第9話 久しぶりの再会
カルナックと久々に食事だ。
バーンズ老と三人で暮らしていた頃、食事の準備はカルナックがしてくれていた。
今日のメニューは、俺の好物が並んでいた。
しかも、大量に。
「久しぶりの手料理は嬉しいけど、こんなに食べられるかな?」
「食べないと元気が出ませんよ。貴方は二年前より少し痩せてます」
まあ、体重が減ったのはカミラの裏切りを知り、食事もろくに喉を通らなかったからだが⋯⋯。
ただ、子供の頃から食べていた料理の懐かしい香りに、食欲が刺激された。
神に祈りを捧げ、料理を口に運ぶ。
「やはりカルナックの料理は美味しいな」
「ふふ⋯⋯実はこれは、リベルカ様のレシピなのです」
「母の?」
「ええ。実は私、あなた方と暮らすまで料理などしたことはありませんでした。ただ、リベルカ様から渡されたレシピと、ヴィルドレフト帝とともに振る舞って頂いた料理の記憶を頼りに再現したのです」
「そうか、じゃあこれは母の味だったのか」
改めて料理を噛み締めながら味わいつつ、カルナックに気になった事を聞いてみる。
「父の最期はわかったが、母はなぜ?」
「⋯⋯産後の肥立ちが悪かったのと、ヴィルドレフト帝が凶刃に倒れた事への心労、流行り病などが重なり⋯⋯様々な手を施したのですが治療の甲斐なく⋯⋯」
「そうか⋯⋯それで、カルナックが父との縁で俺を育ててくれたのはわかるんだけど、なぜバーンズ老まで?」
「リベルカ様は⋯⋯バーンズ老の娘です。血縁はありませんが」
「む、娘!?」
「はい。詳しい経緯は聞いておりませんが、そのように伺ってます」
血の繋がらない娘、か。
俺とエミリアのような感じなのかもな。
全く、知らない事だらけだ。
「じゃあ俺は、バーンズ老の血の繋がらない孫ってところか」
「⋯⋯ええ、そうですね。ところでヴァン」
「何?」
「本当によろしいのですか? 復讐の為にあなたの出自を公にし、立身出世を目指す⋯⋯反対はしませんが、後戻りはできませんよ?」
⋯⋯確かにカルナックの言うとおりかも知れない。
急に色々あったせいで、冷静じゃない部分はある。
前皇帝の遺児。
そんな人間が急に名乗り出れば、様々な反応があるだろう。
全員に歓迎されるか? と聞かれれば⋯⋯きっとそうじゃない。
特に、我こそ次代の皇帝と考えているような人物からは、相当に疎まれるに違いない。
──ただ、どうにも許せそうにない。
十年連れ添った妻が、ずっと裏切っていた。
しかもその裏切りが、仲間だと思っていた人物との共謀。
忘れようとしても、きっとこの屈辱は定期的に俺を苛むだろう。
それ以上に、アルベルトからは何か陰謀めいた雰囲気を感じる。
今回の裏切りだけではなく、何かが引っかかるのだ。
奴をどうにかしないといけない、という気持ちがある。
「覚悟はできている」
「そうですか、わかりました。では、私は昔の伝手を頼ってみます。ただ、事態が思わぬ方向に進む事も考えておいてください。ジャミラット様はヴィルドレフト帝に心酔しておりましたが⋯⋯権力は人を変えます。最悪、あなたの排除に動くかもしれません」
「まあ、そうなったらもう実力行使しかないな。王国に戻り⋯⋯俺をハメた奴らに直接復讐するさ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
この家に来て数日。
どうやらカルナックは、昔の知り合いを頼ってジャミラット帝に手紙を出したらしい。
返事を待つ間は特にやる事もなく、カルナックから両親の思い出話を聞いていた。
この数十年秘密にしていた反動か、カルナックは俺の父がいかに素晴らしい人物だったかを語った。
質素倹約を旨とし、常に帝国民の幸せを願い、寝る間を惜しんで仕事し、それに飽きたらずお忍びで出掛けては市井の現状に耳を傾け、政策に反映したという。
皇帝ってのも大変そうだ。
責任感が強ければ、特に。
あとは帝都の地理に慣れるために散策、と久方ぶりの自由な時間を満喫した。
この十年、魔王軍の残党退治のために働き詰めだったし、それが終わったと思ったタイミングで国を追い出された。
差し迫ってやることがないというのも手持ち無沙汰だな、などと思っていた頃。
「ヴァン、ジャミラット帝から返事が来ました」
「内容は?」
「公にではなく、内々で会談したい──との事です」
◇◆◇◆◇◆
ジャミラット帝が指定したのは、帝都から少し離れた皇帝の別宅だった。
人目を気にしての事だろう。
前帝の遺児なんて真偽不明の情報なのだ、向こうも警戒しているだろう。
とはいえ、いきなり皇帝自らが動くとは思わなかった。
別宅とはいえ、もちろんデカい。
ただお忍びなのか、人の気配はあまり感じない。
二人いる門番に訪問を伝えると、ひとりが中に入り、しばらくして男を連れてきた。
男は俺の顔を見ると恭しく頭を下げた。
「ヴァン様、カルナック様、ご足労ありがとうございます」
「いえ、こちらからお願いした事ですので。にもかかわらず、迅速な御対応感謝申し上げます」
「感謝申し上げます」
カルナックの返礼に倣い、とってつけたように俺も返事をする。
「さあこちらです、どうぞ」
男についてしばらく歩くと、奥まった部屋の前で止まった。
「陛下からは人払いを命じられております。案内が済めば、私もここから離れますので」
「お気遣いありがとうございます」
男が部屋をノックし、中へと声を掛けた。
「ヴァン様とお連れ様をご案内しました」
「うむ、入って貰え」
案内人がドアを開け、入室を促してくる。
カルナックと二人で中に入ると、ドアが閉められた。
中にいたのは二人。
老齢の男性と、金髪碧眼の美女だ。
皇帝陛下と⋯⋯もう一人は誰だろう?
何か見覚えがあるが⋯⋯?
皇帝陛下はあまり御年齢を感じさせず、背筋も伸び矍鑠としていた。
お若い頃は名将軍と呼ばれただけあって、正に武人といった雰囲気だ。
取りあえず、まずは挨拶だ。
「ヴァン・イスミールと申します」
「うむ」
「陛下、ご無沙汰しております」
「カルナック、久しいな。帝都に戻っていると聞いておるぞ? なぜ城に顔を出さなかった?」
「私は出奔した身です。城を訪問するなど、とてもとても⋯⋯」
意外な事に、カルナックと陛下は顔見知りのようだ。
「あの、お二人はお知り合いなのですか?」
口を挟むのは無礼かとも思ったが、興味が勝った。
何より、重々しい雰囲気でもないし。
「ああ。カルナックとは若い頃、剣術大会で覇を競った間柄だ」
「いつも陛下には一歩及びませんでしたが」
「抜かせ。お前が勝ちを譲った事など気付いておるわ」
そのまま、陛下は「はっはっは」と豪快に笑ったのち、改めて俺を見た。
その眼光は鋭く、まるでこちらを射抜くようだ。
単純な強さではなく、そこに皇帝としての威厳を感じる。
しばらくして──陛下の目から涙が零れた。
えっ?
「ヴァン殿⋯⋯そなたの武功はもちろん聞き及んでおったが⋯⋯まさか、まさかヴィルドレフト帝のご子息だったとは⋯⋯まるで夢物語のようだ」
陛下は感極まった様子で、さらに独白を続けた。
「陛下を御守りできなかったあの日、自らの命を絶とうとすら考えた⋯⋯ただ、せめて恩誼に報いようと、今日まで皇帝の座を守ってきたが⋯⋯まさか、このような日を迎える事ができようとは」
えーっと。
なんか、凄い温度差あるぞ。
今回はあくまでも顔見せ、できれば帝国内で要職につければ、くらいの気持ちだったのだが。
俺が困惑していると、若い女性が陛下の肩に手を置きながら言った。
「良かったですね」
「うむ、これで心置きなく禅譲できる⋯⋯」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「む?」
「いきなり禅譲なんてしたら、混乱を招くでしょう!? 何より、私が先帝の息子だと証明された訳ではありませんし!」
「いや、見間違えるハズがない。お主のその目は、ヴィルドレフト様に瓜二つだ」
⋯⋯確かに、『場所の記憶を見る魔法』で確認した父は、俺に良く似てたけども。
「⋯⋯とりあえず、その件はまたお話しさせて頂くとして、今回はご相談が⋯⋯」
「相談?」
「はい」
「わかった、取りあえずあちらで聞こうか」
部屋に備え付けられたテーブルに案内される。
着席前に、女性が頭を下げた。
「御挨拶が遅れました。ヴァン様、ご無沙汰しております」
えっ? と声が出そうになるのを抑えた。
なんとなく、うっすら見覚えがある気はしていたが⋯⋯。
俺の返礼が遅れたのが不満だったのか、女性は少し不機嫌そうに言った。
「まさか、私の事をお忘れですか?」
「あ、いや、すぐここまで出掛かっているのですが」
「⋯⋯悲しいです。私はあの日より、ヴァン様を思い出さない日は一日たりとも無かったというのに」
「あ、その、すみません」
「アルベルト王子との婚約パーティーで、ヴァン様に護衛していただきました、マリアベルです」
「⋯⋯あっ!」
「思い出して頂けましたか?」
思い出した。
思い出しはした、が。
確かに面影はある。
ただ、当時のマリアベル嬢は十代前半だった。
それに、何より──。
「すみません、当時のお姿とはいささか、その、あの頃のマリアベル様は、たいそうふくよかでいらっしゃったので⋯⋯」
「ふふふ、そうでしたわね。それで、どうでしょうか」
「どう、とは?」
マリアベル嬢は、ニコリと笑いながら聞いてきた。
「ヴァン様の目から見て、わたくし──少しは綺麗になりましたか?」
「はい、驚きました。とてもお美しいです」
「ふふふ、ありがとうございます。ヴァン様のおかげです」
「マリアベル、その辺にしなさい」
「すみません御父様。あまりにも嬉しくてはしゃいでしまいました」
しかし、あのおでぶちゃ⋯⋯マリアベル嬢がこのように美しくなられるとは。