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夢は見るもの叶えるもの  作者: タケヒロ
第一章  夢騒動
3/13

3 夏休み

「行ってきます!」

 成績表は親に見せてはいない……。というよりも、見せられないといった方が正解だ。親には「ちょっとだけ下がったから夏休み中は図書館で勉強する」と伝えただけだった。

 そしていよいよ、今日が図書館での勉強会初日。

「行ってらっしゃい、気を付けてね」

 何かを期待して出かける僕は、お母さんの見送りの声を背に玄関を出た。玄関ポーチから三段の階段をひとっ飛びし、その流れでガレージに体を向けた。そして、お父さんの自動車と並べて置いてある僕の自転車にさっそうとまたぐ。

 ここまでの、とても軽快な動きに自分でもびっくりするくらいだ。

「そんなに浮かれて……、落ち着け自分」

 眞山翔のことについては一区切り付けた……つもり。でも、絶対はない。油断大敵という意味を込めて自分自身に活を入れた。

 ふっと、お父さんの自動車の窓に映る自分の姿に目が止まる。グレーのティーシャツに黒のジーンズと黒のスニーカー。僕にとっては普段の服装なのにいつもと違うように見えるのは、ほとんど被ったことのない黒い帽子を被っているからだろう。更にいえばメガネも外してみた。それだけの変装なのに自分じゃない違和感を覚えた。


 今日からはこれでいいんだ!


 僕の家から杜野駅の手前にある図書館までは、大通りを自転車で走れば二十五分ほどで着く。でも今日は、あれ以来学校からの帰り道になっている眞山翔避難ルートを通って行こうと思う。それは、夏休みといえども眞山翔や手下たちに遭遇しないための当然の選択だ。と自分自身に言い聞かせて、心の弱さを正当化してみた。

 しかしこの住宅街、学校からの帰り道からみれば逆方向に進むことになる。同じ道でも進む方向が違うからだろうか、まるで違う街を通っているように見える。

 お城のような幼稚園も、芝生の綺麗な庭の家も、もちろん三階建の四角柱の家も全部が知っている建物なのに……。


 見る角度?

 見る順番?

 違和感を持つ見え方?

 それが、なぜかおもしろい!


 心の弱さを誤魔化すように、ブツブツとつぶやきながら自転車を走らせる僕。でもこの光景が新鮮でワクワクしながら自転車を走らせていたのも事実。

 そして大通りに出て少し走ると、先の方に見えてきた駅前のスクランブル交差点。その手前の大きな門を右に入ると、杜野図書館だ。


 大小の木々が林のように立ち並び、その奥に見える白壁とガラス張りで覆われた、キレイでオシャレな建物が目に入る。僕は帽子を脱いで自転車のかごに押し込むと、リュックから取り出した紺色縁の眼鏡をかけて変装を解いた。

「よし、これでオーケー」

 美奈子ちゃんと会う格好が整った僕は、改めて自転車を漕ぎ始めて敷地の奥へと進む。そこには一面ガラス張りの正面玄関。その横に設けてある自転車置き場には、すでに到着している美奈子ちゃんの姿があった。

 んー、制服姿じゃない美奈子ちゃんは久しぶに見る気がする。今日は黄緑色を基調にしたちょっと大人っぽいファッションだな。それってもしかして……。


「おはよー」

「おはよー、ゴメン……、待った?」

「そんなことないよ、わたしも来たばかりだよ」

「それならよかった」

「でも、お互いに時間よりも早かったね」

 そう言いながら自転車の前カゴから取り出したリュックがまたいい。全体が緑と黒のはっきりとしたコントラストだ。そのリュックを背負って歩き出す美奈子ちゃん。何のマスコットキャラクターなのかはからないけれど、リュックの両側に数個ずつぶら下がっていて、美奈子ちゃんの歩調に合わせて揺れている。

「美奈子ちゃんのリュック、かわいいね。僕はいつもの学校のリュックで来ちゃった」

「別にいいでしょ。今日は勉強会なんだから」

「そうだけど……」

 味も素っ気もないダークグレーのリュックを背負い歩く僕。清々しく軽やかに歩く美奈子ちゃんとは、あまりにも不釣り合いだと思った。

「早く行こう、図書館の中は涼しいよ」

「あ、うん。そうだね」

 晴天の下、いかにも夏休みらしく朝からジリジリと暑く、あちこちから聞こえるセミのうるさい声が余計にそれを助長させている。そして僕は、美奈子ちゃんに続いて大きなガラスの自動ドアを入った。


「おぉ〜、涼しい〜〜」

「でしょっ!」

「うん!」


 よく言う、生き返るという言葉がピッタリな瞬間だ。

「ここのテーブル使おう」

「うん」

 美奈子ちゃんしか視界になかったけれど、改めて館内を見渡してみると中学生や高校生らしき人たちが多く見受けられた。図書館を利用して勉強するガリ勉たちは、僕が想像していたよりも全然多かったのだ。そして、ここにいる人たちみんながライバルになる。と、感じた瞬間でもあった。

「ゴメンね、美奈子ちゃんにも付き合わせてしまって。せっかくの夏休みなのに……」

「ううん。慎ちゃんの成績は、わたしも気にしてたから全然大丈夫。むしろ手伝いができて良かったよ」

「篤人には悪いけど、勉強のことは美奈子ちゃんにしか頼めなくて、何せ学年トップだからね」

「茶化さないで!」

「ご、ごめん……」

「でも、慎ちゃんと一緒に図書館で勉強するのって、かなり久しぶりだよね」


 美奈子ちゃんは小学生の頃から「わたし、いつもの場所で勉強をするから」と言っては学校の図書室やこの図書館を利用していた。

 美奈子ちゃんのお父さんはお医者さんだから、遺伝的にも勉強ができて当たり前なのかも知れないけれど、僕や篤人と違って学習塾には通わずに自分で勉強している。そして、ついには学年トップにまで上り詰めたのだ。まさに、凄いとしか言いようがない!

 美奈子ちゃんは「図書室や図書館だと参考資料があるから便利なの」と言っている。その考え方のスケールの大きさがまた凄いと思う。

 小学生の頃、僕からお願いしたのか美奈子ちゃんが誘ってくれたのかは忘れてしまったけれど、たまに二人でここに来ては勉強会をしたのを思い出す。その時以来ということだ。


「どうした?」

「い、いや別に……」


 思い出を懐かしみながら美奈子ちゃんと向かい合い、改めて見る美奈子ちゃんはあの頃よりもずっと大人に見える。服装のせい、それとも中学に入って髪を伸ばしたからかな?

「眞山翔のことがあって、慎ちゃんの勉強が止まったのが一学期の後半からだから……、この辺りからかな?」

「そ、そうだね……」

 そうだぞ。今は勉強、勉強。邪念は捨てて勉強あるのみ!


 美奈子ちゃんの座る椅子の足元に置いた緑と黒のリュック、そこから取り出したのは学校の教科書やノート、辞典類にワーク、更に要点をまとめて解説まで書き込んであるメモ。

「凄いねこのメモ!」

「わたしなりにまとめたやつだから、慎ちゃんが見てもよく分からないでしょ?」

「これは、先生が黒板に書いたやつでしょ。そんで周りに書き込んであるのは、先生が説明した言葉じゃない?」

「重要だなと思ったものは書き込んでいるんだ」

 そしてそれを更にピックアップしてまとめあげ、ペンの色分けや文字の大小で変化を付け、マークやイラストを入れてわかりやすく工夫してあるピックアップメモ。ただただ凄いとしか言いようがない。

「名付けて、美奈子式メモだね!」

「何、それ」

「さすが、できる人は違うよ」

「そんなことないって」

「いや、あるよ。これほどまでにしっかりとまと…………」

「さっ、始めよう」

「は、はい」


 それらの教材を活用しながら進めていく美奈子先生との勉強会は、とても解りやすくてスムーズに理解することができる。

「塾の先生がさ、自分が理解する一番の方法は人に教えることだって言ってた」

「それ、わかるかも……。わたし一つ下の妹がいるでしょ、家でも妹によく教えたりしてるんだ」

「それだけじゃないでしょ。学校の図書室でも友達に教えてる姿をよく見かけるよ」

「あぁ、それもあるね」

「説明の仕方も上手だし、美奈子ちゃん自身がしっかり理解してるからなんだろうな思うよ」

「そう言ってもらうと教えがいがあるよ」


 美奈子ちゃんとの時間が、僕に爽やかで穏やかな気持ちを与えてくれる。かといって手放しで浮かれることができないのが僕の性分だ。心配性というか注意深いというか、自分でも区切りを付けたはずなのに……。実はただ気が弱いだけかも知れないけれど……。

 夏休みの眞山翔は野球漬けの日々だろうし、元々勉強をするようなヤツではないから図書館に姿を見せるとは考えられない。しかし、手下たちがいる。

 眞山翔の命令で僕を監視してるのではないか?

 僕の行動バターンがバレたら何か仕掛けてくるのでは?

 美奈子ちゃんがそばにいてくれても、眞山翔への不安は拭いきれないのが本心だ。


「どうした?」

「えっ、い、いや……、その……」

「眞山翔のことが気になるんでしょ?」

 コクリッ。

 うなづく返事は条件反射的だった。

「篤人も言ってたでしょ、眞山翔は野球漬けだって」

「美奈子ちゃんや篤人の言うことはわかるけど、でも手下もいるし……」

「慎ちゃんは心配性だね。昔から変わらない」

「う、ん……」

「例えば、考え方を少し変えてみるとか……。捉え方によっても気持ちが楽になるかもよ」

「考え方、捉え方、か……」

 僕の心の中は美奈子ちゃんに筒抜けだ。オドオドしてキョロキョロして……、それじゃ美奈子ちゃんでなくてもわかるか。

「いーいっ。手下っていっても眞山翔との信頼関係なんてないんだから。誰も関わりたくないのが本音。仮にたまたま手下がここにいて慎ちゃんを見つけたとしても、わざわざ眞山翔になんて言わないよ」

「そ、そうかな……」

「そうだよ。そんなことを言ったら自分が動かないといけなくなるでしょ。余計な仕事が増えるだけ。信頼もしていない人のために自分の首を締めるようなことはしないよ。慎ちゃんを見つけても言わなきゃわかんないんだし」

「そ、そんなもんかな」

「そんなもんだよ。慎ちゃんは考え過ぎだよ」

 美奈子ちゃんに言われると、そうなんだと思えるところが不思議だ。

「わ、わかった。夏休み中は眞山翔のことはなるべく考えないようにするよ。できるだけ……、たぶん……、うん、頑張る……」

 篤人に言われたときも眞山翔のことは考えないようにしようと思ったのに、結局またいつの間にか考えている。本当に情けない。

 それでも優しい目で微笑んでくれる美奈子ちゃん「それでいいんだよ。少しずつ変わっていこうよ」と言ってるように思えた。


「さっ、勉強しよう。じゃぁ次は、このページね」

「はい」

 僕の質問や表情を見て、苦手そうなところは砕きながら教えてくれる美奈子ちゃん。そのお陰で、僕の頭の中でもしっかりと理解しながら記憶されていく。

「慎ちゃんもポイントはしっかり抑えてるから、大丈夫だよ」

「そうかな」

 褒めてもらうと嬉しくなって思わず頭をかいていた。よくテレビドラマなどで見る照れ隠しの光景ではあるけれど、どうして頭をかく仕草なのだろう? いやいや、また余計なことが気になってしまう僕の癖が……。今はそれじゃない。


 こうして美奈子ちゃんとの勉強会は有意義に進み、気付くと僕はオドオドもキョロキョロもしなくなっていた。美奈子ちゃんが僕をしっかりと包んでくれているからだと思う。

「今日の勉強会はここまで。わからないところがあったらまた訊いてね」

 美奈子ちゃんは、そう言いながらイソイソと自分の荷物を片付け始めた。

「うん。わかった」

 僕も負けじと片付け方をしたけれど、元々少ししかなかったものだから、すぐにリュックのファスナーを閉めた。

「今日ね、お昼からお母さんと出かけることになってるの」

「そうだったんだ……。忙しいとこゴメンね」

「そんなことないよ。最初からこういうスケジュールだったから、全然問題ないよ」

 そう言いながらも左手首にかけた腕時計に目をやる美奈子ちゃん。勉強しているときも腕時計をしていることには気付いていたけれど、美奈子ちゃんの視線につられて僕も美奈子ちゃんの左手首に目が向いた。白いベルトの小さな腕時計。これもまたオシャレアイテムなのかな。

「でもちょっとだけ急ぐから、先に行くね」

 もうこんな時間になっている。やっぱり僕にとっての時間の流れは理不尽だと思う。

「うん。僕も駅前の本屋に寄っていくから……、今日はありがとね」

 なるほど、美奈子ちゃんのオシャレは、お母さんとの買い物のためだったんだ……。

 自転車を走らせる美奈子ちゃんの後ろ姿を見送る僕。段々遠くに離れていくにつれて人混みに紛れていく美奈子ちゃん。そして、たちまち姿が見えなくなってしまった。


 僕の心がチクッとした……。


 美奈子ちゃんの姿が見えなくなるまで見送った僕は、駅前にある本屋に向けて自転車を漕ぎ出した……。

 本当は本屋に用事などなかった。だけど、美奈子ちゃんと一緒に帰れると思っていたのに、それがなくなったものだから僕なりの負け惜しみだった……。なので駅前のスクランブル交差点越しに本屋を見て、すぐに引き返えした。


 何をやっているんだ僕は……


 帰り道は今朝来たときに通ったルートを帰った。もちろん眞山翔避難ルートだからだ。いくら美奈子ちゃんや篤人に「眞山翔は野球づけになるから、夏休み中は大丈夫だよ」と言われても、さすがに一人になると僕の恐怖心が顔を出す。なので、駅前で被った帽子を深目にし、さらに眼鏡を外し、変装を完了した。

 そして、僕は大通りを早めに走り、中学校の手前にある小道から住宅街に入った。そこからは自転車のスピードを緩め、帽子のツバを軽く上げた。この住宅街は安心して通れる避難ルートだからだ。

 今となっては見慣れた住宅街を走りながら、今朝、図書館へ向かうときに不思議に思った見え方を思い出していた。いつものように進めば、三階建の四角柱の家も、芝生の綺麗な庭の家も、お城のようなオシャレな幼稚園も、いつもの見慣れた景色だ。


 同じものでも見え方によって違うように見える……、か?

 考え方や捉え方によっては、気持の持ちようも変わる……、のかな?


 家に帰った僕は、すぐにリビングのエアコンとテレビのスイッチを入れた。今は夏休み、誰もいない昼過ぎの家の中は猛烈に暑い。なのでエアコンの冷房は最強にし、吹き出す強風の前に僕の体を預けた。

「ほぉ〜〜、気持ちいいぃ〜〜…………」

 図書館の冷えた空間ほどではないけれど、エアコンの吹出口から勢いよく出てくる冷風は、外気の熱を吸収しまくった僕の身体にはとても気持ちよさを与えてくれる。そしてその気持ちよさが、美奈子ちゃんとの時間を思い出させてくれた。

「今日はよかったなぁ〜」

 美奈子ちゃんとの勉強会。その時間が僕らしさを取り戻してくれている。

「そうだよ、この夏休み中は勉強会のたびにホッコリできるんだ。充実した時間を過ごせるんだよ」

 なんて、ゆうちょうなことを言ってる僕がいる。


 僕はこの夏休み、火曜日と木曜日の午前中は図書館で美奈子ちゃんとの勉強会を続けた。その度に美奈子ちゃんの勉強用具が沢山テーブルに並べられ、僕はイチイチ感心しながら自分の物にしようと集中した。

「一つの項目に対してもここまで追求するんだね。僕とは大違いだ」

「そうしないとわたし自身、納得がいかなくてね……」

「でもそれが、しっかりとしたインプットに繋がっているし、結果もしても出ている。さすがだよ」

 図書館での勉強会は午前中と決めていたけれど、たまに午後からも駅前の本屋で参考書選びを手伝ってもらうときもあった。そしてそのときには、美奈子ちゃんも趣味的な本に目を通していた。

「美奈子ちゃんは、こういう系のファッションが好きなんだね」

「そうね。でも単純にこれが好み、ってだけじゃダメなんだよね。いろんなアテムも含めてどうコーディネートするかって、そこが難しいのよ」

「へぇ~、そうなんだ。スポーツも勉強も得意な美奈子ちゃんでも、難しいなんてことがあるんだね」

「それとこれとは別よ」

 そう言いながら、いろいろな雑誌をじっくりと見ている。僕にはチンプンカンプンだけれど、そういうところは女の子なんだな、と思った。決して本人の前では言えないけれど…………。


 そして月曜日と水曜日の夕方は学習塾。僕を担当する先生の教え方は、ポイントを重点的に説明し「あとは自分で考えて」というスタイル。でも、その押しと引きが僕の学習脳を刺激し、吸収と保存に役立つのだ。

「夏休みになると、学校にいる時間帯を利用して塾に来る生徒が増えるけど、海藤君はいつもの時間帯だけ、なんだね」

「はい。いつもと変わらないパターンで勉強することが、僕にとっては生活のリズムになっているんです」

「ほほー、生活のリズムか。おもしろいことを言うんだね。でもそれは、集中力を高めるための習慣としてとてもいい考え方だと思うよ」

「はい、ありがとうございます」

 そう言われて調子に乗る僕。僕は褒められて伸びるタイプだ。


 そして金曜日、土曜日、日曜日は気晴らしをする日と決めている。朝はダラダラしてはいるけれど、結局勉強してるときの方が多い。美奈子ちゃんや学習塾の先生に教えてもらったことを忘れないように、やりたい時にやりたい場所でやる、というスタイルだ。

 たまに篤人からメールが来て「買い物に付き合って」と誘われるときもある。今の篤人はIT系にドはまりしているらしく、家のパソコンを完全占領しては情報処理やプログラムなどの勉強をしているらしい。

「ITってさ、もの凄く幅が広くてさ、見てるといろんな発見があるんだ」

「そーなんだ」

「このスマホひとつ取ってもさ、使い方を知れば知るほど何にでも役立てられる」

 中学生になって、学習塾や家との連絡用として買ってもらった僕のスマホは、親との約束もあってそれ以外に利用することなど考えてもみなかった。

「例えばさ、慎司のスマホから俺宛にメールするでしょ、それを全く違う人のスマホで見れたりするんだぜ。もちろん小細工は必要だけどね」

「それって犯罪にならないの?」

「勝手にやれば犯罪だろうけどね。逆に犯罪防止に役立てる、というケースもあるんだ」

「へぇー、だいぶ詳しくなってきたね」

「でしょ。知れば知るほど奥が深くて面白い。ただ使いこなすだけじゃなくてさ、自分でも新しい何かを作ってみたいんだ!」

 篤人もやり甲斐を見つけたようで、それが将来にまで繋がるかはわからないけれど「目標を決めればいいよ」と上から目線で言っていた僕は、正直羨ましくさえ思っていた。


 美奈子ちゃんも自分の将来についてはしっかりと決めている。みんな何かしらのきっかけがあって将来を決めるのだと思う。だけど僕にはこれといってやりたいことも、なりたい職業もない……。まっ、今は目の前のことに集中しよう。そのあとで次のステップを考えればいいや。と、少し焦りを覚えた気持ちをなだめてみる。

 勉強と気晴らし、美奈子ちゃんと篤人。この二人のお陰で、どちらもバランスよく進むことができ、とても充実した時間の過ごし方ができていると思えた。


 そして火曜日である今日も、予定通り美奈子ちゃんとワクワクの勉強会だ。

「いつもありがとね、美奈子ちゃん」

「いやいや、全然大丈夫だよ。それより、夏休みも残り半分切っちゃったね」

「んーー……、言われてみればそうだね」

 やっぱり僕にとって、時間の流れはかなり矛盾してると思った。

「今までの勉強で、一学期分はだいぶ取り戻せたんじゃない?」

「うん、そうだね。今度テストやったら、かなり挽回できると思うよ。これも美奈子ちゃんのお陰だよ。ホント、ありがとね」

「そんなことないよ、慎ちゃんの頑張りだよ」

 それは美奈子ちゃんと一緒だからだよ……。なんて歯の浮いたセリフを言えるはずのない僕は、勝手に緊張しながら平然を装い、さり気なく教材を見ているふりをしてみた。

「でもさ、美奈子ちゃんの教え方は本当に上手だと思うよ。一つ一つに時間をかけてしっかり教えてくれる。学校の先生なんかよりも全然わかりやすいよ」

「先生は講義型の教え方だから仕方ないんだよ。わたしの教え方が上手いとかじゃなくて、集団授業と個人授業の違いだよ」

「ふぅ~ん。そういうものなんだ」

 学年トップになる人は分析力もしっかりしているんだ。と感心するばかりだ。

「ところで慎ちゃん、そろそろ高校受験対策に入らない?」

「高校受験対策か……。美奈子ちゃんが言うなら、そうしようかな」

 美奈子ちゃんも僕と同じように短期集中一気詰め込み型ではなく、早目に取り組むじっくりコツコツ努力型のようだ。高校受験に向けてこの時期から取り組むというペースも合うし、とてもいいコンビだと思う。

 あくまでも僕の感想ではあるけれど……。

「それで、慎ちゃんは志望校、どこ行くか決めたの?」

「えっっとぉーー、まだ考え中で……」

「ふぅ~ん」

「まずは成績を安定させることが先かなって……。美奈子ちゃんは?」

「わたしは初めから医療系狙いだから、親や先生とも話てて、一高かなって」


 公立第一高校。地元では、一高と呼ばれ、とてつもなくレベルの高い高校であり、超有名大学への進学率もかなりのものだ。


「やっぱりね。だと思ってたよ」

「慎ちゃんも早く決めないと……。具体的に目標を絞った方が勉強に集中しやすくなるからね」

「はい」


 この夏休み、順風満帆という言葉がシックリと感じられる生活が戻っていた。

 眞山翔のことはさすがに夢だったとは言わないけれど、実はあのときだけの出来事なのに僕の過度なまでの恐怖心から被害妄想になり、先入観や思い込みも加わって眞山翔たちを悪者に仕立て上げてしまったのかも知れない。

 もちろん油断しているわけではないし恐怖心を拭い切れてもいない。けれども、毎日の生活が普通に過ぎていくなかで、僕は身も心も自分らしい日常を過ごせている、と思えるのだ。

 平和な時間が眞山翔の存在を薄れさせ、夏休みが終ってもこのまま普通の生活ができるという気がしている。もう、眞山翔の呪縛から解き放たれた気分だ。


 美奈子ちゃん、篤人、ありがとう!


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