それが合図のように僕を取り囲んでいた手下たちも散り散りになり、周りを歩く通勤通学の人の流れに紛れていった。
篤人…………。
僕は、改めて眞山翔に対して怒りを感じた。自分の都合で人を陥れて、自分の都合でケガを治させて、自分だけが良ければそれで良いという考え。しかも、全てに手下を使って自分は何もしないというごう慢さ!
今の僕にならば眞山翔の目を治す力はある。だけど、こんなヤツのためにこの能力を使いたくない!
いや……、僕が予知夢をコントロールできるようになったことは、美奈子ちゃんも篤人も知らない。だから、このまま知らん振りをして何もしないでいるのは、むしろ自然のことだ。
眞山翔め、どうせなら直接右目をケガして、ずっと野球ができない体にすればよかった!
僕のイライラは収まらない。授業中も休憩時間中も、眞山翔にもっと悪いことが起きればいいのにと、腹黒悪魔のように悪い状況になることを考えていた。
さらに、お昼休み時間も眞山翔のことを考えながらお弁当を平らげ、そして残り時間もムシャクシャしながら眞山翔のことを考えていた。
キーンコーンカーンコーン
ハッッ、寝ていた!
しかも夢を見ていた!
昼寝をするつもりはなかった。さらにこの状況で予知夢を見るとは思ってもみなかった……。
にも関わらず、さきほどまでイラつきながら想像していたことを、予知夢として見てしまったのだ……。
待って……、僕のイライラは衝動的なもので、本当はそこまでを望んではいなかったんだ。本気で眞山翔の将来がなくなってしまえばいいなんてことは、決して…………。
いや、そうじゃない。やり過ぎなんてことはない。だって、眞山翔は沢山の罪を償わなければいけないヤツなのだから。
でも……、本音をいうと、やり過ぎたと思うストーリーの予知夢を見たことに罪悪感を感じている……。
いいや、むしろよくやったんだ。これが僕に課せられた任務なんだ!
僕は自分自身を正当化し、むりやり納得しようとした。
だって……、僕は、美奈子ちゃんと篤人を救わなければいけないのだから。
だから……、これでいいんだ。これで…………。
「ただいま……」
リビングに入ると、何となくキッチンから視線を感じる……。
「どうしたの慎司、最近元気がないんじゃない?」
「いや、別に、変わりないよ……」
お母さんにはお見通しなのだろうか、僕の様子を察して声をかけてくれる。確かに僕自身、胸の奥の奥がモヤモヤしたままだ……。
それからの毎日も学校へ出かけると、駄菓子屋の電柱の陰に篤人いないかを確認している僕。
授業中は教科書を開きはするけれど、ページをめくることはなく、人の一生って何なんだろう……。などと取り留めのないことが頭を巡るようになっていた。
そしてそのころ、気になる会話が学校中のあちこちで聞かれた。
「聞いた? 眞山って人のケガ、思いのほか悪くってさ、右目がほとんど見えないらしいよ」
「聞いた聞いた。それで結局、内定していた野球推薦の話も取り消されたんでしょ?」
「片目じゃ、野球できないもんね。かわいそうと言えばかわいそうだよね」
噂として僕の耳に入ってきたことではあるけれど、クラスのみんなが……、いや、学校中のみんなが「おまえのせいだ! おまえのせいで眞山翔君の将来がメチャクチャになったんだ!」と言っているように思えて仕方がない。みんなの視線が僕を攻撃しているようで怖い……。
僕は、本当に眞山翔の将来まで奪うつもりはなかった。言ってみれば事故で見てしまった予知夢であって、意図して見ようとしたのではない予知夢だったのだ。
でも、実際に眞山翔を陥れたのは、僕…………。
待て待て、何を言ってるんだ自分!
ヤツに嫌がらせをされた人は沢山いるんだ。そのせいでみんなが苦しんできたのだ。
だから、僕の見た夢は正義のためのものなのだ…………。
眞山翔のことは誰かに尋ねることはしなくても、リアルタイムに僕の耳にも飛び込んでくる。
それによると、それ以来、眞山翔はまともに学校には来ていない。登校してきても二時限目の授業が始まったあとに保健室に顔を出し、午前中の授業が終わる前には帰って行く。という日課を、一週間のうちに一日か二日だけ。その他の日は自宅療養と自主学習とのことだ。
僕は毎日の授業が手につかない。僕は心のどこかで、眞山翔の右目が治って高校推薦の話も元に戻る。という予知夢を見ようと考えていた。
しかし一方で、眞山翔は悪人じゃないか。そう言い聞かせては、自分を正当化している自分がいる。
どっちの自分を選ぶべきなんだろう。