第6話 裏切りの十年
俺の罪、とやらを告げたアルベルトはさらに続けた。
「本当はあの場で殺してやりたかったんだがな。騒ぎを聞きつけた護衛どものせいで叶わなかった。居住区画では帯剣もしていないしな。全く、昔から悪運だけは強いな、ヴァン」
アルベルトの瞳に強い殺意、憎しみを感じる。
確かに、俺の命を奪うとしたらあの時が唯一の好機だったろう。
アルベルトは一流の剣士だが、それでも気を失ってさえいなければ、素手であっても負ける要素は無い。
だがそれ以前に、疑問があった。
「妻を取られた俺がお前を殺すならまだしも、お前にそれほど怨まれる覚えはないが?」
俺の問いに、アルベルトの瞳はさらに剣呑さを帯びた。
「ああ、そうだろうさ。お前のせいで、常に惨めな思いをしていた私の気持ちなどわかるまい」
「そんな思いをさせた覚えはない」
「ふん⋯⋯ヴァン、今回事件の調査した村、魔王との戦いの前にも寄ったのは覚えているか?」
「立ち寄った、くらいは覚えてるが」
「事前に先触れを出し、滞在する旨を伝えた。私たちが村に着いた時の村長が何て言ったと思う? 『殿下、このような辺鄙な場所に来ていただき光栄です』だとさ」
「普通の挨拶だろ?」
「ああ、至極普通の挨拶だ。ただ、村長が挨拶したのはヴァン、お前にだ」
心当たりがない、とは言わない。
確かに四人で活動する中、俺がリーダー、つまりアルベルトと間違われる事はしばしばあった。
「何故だか分かるか? 端から見ればお前の方が『理想の王子様』に見えるということだ。捨て子の癖に貴公子然とした気品、バーンズ老という不世出の魔法使いに拾われ、育てて貰い、俺から魔王退治の功績を掠め取り、今では『救国の勇者様』か?」
「俺がいつ、自分を勇者などと称した? 周りが勝手に呼んでるだけだろうが」
「それだよ、ヴァン。パーティーを組んでいた時から、そうだ! お前ばかりがチヤホヤされ、私は添え物のように扱われた! 命懸けの戦いも、元から王子だった私には『やって当たり前』と世間は見る。一方成り上がりのお前にはみなその功績を讃え、感謝する! なんだこの差は!」
⋯⋯アルベルトがそんな事を思っていたなんて気付かなかった。
ハッキリ言えば逆恨みも甚だしいが、そんな言葉を聞く理性が残っていると思えない。
まあいい。
冤罪についても、ある程度根回しが済んでいるのだろう。
いまさら覆せるとも思えない。
「で? じゃあその罪状とやらで俺は死刑か?」
聞きながら、そうはできないだろうという気持ちがあった。
「いや、国外追放だ。表向きは魔王封印の功績に配慮して、な。お前の罪も、国民には公表しない」
まあ、その辺りが落とし所だろう。
アルベルト自身は俺を殺したいのだろう。
だが、周りに反対する者がいる。
しかもこの状況で俺に死刑を告げたら、アルベルトはもちろん王も、邪魔する者は全て俺が殺す。
もちろん最終手段だが、俺にはそれができる。
なら、俺がこの国を⋯⋯アルベルトの前から去る事を選べば、丸く収まる。
もちろん俺を嵌めたアルベルトを許す気は無い。
だからこそ、今コイツを殺して『やはり殺意があった』と出任せを真実に変えるのは早計だ。
冤罪を晴らすにしても、準備がいる。
「わかった。妻にも裏切られた今、こんな国に未練はない。出て行くよ。ただ、同意が得られるのなら娘は俺が連れて行く」
もちろん無理強いはできない。
最近の態度、今回俺に課せられた罪状から、娘の同意が得られる可能性は低いだろう。
それでも、何とか説得する。
俺の提案を聞いたアルベルトは、再び皮肉げに笑った。
「ハッハッハッ、ヴァン、エミリアの同意が得られる訳が無いだろう?」
「何故お前にそんな事が言い切れる?」
「あの娘は、私の娘だ。彼女もそれを知っている」
「⋯⋯はっ?」
「一年前、エミリアに教えてあげたんだ。君は私の娘だ、と」
バカな。
だとすると、カミラとコイツは十年も前からできていた、ということか?
だとしても⋯⋯。
「お前が⋯⋯十年以上前からカミラとできていたとしても、あの娘の親がどっちかなんて確証は無いはずだ!」
そうだ。
エミリアを授かる前、俺はカミラと普通に関係があった。
もし俺とアルベルトの時期が被っていたとしても、どっちが親かなんてわからないハズ⋯⋯。
「ふっ、ヴァン。娼館に行った事は? 生真面目なお前の事だ、どうせないだろう?」
「ああ」
「多くの娼館では魔法使いを雇っている。理由は知っているか?」
「当たり前だ、客に⋯⋯」
そこまで口にして、気付いた。
そう娼館では、客は『魔法』を掛けられる。
効果はたった一日だが、絶大。
「そう、『避妊の魔法』だ。お前は今まで掛けられた事がないと思っていたんだろうがな?」
「⋯⋯黙れ!」
身に覚えはある。
カミラは俺と関係を持つたび、教会には聖女の後継ぎを安定させるための『妊娠を促す魔法』が伝わっていると説明し、毎度俺に魔法を使用していた⋯⋯。
俺の推論は、アルベルトによってすぐに肯定された。
「そうだ、ヴァン。カミラは私の言い付けを守り、お前に毎回『避妊の魔法』をかけていたんだよ! エミリアがお前の子供じゃないと言った意味がわかったか?」
エミリアが俺の子じゃない⋯⋯。
アルベルトから明かされた事実は、カミラの浮気を超える衝撃だった。
孤児だった俺に、やっとできた家族。
それはまやかし──偽りの十年。
そう、家族ゴッコをしていのは、俺だけだった⋯⋯。
俺の様子に気を良くしたアルベルトは、さらに言葉を続けた。
「あの子には一年前に事実を告げてある。何て言ったと思う? 『王子様の子供だなんて凄く嬉しい!』だってさ」
一年前。
そうか、これで俺が悩み続けた疑問も氷塊した。
エミリアは俺が本当の父親じゃないと知り、あんな態度へと豹変したのだ。
そりゃそうか。
孤児からの成り上がりと、王子。
どっちがいいか、なんて誰でもわかる話だ。
ならば⋯⋯この国に用はない。
「わかった、ならば俺は一人この国を出て行こう」
「ああ、そうしてくれ⋯⋯と言いたいところだが、口約束って訳にもいかないだろう?」
アルベルトはニヤリと笑みを浮かべると、懐から未使用の誓約書を取り出した。
「約定か?」
「ああ。お前の気が変わって戻って来られても困る」
「そんな高価な物まで用意するとは、心配性だな」
「お前相手なら、どれだけ心配しても足りない」
アルベルトは、鉄格子の隙間から誓約書を中に投げ入れた。
俺はそれを拾い上げてから質問した。
「条件は?」
「二度とこの国に戻って来るな。その代わり、お前の罪状は公に布告しない⋯⋯噂が流れる分については責任持てんがな」
「わかった、それでいい」
どうせ俺がこの国を捨て、他国で活動すれば様々な憶測が飛ぶのは避けられない。
なので布告されても構わないが⋯⋯まあ、秘密にして貰った方が、多少は今後の活動もしやすいだろう。
「王子アルベルト暗殺未遂の咎により、ヴァン・イスミールは約定を結ぶ。王都より立ち去りしのち、二度と彼の地を踏まない。その対価として、アルベルトは罪状の布告を禁ずる。約定破られし時、違反者の身を死に至る呪いが襲う──さあ、宣誓しろ、アルベルト」
「ちっ、命がけか⋯⋯まあいいだろう。約定を受け入れる」
互いに約定の履行を宣誓すると、誓約書に宣誓通りの光文字が浮かんだのち、燃え尽きた。
これで約定は効果を発揮する。
「これで枕を高くして寝られそうだよ。お前がいなくなればせいせいする。手続きが終われば解放してやるから、そこで待ってろ。」
思い通りに事態が進む事に、アルベルトは勝ち誇るようにいいながら立ち去ろうとした。
その背を見ながら、俺は笑みが零れるのを感じていた。
バカめ。
リスクを負ったのはお前だけだ。
約定を司る神は強力だ。
もし約定を違えれば、罰は確実に発現する。
だからこそ、仮に破っても『死ぬ』ではなく、『死に至る呪い』と設定した。
アルベルトは──俺が『呪い無効』だと知らない。
そもそもこの特性に気付いたのはパーティー解散後だ。
しかも今回ガルフォーネとの戦いで、半神でさえ殺す呪いさえ効かないと立証された。
『死に至る呪い』なんて俺には効果がないのだ。
だがアルベルトは、呪いが発現すれば死は免れないだろう。
約定は両者の合意があれば破棄できるが、今回に限れば俺だけが一方的に破る事ができる。
アルベルトとカミラは計画が上手くいったと喜ぶだろう。
だが、俺はそこに罠を忍ばせた。
約定をあえて結んだのは、奴らを油断させるためだ。
今は一旦勝たせてやろう。
だがこのままで済ます気はない。
俺から十年を奪いコケにした、その報いは必ず受けさせてやる。
──俺がこの国に戻ってくるその時が、お前やカミラが破滅する時だ。
行き先は決まっている。
俺がバーンズ老に拾われた国、帝国だ。
あそこには、執事を引退したカルナックがいる。
元帝国騎士の彼なら、それなりの伝手があるだろう。
もし帝国で権力の中枢に食い込む事ができれば、アルベルトと皇女の婚約にも何かしら働きかけが可能になるハズだ。
いや、どんな手段でもいい。
今回の約定は、その布石。
二人には──必ず報いを受けさせてやる。