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第8話 出自

 投獄中、カミラの代理人を名乗る人物が面会してきた。

 若い男だ。

 初めて会う人物だが、教会の関係者らしい。


「カミラ様からの伝言で、これにサインして欲しいとの事です」


 彼女が用意したのは、教会へ提出する離縁状と、屋敷を含めた全財産の権利を俺が放棄する、という旨の内容が書かれた同意書だった。

 離縁状にはサインしたが、財産関係の書類は破り捨ててやった。

 相手は驚いていたが、俺は構わず要望を告げた。


「俺はこの国を出る、その為の路銀と当面の生活費が必要だ。全て放棄などできないな」


 代理人を挟んで何度かやり取りし、金貨二十枚は確保した。

 これなら帝国へ行ってからもしばらくは生活できる。


 しばらくして手切れ金が用意されるのと同時に、俺は釈放された。

 


◇◆◇◆◇◆◇◆



 帝国への移動は、教会が管理する『転移陣』を使うことにした。

 お布施は高額だが、馬車で向かえば一週間近くかかってしまう。

 建前上は『兵士輸送など、戦争利用されないため』などとのたまってるが、怪しいもんだ。

 そもそも仕組み上、1日の利用可能数も五十人程度と限界があるのだから、戦争利用など難しいと思うが。


 とにかく帝都へは即日たどり着いた。

 実は初めての訪問だ。

 

 バーンズ老が俺を拾ったのは帝国らしいが、幼少期に住んでいたのは地方都市⋯⋯というか村だった。

 こうして訪れてみると、王都も発展してはいるが、帝都は別格だ。

 モノが違う。

 自分が田舎者だと思わされる。


 それもそのハズ、大陸西方の大部分を版図とする帝国と、中央部の一部を領有するだけの王国だと、そもそも国としての規模が違う。

 便宜上独立しているが、王国は実質的には属国だ。

 だからこそ、この国で俺が地位を手に入れれば、アルベルトやカミラに一泡吹かせる材料になるに違いない。


 という事で予定通り、まずはカルナックを訪ねよう。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 土地勘がないために苦労したが、ようやくカルナックの家を発見した。

 バーンズ老の葬儀が終わり、余生を故郷で暮らしたいと彼が王国を去ったのが二年前。


 久しぶりの再会だ。

 ドアをノックしてしばらくすると、「ハイ」と返事をしながらカルナックが姿を見せた。


 もう六十近いはずだが、相変わらず元気そうだった。

 元帝国騎士として若い頃から鍛えていたからだろう。背筋も伸び、年を感じさせない。


「カルナック、久しぶり」

「ヴァン! どうしてこんな所にいるんです!? いや、私を訪ねてきてくれたのか、わざわざありがとう。さあ上がって⋯⋯って、一人かい?」

「うん」

「奥さんや、娘さんは?」

「あー、ちょっと。その辺も説明しないと」

「そうだね、立ち話もなんだから、ささ、入って入って」


 突然の訪問に驚かせたみたいだが、喜んでくれた。

 カルナックの住まいはこじんまりとしていた。

 几帳面な彼らしく、内装も質はよさそうだが最低限、といった感じだ。


「狭くて申し訳ない、何せ老人の独り暮らしであまり物が必要なくてね⋯⋯何か飲むかい、お茶か、それともお酒を用意しようか?」

「いや、酒はしばらく控える事にしてるんだ」


 あの二人へ復讐を果たすまで、酒は控える。

 次に飲むのは、勝利の美酒だ。

 用意された茶を一口啜ってから、俺は切り出した


「単刀直入で申し訳ないんだけど、実はカルナックに頼みがあって来たんだ」

「ふむ。私にできる事なら何でも手伝いましょう、言ってみてください」

「うん、まずはここ最近⋯⋯いや、この十年の話になるかな⋯⋯」





◇◆◇◆◇◆◇◆



 俺が話している間、カルナックは「そんな事が⋯⋯」と頭を抱えていた。

 一通り話し終えると、カルナックはしばらく無言で考え事をしていたが、やがて俺に聞いてきた。


「それで⋯⋯ヴァンはどうしたいんですか?」

「二人に復讐したい」

「そうですか⋯⋯しかし、アナタが強いとは言え、アルベルト様は国家権力そのもの、と言えます」

「そうだね。だから俺もそれなりの地位が欲しい。今までは立身出世に興味は無かったが、こうなったら話は別だ。それで、元帝国騎士のカルナックなら、何か仕官の伝手がないかと思ってここに来たんだ」

「伝手、ですか⋯⋯」


 そのままカルナックは再び考え込む。

 だが、それは心当たりを考えている、という感じでは無い。

 言おうかどうか迷っている、そんな感じだ。

 だから、俺は彼が口を開くのをただ待った。

 しばらくして、カルナックはその重い口を開いた。


「ヴァン」

「はい」

「アナタは⋯⋯強くなりました。私が知る限り、誰よりも」

「それについては自信がある」

「⋯⋯だからもう、貴方を守ろうなどという考えは、おこがましいのかも知れません」

「自分の身は、自分で守る。だから、心当たりがあるなら教えて欲しい」

「伝手はあります。私にではなく、他ならぬ貴方自身に」

「俺に?」

「はい。貴方が家庭を持ち、人並みの幸せを手に入れ、そのまま人生を過ごすならば墓場まで持って行こうと思っていた、貴方の出自です。実はヴァン、私とバーンズ老は貴方のご両親を知っているのです」

「俺の、両親⋯⋯?」

「はい、貴方の母の名はリベルカ、そして──父親の名は、ヴィルドレフト」

「まさか⋯⋯」

「はい、貴方は──先代皇帝陛下の御落胤なのです」

 

 俺が⋯⋯前皇帝の息子?

 御落胤って事は母の身分が低い、隠し子って事か?


「確かヴィルドレフト帝は未婚だった」

「はい。立場の違うリベルカ様とは、市井で逢瀬を重ねておりました。その随行員として選ばれたのが私です。先帝は私を友人のように扱って下さいました」


 養父は当時を懐かしむように、目を細めた。

 そこからカルナックの昔話は続いた。

 父は母と結婚をするために、貴族制度の改革を進めていたこと、それにより有名な『あの悲劇』が起きてしまった事を⋯⋯。


「先帝は公明正大で、不正を厳しく断罪しました。その施策は、一部の貴族たちから強い反発を生み⋯⋯そして弟君の謀叛に倒れたのです」


 そのあたりはカルナックから歴史教育として習ったが⋯⋯まさか実の父親の話だったとは。


「宮廷は権力闘争の場と化し、血で血を洗う惨劇が繰り返されました。先帝を含めた皇家直系の方は次々とお亡くなりになり⋯⋯最終的に事態を制したのが、ご存知のように現皇帝ジャミラット様です」


 ジャミラットは将軍で、先帝に強い忠誠心を抱いていたという。

 自らも皇家傍流だった彼はそのまま帝位につき、ヴィルドレフト帝の施策を受け継いだ、とされている。


「ジャミラット様は当時から『相応しい人間が現れたら、帝位などいつでも譲る』と仰せでした。ですが私とバーンズ老は相談し⋯⋯先帝とリベルカ様、お二人の意向を汲む事にしたのです」

「二人の意向?」

「はい。ちょっと待っててください」


 カルナックは立ち上がり、棚から一冊の本を取り出した。

 背表紙は白紙だが、長年読み込まれているのか少し黄ばんでいた。

 彼はパラパラとページをめくりながら、何かを確認していた。


「ああ、この日だ。帝歴843年6月21日。君がまだ1歳を迎える前ですね」

「それは日記?」


 カルナックが日記を付けていたなんて知らなかったな。


「ヴァン、実はこの部屋⋯⋯お二人が逢瀬を重ねた場所、つまり君が産まれた場所なんです」

「えっ!?」

「さて、私はそろそろ今夜の晩御飯を準備しなければ。ちょっと買い出しして来ます。その間に、先ほどの日付を『観て』ください」

「⋯⋯あ」


 そうか、俺には『場所の記憶を見る魔法』がある。

 精神的な負荷が強いため一日一度が限度だが、日付さえわかれば⋯⋯。

 

 カルナックはそのまま部屋を退出した。

 まさか両親の事が知れるとは思っていもいなかったが⋯⋯。


 俺は先ほどカルナックが言ってた日付を逆算し、『場所の記憶を覗く魔法』を使用した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ベッドに伏せる女性の横で、赤子を抱いた青年と、その伴らしい男が立っていた。

 ひとりは分かる、若い頃のカルナックだ。


 では、ベッドに横になっているのが母、あの赤子が俺で、それを抱いているのが父だろうか?


「リベルカ、二人を城に迎えるまでもう少しだ」

「無理をなさらないで下さい。私は⋯⋯私とこの子に、時々こうしてお顔を見せて頂ければ充分です」

「何を言う、リベルカ。私たちは家族なのだ。共に過ごすのが当たり前ではないか。それにヴァンは私の世継ぎとして、いずれはこの国を⋯⋯」

「陛下、お言葉ですが何度も申し上げていますでしょ? この子には平凡でも、幸せな家庭を築いて欲しいのです」

「しかし、フガッ!」


 二人の間に、少し気まずそうな空気が流れると⋯⋯赤子は男に手を伸ばし、口に指をかけ、引っ張っていた。

 

「ほらお二人とも、ヴァン様が御立腹です。自分の将来を勝手に決めるな、って」


 カルナックが勝手に赤子の心境を代弁すると、父と母はプッと吹き出した。


「ははは、すまんなヴァン。この件は何度も話しているのに」

「そうですよ、陛下。毎回お二人の仲裁に立つ私とヴァン様の気持ちになってください。ヴァン様が物事を判断できる年になったら、その時に改めて考えよう。いつも同じ結論に至るのに、毎回また一から話し始めるのは御勘弁ください」

「わかったわかった、しかし⋯⋯」

「しかし?」

「この世界広しと言えども、我が口を実力行使で塞げるのはヴァンしかいないだろう。やはり、この子こそあとを継いで皇帝となるに相応しい⋯⋯」

「もう、陛下!」

「お、怒るな怒るな、リベルカ。もちろん冗談だよ」


 その言葉に、三人は笑い合っていた。

 そこには、赤子(おれ)を中心とした、暖かい雰囲気が流れていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇



 魔法が解け、俺の意識は部屋に戻った。

 模様替えされてはいるが、ここには当時の雰囲気が残っている。


 父が立っていたあたりに、俺も立ってみる。

 目を閉じれば、先ほどの映像を反芻できた。



 ──ずっと恐れていた事があった。

 実の両親は、なぜ俺を捨てたのか。

 バーンズ老にもカルナックにも、両親の事を尋ねた事はない。

 もちろん興味はあったが、もし、二人の口から恐れているような経緯が伝えられたらと思ったら、聞くことができなかった。


 だから二人から与えられた課題には、精一杯応えてきた。

 俺はいらない人間などではない、この世に、価値を持って生まれてきたのだ、と。

 それを自分で信じる為に、能力を高めてきたのだ。

 さっきの体験には、俺が欲しい物があった。

 もしかしたらバーンズ老が『場所の記憶を覗く魔法』なんてものを開発したのは⋯⋯。


 そのおかげで恐怖は去り、欲しいものが、答えが手に入った。




 ──俺は両親に愛され、望まれて、この世に生を受けたのだ。


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