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私のパパは世界一!  作者: 長谷川凸蔵


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第25話 謎の少女

 『感覚遮断』の魔法が解けてから、どの位たったのだろうか。


 視界は暗く、時折自らの口から強制的に漏れる嬌声──あるいは悲鳴。

 グチュグチュとした音、苦痛と快楽、それだけの世界。

 もう死にたい。

 でも死ねない。

 他者より優れた特性だと自負していた『恒常性維持』の魔法が、今も浅ましく生に執着させる。

 与えられる苦痛と快楽に、脳が焼き切れるような感覚が続いていた。

 でも死ねない。

 いや⋯⋯。


 自分はもう、死にかけている。

 少なくとも、自分を自分だと認識する能力は失いかけている。

 思考力と記憶が、ボロボロと剥がれていく。

 与えられる感覚の他には、死にたいと死ねない、この二つだけが脳内を繰り返していた。


 そんな責め苦が続く中、少しだけ、過去の記憶が頭をもたげた。

 意識が束の間の覚醒をする。

 だからこそ、覚悟した。

 ──これは蝋燭の火が消える前の、最後の激しい炎だ。


 三十年近い人生、その記憶が混ざる。

 父母と共に生きた十年。

 ひとり残され、もがいた十年。

 仮初めの家族と共に過ごした十年──。


 父母の『慎ましく生きなさい』という言葉を裏切った。

 仮初めとは言え、家族を裏切りこんな結果に至った。

 これは自らの我が儘を通し続けた結果だ。


 ──ならば、最期も我が儘を通す。


 嘲るようにカミラを一瞥し、立ち去ったあの男。

 魔王。


(アンタの子を産むなんて、それこそ──死んでもゴメンだわ)



◇◆◇◆◇◆


 

 魔王との決着がつき、しばらくしたのち。


「ヴァン殿! 無事か!」


 手勢を連れて姿を見せたのは、なんと皇帝陛下その人だった。


「へ、陛下!? なぜここに」

「いても立ってもいられずな。あの日ヴィルドレフト帝を失った悲劇を繰り返す訳にはいかん」

「だとしても、少しお立場をお考えください」

「ふっ、お主に言われたくはないわ」


 その後、掻い摘まんで事情を聞いた。

 俺が魔王の元に向かってしばらくしてから、皇帝陛下が兵を率い、王都に突撃した⋯⋯らしい。

 陛下は外交官に許可を得た直後から、毎日少しずつ転移陣で、王国内に精鋭部隊を送り込んでいたとの事だ。


 流石に西方一帯を支配する帝国、その精鋭たちは強く、城下の魔族たちは既に殆ど掃討したとの事だ。

 俺もかなり消耗しているので、ここから残った魔族たちとの戦闘はキツかっただろうし、助かった。


「それと、国王は救出した。簡単に話したが、帝国への併合を望んでいる」

「そうですか⋯⋯」


 長く続いた独立を放棄するのは忸怩たる思いだろうが、国民の事を考えての事だろう。

 あの方らしい決断だ。


「いろいろとありがとうございます」

「礼には及ばん。結局一番の武功は、魔王を滅ぼしたお主だ。ところで⋯⋯ちと城下で気になるものを発見した。ついて来てくれぬか?」

「はい」


 陛下の様子から、何かトラブルだと思いエミリアに聞いてみる。


「どうする? エミリアはここで待ってても⋯⋯」

「やだ、一緒に行く!」


 俺の手に腕を回し、しがみついてくる。


「はっはっは。仲が良いな」

「はい、めちゃくちゃ仲良しなんです」


 ニッコリ笑うエミリアを見て、じーんと心が暖かくなる。

 頑張って良かったなぁ、うん。


 そのまま城下に向かっていると、国王陛下がお見えになった。


「陛下、ご無沙汰しております」


 跪いて挨拶しようとするが、陛下は「そのままで良い」という言葉と共に、むしろ頭を下げてきた。


「ヴァン、私怨を抑え良く来てくれた。再び国を救ってくれて、そなたには感謝しかできん。それに、愚息が迷惑かけた、本当にすまなかった」

「いえ、とんでもありません。それに私は娘を救おうと思って来ただけです」


 国王陛下は俺とエミリアを見比べていたが、やがてフッと笑みを浮かべた。


「うむ⋯⋯エミリアはやはり、そなたの横がお似合いのようだ」


 それ以上何も言わず、陛下は歩き出した。

 国の跡継ぎとしてエミリアを残してくれ、と言った申し出も覚悟していたが、どうやら心配はなさそうだ。

 道すがら、王にアルベルトの事を尋ねてみた。


「アルベルトは⋯⋯誓約を違えた事により、全身が捻れておった」


 息子の死に様などあまり語りたくはないだろうが、王は答えてくれた。


 全身が捻れていた⋯⋯。

 そういえば、魔王の元に向かう途中でそんなアンデッドに遭遇したな。


「あやつ、よりにもよってお主がガルフォーネに籠絡された、などと言っておった」


 王の言葉で、牢屋で覚えた違和感に繋がった。

 アルベルトはガルフォーネの名前を呼ぶ際、何か言い淀んだ感じだった。

 もしかしたら⋯⋯奴は十年前に行方不明になったとき、ガルフォーネに絡め取られたのかも知れない。

 人間、何もないところから嘘をつく事は稀だ。

 自分自身がそうだから、という可能性はある。

 まあ、もうその真相も闇の中だが。


 皇帝陛下に連れて来られたのは、馴染みの教会だった。

 カミラとエミリアが世話になった場所だ。

 中に入ると⋯⋯奇妙な肉塊がそこにはあった。


「ヴァン、あれだ。発見した時は少し動いておったのだが、今は止まっておるな」

「ふむ⋯⋯少し調べてみましょう」


 何かのリアクションがあるかと心構えしながら、手で軽く触れてみる。

 特に反応は無い。

 次に、魔力の探知を行う。

 肉塊に魔力を流し、その反射を探る。


「む、中に人が⋯⋯いや、この魔力は⋯⋯カミラ?」


 ただ、俺の知るカミラの魔力より⋯⋯かなり小さい。

 死にかけている、という感じでもないが。


 ずぶずぶ。


 肉塊に手を突っ込み、対象を引っ張り出した。

 出てきたのは⋯⋯カミラの面影を残した少女だ。

 エミリアと同じか、少し下くらいの年頃に見える。

 衣服のサイズは大人用で、それも所々破れていた。

 どうやら気を失っているようだ。

 床に寝かせ、上着をかけた。


「この少女は何者だ? まさか魔族?」

「いえ、人間です。魔族特有のトゲトゲしい魔力とは違いますね」


 皇帝陛下の疑問に答えながら、正体を思案する。


「そういえば、魔王はカミラに自分の子を産ませる、という旨の発言をしておった」

「魔王が?」


 国王陛下からのヒントに、目の前の少女について一つの仮説を立てる。


「恐らく、これはカミラで間違いないと思います。魔族の生殖には謎が多いですが、恐らく人間とはやや違う部分があるのかも知れません」

「ふむ、ただ魔族と人の子、つまり半魔族などもいるが」

「力が弱い魔族ならば、それほど人と変わらぬのかも知れません。ただ高位魔族が次々と子を為せるならば、この大陸の支配者はとっくに人間ではなかったかと」

「なるほど⋯⋯力を持つ魔族ほど、生殖しづらい、と」

「あくまで仮説ですが。そしてこの肉塊は、魔王が子を為すためのものなのかも知れません。肉体に負荷がかかるため、常人ならすぐに死亡するような⋯⋯そこで『恒常性維持』に長けたカミラが選ばれた。魔王の子を産むための器として」

「なるほど⋯⋯強い生命力ゆえに次代の魔王、その母親に選ばれた、と」

「恐らく」


 まだ目ざめる気配の無い少女を見ながら、俺はカミラの言葉を思い出した。


「俺がカミラに求婚した時、彼女は言ってました。『恐らく私は子供ができないだろう、それでも良いのか?』と」


 今まで誰にも話したことが無かった事実。

 エミリアがハッとした様子でこちらを見ていた。


「『私の恒常性維持は、ある意味私に課せられた強力な呪いだから。妊娠という恒常性を失わせる状態にはならないだろう』と」


 アルベルトともに俺を騙したカミラだが、変に正直な面もあった。

 この十年俺を愛していなかったという言葉も、あの時指摘したように黙っていても良かったはずだ。

 元来嘘は苦手なのかも知れない。

 

「呪い、か」

「はい。誰もが羨む能力だと思われがちですが、カミラはどこかで思ってたんでしょう。こんな能力さえなければ、自分は両親に置いていかれずとも済んだ、と。ただ⋯⋯」


 俺はエミリアの頭を撫でながら、当時の出来事を遡った。


「エミリアを妊娠中は、カミラの『恒常性維持』は失われていました。出産後元に戻りましたが」

「私が⋯⋯お腹にいる間?」

「ああ。ママが料理中に指を切った事があった。小さな傷だけど、治らなかった。でも⋯⋯ママは少し嬉しそうだったな、子供を授かった実感がある、と」


 当時を懐かしんでいると、皇帝陛下が話に入ってきた。


「ヴァン殿⋯⋯もしや、エミリアはお主の実の子やもしれん」

「えっ!」

「そなた、呪いが効かない体質であろう?」

「どうしてそれを」

「皇家直系に授かる能力だ。昔、政敵に強力な呪いを使う者がおったそうだ。そやつは皇家を滅ぼすために『子孫を残せない呪い』をかけたという。それで当時の皇帝が『我が身、我が子孫に呪いを祓う力を与えたまえ』と誓願し、叶えられた⋯⋯とされている」


 子孫を残せない呪い⋯⋯そうか。

 もしかしたら今使用されている『避妊の魔法』とは、その呪いを弱めた物なのかも知れない。

 だとしたら、当然俺には効果がない。

 それに、呪殺球がエミリアに効果が無かったのも、もしかしたら⋯⋯。


 エミリアを見ると、娘も俺を見ていた。

 血の繋がりにこだわるつもりはなかったが、もしそうなら⋯⋯やはり嬉しい。

 

「確実にそうだ、とは言えん。だが幸いな事に『聖杯』がある。戻ったら確認しよう」

「はい。それで話を戻しますが⋯⋯恐らくカミラの強力な恒常性維持が、魔王の子を妊娠する事に抵抗し⋯⋯子を産めない年齢にまで肉体を若返らせたのではないか、と」

「なるほど⋯⋯しかし、カミラの『恒常性維持』が彼女の言うとおり呪いなら、皮肉な話だ。子を産むためには、魔王か勇者かを選ばねばならぬ運命だったとは、な」


 皇帝陛下がしみじみと言った時⋯⋯カミラが「んっ⋯⋯」と小さく声を漏らした。

 それを見て、俺はエミリアに声をかけた。


「そろそろ、謎解きは終わりにしましょう。エミリア、少し外に行ってなさい」

「どうして?」

「⋯⋯いや、やはりここにいてもいい。選んでいい」


 俺の態度から、ただならぬ雰囲気を感じたのか、エミリアはゴクリと息をのんだ。


「何を、選ぶの」

「ママは⋯⋯決して許されない事をした。たからパパは、勇者としてこれから相応しい罰を与える。ママの最期に立ち合うか、それとも外で待っているか、お前が選びなさい」

「で、でも、ママは、子供に」

「ママが死ぬのは悲しいか?」

「うん、ママは、酷いこといっぱいしたと思うけど⋯⋯」

「うん、お前が悲しいように、つらいように、ママはたくさんの人に悲しい思いをさせてしまったんだ。それは決して、許させる事じゃない。だから最期に、ママから学びなさい」

「ママから⋯⋯?」

「うん。人はね、この人だけは悲しませたくない、そんな大事な相手がいるだけで、悪い事をするのに歯止めがかかる」

「⋯⋯」

「ママはきっと、ご両親を亡くしてからそんな相手に出逢えなかったんだ。パパにとってのお前がそうであるように、大事に思える相手がいるって事は、とてもありがたい事なんだよ。そして、誰かの大事な人を奪ったのなら⋯⋯罰は受けなければならないんだ」

「⋯⋯うん」

「どうする? 外で待つか?」

「ううん⋯⋯だって、色々とあったけど」


 エミリアはぽろぽろと涙を流しながら、それでもハッキリと答えた。


「やっぱり、ママを嫌いになれないよぉ、だから、最期に淋しい思いさせたくない。娘だから」

「⋯⋯わかった。では両陛下、少し離れてください」

「ヴァン殿⋯⋯」


 皇帝陛下は何か言おうとして、止めた。

 国王陛下もまた、ただ黙っていた。


 ──と。


「んっ⋯⋯」


 カミラの目がパチッと開かれた。

 そのまま、俺とエミリアの方を向いて、言った。


「パパ、ママ、どうしているの? それに⋯⋯なんでママ、泣いてるの⋯⋯?」


 これは⋯⋯。

 記憶が、混濁している?


「カミラね、怖い夢見たの。パパと、ママが居なくなった夢」

「そうか」

「それでね、誰かに助けて、助けてってお願いしたの。あれ? でもそれもパパだったような気がする、おかしいなぁ」


 カミラの記憶の中で、家族に関する情報が変わってしまっているようだ。

 そんな様子を見て、エミリアは俺の袖をギュッと掴んだ。


「カミラ」

「ん? なあに、パパ」

「少し、目をつぶっていなさい」

「はぁい」


 カミラがふたたび目を閉じた。

 俺は腰の剣を抜き──彼女へと振り下ろした。



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新作です!

『レンタル魔王』は本日も大好評貸出中~婚約破棄騒ぎで話題の皇家令嬢に『1日恋人』を依頼されたので、連れ戻そうと追いかけてくる婚約者や騎士を追っ払いつつデートする事になりました~

その他の連載作品もよろしくお願いします!

『俺は何度でもお前を追放する』
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