1 新たな始まり
「お久しぶりです、慎ちゃんのお母様」
「ご無沙汰しています、美奈子ちゃんのお母様」
「慎ちゃんは身長、少し伸びたの? まだ美奈子と同じくらいかしら?」
「余計なこと言わなくていいの、お母さんは!」
中学校の生徒昇降口でバッタリ会った美奈子ちゃん母娘。久しぶりに会うはずなのに、美奈子ちゃんは僕と目を合わせてはくれない。美奈子ちゃんはあのとき以来、僕を軽べつしているのだろう。
「美奈子ちゃんの面談は、もう終わったんですか?」
「ええ、今終わって帰るとこなの。ね、美奈子」
たまたま三者面談が同じ日だったから会えたけれど、今日会わなかったらこのまま一生会わなかったんじゃないだろうか……、そんなことを考えながら僕は美奈子ちゃんをガン見していた。
「美奈子ちゃんはもちろん一高狙いなんでしょ?」
「ええ。でも本当はもっとレベルの高い高校に行こ…………」
「お母さんは余計なことは言わなくていいって言ってるでしょ!」
美奈子ちゃんはお母さんの言葉もかき消すんだ……、強い。いや、昔から変わっていないというのが正解だ。
「美奈子は怒りっぽいのよね。お母さんは本当のことを言ってるだけでしょ」
「すみませんおばさん、ウチの母はオシャベリなものですから、つい余計なことまで言っちゃって……」
「いいのよ、昔からの付き合いじゃない。でも、美奈子ちゃんはしっかりしてるわね、ウチの慎司に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだわ」
何ぃ!
爪の垢ってなんだよ、そんなの飲んでも、僕の性格は変わんないよ!
ところで、昔の人は何を元に爪の垢を飲ませるって言ったんだろう。小馬鹿にしてる言葉なのかな、それとも謙そん?
「慎ちゃんのお母さん、そんなこと言わなくっても……、ねぇ慎ちゃん。ところで慎ちゃんはどこの高校狙いなの?」
「あっ、えっっとぉー……」
「恥ずかしながら、慎司も一高を受けるって言い出してるの。でも、ウチの慎司なんかが受かるかどうか……」
えっ?
何で睨み付けるような目で見ているの、美奈子ちゃん?
今の今まで全く目を合わせようとしなかったのに、僕も一高狙いって聞いた途端に……。
もしかして、僕が一高入学のために予知夢を見ようとしてるって思ってんのかな?
しかし……、美奈子ちゃんの睨みは強烈過ぎる。僕はすでに目を反らしていた。そのような僕の心境などお構いなしに、僕の母と美奈子ちゃんのお母さんは受験話に夢中のようだ。
「大丈夫よ、慎ちゃんだって元々成績はいいんだから」
「だから、お母さんは余計なこと言わなくていいの!」
変わらないおばさんの天然振りに、美奈子ちゃんの強い言葉が会話の切れ目を生み、僕の母はその瞬間を見逃さず、節目を入れた。
「それじゃそろそろ時間ですので、教室の方に行きますね」
「そうなのね。それじゃ、頑張ってね慎ちゃん」
「ありがとうございます」
面接会場になっている自分たちの教室へ向かうときに、僕の名残惜しい思いがもう一度美奈子ちゃんをチラ見させた。
すると、美奈子ちゃんが何か言いたそうな目で僕を見ている気がする……。
まさか目が合うとは思っていなかった僕はすぐに目を反らし、その流れで教室へと向かってしまった。
美奈子ちゃん……。
「ハイそれでは海藤慎司君、保護者の方、中へどうぞ」
「ハイ!」
「失礼します」
一応の挨拶を終えて僕とお母さん、そして先生は所定の席に腰を掛けた。
教室に並べてあった机は面接のために後ろの壁際に移動していた。なのでガランとした空間に、先生が座る机と僕たちが座る机が向かい合って置いてあるだけの明るい教室だ。
窓から見える杜野の街もコントラストがハッキリとしていて綺麗に見える。
僕も、自分の意志をハッキリと伝えよう!
「早速で悪いが海藤、今の君の成績だと一高は難しい、と言わざるを得ないぞ。一学期の中間テストまでの成績ならまだしも、その後の成績にプラスして生活態度にも少し問題があったし……」
「生活態度? 先生、ウチの息子が何かしたんですか?」
マズイ、家族は知らない話なのに……、先生お願いしますよ!
「あ、いや、成績が落ちたものだから慎司君も少しヤケになっていたんでしょう、それほど騒ぐものでもありませんので、お気になさらないでください……」
僕の不器用なアイコンタクトが通じたようで何とか誤魔化してくれたようだ。しかしビックリした……。
「そうなんですか……、何かあったらビシッと叱ってくださいね、先生」
「えぇ、本人もそこはわってると思いますし、今は何も問題なく生活してますので、もう心配ないでしょう……」
そうか……、先生も前に言ってたけれど、テストの成績だけじゃなくて生活態度も響いてくるということだ。
「それで海藤、お母さん、一高校受験についてですが、先ほども申しましたように今の海藤君の成績ではちょっと難しいかと……、それで提案なのですが、念のために特進科のある私立高校も受けておいた方がいいかと思いまして」
「ええ、それは良いですねぇ」
お母さんは、私立高校を抑えていれば安心だという先生の言葉に好反応のようだ。
「ねっ、慎司、どう?」
「えっ? ん~……」
「海藤、受験は一発勝負。といっても方法はいろいろある。念の為に、ということも考えていた方がいいぞ」
「でも僕は……、一高一本で考えていて……、滑り止めの受験も……、僕の考えにはなくて……」
ガランとした教室のためかやたらと僕の声だけが聞こえる。まるで、一人芝居の自信のないセリフのように、小声で発音も悪くこもりながら、ただ棒読みのセリフのように……。
「海藤の気持ちもわかるけど、お母さんも心配なさっている。何も一高を断念しろということではないんだ。あくまでも念のためにだ」
僕に割り当てられた時間がそろそろ終わりに近付いているようで、廊下の方を気にし始めた先生は話をまとめようとしているように見えた。
「慎司、先生もこうおっゃっているんだし……、そうしない?」
それでも僕はかたくなに、一高一本のみの受験を貫こうとしていた……、一応。
「こんなこと言いたくはないけど、内申もあるし」
「うっ!」
声にならない声を表情のみで出した僕を、しっかり見つめながら話す先生の言葉の裏側が見えた気がする……。
「……わ、わか……り…………ま…………」
窓から見える杜野の街も、目の前にいる先生の姿も薄れていく。今までの僕は何事からも逃げてきた。でも、その度に美奈子ちゃんや篤人が僕を助けてくれた。
そして、予知夢をコントロールするようになってからは強引に自分を貫くようになった。そんな僕を美奈子ちゃんはストレートになじり、篤人は完全にソッポを向いた。
先生の背中越しに見える杜野の街は、数ヶ月の間、僕の帰り道になっていた街、いつも篤人が付き添って僕を支えてもらいながら帰った街だ。
三階建の家……
芝生の綺麗な庭の家……
オシャレなデザインの幼稚園……
んっ?
この窓から見えている!
僕が気付かなかっただけでこの教室から、何なら僕の座っている席からいつも見えていたんだ!
そうか、そうなんだ!
僕をずっと見てくれていた二人は僕を無視していたんじゃない。
むしろ、叱咤することで僕の進むべき人としての道を教えてくれていたんだ。
二人は僕の背中を押してくれているんだ。
僕が気付かなかっただけで!
「ぼ、僕は!」
「ん、どうした、海藤? 今の内容で良いか? それとも何か別に希望することがあるのか?」
「僕は……」
「何か言いたいことでもあるの、慎司?」
「ぼ、僕は……、自分を変えたいんです!」
僕は、大きい声で自分の意志を言った。それは自分でもビックリするほどの声が、ガランとした教室にハッキリと響いた。
「ど、どうしたっ、海藤、突然?」
「す、すみません……。でも、僕は今まで甘えていました。人に頼り過ぎていました。自分じゃ何もできないくせに、人には無理強いさせたり僕の意見を押しつけたり……。誰かがやってくれるのが当たり前のように思っていて、自分の居場所も曖昧で、肝心なときには優柔不断で何も決められなかったり。そのくせ、自分の言い分だけを主張してみたり。このままじゃ、ちゃんとした大人になれない気がするんです。人としての道を、しっかりと歩いて行ける自分になりたいんです。だから自分を追い込んで、頑張って、あっちもこっちもじゃなくて、楽な方とかでもなくて、逃げ道をなくして、自分を強くして、自分の力で自分の道を作れる自分になりたいんです。だから滑り止めとか他の逃げ場は作らないで、自分を追い込んで一高に行きたいんです。今は、そうしないといけないときだと思っています。今そうしないと、自分を変えられないと思うんです。だから、だから、僕は一高だけを受験します!」
最初の意思表示は良かったけれど、段々と自分の言いたいことを並べられなくなって、ぶつ切り状態の言葉を発しただけになってしまった……。
これじゃ伝わるものも伝わらないよ……。
怒られるかな……?
「お母さんはいかがですか、慎司君の考えは?」
「勉強くらいしか取り柄のない息子ですので、本人が高みを目指したいと決意したのであればそれもいいでしょう」
「お気持ちはわかりますが……、しかし万が一があれば浪人となってしまいますよ。それでも良いのですか?」
「息子はこう見えて頑固なところもありますし、ここまで長々と自分の考えを述べたのですから、私たちが何かに言っても今の息子の耳には入らないと思います」
「なるほど……」
「これからの数ヶ月、息子なりに頑張ってくれると思います」
「わかりました。ご家族としても本人を尊重して、海藤もそこまで気持ちを固めているのであれば、我々学校としても全面的にバックアップしたいと思います」
僕の、チグハグな言葉での説明にも関わらず、先生もお母さんも納得してくれた。しかも笑顔まで浮かべている。
これで伝わったの?
これが美奈子ちゃんがよく言う「文字を並べる言葉よりも、本当の心を伝えることが大切」ということなのだと思った。思いのほか僕の声が大きかったからかも知れないけれど、いずれにしても僕の意思は通ったことになる。
美奈子ちゃん、僕、今頃になってその意味が分かったよ。
ここは明るい僕の教室。窓から見える四角柱の三階建の家も、芝生の綺麗な家も、オシャレなデザインの幼稚園も、この新旧混じえた杜野の街は、僕の住む綺麗な街だ。
一高、やってやるぞ!
家に帰り、家族が揃った夕ご飯のときに三者面談でのいきさつを説明した。お父さんは「本人がそう言うならそうすればいい」と、アッケラカンと言うだけだったけれど、ヤイノヤイノと僕に説教じみた言葉をぶつけてきたのは姉ちゃんだった。
「何でそんな要領の悪いことしてんのよ! 高校なんてどうでもいいの、問題はどこの大学を出たかで将来が決まるんでしょうよ!」
「僕には僕の進みたい道があるの」
「そのための大学を出ればあんたの進みたい道にだって行けるでしょ、って言ってるの!」
姉ちゃんの言ってることもわかるし正論だと思う。でも僕はあえて自分に厳しい道を選ぶことにしたのだ。
「結果だけを求めるんじゃなくて、そこにたどり着くまでのプロセスも大事なんだ。それが僕のこれからの人生に活きてくるってことに気付いたんだ」
「何言ってるのあんた。カッコつけたって失敗したら元も子もないのよ!」
「……」
「ねー、聞いてる?」
「もう決めたことだから」
僕は普通に箸を動かしてモグモグしている。不思議と気持ちも落ち着いていて姉ちゃんに反論も文句もなく、ただ夕ご飯の美味しさを味わっていた。その横で箸を止めてまで僕に物言う姉ちゃん。
「あんたは何を考えているのか全くわかんない!」
「ごちそうさま、風呂入ってくる」
「んー、モーーッ!」
僕はムリヤリ姉ちゃんの話を止めた。でも心の中では、心配してくれる姉ちゃんに対して感謝の気持ちは大きくある、だから勘弁して。
それからの僕は姉ちゃんの心配を裏切らないためにも、ただひたすら目標に向かって勉強をすることを誓い、学校では授業に専念し、家では美奈子式メモを真似て力の全てを注いで勉強した。
そういえば、三者面談のとき以来、美奈子ちゃんとは会っていない。昼休み時間に図書室に行くと美奈子ちゃんがいるときもあるけれど、僕からはあえて声をかけることはしないし、美奈子ちゃんも誰かと一緒に勉強しているときが多かったので、僕に気付きもしないだろう。
そして、篤人は相変わらず僕を無視して、他のクラスメイトと楽しく話をしている。僕への当て付けか、と思うときもあるけれど、何をいっても今の僕には信用がないのだから、それをわかっていて余計なことはしない。
つまり、孤独感を味わいながら、僕は一人で登校しては誰とも会話をすることなく授業を受け、終礼が終わったら一人で下校する日々を送っているのだ。
でも、今の僕にはそれがちょうど良い。
その分、受験勉強に没頭できるからだ。
後は、一高めがけてまい進するのみ!
家では、三者面談の日に姉ちゃんからの罵声はあったけれど、その後は普通に平穏な日常を送っている。クリスマスには恒例のクリスマスツリーを飾り、姉ちゃん手作りのケーキを食べてプレゼント交換。
僕にはお母さんの手から綺麗にラッピングされた小箱が渡された。
「はい慎司、家族みんなからのプレゼントよ」
「そうよ、あんたのために考えに考えて決めたプレゼントなのよ。大切に使いなさい」
赤と緑の包み紙、その上からご丁寧にリボンまで結んである。
「ありがとう。開けていい?」
「もちろんどうぞ」
「今のあんたに一番必要なものだからね」
必勝祈願の鉛筆六本セットだった。
「ありがたく使わせていただきます」
年末には、家族みんなで歌番組を見ながら、お父さんの打った自慢の蕎麦を食べるのがウチの年越しスタイルだ。
「今年も一年お疲れ」
「お疲れさまぁーー」
「今年の年越し蕎麦は、もう一つの願いがあるぞ」
お母さんも姉ちゃんも、ついでに僕も興味津々でお父さんに注目している。
「受験合格が慎司のソバに来ますように……」
「お父さんうまいこと言うね」
「ははは、そうだろう」
「みんなあんたの無謀なチャレンジを応援してるのよ、慎司」
「はい、心して頂きます」
一家団らんを満喫しながら、歌番組の決着がつく頃にはみんな舟を漕ぎ始め、除夜の鐘の響く頃にはみんな床につく。
「明けましておめでとう……。おやすみなさい……」
年が明けた元日は、朝ご飯を食べたら家族みんなで初詣。もちろん行く先は杜野神社だ。顔見知りの人たちとの挨拶を交わし、天気は良いけれど結構な冷え込みのなか、なかなか進まない時間をじっと耐えて、やっとの思いでやっと参拝。
一高に合格できますように!
「はい、慎司」
突然僕の目の前に御守りを差し出す姉ちゃん。
「ん?」
「これを机に置いて勉強するのよ」
「そういう姉ちゃんは置いてたの?」
「もちろんよ、そのお陰で高校も大学も第一志望校に合格できたのよ。あんたもご利益にあずかりなさい」
「はい」
家に帰って来ると家族みんなはヘトヘトに疲れ果て、思い思いにグダグダと過すのがウチの元日のスタイルだ。
なので、僕も今日だけはテレビを見ながら初笑いといこう。一高受験に向けての勉強は明日から再始動だ。
そうそう、姉ちゃんからもらったお守りを机に置いてと……。
そして僕なりにスケジュールを立てて勉強に取り組んだ冬休みが明け、三学期が始まった途端、先生も含めてみんながアタフタしながら受験願書提出。この雰囲気が、いよいよ高校受験を実感させ始める。
僕はこれといって趣味もなく、数少ない友達も今は絶縁状態だから、自分の時間のほとんどを受験勉強に使うことができる。
学習塾の日は学習塾に行き、学習塾の日でなくても学習塾のシステムをフルに活用してスマホでの質問攻めを浴びせていた。こういうときこそウチの学習塾の良さが際立つというものだ。
しかし、優越感さえ感じていた僕の通う学習塾。いつものように顔を出したときのことだ……。
「やあ、海藤君」
「先生、いつもスマホでの質問に答えてもらって助かってます。志望校をレベルの高い高校にしましたので、これからもよろしくお願いします」
「海藤君は一高狙いにしたんだったね。不安をなくせるようにどんどん質問してきていいぞ。一高に向けて頑張ろう!」
「ありがとうございます。それじゃ、遠慮なく質問させてもらいます。でも、正直迷惑とかになってませんか? 僕は結構質問していますし……」
「はははっ。気遣いはいらないよ。この時期になるとみんなスマホでの質問攻撃をしてくるんだ。この学習塾の恒例行事みたいなものさ」
「そ、そうなんですね……」
講師の先生に言われた「恒例行事みたいなもの」というその言葉は、僕にとってとても衝撃だった。
つまり僕はしょせん多数派の中の一人……。
みんな頑張って勉強しているのは同じであり当たり前……。
成績が低迷した僕は、より以上に頑張らなければいけない……。
そこに気付かされたからだ!
ということで、僕の勉強スタイルをバージョンアップすることにした。
まずは、学習塾とスマホを使っての質問攻めはこれまで通り変わらず。さらに、それにプラスして学校で希望者を対象に行っている、受験生強化授業という名の特別補講を受けることにした。
「先生、お願いします」
「おっ、海藤。やっとその気になったな」
「僕の今の成績……、現実に今頃気付きました」
「そうか、よく気付いてくれた。先生はこのときを待っていたぞ」
「心配して頂いて有難うございます」
受験生強化授業とは、成績や志望校によってクラス分けされ、そのレベルに合わせて放課後に勉強をするものだ。
強制参加ではないので今まではスルーしてきたけれど、まずは多数派に並び、そして一高を狙える、いや、一高に合格できるレベルまで自分を高めるのが目的だ!
「それじゃ海藤は、一番ハードに勉強するA組に配属になるぞ。何せ、一高狙いだからな!」
「は、はい。頑張ります!」
「んっ! その意気だ!」
先生に肩をトンと軽く叩かれ気合注入。
よし、遅れた分を取り戻すぞ!
そして、僕にとっては初めての強化授業だ。新参者という気持ちで、何となく後ろの出入り口から教室に入った。
すると、あまり顔を合わせることのない受講者たちに混じって、一番前の席にはとても見覚えのある後ろ姿が座っている。
そう、美奈子ちゃんだ。
学年トップをキープしている美奈子ちゃんは、当然推薦入学で一高に行けるはずなのに、それでもまだ高みを目指して勉強するという姿勢。
またもや勉強のしかた、取り組み方を教えてもらったように思う。そんな美奈子ちゃんの後ろ姿がとても大きく見える。
爪の垢でももらおうかな……。
僕は一高受験対策として、強化授業と学習塾と学習塾へのスマホ攻撃を実行している。そのお陰で僕の頭脳はメキメキとレベルアップしていくのが実感できている。
学校で行う強化授業とは別に、三年生受験対策として行われる実力テストがそれを証明している。
「海藤、随分と頑張っているな。元々は成績が良かったんだから、真面目にやれば結果はちゃんと付いてくる、ということだ」
「はい……」
真面目にって……。
僕はいつも真面目ですよ。
悪いことをやっていたのは僕じゃないですって……。
「良いか海藤。あまり大きな声ではいえないが、ウチの中学校から一高を受験する生徒は三十三名、そのうち半分受かればいい方だろう……。それくらい難易度の高い受験になるぞ」
「はい」
つまり一高合格者は十五、六人ということか。中学に入ってからの僕の最高位は八番。先日の実力テストでは二十三番、前回の期末テストでは六十二番。ちなみに前々回の中間テストは百番代の後半だった。だから先生は「難しい」と言うのだ。加えて不本意ながら内申もあるだろうし……。
それでも一高受験を認めてくれたのは、僕の本気度に加えて中間テスト、期末テスト、実力テストと段々と成績が戻ってきているからだろう。僕の頑張りが実を結びつつあるということだ。
「海藤、生半可な努力じゃ間に合わないぞ。一高はこの辺じゃダントツの進学校だからな」
そう言いながら、先生はいつもの優しい表情で僕を励ましてくれた。
「はい、頑張ります!」