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夢は見るもの叶えるもの  作者: タケヒロ
第四章  夢への決意
13/13

3 夢とともに

 高校受験が終わってからの数日間は、中学三年間で学んだことを軽く復習しながら「高校生活に夢と希望を託せ!」という先生方の話で過ぎて行った。


「先生の話って為になるんだろうけどさぁ、過去問で一発逆転を狙った俺にとっちゃ『勝ち組になれた人は……』っていう前提で話してるようにしか聞こえないよ」

「まぁまぁ、そう気を落とすなって。まだ不合格って決まったわけじゃないんだし」

「だって、あんなに過去問やりまくったんだぜ、それなのに入試の問題にはほとんど出なかった。せめて、俺の膨大な勉強時間を返してくれって言いたいよ……」

 僕の近くの席に座る、過去問勉強法の二人だ。

 受験はそんなに甘くない、まずは基本をしっかり頭に入れなければ、問題を解くことはできないぞ。僕が友達ならそう教えていたと思う。

 友達とは、とても大きな影響力を持つ、とても大切な存在である。今の僕にはそれがわかる。


 それはさておき、確かにここ数カ月間の膨大な時間を受験勉強に費やしてきたものだから、受験が終わったら達成感に包まれるのかと思いきや、そのようなこととは異なり、集中力が途切れたというか気が抜けたというか、何だかボーっとしている自分がいるのだ。

 多分この先の生活に役立つであろう先生方のお言葉も、次から次へと配られるプリントも、ただダークグレーのリュックにしまい込むだけで、正直、僕の頭の中に入ってはいなかった。

「よし、午後からは卒業式の練習だ。昼休憩が終わったら体育館に集合な」

「「はーい」」

 さらに、最近になってよく行われる卒業式の練習は、堅苦しい作法のように繰り返されて、それが輪をかけて僕たち三年生の中学校生活の終わりを突き付けていた。


 そして、あれよあれよで卒業式本番。


「続きまして三年二組、男子十九名、女子十八名、計三十七名。担任加藤先生に続いての入場です」

 先生のアナウンスと式場の暖かい拍手に包まれて僕たちは体育館へと入場し、練習通りに淡々と式典が進められた。

 卒業式定番の歌声が体育館全体を包み、卒業証書授与のころには女子生徒たちのすすり泣く声が、あちらこちらから聞こえ始めてみんなを巻き込んだた。


「海藤慎司君」

「はい」

 段上に登り校長先生と向き合ったとき、僕が以前、校長室に呼び出されたときのことを思い出していた……。

「卒業、おめでとう」

 でも今日は、あのときの表情とは違い、校長先生の優しい目が僕を祝ってくれているように感じた。

「ありがとうございます」

 あの出来事は、結局僕がやらかした汚点として処理されたまま卒業していくんだ……。

 やっぱり内申にも響いてるのかな……。

 あのとき校長室に飾られていた一輪の花のように、今僕の胸に飾られた桜の花も物悲しそうに咲いている……、造花だけど……。


 卒業証書を受け取って、大役を果たした気分で椅子に座っていると、どこからか僕の耳に聞こえてくるひそひそ話。

「そういえばさ、眞山っていう人、卒業式に出てないんじゃない?」

 僕の中で大きく引っかかっていることでもある話題に、自ずと聞き耳を立ててみる。

「眞山って人なら朝一で親と一緒に学校に来て、卒業証書だけもらって帰ったらしいよ」

「そうなんだ。あんなに迫力の凄い人だったのに……」

「だよね。突発的なの出来事だったんだろうけど、なんだかかわいそうだよね」

 僕の中の何かがギュッとした……。


 そして式典はスケジュール通りに進み、最後の締めとして三年生全員で選んだ卒業ソングを涙とともに大合唱。

 そして余韻を残したまま一、二年生が作る桜のトンネルをくぐって、僕たちの卒業式は終了した。


「慎ちゃん!」

「あっ、美奈子ちゃん」

 式が終了し、教室に戻るまでのガヤついた瞬間を見計らって僕に近寄ってきた美奈子ちゃん。

「篤人から何かあった?」

「いや、何も……。クラスメイトたちとは話てたみたいだけど、僕には全く……」

「そうなんだ……。篤人にはもう少し時間が必要なのかもね」

 美奈子ちゃんは優しい。僕にも、篤人にも。

「うん。そうかもね」

 何はともあれ、学校中お祝いムードに包まれながら、僕たちの中学校生活が幕を閉じたのだ。

 しかし、手放しでお祝いムードに酔いしれてはいられない。

 そう、僕たちにはまだ、大きく立ちはだかる試練がある。


 高校受験の合格発表だ!


 僕は実力ギリギリでの受験だったものだから、発表の日が近づくにつれて不安が芽を出していたのは事実。中学校を卒業しても、心配性で開き直れないところが僕らしい……。

 そしてついに、待ちに待ったというか、もう来てしまったかというか……、高校入学試験合格発表の日がやってきた!

 合格発表はそれぞれの受験会場で行われるため、各自自分で足を運び自分の目で確認することになる。僕も一高に行くために緊張しながら準備をした。

「心の準備はできてるの、慎司?」

「い、いや……、あまり……。と、とりあえず、行ってきます……」

「行ってらっしゃい、しっかり見てくるのよ」

「うん……」

「良い連絡を待ってるからね」

「……」

 ほんの数日前に脱いだはずの制服を着て家を出た。今日は自分の立場をわきまえるためにということで、中学校の制服着用で会場に行くように指示されていたからだ。

 結局、卒業式という学校行事の一つを行っただけで、まだ僕たちは中学生なのだと思った。かといって、特に違和感もなく、僕は制服姿で杜野駅に向かっている。

 そして、電車の発車時刻に余裕を持って杜野駅に着くと、そこには大勢の制服姿が見られた。今日はほとんどの公立高校で合格発表が行われるのだから当然だろう。

 などとわかっていた風な言い訳をしても、実は美奈子ちゃんと二人で一高まで行くことを期待していたものだからショック、というのが本音だ……。


「し……ちゃ……」

「ん?」

「慎……ゃんっ!」

 僕を呼ぶ声のする方へ目を向けてキョロキョロしてみると、少し離れたところから軽く手を上げて、僕を呼んでいる美奈子ちゃんを見つけることができた。そして美奈子ちゃんから目を離さないように気をつけながら、人混みを避けながらやっとたどり着いた。

「おはよ、美奈子ちゃん」 

「おはよう」

「想像以上の人の多さだね」

「そりゃそうでしょう。みんな目的は一緒だもの」

「だよね……」

 一高のある大きな街には、他にも数校の高校がある。さらに、専門学校や短大、大学だってあるのだ。駅が混むのは当たり前。僕は、美奈子ちゃんの積極性に任せながら電車を待つことにする。

「もうすぐ電車が来る時刻だから、ホームで待とう」

「うん。でも、一高に通うようになってたとしても、満員電車は同じなんだろうね?」

「そうでしょうね」

 美奈子ちゃんと二人での登校なんて、僕の考えは甘いどころではないことを痛感した……。


 杜野駅から電車に揺られて約三十分、そして最寄駅から徒歩で十五分ほどのところにある公立第一高校。杜野とは一つの街を挟んだ大きな街にある高校だ。

 電車を降りて駅から出た僕と美奈子ちゃんは、同じ目的の生徒たちと歩調を合わせて一高に向かった。

 集団大移動のように歩きながら、それぞれの仲間同士のいろいろな会話が聞こえてくる。合否の不安の話をする人、新しい環境の話をする人などさまざまだ。

「この人たちも、僕たちのように何かしらの目標を持って一高を希望したんだろうね?」

「でしょうね。一高からの大学進学率はほぼ百パーセント。超有名大や医療系大学にもかなりの人数を排出しているからね」

「いろんな地方から、わざわざ入学してくる生徒もいるくらいだもんね。そりゃ倍率が高くなるはずだよね……」

「わたしたちもその一人。その倍率をクリアして、将来の自分の目標に向かう。慎ちゃんもわたしも、そうなれるといいね」

「そう、だね」


 暫く歩くと、正面にドンと一高が見えてきた。レトロ調のシックな建物が、僕たちに現実を見なさいと言わんばかりに迎えている。

「いよいよだね、慎ちゃん」

 美奈子ちゃんの口が開いた。その言葉は不安を表すものではなく、僕には、来る時が来たよ。と聞こえた。

「この門を通るのは受験以来だね」

 それに対して僕の言葉はどうだ、実況を話しているだけ……。それほど僕には余裕がないのだ。

 そのようなつまらない僕の言葉でも、美奈子ちゃんは話を続けてくれた。

「あのときはバスだったけど、受験にしても合格発表にしても、緊張しながら通る門だね、この門は……」

「えっ、緊張? 美奈子ちゃんも緊張するの?」

「そりゃするでしょ。逆にしない人なんかいないよ」

「だって美奈子ちゃんは学年トップだし、絶対に安全圏内でしょ」

「絶対に、なんてことはないし、安全圏内なんてこともない。その時々で結果は変わるものよ」

「そうだろうけど……」

「そのために、より多くの力をつけておくの。それが少しずつだけど余裕に繋がってくる、ということなの」

 美奈子ちゃんの言葉はいちいちごもっとも。でも、その美奈子ちゃんの口から、緊張という言葉が出てきたのだ。美奈子ちゃんも緊張しているんだ……。そう思ったら少しだけ親近感を覚え、なぜかちょっとだけ嬉しさも込み上げてきた。

 もしかしたら、僕も大丈夫かな?

 いや、美奈子ちゃんは別格だよ、そんな比較しちゃダメでしよ……。


 そして、正門を入ると正面の生徒昇降口の前に、いかにもといわんばかりに大きなボードに合格者の受験番号が貼り付けてある。

「きたぁーー!」

「きたね、慎ちゃん!」

 その合格者発表のボードが僕の緊張を一気に高め、一緒に正門を入ったいろいろな制服姿の団体からは息を呑む声が聞こえた。そして、僕たちもボードから続く行列の後ろに並んで、その一部になった。

 順番を待ちながら前の方を見てみると、ボードのすぐ前にいる人たちが自分の受験番号を確認している姿が見える。

 満面の笑顔を浮かべる人。

 肩を落としている人。

 嬉し泣きの人。

 悔し涙を流す人。

 などなど様々な表情を見せている。なかでも目立っていたのは、ボードの前で受験番号とともに写真撮影をする人たち。そしてそれは、揃って笑顔の表情での撮影だ。

 僕はボードの前でどんな表情をすることになるんだろう?

 美奈子ちゃんは?

 ボードまでの距離はまだあるけれど、僕は必死でボードに目を向けてみた。けれども記載されている数字が以外に小さくて、僕のメガネを通してもここからでは全然見えない。


 グッグッグッグッ!


 そのとき、緊張を包む僕の制服のポケットでスマホがなった。

「おっ、篤人からだ!」

「篤人? どうだったのかな?」

 同じ教室にはいても、あれ以来疎遠になっていた篤人。卒業式には何らかのアクションがあるだろうと僕が勝手に期待を膨らませていただけで、結局何もなかった篤人。

 美奈子ちゃんに橋渡しをしてもらってからは、篤人からの返事が待ち遠しかった、その篤人から……。

「あれ? そういえば、篤人はスマホを壊したんじゃなかった?」

「あのときね……。でも、私立の工業高校に合格したお祝いに新しいのを買ってもらったんだって。高校に入学したらアルバイトすることを条件に、って言ってた」

「そうなんだ」

 美奈子ちゃんの言葉に納得と期待をして、篤人からの久々のメールに僕の心のワクワクが高まってきた。


 クイックイッ!


 あぁ、進んだのね……。

 僕のジャンパーの左の袖を引っ張る感触に、美奈子ちゃんと一緒に数歩だけ前の人との間隔を詰める。そして、改めて篤人からのメールを見た。


「久しぶりっ。俺、合格した! また一緒に登校しようぜ、杜野駅までだけど!」


「篤人、合格したって!」

「そう、良かったね。合格おめでとうってメールしといて!」

「うん、すぐに送るよ!」

 篤人の合格した公立の工業高校は、杜野駅からは僕たちと反対方向に向かう電車に乗ることになる。

 まっ、あくまでも僕も一高に合格していたら、の話だけど……。

「篤人が、慎ちゃんのことを許してくれたんだね」

「そう捉えていいんだよね?」

「もちろん、そういうことでしょ!」

 良かった。

 本当に良かった。

 篤人とも元に戻れた。

 これで幼稚園のときからの仲良し三人組に戻れたんだ。


「合格おめでとう。そしてありがとう!」


「篤人に送ったよ」

「うん。今度はわたしたちの番ね」

「うん、そうだね」

 また少し近付いた。僕は目を凝らしてボードを見てみる。

「んー、見えないな」

「そうだね、もう少しなんだけどね……」


 グッグッグッグッ!


「篤人から、ありがとう。だって」

「うん」

「それでそっちは? って訊いてきた。篤人も僕たちのことを心配してくれてるんだね」

「そりゃそうでしょう、友達だもの」

「だよね」

「良い報告ができるといいね、二人揃って」

「うん」

 また少しだけ前に進んだ。二人して覗き込むようにボードを見るけれど……、やっぱりまだ見えない。

「ところで、慎ちゃんは医者を目指すために一高に入学したいって言ってたよね?」

「えっ? あっ、うん」

 今訊く?

 そう思ったけれど、もしかしたら僕の不安と緊張を和らげるために、わざと今なのかも知れない、と思い直した。

 だって、美奈子ちゃんだから。

「それで、ゆくゆくは何科の先生になりたいとかあるの?」

「うん……、神経系かなって」

「神経系?」

「うん……」

「もしかして……、眞山翔君への罪滅ぼし?」

「…………」

 僕は言葉を出すことはしなかった。でも、美奈子ちゃんにはバレバレだね、という僕の表情が軽く笑みとしてが浮んだ。

 その表情を見て全てを感じ取ってくれたのだろう、美奈子ちゃんもあえて何も言わなかった。

 少しの時間が流れて僕たちはまた前へ進んだ。ふっと、美奈子ちゃんのサラサラの黒髪の隙間から見えた顔。その表情は、とても優しく、そしてとても穏やかに微笑んでいるように見えた。

「大丈夫だよ。慎ちゃんなら」


 合格発表のボードを見るために並んでから、どれくらいの時間が経っただろう。七、八分? それとも十分以上?

 時間の流れはとても理不尽で矛盾がある。今こうして美奈子ちゃんと一緒に過ごす時間だって長くもあり短くもある。

 そして僕たちはとても不思議な時間の流れの中、やっと合格発表のボードの前に辿り着いた。

「えーと……」

「んーと……」

 自分の受験番号は完全に記憶しているくらい何度も見ているのにも関わらず、ボードの前で改めて手に持つ受験受験票の番号を確認する僕と美奈子ちゃん。もちろんお互いの番号も。

「帰ろう」

「だね」

 ボードの周りではいろんなパフォーマンスをする受験生たちでごった返していたけれど、その団体さんを横目に見ながら僕たちは一高を後にした。


「慎ちゃんは自分の力で高校生になるんだよね」

「ん……、あっ予知夢のこと?」

「そう。予知夢が見れるというのが慎ちゃんの能力だったけど、その意味はなんだったんだろうね?」

「その意味か……」

「いろんなトラブルに巻き込まれて、いろんなトラブルを起こして……。そのお陰で人と距離を置くことだってあったでしょ?」

「そうだったね」

「わたしはね、予知夢を見れなくしたって聞いたときは、どうして? って思ったけど、今はむしろそれで良かったんじゃないかって思うんだ。実際、トラブルにまで発展したしね」

「うん。僕はこの予知夢のせいでおきたゴタゴタが、人と人との関わりとか、接し方についてどうあるべきかって考えるきっかけになった。要するに、僕に不足している、人としてのあり方をもっと勉強しなさい、ってことを教えられていたのかなって思うんだ」

「ふぅ~ん」

「だから、美奈子ちゃんや篤人との友達関係がより強く、より本物になったって思ってる」

「なるほどね」

「僕に不足していたその勉強が終わったから、予知夢が、なくなるべくしてなくなった。って」

「へーー、そうなんだ」

「うん」


「慎ちゃん」

「ん?」

「今の慎ちゃん、頼もしく見えるよ」

「えぇっ……?」

「とっても」

「ホント?」

「うん」


 そういえば、合格発表のボードの前で、二人とも最高の笑顔を浮かべて撮った写真は、しっかりと僕のスマホの中に保存しておいた。


 これから見る夢とともに。


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