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夢は見るもの叶えるもの  作者: タケヒロ
第三章  予知夢の存在意義
7/13

1 僕の使命

 夢を見た!

 僕は、夢を見た!

 しかも、この夢って!


「慎司、起きてる?」


 夢を思い返そうとした瞬間、お母さんの声が僕の記憶を一時停止させた。

「朝ご飯、テーブルに置いてあるから食べてね。お父さんとお母さん、出かけてくるから」

 僕の部屋のドアの向こうで話しかけてくるお母さん。今日は土曜日、もしかしたらまだ眠っているかもしれない僕のことを気遣って小声だった。僕は逆に気を使って返事をしなかった。寝た振りをしていた方が、お母さんに応えられるような気がしたからだ。

 耳を澄まして玄関の鍵を掛ける音を確認すると、たまにしか動かないお父さんの車の音が遠ざかって行くのが聞こえた。

 そういえば出かけるときに、お母さんは行ってきますを言わなかった。僕の部屋の隣の部屋に呼びかける声もなかった。ということは、姉ちゃんも出かけていていないということだろう。

 僕は部屋のカーテンを開けて朝の日差しを取り込んでみた。天気も良く直射日光は丁度良い暖かさを僕に与えてくれる。

 ふぉーー、気持ちいい!

 睡眠も十分に取れたし、家族は誰もいないという自由感を味わいながらリビングへと入った。

 家の中がシーンとしているのが何だか久しぶりな気がする。そういう感覚すらわからなくなるくらいに、僕はヤツらに追い詰められているのだ……。

 そして、別に見たい番組があるわけではないけれど、何となく生活音が欲しくてテレビを付けて朝ご飯を食べた。

 んー、なぜだろう……?

 今日は普通に、つまり眞山翔に絡まれる前の生活に戻ったような感覚で過ごせている。もしかして、できもしない試験問題の夢を見ようとし過ぎて、僕の頭がおかしくなってしまったのだろうか。


 それとも……、今朝見た、夢のせい?


 いずれにしても、今日の僕の心はとても穏やかだ。この感覚に懐かしささえも覚えるほどだ。なので今日はテスト勉強でもしようと思う。

 さっそく自分の部屋から勉強道具をリビングに運び込んだ。そして、教材を広げた瞬間、美奈子ちゃんの顔が思い浮かんだ「すぐにまとめるのではなくて最後までしっかり目を通して、もう一度見直したときにまとめた方が、全体像が頭に入っていてポイントを掴みやすくなるよ」夏休みの勉強会のときに教わった勉強のやり方だ。

 早速その通りにやってみよう。

 まずは国語からいくか。

 ここから目を通してっと……。

 フムフム、フムフム…………。

 なるほど!

 確かにっ、美奈子ちゃんの言う通りポイントが掴みやすいや。

 その証に僕のシャーペンはとても滑らかにノートを埋めていく。

 次は社会に英語、まるで砂漠にしもう水のように、僕の頭に浸透していくようだ。


「ただいま。あら、お勉強?」

「えっ、もうこんな時間?」

 お母さんがリビングのカーテンを閉めようとしたときに見えた窓の外の薄暗さ……。それほど勉強に没頭していたということだ。

「勉強、頑張ってるみたいね」

「うん」

 グウゥ〜〜〜ッ!

「フフフッ。今、夕ご飯作るから待っててね」

 お母さんの耳に届くほどに僕のお腹の虫が叫んでみせた。考えてみれば朝ご飯を食べたっきり何も口にはしていなかった。

 これほどまでに集中して勉強ができたのは、美奈子ちゃんの勉強方法と僕のヤル気がマッチしていたからだと思う。さすが美奈子ちゃん、学年トップになる人は要領もよく無駄がない。僕はこれからもこの方法で勉強することにする。


「ご飯、できたわよ。食べなさい」

「うん、いただきます!」

 脱力感すら覚えるほどの空腹に耐えながら勉強道具を片付けた僕は、食卓に並ぶ夕ご飯をひと口ひと口、しっかりと味わいながら食べることができている。

「あぁーー、うまい!」

「あら珍しい。慎司がそんなことを言うなんて、よっぽどお腹が空いてたのね」

「う……、うん」

 お母さんの言う通り、僕は生まれてから今の今まで「うまい」なんて言ったことがない。少なくても僕の記憶には記録されていない。照れくさいから言わないということもあるけれど、今日はどうしてだろう、それが自然に出た。

 それほど僕が充実し、満足する時間を過ごしているからだろうか……。

 いつもの食卓風景、僕は普通に食事をしているだけなのに、この時間がとても充実していると感じている……。

 僕は一つわかったことがある。

 普通というのは、取って付けたような楽しさも嬉しさもないけれど、逆に苦しみも辛さもない。

 つまらないとかではなく、波風がないことがいいということ。文字通り無難がいいということなんだ。

 だから大人の人たちは、普通が一番だって言うんだ。

 受難ばかりの今の僕には、その言葉の意味がとても理解できた。


「ごちそうさま」

「おそまつさま。お風呂、沸いてるからいつでもどうぞ」

「うん。それじゃ、さっそく」

 夕食を完食し、湯船にもゆっくりと浸かり、そしてベッドに腰を掛けて枕元に置いてあるスマホを見た。時計はまだ八時四十六分を示している。でも今日は一日中勉強に集中していたからだろう、横になったらすぐに寝れる自信がある。明日も勉強に集中するためにも、今日はもう寝ることにしよう。


 そういえば……、今朝の夢…………、あれって………………。


 今朝の夢を思い返す間もなく僕は熟睡していた。目が覚めてスマホの時計を見ると七時二十分、よく寝たものだと自分でも感心するくらいだ。そして一階のトイレに行くときに、リビングからお父さんとお母さんの話し声が聞こえてきたので、今日は自分の部屋で勉強することにしよう。

「慎司、ご飯よ」

「はーい」

「昨日は凄く勉強に集中してたみたいだけど、今日も勉強してるの?」

「うん」

「ずいぶん頑張るのね」

「うん。やれるときにやっておかないとね」

「へぇ〜、ついこの前までは寝てばかりいたから?」

「うぅっ……」

 痛いところを突かれた、余計なことはしゃべらないでおこう……。

「ごちそうさま」

 でも今日は、お母さんがいたので朝も昼もしっかりと食事を取り、昼食後には二十分間の仮眠も取った。勉強のための理想のシチュエーションが展開していて、僕の頭もしっかりと処理しながら記憶として整理している。この勢いで頑張るぞ!


「夕ご飯できたわよ。いいところで切り上げて、食べなさい」

 もうこんな時間なのか。やっぱり、時間の進み方には矛盾がある。

「はーい」

「明日からは二学期の中間試験だものね。昨日も今日も一生懸命だったから、良い成績が取れるんじゃない?」

「うん。自分でもしっかりと勉強できた気がする。まっ、それなりの点数は取れると思うよ」

「頼もしいわね。成績表を見るのが楽しみだわ」

「うん。今度は成績表を見せられるよ」

「今度は……? そういえば慎司、一学期末試…………」

「ごご、ごちそうさまでした!」

「ちょっと慎司!」

 また余計なことを口走ってしまった……。

 でも久しぶりに満足感を味わいながら食事も風呂も終えた僕は、自分の部屋に戻って明日の準備をしていた。

 そのときだった。突然、脳裏に現実感が戻ってきたのだ!


 黒光りする岩のような体と、奥ばった一重瞼から覗く冷酷な目。

 自分を犠牲にしてまで、僕についての裏情報を探ろうとしてくれている美奈子ちゃん。

 自分のスマホを壊してまで、僕を守ってくれる篤人。


 明日からの中間試験が終われば今度はどんな仕返しが僕を襲ってくるのか、美奈子ちゃんは……、篤人は……、僕たちの関係はどうなってしまうのだろう?

 納得のいく勉強で臨む中間試験と、眞山翔たちに対する恐怖。正反対ともいえる複雑な気持ちが、僕の心の中でザワツいている。

 とりあえず、今日は寝るとするか……。

 そういえば……、昨日のあの夢は…………、確かに………………。

 夢を思い出そうとしながらベッドに横になった。スマホの時計はまだ九時半を回ったばかり、でも、そこからの僕の記憶はなくなっていた。


 リ…………、……、リ……リ…………、   

 リ…………、……、

 リ……リ…………、


 どこかで……メザ、マシの……

「いつまで寝てるのっ、早く起きなさいっ!」

 結局、目が覚めたのはお母さんの怒号だった。でも長時間グッスリと寝たお陰で、僕の体はスコブル調子がいい!

「行ってきます」

「いってらっしゃい。試験、頑張ってね」

「うん」

 でも心は真逆だ……。と思う……。

 今日からは魔の試験期間。眞山翔から何かしらのアクションがあるのではないかと、以前のように周りを気にしながら通学路を歩いている、のだが……。

 実は、僕の本心としては……、眞山翔たちは僕に近付いては来ない。何故かは分からないけれど、そのような気持ちが大きくあるのだ。不安な気持ちと変な安心感とが混ざりながら、なんだかんだでたどり着いた杜野中学校、そして僕たちの教室。

 篤人の姿を見たくて、わざと教室の後ろの出入口から入ってはみるけれど、自分の席に座る篤人は今日も周りの空気を遮断していた。

 仕方ないか、篤人だって必死なんだし……。


 今日のテストは数学と社会と英語。自分の席についた僕は、気持ちを切り替えてさっそくノートに目を通している。そう、美奈子ちゃんの真似をして僕のなりにまとめたノートだ。

 テスト直前のちょっとしか時間がないときに教科書や参考書を見ているよりも、自分なりに要点をまとめたノートを見ている方が断然効率が良い。目を通しているだけでこれまで勉強したことの全体が見えてくるのだ。

 こうしてみると改めて美奈子ちゃんは凄いと思う。美奈子式勉強法、そして美奈子式メモ……。

 また、余計なことを考えている。

 そういえば僕は今、普通に試験に臨もうとしている。前回のときは試験という感覚など全くない状態で、ただただ怖い恐ろしいだけだったのに……。

 今日は何故だろう、というか一昨日の朝起きてから心身ともに調子が良くて、僕の気持ちがテストに対してしっかりと向いている。

 よし、今回の試験、本気で臨むぞ!


「よーし、机の上の物をしまえ」

 先生の声が号令のように教室内に響き、それを合図にクラスメイトたちは一斉に教科書やノートをしまう。それと引き換えに筆記用具を並べて置く音がバラバラに広まった。そしてその直後、三十二人もいる空間が水を打ったように静まり返る。今、目に焼き付けた内容を忘れないうちに書きたい! という、心の集中かもしれない。

 ところで、水を打ったようにとはどういう状態を言うのだろう……。打つとはどういうこと……。この言葉は静かな、というイメージがあるけれど、そもそも根本的に違うのだろうか?

 また余計なことを考えている。でもそれは僕の普通。いつもの感覚で試験を受けようとしている証でもあるのだ。


 シャラシャラと問題用紙を配る一枚一枚の音が、伝言ゲームのような流れに乗って僕のところにも送られて来た。水を打つなどという余計な疑問は前の席のクラスメイトから渡されたテスト用紙とともに打ち消され、僕も一枚取って後ろのクラスメイトに渡す。

 手元の問題用紙自は裏返しのまま机の上に置いて両手は膝の上。これが杜野中学校の試験開始を待つ姿勢だ。

 んー、透けて見えないかな……。

 裏返しの問題用紙をジーッと透視してみるけれど、残念ながら僕にはそんな能力などはない。それでも問題用紙の裏面を見つめている僕は、やっぱり平常心だと思う。

 いちいち余計なことを考えてみたり、問題用紙を透視しようとするのはいつもの僕の癖だ。

 そして、今、唾を飲み込めば、ゴクリという音が聞こえるくらいに静まり返った教室。試験のときはいつもそう。

 そして僕は、この瞬間が好きだ!


「よし、始め!」

 教室内が問題用紙をひっくり返す音とシャーペンを持つ音で、今の今まで張り詰めていた静寂が壊れた。そして僕も問題用紙に目を通す。

 よし!

 心で気合いが入るほど問題文が目に写り、僕のシャーペンは枠を飛ばすことなくスラスラと解答欄を埋めていく。周りからは各々に走らせるシャーペンの音が、音声多重のようだけれどバラバラに、しかしリズミカルに聞こえてくる。

 この音、僕の耳には全く気にならないんだ。

 それどころか、家のリビングで勉強しているときのテレビの音のように、僕の集中力を高めるものなんだ!

「よーし、そこまでだ」

 ため息とともに一気にザワツキを取り戻した。同時に、筆記用具やら勉強道具やらをリュックへと詰め込む音が教室内を駆け巡り、今日のテストの日程が終わったことを物語る。

 僕も皆と動きを合わせるように帰り支度をするその気持ちは、やっぱり平常心だ。

 よし、この調子で明日も頑張ろう!


 家路につき、お昼を回った頃には、家族のいない家のリビングに僕一人。見たい番組があるわけではないけれど、いつものようにテレビを付けてワイドショーを見ながら、僕のためにお母さんが作り置きしてくれたお昼ご飯を食べた。

「ごちそうさま」

 キッチンに食器を置き、二十分間の仮眠を取ろうと思ったけれど、どうやら眠気をもよおす感じもないようだ。

 それじゃ、始めるか!

 先日のようにリビングの低いテーブルに教材を並べ、試験問題の範囲に目を通し始めた。こうなると僕の集中力は一気に高まり、ドンドン吸収していく。

 時計を見るともうすぐお母さんが帰って来る時間になっている。テレビもいろんな話題で盛り上がっていたであろうワイドショーから、今日起きた出来事をまとめた夕方のニュース番組へと変わっていた。


 カシャ! 

 玄関ドアの開く音がする、お母さんだ。

「お帰り」

「ただいま。今日はテスト勉強してないの?」

「今、終わりにしたところ」

「そうだっの。お腹が空いたでしょ、今、夕ご飯作るからね」

 確かにお腹は空いていたけれど昨日ほどではないようで、赤面してしまうほどの力を持つお腹の虫も黙っている。

 それよりも、昼寝はしていなかったし勉強に集中していて姿勢が固まっていたのだろう、何となく体が硬い。なので夕ご飯ができるまでの間、身体を休めようとソファーの背もたれを利用して伸びをしてみた。

「ウゥオォーーーー……」

 自然に声が出た。

 まるでどこかのオヤジみたいに……。

 でも、気持ちは凄く良い。

「ずいぶん頑張ったみたいね、勉強」

「ん、まぁ……」

 お母さんに聞かれていたか……。結局、恥ずかしい思いを隠しながらテレビを見ているふりをした。興味など持っていなかったワイドショーから流れるテレビの音、生活音くらいにしか思っていなかった地方ニュース。


 だったはず……。


「ニュースです。今日の午後三時頃、地元の中学校に通う三年生の男子生徒が、杜野駅前の交差点を横断しようと赤信号にも関わらず進入し、それを避けようとした走行中の自動車が次々と接触事故を起こし、交通に障害をきたす出来事がありました」


 照れ隠しのつもりでテレビに目を向けただけなのに、僕の耳に入ってきたニュースキャスターの衝撃的な言葉。

 そして、お母さんも料理の手を一時停止してまで、テレビに興味を示している。

「あら、駅前じゃない」

「あ、うん。そうみたいだね」

 テレビ画面からはとても見覚えのある杜野駅やスクランブル交差点、ついでにこの街で一番大きな本屋などが映し出されている。

 地元の中学三年生男子生徒、といってもこの杜野には杜野中学校の他にも三つの中学校があるし……。僕は、もっと詳しい情報を知りたくてテレビに神経を注いた。


「警察によりますと、男子生徒はスクランブル式信号機だということを忘れ、自分が横断しようとする同方向に自動車が動き出したのを見て、自分も渡れると勘違いして交差点に入ってしまった。と供述しています。尚、男子生徒にはケガはなかったようですが、事故になった数台の自動車のうち男性二人が軽いケガを負ったもようです」


 食事を作るお母さんの手は動き始めてはいたけれど、やっぱり気になっている様子でテレビをチラチラと見ていた。

「身近なところで、そんなことがあったのね……」

「だね」

「地元中学三年生って、慎司の知ってる人じゃないでしょうね?」

「いやぁ、どうだろう……」


 でも、これって……!


「ハイ、お待たせ。今日は慎司の大好きなラーメンよ」

「おっ、うまそうっ」

「そうでしょ。はい、味噌ラーメン大盛り!」

「どうりで、香ばしさとニンニクの匂いが充満してると思ったよ」

「好きなものには鼻が効くのね、慎司は」

 僕は、美味しい風味に刺激されながら立ち上がり、そして引き寄せられるように香りの元へと向かった。

 対面キッチンに接して置いてあるダイニングテーブル、そこに僕のために作ってくれたラーメンとお母さん特性の辛味噌が出された。

「お母さんは、お父さんが帰ってきてから食べるから、慎司は先に食べてユックリしなさい」

「うん。それじゃ、いただきます」

 無心に箸を動かし麺をすすってはスープで流し込む。大食いではない僕だけれど、ラーメンだけは大盛りにしてもらって全部平らげる。もちもんスープまで飲み干すのだ。大好物というものは胃袋の大きさまで調整してしまうみたいだ。

「ごちそうさま」

「今日も完食ね。お風呂湧いてるからいつでもどうぞ」

「うん。じゃ、さっそく」

 僕はちょっとぬるめのお湯加減が好きで、お母さんもしっかりと調節してくれている。

「あぁ~〜…………」

 気持ちがいいと身体が勝手に反応するものだ。僕は、よくお母さんに「カラスの行水、ちゃんと湯船に浸かったの?」と言われるくらいにササッとお風呂を済ませてしまう。でも今日は、このお湯加減が僕をリラックスさせてくれる。

「ふぅ〜〜…………」

 眠気を催すほどの気持ち良さを味わっているため、いつもより長めのお風呂になっていた。そしてお風呂から上がると、いつの間にかお父さんも帰っていて二人でラーメンを食べていた。

「僕、今日も早く寝るね」

「そうなの。それじゃあ、おやすみ」

「おやすみ、明日も頑張れよ」

「うん、おやすみなさい」

 ベッドに入った僕は、夕方のローカルニュースのことを思い出していた。

 地元の中学三年生男子生徒……。

 杜野駅前のスクランブル交差点……。

 ……横断歩道……。

 …………信号無視…………。

 ……………………。


 リリリリッ!

 リリリリリリッ!


 スマホの目覚ましに起こされた。お母さんが来る前でよかった、という変な安心感を抱きながら僕はベッドから出た。

 今日は中間テスト二日目。出かける準備はすでにでいているし、テストへの心構えも万全だ。そして、いつものようにあたふたと朝の忙しい時間を過ごした僕。

「行ってきまーす」

「テスト、頑張ってね。行ってらっしゃい」

「うん。頑張る!」

 気合いが入る僕は今日も普通に歩き、いつものように大通りに出て通勤通学や散歩で人通りの多い歩道を歩きながら、それでも思うことは眞山翔。

 今日で中間テストが終わる。

 ということで以前のときのように僕になりすまして嫌がらせをしてくるんじゃ?

 それとも直接僕を捕まえて嫌がらせをするとか?

 だって、絶対にこのままでは終わらないのが眞山翔なのだから!


 それを考えると、やっぱり不安がのしかかってくるけど……。

 本当のことを言うと、以前ほどの恐怖は感じていないんだ。

 実はここ数日、怖いという感覚がかなり薄れている。

 なんでだろう?


 そして平常心に近い状態で登校し、いつもの雰囲気で今日の試験が始まった。

 時間前の美奈子式メモの確認。試験用紙が配られたあとの静けさ。

 先生の号令とともに聞こえてくるシャーペンの走る音。

 その全てが僕のペースだ!


 昨日までの猛勉強のかいあって、ほとんどの問題に答えることができた。パーフェクトとまではいかなかったけれど、まぁ、それなりに納得のいく点数は取れるだろう。

 ところで、僕にとっての問題はこれからだ。眞山翔からの嫌がらせにどう対応すればいいのか……。

 美奈子ちゃんや篤人のこともあるし……。

 でも…………、二人ともゴメン。今日も、僕一人で逃げるね。


 と思ってはいるけれど、掃除の時間に外履きを持ってくることはしていないし、職員用玄関から出るつもりもない。しつこいけれど、決して眞山翔への恐怖心がなくなったわけではない。それなのに自分でも不思議なくらいに落ち着いている。

 だから今日は……、逃げなければならないから逃げる。という感覚であって、帰り支度も平常心で普通にやっているし、終礼で話す先生の言葉もしっかりと耳に入っている。

「ところでみんな、昨日のテレビの地方ニュース、見たか?」 

 想像もしていなかった先生の言葉に、帰り支度の手を止まるクラスメイトたち。

「杜野駅前で起きた交通事故のニュースだ」

 そして、お互いに顔を見合わせながらガヤつく教室内。

「「駅前の事故?」」

「「そんなことがあったの?」」

「「ウチの学校の生徒なの?」」

 教室内が静まるのを待って、また先生は口を開いた。

「しかも原因となったのは君たちと同じ、中学三年生の生徒だ。交差点を渡ろうとして、信号を勘違いして起きた………………」

 クラスメイトの反応を見ていると四分の一くらいの生徒が頭を上下に動かしているのが伺える。今は試験期間中ということもあるし、大半の生徒がテレビを見ていないのは当然だろうと思う。

 僕だって勉強を終えてくつろいだときに、たまたま流れたニュースだったから見れただけのこと。

「いいか、駅前の信号機はよく見かける信号機とは違うタイプだ。だから歩行者や自転車として横断するときには、必ず歩行者自転車用の信号機で判断すること。いいな!」

「「ハーイ!」」

「よし、今日はこれまで」

「起立!」

「「さよーならー」」


 どうやら、クラスメイトたちは先生の言ったニュースの話題に興味があるようだ。地元中学三年生となれば身近に感じるのは当然。先生が教室を出ていった後もこの話題が続き、テストも終わったことだし、帰るのを少し遅らせてもこの話題に食いつくクラスメイトが何人もいた。

 僕は、昨日のそのニュース見たよ。その話を教えてあげようか?

 という優越感のような、いや、むしろ教えたいというムズムズ感すら湧いていた。なので誰かが話しかけてこないものかと、帰り支度などとっくに終っている手を変に動かしながら、さり気なくクラスメイトたちをチラ見していた。しかし、結局僕には誰も近づいては来ない……。

 まぁ、僕というキャラがそうさせているのだろう。

 そして、僕の視線は後ろの出入り口近くに向いていた。もし、僕との関係がうまくいっているときの篤人だったら、間違いなく一目散に僕のところに来ては根掘り葉掘り尋ねてきただろう。

 でもその篤人の姿は先生が教室を出た直後にはもう消えていた。恐らく、眞山翔たちの集合のためだ。

 篤人……。


 そうだ、僕ものんびりしている場合じゃなかったんだ。逃げなければいけないから逃げる、という目的のための行動を起こさなければいけなかったんだ。

 でも僕は、慌てることはなく普通に教室を出て階段を下り、普通に生徒昇降口で外履きに履き替え、普通に周りの生徒たちの流れに合せて歩き、いつものように正門を右に出る。

 結局、眞山翔避難ルートを歩いてはいるけれど、それは眞山翔たちが僕を待ち伏せしていたらどうしようというものではなく、最近のいつもの癖というほうが正解だろう。それほど今の僕には恐怖心がないのだ。

 そして、普通に帰り道としての眞山翔避難ルートを一人で歩く僕。見慣れてしまって新たな発見もなく、特に興味も湧かなくなくなった帰り道。精神的に落ち着いているし、先週末に見た夢を正確に思い出してよう。


 あれは、間違いなく杜野駅前のスクランブル交差点。まだ明るくて歩行者や自転車がたくさんいたうえに、車も途切れることなく交差点を行き交っていた。そこを制服姿のガタイのいい男子学生がスタスタと横断をし始めたのだ。


 スクランブル式交差点とは、自動車側の四方向全ての信号機が赤にならないと歩行者用信号機は青にはならない。その代わり歩行者用信号機が青になるのも全方向、そのため直進でも斜めでも、どの方向へも横断することができるというものだ。

 にも関わらず、その男子学生は自分と同方向に向う自動車の流れだけを見て横断を始めたのだ。


 プププーーー!

「大丈夫か!」

 グァシャ!

「急に止まるなよ!」

 キキキーー!

「どうしたんだ!」

 ドグッ!

「オイ……、飛び出しか?」


 突然の出来事にビックリした男子学生は、転倒はしたもののすぐに立ち上がった。しかし、キョトンとした表情のまま呆然としたままでいた。

「おい、そんなとこにいると危ないぞ!」 

「えっ、は、はい」

 周りの人に声をかけられ、我に返った様子の男子学生、しかしその表情は固く、キョロキョロオドオドと気が動転していた。

 ドライバーの素早い対応のお陰で自動車が男子生徒に接触することはなかったが、急停止した自動車も含めて数台の衝突事故になってしまい、交差点内の交通は一時麻痺状態に……。

「そこの学生、大丈夫か! さっ、歩道に戻りなさい」

 異変に気付いた駅前交番の警察官がすぐに駆けつけて男子学生を保護。そして、現場となった交差点を一時封鎖して、自動車の運転手たちや近くにいた目撃者たちに事情を聞き、男子学生の信号無視が原因で起きた事故ということがわかった。

 そして、男子学生は警察官に連れられて交番へ。

「さっ、もう大丈夫だ。お巡りさんしかいないから、どうしてこうなったのかを話してくれるね」

「はい……」

「何か、困っていることや悩みごとなどはないかな?」

「特には、ないです」

「人には言えずに抱え込んでしまっていることとか?」

「いや、ありません」

 警察官は自殺を視野に聞き取りをしていたけれど、男子学生の態度や受け答えはそれを否定するものだった。

「それじゃ君は、ホントに歩行者用信号機を見落として、周りの自動車の動きを勘違いして横断してしまったのか?」

「はい、すみませんでした」

 恐縮する男子学生に警察官は、道路を利用する際の心得などを長々と説教。そして男子学生は、やっと帰ることを許された。

 そして次の日、登校した学校で……。

「昨日、警察から学校に連絡があったぞ。杜野駅前での交通事故のことだ」

 ということで男子学生は先生に呼び出され、職員室の奥にあるあの個室に閉じ込められた。

「ある程度の話は聞いたが、自分の口で、どのような経緯でこうなったのかを、正確に話しなさい」

「はい……」

 そして先生にもその状況を根掘り葉掘り聞かれたあげく、男子学生は言われるがままに反省文を書かされた。


 というのが先週末に見た僕の夢。

 そしてその夢を見る直前に、僕がベッドに入りウトウトしながら想像していたストーリーだ。


 たまに見る僕の夢は、近い将来現実のものになるという予知夢。でも自分でコントロールはできないし、いつ見るかもわからないもの、だったはず……。

 気の弱い僕が、あくまでも想像の中で仕返しをしたつもりだったのに、そのまま予知夢として夢を見て、それが昨日、現実のものとなった。

 僕に、予知夢をコントロールする力が備わった? 

 僕が気付いていないだけで、その力を得たからこそ、最近は恐怖を感じなくなっていた?

 不可解なことではあるけれど、事実を事実として受け止めよう、僕に備わった能力として!


 ところで、僕は現実の世界での中学三年男子学生が誰なのかは知らない。昨日のニュースでも名前も中学校名も報道してはいなかったし、先生も生徒を特定するようなことは言ってはいなかった。

 僕がイメージし、そして見た予知夢の中で仕返しをしたそいつは…………、


 眞山翔だ!


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