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夢は見るもの叶えるもの  作者: タケヒロ
第三章  予知夢の存在意義
10/13

4 僕の力

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 今日も、いつもの時間に出かけていつもの通学路を歩き、いつもの止まれの道路標識を右に出ていつもの大通りを歩いた。そしていつものように駄菓子屋の脇の電柱のところに目が止まる。昨日、とてつもない笑顔で手を振って僕を迎えてくれた篤人だった。

 やっぱり、いないか……。


 ため息混じりの独り言が僕の全身からあふれ出る。周りにはコートやジャンパーで身を包む通勤通学の人たち、ジョギングや散歩をしている人たちが沢山往来している朝の大通りを、僕は一人で歩いた。

 流れのままに学校へ着き自分の教室に入ると、廊下側の一番後ろの席にはすでに登校している篤人がいた。

 しかし……。

 やっぱり僕を避けてる?

 昨日の僕の話を根に持ってのことだろうけど……、何で? 

 だって篤人のことを助けたのは僕じゃないか!


 納得のいかない僕は、先生の声が包む授業中も、みんな好き勝手にガヤついている休憩時間も、何度も何度も篤人をチラ見してみたけれど……、結局今日一日、篤人は一度も僕と目を合わせようとはしなかった。

 いつ授業が終ったのか、どこを掃除したのかほとんど記憶にないまま下校していた……。篤人とのいさかいが僕を無気力にさせている。

 正門を左に出て杜野神社やきれいに並ぶ街路樹や商店、この見慣れたはずの大通りを歩く僕の足取りは重い。


「慎ちゃーん!」

 んっ!

 この声、このトーン、この呼び方。僕の反応はテレビチャンネルの切り替えのように早かった。

「美奈子ちゃん!」

「ねーねー慎ちゃん、わたしたちのこと聞いた?」

 僕の左隣りに並ぶのが早いか話し始めるのが早いか、いつもの明るい声がきれいな大通りに響き、以前のようにかわいい笑顔が僕の顔を覗き込んだ。

「眞山翔のことでしょ? 聞いたよ、解放されたって、自由になったって」

「そうそう。情報早いね……、篤人?」

「うん」

「そっか。それじゃ、わたしが説明するまでもないね」

「まぁ……」

「でも、またこうして一緒に登下校できるようになって良かったった……って、篤人は……、一緒じゃないの?」

 今度はちょっと不思議そうな表情を見せる美奈子ちゃん。表情豊かなギャップがまたいい。

「う……、うん……、そう、なんだ」

「歯切れが悪いな、どうかしたの?」

 美奈子ちゃんの勘は鋭い。ヘタにごまかしてもすぐにバレることだから、僕は正直に篤人とギクシャクしてしまったことを話した。

「ちょっと待って。今の話の中におかしい点がある。ということは、慎ちゃんは自分の考え通りの予知夢を自分の意思で見れる。っていうことになるんだけど……?」

「さすが美奈子ちゃん、よく気が付きましたねぇ。実はそうなんだ、その能力が僕の中に備わったんだ!」

 自慢げに話す僕の隣で、美奈子ちゃんは薄っすらと苦笑いを浮かべて、首を数回横に振った。

「有り得ないよ。だって慎ちゃんとは幼稚園のときからずっと一緒にいるんだよ。慎ちゃんが意図的に予知夢を見ようとしたことは知ってるし、結局見ることはできなかったことも聞いてるよ」

「僕自信も信じられないんだけど、美奈子ちゃんや篤人を助けたい一心で夢を見ようとして頑張ったんだ。そしたら突然見れた! って感じ。自分でも驚いているくらいなんだ」


 僕と美奈子ちゃんは大通りの広い歩道をトボトボと歩いている。そして、歩道と併設して設けてある自転車道を、同じ中学校の自転車通学の生徒たちが軽快に走り、風のように僕たちの横を追い抜いていく。

 中には美奈子ちゃんに手を振っていく生徒も結構いた。人気のある美奈子ちゃんだということを証明するかのようだ。ちなみに僕に手を振る生徒は……、言うまでもなくゼロだ。


「素直に、凄いって言えないな……」

「えっ?」

 とんでもない能力を身に付けた僕に「慎ちゃんスゴーイ!」って飛び跳ねながら喜んでくれることを想像していたのに……。篤人に続いて美奈子ちゃんまでもが否定派?

「だってそのお陰で美奈子ちゃんや篤…………」

「それが本当なら、篤人が怒るのも無理ないよ」

 僕の言葉は美奈子ちゃんの勢いにかき消された。負け惜しみではないけれど、ちょっとだけ強くなった僕の心の声が叫ぶ。

「美奈子ちゃんも篤人の味方をするの?」

「味方とかじゃないよ、わかるでしょ?」

「だって美奈子ちゃんも篤人も、もっと言えば眞山翔グループのみんなを助けたのは僕なんだよ、僕の予知夢が……」

「何言ってんの慎ちゃん。もしかして自慢? 褒めてくださいとでも言いたいの?」


 グサッときた!

 美奈子ちゃんは鋭い感ときつい言葉で僕を責めてくる。

「そ、そんなこと言ってないでしょ、ただ僕の力でみんなが……」

「だからそこが間違ってるって言っ……」

「間違ってる? どこが? だって今もまだ眞山翔が元気だったら、美奈子ちゃんも篤人もみんなも、ヤツの手下のままでいることになるんだよ。僕はそこをわかってほしいって言ってるの。それを変えたのが僕の力だってことを!」

「………………」

 あれっ? 美奈子ちゃん、黙ってしまった……。

 僕は自分の言葉を並べながらも、まくし立てるような言葉の嵐が来るだろうと予測していたものだから……、ちょっと拍子抜けさえ感じた。

 そして、さり気なく覗き込んだ美奈子ちゃんの表情は真面目……、いや、何だか物悲しくも見える。

 ちょっと言い過ぎたかな……?


「慎ちゃん……」

「何、美奈子ちゃん?」

 僕に語りかけるように話す美奈子ちゃん。このような話し方はあまり見たことがない……。

「例えばね、人を傷付けないで何かの目標を達成するために予知夢を使えるのならば、まぁ、それは凄いことなんだろうとけど……。だけど今の話はそうじゃないじゃない。何もしていない人の可能性を、もっといえば人生を奪ったことになるんだよ」

「クロマクが別にいるとは思わなかったし……」

 下を向いた美奈子ちゃんが、髪を振り乱すくらい大きく首を振る。

「そうじゃない、わたしが言ってるのはそこじゃなくて……」

「じゃ、何!」

「眞山翔君は確かに勉強が苦手で、点数で高校進学は無理だろうって自覚もしていた。それを見兼ねて多賀橋拓が慎ちゃんに夢を見させようと篤人を使ったのは事実。でも篤人は、夢が見れなかった慎ちゃんに何も言わなかったでしょう」

「それは、あのときは僕も予知夢をコントロールできなかったし、篤人だってそう思ってたからでしょ?」

 美奈子ちゃんが真顔になったのがわかった。僕はちょっとビクッとしたけれど、それは小さい頃からの癖だ。

 今の僕は怖いものなんてないんだ!


「慎ちゃんに、予知夢で人生を変えるような、非人道的なことはしてほしくなかったからなの。元々夢をコントロールできなかったんだし、それでよかっ…………」

「非人道的ってなんだよ! 僕の力で助けてあげたのに、何でそんな言い方されなきゃなんないんだよ!」

 朝の登校のときに篤人が待っていてくれるバス停と電柱、そしてよく子供の頃に美奈子ちゃんや篤人と行った駄菓子屋が通り過ぎていく。

 僕は口調を荒立てながらトボトボ歩き、美奈子ちゃんは淡々と冷静に話しながら歩調を合わせてくれている。そして目の前は自転車も渡れる大きな歩道橋が、あたかも僕の意見を遮る壁のように見えている。

 今このまま別れたら、美奈子ちゃんとはずっとすれ違いのままになってしまう気がする……。

「あの、もう少……」

「それじゃわたし、あっちだから」

「えっ?」

 僕の思いなどみじんも察知してくれない美奈子ちゃんは、結局僕の言葉をかき消してスタスタと歩道橋を上って行く。言い出した言葉を飲み込むしかない僕は、美奈子ちゃんの後ろ姿をただ呆然と見送るだけだった。

 美奈子ちゃん、こんなんで終っていいの……?


 虚無感を抱きながら家に帰った僕は「勉強するから」と言って早々とベッドに入った。例えば美奈子ちゃんと仲直りをする予知夢を見ようとしてではなく、だかといって本当に眠いからというわけでもない。もう何をする気にもなれず、ただベッドに入って布団を被った……。

 すると僕の頭の中では、先ほど美奈子ちゃんから言われたいろいろな言葉がグルグルと巡り始めた。何度も寝返りを打って、スマホで時間を確認して、全然寝付けない……。

 途中トイレに起きたタイミングで、リビングからお母さんが姿を見せた。

「頑張るのはいいけど、そろそろ寝なさい」

 そう言えば、僕は勉強をしていることになっていたんだ。

「うん」

 僕は空返事をして部屋に戻り、ベッドに入るとまたもや美奈子ちゃんの言葉が頭の中を巡った。

 僕のやったことは、やってはいけなかったことなの?

 そんなに僕を責めることなの?

どうしてわかってくれないんだろう……。

 僕はとても悲しくなって、とても切なくなって、それでもいつの間にか眠りについていた。

 

「おはよー」

「早くご飯を食べて出かけなさい」

「うん」

 寝ぼけ眼をこすりながら出かけた僕は、いつもの道を無気力に歩いた。本来ならば、大通りに入る一時停止の標識のところで美奈子ちゃんが待っていてくれるはずななのに、昨日のあの調子じゃあ篤人と同じだ……。


 んっ、人影?

 美奈子ちゃんだ!

 美奈子ちゃんが待っててくれている!


 美奈子ちゃんの姿を見た僕は寝ぼけ眼もシャキッと開き、足取りもスタスタと軽やかになり、素直に嬉しいという感情が全身を暖かく包んだ。

「お、おはよー」

 僕の声は気持ちの高揚に合わせて明るく喉元を出て、気付けば高々と頭上に右手まで添えいる。

「おはよう……」

「美奈子ちゃんと一緒に学校に行けるの、久しぶりだね」

「そうね……。というか、昨日のままじゃ慎ちゃんも嫌だろうと思ってね。わたしもそうだし……」

 僕と直接目を合わせず、真っ直ぐ前に視点を置きながら歩く美奈子ちゃん、その表情に笑顔はない。かといって怒っている様子も見られない。僕の様子を伺うような表情、というのが僕の感じた美奈子ちゃんの雰囲気だ。

「慎ちゃん、昨日は興奮してたから、あのまま話をしても意地を張り続けるだろうと思ってさ、中途半端なままだったけど、終わりにしたの」

 さすが美奈子ちゃん、冷静だな。

「そうだったんだ」

「どう、気持は落ち着いた? 昨日わたしが言ったこと、篤人の気持ち、少しは考えてみた?」

 やっぱり美奈子ちゃん、端的にズバッとくるな。

「そういう美奈子ちゃんはどうなの?」

「えっ?」

「僕の言ったことを考えてみた? 僕の力で……」

「またそんなこと言ってるの?」

「だって僕にだけ考えたかって訊くのは変でしょ。それなら美奈子ちゃんや篤人だって現実を見て、僕の言ってることを考えるのが当然でしょ?」

 美奈子ちゃんには強い口調では言えないのものだから、笑顔を作りながらおとなし目に話すけれど、でもしっかりと自分の意見を言えた。強くなった僕を美奈子ちゃんにもアピールできているかな?

「慎ちゃん…………」

「何?」

「何にもわかってないじゃない!」

 小声ながら、強い口調と怒りを全面に出した顔付きに変わった美奈子ちゃん。近くを歩く通勤通学の人たちや犬の散歩をしている人たちが、美奈子ちゃんの怒りのパワーを感じたらしく、こちらに視線を向けるのが伺える。

「落ち着こうよ美奈子ちゃん……。周りの人たちがこっちを…………」

「世間体なんどうでもいい! 慎ちゃんの、そのひん曲がった根性がわたしをこうさせているんだよ!」

 美奈子ちゃんのその言葉……、正直ムカッついた!

「ひん曲がった? ひん曲がったってなんだよ。僕がみんなを助けてあげたのに、そんな言い方はないでしょ」

 ただ僕の口調はおとなし目なのは同じだ。そして、美奈子ちゃんの口調が強いのも同じだ。

「だから、そういうことじゃないって、何度も言ってるでしょ!」

「じゃ、何?」

「昨日わたしが言ったこと、全然考えてないみだね」

「考えてない?」

「そう。考えてない!」


 そんなことないよ……。

 昨日は気持ちも落ち込んで早くベッドに入ったけど、全然寝付けなかったんだ。

 それは、美奈子ちゃんの言葉がいつまでも僕の頭の中を巡っていたからなんだ。


「考えたよ、ずっと! そう言うなら僕の言ってることも考えて……」

「ホラまた!」

 これで何度目だろう、僕の言葉がかき消されたのは……。

 美奈子ちゃんとの話が噛み合わない。僕はふっと視線をづらした、いつもの習慣がそうさせたのだ。それは駄菓子屋の脇の電柱の陰に人影がないかを確認するためだったけれど……、心配するまでもなく、そこには篤人の姿はなかった。


「慎ちゃん、変ったね」

「えっ?」

 現実に戻った。怒りを殺して、というよりは悲しそうな表情で言葉を並べる美奈子ちゃん。

「予知夢をコントロールできるようになったかどうかは知らないけど、今の慎ちゃんは、別人だよ」

「別人? それじゃ今の僕ってどんなふうに見えるの?」

「自信に溢れてるというか、堂々としてるというか。とでも言ってほ…………」

「へー、そう見えるんだ」

 今度は美奈子ちゃんの言葉を僕がかき消した。美奈子ちゃんの言葉が僕のテンションを上げたからだ。

「ヤッパリそう見える。僕は予知夢をコントロールすることができるようになって、怖いものがなくなったというか、何が起きても解決できるという自信が付いたというか。それが態度に表れているのかな?」

「……」

「僕はこの予知夢を使って何でも叶えることができるんだ。神様から与えられた能力だと思ってる」

「……」

「例えば行きたい大学にも行けるし、将来なりたい職業に就くことだってできるし」

「……」

「美奈子ちゃんも、医者になるっていう夢があるでしょ。僕の力で叶えてあげるよ」

「……」

「ね、美奈子ちゃん。喜んでよ。嬉しいでしょ?」

 平日の朝、杜野の大通りを利用する人たち。この道路はいくつもの街を繋ぐ大動脈だ。慌ただしくセカセカしている歩行者や自転車、そして交通量の多さで渋滞してしまいノロノロと進行する自動車の流れ、それがいつものように今日一日の始まりを現している。


 美奈子ちゃん、どうして何も答えてくれないの?

 もしかして僕、地雷を踏んだ?

「慎ちゃん……」

「なに?」

 良かった、話を再開してくれた。

 一時はどうなるのかと思ったけど、とうやら地雷は踏んでは…………。

「上辺だけの医者はいらない。わたしはしっかり勉強して、自分自身が納得した状態で医療系に進みたいの!」

「美奈子ちゃんはしっかり勉強してるし上辺だけなんてことにはならないよ。それよりも僕は美奈子ちゃんを応援したいんだ、医者になるという夢を叶えてあげたいんだよ。僕の力で!」

「慎ちゃんの力で医者になってもそれはわたしじゃない。わたしの夢はわたしが叶えないと意味がないよ」

「同じだよ、結果的に医者になれるんだから」

 美奈子ちゃんの表情が説教をするときの顔っぽくなっている……。

「確かに結果は大事よ。でもそこまでのプロセスがあるから結果が活きてくるの。結果だけなんて有り得ない!」

「同じだって」

「中身がないなんて意味がない、本物じゃない。だって失敗することだってあるでしょ?」

「それは人生何があるかはわからないんだし、そのなかには失敗だってあるだろうけど、そのときはその時で僕に相談してよ」

 美奈子ちゃんは必死で僕に訴えているみたいだ。篤人じゃないけれど、体ごと表現するところがそれを証明している。

「そんなんじゃ意味がないよ、それは慎ちゃんの力であって、わたしの力じゃないんだって!」

「同じだって!」

「いい慎ちゃん、失敗するのにも理由があるんだと思うんだ。例えば、今のレベルじゃ乗り越えられないことがあるとか、もっとしっかり勉強してからじゃないと全体を観る力には足りないとか、何かをおぎなわないとうまくいかないとか……」

「そんなの、時間のムダにしかならないよ」

「ムダなんかじゃないよ。失敗することによって何が悪かったのか、それを補うためにはどうすればいいのかという気付きになるし、そしてそれをクリアするためにまた頑張る活力にもなる」

「理想だよ」

「そうよ理想よ。人は自分の理想とする自分になるために、目標という名の夢を見て、それを叶えようと努力をする。そうやって得たものが本当の力っていうものでょ!」

 美奈子ちゃんの表情はいつもの説教のときに見せる、目を真ん丸にしながら前のめりに食いつくようなものではなかった。むしろ、一つの物語が終わっているのにもかかわらず、それでも尚、必死で訴え続ける独り言のようにも聞こえた。


 僕は美奈子ちゃんの本心を確かめようと、改めて話しかけてみた。

「どうしたの……、美奈子ちゃん?」

「何が?」

「いつもの美奈子じゃないみたい……」

「そんなことないよ、わたしはいつものわたしだよ。いつもと違うのは慎ちゃんでしょ?」

「まぁ、確かに僕は変わった。でも、変わったのは自信を持って行動が取れるようになっただけで、考え方や中身は僕そのものだよ」

 僕の言い切った感が凄い!

 自分でもビックリだ!

「あのね慎ちゃん……」

「何?」

「慎ちゃんってさ、勉強以外に得意なことってないじゃない」

 おっと、いきなりドギツい言葉。美奈子ちゃんは小さい頃からそういうとこがある人だ。

「ま、まぁね……」

「でも、得意じゃなくても、うまくできなくても、ダメかもしれないのに諦めないでいつまでもいつまでも頑張ってた。それが慎ちゃんでしょ?」

「でも結局、できないまま終わってしまう。それで何を得られたの? 劣等感だけだよ。それが僕だよ」

「そんなことないよ、確かに慎ちゃんはできないことばかりだけど、だからこそ同じように悩んでいる人の気持ちに寄り添ってあげたり、一緒に苦しんであげたり、慰め合ったりできる。そういう人を思いやる心を持ってるじゃない。それは慎ちゃんが失敗だらけでも、頑張ってきたというプロセスがあるからでしょ!」

 悔し涙を必死にこらえる子供のような顔を見せる美奈子ちゃん。こんな表情は十何年間も一緒にいたのに、たぶん初めて見た気がする。人としての心を本気で僕に訴えているのだろうと思う。

「力がミナギリ、ノリニノッた男……? 今の慎ちゃんは、それこそ多賀橋拓に見えるよ!」

「多賀橋拓って……、そんな自分勝手なヤツと一緒にしないでよ!」

 うつむきながら最後の言葉を言い終えた美奈子ちゃんは、僕の言葉など耳に入れもしないで小走りに駆けて行った。

 僕たちは、すでに杜野神社の前まで来ていた。目の前の正門を学校へ曲がった瞬間、美奈子ちゃんの姿は消えた。


 そう、僕の前から美奈子ちゃんは消えたんだ……。

 篤人もだ……。

 いわゆる天涯孤独、というやつか……。

 ねぇー、僕が悪いの?


 その後のことはよく覚えていないけれど、僕は教室の自分の席についていた。そして、一時限目の授業に必要な用具を準備していたときに、僕の耳に入ってきたクラスメイトの雑談話。

「今度の期末テストってさ、進学のときの内申に響くのかな?」

「高校受験前最後だから大切なテストだって、先生が言ってたじゃないか」

「俺ヤバイよ。このままじゃ点数取れないよ……。志望校、変えようかな」

 そういえば再来週は期末テストだ。以前は眞山翔のことで勉強どころではなかったけれど、今回は美奈子ちゃんや篤人のことでテストのことなどすっかり忘れていた。

 あと一週間と少し……。こん詰めて勉強すれば何とかなりそうな気もするけれど、今の僕はそんな気分ではない……。期末テスト、僕もヤバイな。

 そう思わせてくれるクラスメイトたちの話だ。


「大丈夫だよ。まだ時間はある」

「俺、成績の割に志望校、高望みしてるからさ。点数も内申も落としたくないんだよね」

「いい方法を教えてやるよ」

「いい方法?」

 その言葉に、僕の耳も大きくなった。

「高校受験の過去問あるでしょ? それをやればいいんだよ」

「過去問? だって中学校のテストだよ」

「だからだよ。高校の受験問題ってさ、主に中学三年生で習った内容から出るらしいんだ。だから過去問やっとけば中学三年生の勉強をしたことになるっていうこと」

「そうなんだ!」

「逆転の発想ってやつさ!」

 クラスメイトたちは、自分たちの都合の良い考えに納得している。

 何を言うのかと思えば……。

 そんなことをやてもテスト問題を解けるはずはないでしょ……。

 基礎となる中身を身に着けているかを試すのがテストなんだから……。

 僕の耳はすでに小さくなっていた。そして、クラスメイトたちの甘い考えに呆れながら、気の乗らない一日を過ごした。


 次の日、家を出て大通りの止まれの道路標識が見えてきた辺りから、僕は目を凝らして歩道橋の降り口や道路の向こう側の道路など、登校して来る美奈子ちゃんの姿を探した。昨日の朝のように「あのまま話をしても意地を張り続けるだろうと思ってさ」と言って僕を待っていてくれることに期待したのだ。けれども……。

 そうだよな、そんな都合よくいくわけがないよなぁ……。

 続いて大通りを右に歩いた所にある駄菓子屋脇の電柱の辺りを、よく目を凝らして篤人の姿を探した……。いつかのように「ょっ、慎司」と言って手を上げる篤人に期待したのだ。けれども……。

 そうだよな、そんな都合よくいくわけがないよなぁ……。


 結局、今日僕は一人で登校した。そうなるだろうと思ってはいたけれど、実際にそうなると、やっぱり辛いものがある……。

 中学校に着いて教室に入ると、篤人はソッポを向いて自分の席に座っていた。都合のいいクラスメイトたちは、早速過去問の本を開いている。

 期末テスト……、僕もいろいろあったから、三年生になってからの成績はガタ落ちだ。こういうときこそ僕の予知夢が役に立つ。

 みんなには悪いけど、テスト問題の夢を見させてもらうことにするか…………。

 しかし、僕の心に美奈子ちゃんがどっしりと居座っている。

 理想とする自分になるために努力をするの。

 今の慎ちゃんは多賀橋拓に見えるよ。

 美奈子ちゃんが僕に叫んでいる。そう錯覚するくらい鮮明に僕の心に突き刺さっているのだ。

 ってことは、夢を見てテスト問題を解いてもそれは僕の実力ではないでしょ。とでも言いたいの……。

 だって、予知夢は僕の能力でしょ?


 こんな調子で毎日が無気力に過ぎていく。それでも期末テストは近付いてくる。高校受験に向けて大切なテストが……。

 それでも、まだ僕は期末テスト問題の夢を見てはいない。美奈子ちゃんの言葉が耳に残っていて、僕の心に人としてのあり方を訴え続けているのだ。そしてその後ろには篤人の姿も……。

 今回だけ……。

 今回だけでいいから、テスト問題の夢を見てダメかな?


 焦っているわけではないけれど、先週あたりから騒いでいるクラスメイトたちの期末テストの話題が、やたらと僕の耳に入ってくる。

「結構過去問やってんだけどさ、繰り返したときにわかんなくなってんだよね」

「心配ないよ。一回や二回じゃ頭に入んないからさ、何回も繰り返すのがポイントなんだ」

「なるほどね。ちょっと焦っちゃってた……」

「しかもさ、過去問をやってるんだから、本番の高校受験だって通用するっていう、一石二鳥の勉強法なんだぜ!」

「なるほどね。効率の良い勉強法ってことなんだね」

「そういうこと。これで期末テストはバッチリ! しっかり点数取って、クリスマスは楽しもうぜ!」

「オーケー。この勢いで高校受験も制覇だ!」

 また都合のいいことを言ってるし……。

 そんな自分勝手な考えが、通用するわけ……、ないで、しょ…………。


 都合のいい、自分勝手。

 僕の脳裏に、僕の吐いた言葉が浮かび上がる。


 僕の能力は悪を懲らしめる役目として僕に与えられたんだ!

 みんなを助けたのは僕なんだ、僕がみんなを自由にしたんだ!

 僕だけ考えるのはおかしいでしょ、それじゃ僕のことも考えてよ!

 非人道的ってなんだよ。僕の能力で助けてあげたのに!


 それこそが、自分の都合、自分勝手!


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