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夢は見るもの叶えるもの  作者: タケヒロ
第二章  闇の恐怖
5/13

2 人質二人

「美奈子ちゃんが大変だ!」

「えっ、美奈子ちゃんがどうかしたの?」

 篤人はいつも大袈裟だ。けれども、美奈子ちゃんのこととなると僕も焦りを覚えた。

「その前にちょっと話は変わるけど……」

「何だよ篤人、先に美奈子ちゃんがのことを教えてよ!」

「待て待て。もちろん話すけど、その前に一つ確認事項」

「確認事項って何?」

「うん。まず、慎司は、最近眞山翔に何かやられたことは?」

「やっぱり眞山翔の絡み?」

「まぁ……。それで、何かやられたことはある?」

「いや、それが、何にもないといえば何もない、かな」

「やっぱり、そうなのか」

「それで、美奈子ちゃんがどうしたの?」

 最近は美奈子ちゃんとも篤人とも別々に登校していたものだから、異変があったことには全然気付かないで過ぎていたようだ。

「美奈子ちゃんが犠牲になったんだよ!」

「えっ……、犠牲ってどういうこと?」

「前に中央公園でさ、慎司に起きる変な出来事は眞山翔の仕返しか? って話になったでしょ?」

「うん」

「そんとき慎司がさ、すっごく怖がっちゃてさ」

「まぁ……、そうだったね」

「そのことをハッキリされるために美奈子ちゃんは直接、眞山翔のところに行ったらしいんだ」

「何だってっ!」

 予想もしていなかった展開だった。もちろん僕のためだということはわかるけれど、できるだけ眞山翔とは関わりたくない僕は、波風を立てないようにして欲しいというのが本音だった。

「ところがさ『何の証拠もないくせに犯人呼ばわりしあがって!』ってことになったみたいでさ、逆に今、美奈子ちゃんは眞山翔のコマヅカイいをやらされてるみたいなんだ」

「嘘でしょ!」

「本当なんだ。だから慎司は何もされないんだと思う……。あくまでも今のところは、だけど」

「そ、そんなぁ……」

 でもこれで、僕に濡衣を着せたのは眞山翔だということがハッキリしたといえる。

 んーー、やっぱり証拠はないけど……。


 心配と不安と恐怖が重なり、僕は真相を確かめるために学校が終わってから恐る恐る美奈子ちゃんに電話をしてみた。

「あら慎ちゃん、お久しぶり。今日はどんなご用?」

「あ、いや、勉強でわからないところがあって……」

「そうだったの? ごめんなさいね慎ちゃん、美奈子いないのよ。近頃はお友達と勉強会をやってるらしくってね」

「そうなんですか……」

「帰ったら電話させましょうか?」

 美奈子ちゃんのお母さんは常に家にいる人で、美奈子ちゃんが電話をしていると、どのような内容なのかを根掘り葉掘り聞いてくるらしい。美奈子ちゃんもいちいち説明するのが面倒に思い「お母さんの前では電話しないようにしてるの」とよく言っているのを思い出した。

「それなら明日、学校で訊きますので大丈夫です。失礼します」     

 友達と勉強会というのは家族に心配をかけないようにするための口実だろう。 美奈子ちゃんと連絡がとれなかったことで心配が膨れ上がった僕は、居ても立ってもいられず、すぐさま篤人に電話をかけていた。

「もしもし篤人? 今美奈子ちゃんに電話したんだけどさ……」

「慎司も? 俺も電話してみようかと思ってたんだ。それでどうだった?」

「うん、美奈子ちゃん、まだ帰っていないってお母さんが……。大丈夫かな?」

「そうなんだ……。心配だよな」

 僕も篤人も何とかしなければいけないという思いはあるけれど、意気地なしの僕たちは気持ちが空回りするだけで、具体的にどうすればいいのかなどわからずにいた。


 そんなある日の夕方。

「久しぶり、慎ちゃん」

「美奈子ちゃん、大丈夫なの? 眞山翔にこき使われてるって聞いたけど? それから、お母さんは大丈夫?」

「お母さんは玄関先でお隣さんと喋っているから今は大丈夫。お母さん、話が長いから」

「そうなんだ。それで、眞山翔のことは?」

「わたしは大丈夫。それより、最近無視してるような態度でゴメンね。実はね…………」

 美奈子ちゃんはさすがだと思った。篤人が言う通り僕に被せられている濡衣問題を解決するために、わざと眞山翔たちに近付いたというのだ。

 そして、こき使われることを覚悟で捕らえられ、僕を罠にはめようとする証拠を握って僕の無実を証明する。という作戦だったのだ。

「でも、眞山翔はボロを出さないんだよね……。それどころか、問題になるようなことが何もないんだ」

「眞山翔って、そんなに賢いの?」

「いや、そうとは思えない。みんな気を使ってるって感じだし、眞山翔はあんまり会話をしないみたいなんだ……」

「眞山翔のグループって、みんな仲良いわけではないの?」

「良くはないね。みんながピリピリしていて、お互いを警戒している感じが伝わってくるもの。でもその中に、特別な誰かがいるような気がするんだよね……」

「特別な誰か?」

「うん。それが誰なのかはわからないけど、もしかしたらソイツが指揮を取ってるのかも……」

「そ、そうなんだ……」

 美奈子ちゃんの潜入捜査の話を聞いているだけで、僕はブルブル震えるほど怖い。

「考えてみれば、文句を言いにきた相手に、うかつには喋らないよね」

「ま、まぁ……」

「でも、これで慎ちゃんが何もされないんだから、良しとしようよ」

「み、美奈子ちゃん…………」

 返す言葉が見つからない。心配と不安と恐怖の第二波、第三波が押し寄せてきては僕の心を締め付ける。

「あっ! お母さんがくる。わたしのことは心配しないで、篤人にもそう言ってて。じゃあね!」

 心配しないでって……。

 僕が何もされないからいいって……。

 そんなわけないじゃないか!

 犠牲者がいる上での平和なんて嫌だよ!


 美奈子ちゃんとの電話の内容をすぐさま篤人にも伝えた。僕も篤人も、美奈子ちゃんを助けなければという気持ちがさらに大きくなったけれど、それとは裏腹に恐怖心がまとわり付いて何もできないのも事実。

 そしてその日以来、僕と篤人はいくら考えても考え付かない、美奈子ちゃん救出作戦なるものを考えるようになった。

「どう、思い付いた?」

「慎司は?」

「いろんな方法を考えてみるけど、実際にできそうもないようなことばっか……」

「俺も同じだよ。逆転劇のヒーローとか、戦隊モノばかり頭に浮かぶんだ……」

「さすが篤人の考えることだ」

「何が?」

 いくら考えても話し合っても、暴力拒絶派の僕たちでは得策を考え出すことなどできずにいた。

「美奈子ちゃん大丈夫かな……。何かにつけて無理難題を押し付けられたりしてないだろうか?」

「俺も気になるんだよね。なにせ眞山翔だからね」

「心配だなぁ……」

「うん……、心配だよなぁ」


 全く答えに近付く様子もなく無駄ともいえる毎日を過ごしているうちに、杜野の街の彩りは少しずつ変わり、僕たちの装いも暖かい格好へと変わっていった。

 そして今日も、美奈子ちゃん救出作戦を考えながら篤人と一緒にお昼ご飯を食べている。そしていつものようにアタフタとご飯を口に詰め込んでいると思ったら、さっさとお弁当の後片付けを終わらせた篤人。

「どうした、随分急いでるようだけど?」

「うん。ちょっと、ト、トイレ」

「そーゆーこと」

 篤人とは対象的に、僕はゆっくりとご飯を食べてしっかりと後片付けをした。が、篤人はなかなか戻ってこない。

 大きい方なのかな。気にもとめずに、僕は篤人が来るまでの間も美奈子ちゃん救出作戦の続きを考えていた。そして窓越しに何となく眺める杜野の街、季節柄なのか少し寂しそうに見える……。

「慎司……」

「おぉ、やっと帰って来たか。随分とねばったトイレだったな!」

 悪気はないけれど、半分バカにしたような僕の言葉を完全に無視して手を差し出す篤人。

「これ……」

 僕の目の前に差し出された白い紙。四つ折りにされたその紙を開いてみた……。


 今度の中間テスト、国語と社会の試験問題をこの紙に書け


 途端に僕の目の前が真暗になり、眞山翔の呪縛がよみがえった!

 しかも、なぜこの紙を篤人が……?

 あごが抜けたかのようにアングリと口が開き、メガネよりも大きいんじゃないかというくらいに見開いた目で見ているだろう僕の顔を、無表情のまま下目使いに視線を向けている篤人。それはまるで、操り人形かCGの動画のような表情だ。

「篤人、いったい何がどう…………」

「俺には構うな。それから、俺に連絡をよこすとバレるようにスマホを設定された」

 何かを気にしながら、姿勢を変えず棒立ちのまま、しかもほとんど口を動かさずにクラスメイトたちの雑音にごまかして伝えてきた篤人。その表情が物語る必死さを、僕は十分に察知することができた。そして、篤人が心を持って話したのは、それだけだった……。

 なぜこの短時間でこうなったのか、いろいろと訊きたかった。確認したかった。でも篤人は、僕には言葉を発する間を与えてくれないまま表情をなくした。

「中間テスト前の週末までに俺に返して」

 また操り人形かCGの動画のように言葉を並べたかと思うと、体を反転させて廊下側後方にある自分の席へと戻って行った。

 んっ……?

 直後、廊下の黒い学生服姿が他の生徒たちに紛れて消えた、ような気がした。間違いなく眞山翔の手下だ。と、思う。

 篤人は監視されているんだ。ということは美奈子ちゃんも監視されているということだ。だから僕たちを無視したような態度をとっていたんだ。しかし、美奈子ちゃんに続いて、今度は篤人も犠牲になってしまった……。


 僕のせいだ!

 僕のために二人は犠牲になったんだ!


 複雑な思いを感じながら、僕は一人で住宅街を帰った。篤人と二人で帰るときのように普通に歩き、三階建の四角柱の家も、芝生の綺麗な庭の家も、お城のような幼稚園もいつもと同じ景色なのに、一人で歩いていると何だか悲しさが込み上げてきた。

 美奈子ちゃん……。

 篤人……。

 二人を人質に取って是が非でも夢を見させようという魂胆だろう。でも、僕には意識して予知夢を見る力なんてないんだ!

 美奈子ちゃんや篤人は、僕のために犠牲になってまで動いてくれているというのに、肝心の僕は二人のために何もできない。それどころか、自分のことすら何もできていない。

 僕って、何なんだろう…………。

 イヤ、そうじゃない!

 考えなきゃいけないんだ!

 こんな僕でもできることを!


 とはいえ、当てのない答えを探してみても出ないものは出ない。結局は自分の能力のなさに落ち込むばかりの僕。それでもいつの間にか家に着いた僕は、機械的にリビングに入り、流れのままにテレビのスイッチを入れた。

「ちょっとぉ! 何でテレビ消すのよ!」

 誰もいないはずの声にビックリして、声のするキッチンの方に視線を向けてみた。

「えっ?」

 するとそこには、お菓子作りをしている姉ちゃんの姿がある。料理はお母さんほどではないけれどお菓子作りが得意みたいで、確かに甘い香りがリビング内に漂っていた。

「姉ちゃん、いたの?」

「いたよ、ずっと! 午後からの講義が中止になったから、たまにはお菓子でも作ろうかなって……」

「そ、そうだったんだ」

「おかえりって言っても気付きもしないし、あんた、変! ……って、いいから早くテレビ付けてよ!」

「あっ、ハイ」

 テレビのスイッチを入れる僕の姿も、姉ちゃんには覇気がないように見えていたのだろう……。

「あんた何やってんの? リビングに入ってきたときからボーッとして。大丈夫?」

「う……、うん……、まあ……」

 少し強い口調で話す姉ちゃんの言葉に、自然と学校での出来事を思い出していた。

 昼休み、トイレから戻ってきたら別人となっていた篤人のことだ。今の僕のようにボーッと、というわけではないけれど、無表情とか無意識という部分で繋がったのだろう。そして、そのときの篤人の言葉が僕の頭に浮かんだ。

「試験問題の夢を見てこい」

 んーー、夢か…………。

 そうだ、夢だ!

 二人を助けるために僕ができること、それは試験問題の夢を見ることなんだ。

 実は小学生の頃、自分でイメージしたことを予知夢として見れるかというチャレンジをしたことがある。そして夢のストーリーを考えて眠りにつくけれど、予知夢どころか夢のかけらも見ることなく熟睡していたことを覚えている。

 また、どんなタイミングで予知夢を見るものかと、そのときの状況をまとめてみたこともあったけれど、結局のところ何の統一性もなかったと記憶している。

 でも今は危機的状況だ!

 美奈子ちゃんと篤人を助けるために予知夢を見るんだ!

 僕の能力を有効的、かつ、最大限に発揮させるんだ!

 もし、もう一人の僕がいるならば「昔チャレンジしたけどできなかっただろう。無理なことをやるほど無駄なことはないぞ」とでも言うだろう。そう言われてもしかたがない……。でも、僕にできることはこれしかないんだ。


 今僕に必要なのは、その覚悟なんだ!


 いつの間にか、キッチンではお母さんが夕ご飯を作っていた。僕は、早速決めたことを実行に移すためにアタフタとお風呂を済ませ、ソソクサと夕ご飯も済ませた。まるで、篤人のように。

「ごちそうさま。おやすみ!」

「え? もう寝るの? まだ七時半よ」

「うん。これからは早く寝るから」

「そう、なのね。それじゃ、おやすみなさい」

「お母さん気にしなくていいよ。慎司、学校から帰って来たときからずっと変なんだから」

「ずっと変なんだったら、余計に気になるわよ!」

「僕は大丈夫だから、おやすみなさい」

 お母さんの心配をよそに僕は自分の部屋にこもった。そして明日のためにスマホの目覚ましをセットし、部屋の電気を薄明かりにした。

 よし、僕の寝るための条件を満たしたぞ!

 ………………。

 眠れない……。

 全く眠くならない……。

 僕の部屋には、近所からのせわしない生活音が何となく聞こえてくる。普段は全く気にならない音でも、一度気にし出すとトコトン邪魔になる。

 それでも無理に眠ろうとしてはみるけれど、こういうときは得てして余計なことを考えてしまうものだ。意識して何も考えないように心を静めても、気付くと、またどうでもいいことを考えている。


 二学期の中間テストが行われる今頃は、秋の気配がしっかりと感じ取れる時期でもある。天気が良いときは少し動いただけでも汗ばむときもあるけれど、空気はカラッとしていて清々しく、かいた汗もすぐに乾いてしまう。それでも朝晩は肌寒く、一枚多く羽織って丁度良い。雨なんか降ったら寒いくらいで、思わず暖を取るときもある。これぞ、秋らしい秋だ。

 少し前にお天気お姉さんが言ってたけれど、八月の立秋を過ぎても暑さが続くことを残暑という。文字通り秋になっても暑さが残るということだそうだ。

 しかし暑いのであれば、それは夏ではダメなのだろうか。昔の人は何を基準に秋の始まりを決めたのだろう……。


 願望? ……暑いのはそろそろ終わりにして早く涼しくなれとか。

 けじめ? ……昔の暦の上で区切りの良い日にちとか日数。


 ベッドに入る前、部屋のカーテンを閉めるときに暗くなった空を見上げてみた。その済んだ空にはたくさんの星が輝いていた。お母さんの言葉じゃないけれど、まだこんな時間なのに、でももう外は暗い。

 夏休みの前に、篤人と二人で走り回って家に帰ってき来たときも星が輝き始めていた。今日はあのときの時刻よりもまだ早い。しかし、こうやって確実に時間は過ぎて行き、季節も変われば人も変わる。極端だけど……。


 つまり、眞山翔と僕や僕の大切な人たちとの関係性も変わらなければいけないという、願望!

 また、何者にも邪魔されずに自分のペースできちんとした生活を送るための、ケジメ!


 僕も今、区切りを付けなければならないときなのだ。これは誰かにお願いするものではなく、僕自身がやらなければならないことだ。

 だから、そのために寝る。そう決めたのだ。そして試験問題の夢を見る。それは決して眞山翔のためではない。


 美奈子ちゃんのため!

 篤人のため!

 そして、僕のため!


 とはいえ、すぐに眠れそうにないので……。

 神様仏様、僕に試験問題の夢を見させて下さい。試験問題の夢を見れますように。よろしくお願いします。

 試験問題の夢を見れますように……。

 試験問題の夢を見れますように……。


 自分自身に暗示をかけるように、まるで呪文のごとく何度も何度も唱えるのだ。

 試験問題の夢を見れますように……。

 試験問題の夢を見れますように……。


 逆に唱えることに集中し過ぎてなのか……、やっぱり眠れない。

 試験問題の夢を見れますように……。

 試験問題の夢を見れますように……。


 もう十時か……。

 試験問題の夢を見れますように……。

 試験問題の夢を見れますように……。


 クソー、眞山翔め。お前のせいでこんなに大変な思いをしてるんだぞ!

 試験問題の夢を見れますように……。

 試験問題の夢を見れますように……。


 僕は変わらなければいけないのだ。美奈子ちゃんや篤人のためにも、絶対に予知夢を見るのだ!

 試験問題の夢を……見れますように。

 試験問題の……夢を……、見れます……ように。

 試験……問題の夢…………。


 それでもいつの間にか眠りについてはいたけれど、試験問題の予知夢どころか、夢なんて全く見ないまま夜が明けた。僕はいつものようにリビングに入る

「おはよー……」

 リビングに入ると、いつものようにお母さんが朝ご飯を作っていた。

「昨日は、すぐに眠れたの?」

「いや、結局十時は過ぎてた」

「でしょうね。でも、どうして急に早く寝ようとしてるの?」

「いろいろあってさ……」

「いろいろって……、学校のこと?」

「んーー、まぁ……。ごちそうさま、行ってきます」

 僕はお母さんの問いかけにまともな答えもせず、足早に学校に出かけた。

 ごめんなさいお母さん、僕のことを心配してくれてるのに……。

 抱えてる問題は普通に話せるような、まともな話じゃないんだ。

 でも必ず解決して普通に戻るから。


 そして、僕は大通りに出た。いつもならば、この止まれの道路標識の所に美奈子ちゃんがいた。そして大通りを歩くと正面右側に見える駄菓子屋とバス停。昨日までは電柱に隠れるように立つ篤人がいた。けれども今は二人の姿はない。

 僕は僕のことしか考えていなかった。自分が逃げることしか考えていなかった。だからバチが当たったのだろうか……。

 学校に着いた僕はそのまま教室に入ると、すでに登校してる篤人が自分の机とニラメッコをしていた。

「おはよー」

「…………」

 昨日「俺には構うな」と言って僕を遠ざけようとした篤人だったけれど、何かを期待して声をかけてみたのだ。しかし篤人は下を向いたまま、僕を無視したような態度をとっている。

 やっぱりそうなんだ、美奈子ちゃんも篤人も僕を無視しているんじゃない、むしろ僕を守ってくれているんだ!

 だから……、だから……、二人のためにも夢を見よう。

 いや、見なければいけないのだ!

 そのことばかりに気を取られて、今日の六時間の授業は記憶に留まることなく終わっていた。


「ただいま。夕ご飯できてる? 先に風呂入るね」

「ええ、できてるわよ。何だかせわしないわね、慎司」

 よくカラスの行水というけれど、実際にはカラスがどのような行水をするのかはわからない。でも僕はカラスの行水のごとくササッと風呂から上がった。

「いただきます」

「慎司、ご飯くらいゆっくり食べなさい」

「おやすみ、今日も早く寝るから」

 自分の食べ終えた食器をキッチンに置いて、その流れで自分の部屋へ入った僕はそのままベッドに横たわった。

 そして、

 試験問題の夢を見れますように……。

 試験問題の夢を見れますように……。


 毎日毎日、羊が一匹、羊が二匹のように、繰り返し繰り返し予知夢を見れるように願った。だって、僕にできることはこれしかないのだから。

 試験問題の夢を見れますように……。

 試験問題の夢……を見れます……ように……。

 試験……問題……の夢を見れ…………。

 

「いつまで寝てるの、早く起きなさい!」

 お母さんの怒号で目が覚めた。

「早く寝るわりには毎日毎日寝坊じゃない、しっかりしなさいよ!」

 人の気も知らないで。と自分勝手なことを思ってはみたけれど、確かにお母さんの言う通りだ。

 近頃の僕は予知夢を見るための暗示に集中し過ぎて、まぶたをつむってはいてもハッキリとした意識のまま日付が変わることもあった。

 しかも、夢を見ることなど全くないまま熟睡している。それじゃ意味がないのに……。


 美奈子ちゃん、篤人、やっぱり僕は……、役立たずだ。


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