第18話 苦言
本日6話目です。
失われた魔法技術。
名前の通り、現在では再現できない技術だ。
だから人々は、技術を元に過去作製された『遺物』を利用する。
そのうちの一つ、『約定用の誓約書』は、特に重宝される遺物の代表である。
約束の履行を強制するそのアイテムは、人の嘘を封じ、誠実さを強要する。
人知を超えた、神の御業。
そう、カミラは遺物から神を感じ取っていた。
そして一つの推察に至る。
『遺物』とは、何かを対価に神から与えられた物なのではないか、と。
「誠実を司りし神エリシよ⋯⋯贄を対価に、我に御身の奇跡宿りし象徴を与えたまえ⋯⋯」
先ほど集めた『贄』を捧げ、祈る。
しばらくすると、どこからともなく一枚の紙がひらひらと舞い降りた。
拾い上げて確認する。
間違いない、誓約書だ。
「さて、魔王を復活させるにしても保険がないとね」
広間を更に進み、玉座の間、その前へと辿り着いた。
ここ自体が強い封印にさらされていたが、暴食の神によって扉を齧り破った。
扉の残骸を吐き出し、中に入る。
十年ぶりに辿り着いた場所は、あの時のままだった。
玉座の前に棺桶があり、そこに剣が突き刺さっている。
ヴァンが魔王を蹴り入れて蓋を閉め、剣を突き刺して固定し、バーンズ老が封印を施した。
道中はともかく、最後の戦いにおいて、カミラとアルベルトはほとんど役に立てなかった。
棺桶にそっと触れる。
「偉大なる神、御名は『ラビヤアーク・マト』。我は時の狭間に残されし魔王『ガイロクラスト・スラール・アジャインドラス』との対話を望む⋯⋯」
しばらくして⋯⋯カミラの脳内に、あの男の声が響いた。
『久しいな、聖女カミラ。我に何の用だ?』
『条件次第で、アナタの封印を解くわ』
『ほう、条件を言え』
『私を妻として遇し、それに相応しい扱いを。あと⋯⋯私の命を脅かすのは厳禁よ?』
『ふむ⋯⋯まあ、別に構わんが。それでいいのか?』
『ええ。それで良ければ宣誓して』
先ほど手に入れた誓約書を懐から取り出す。
『良かろう。この忌まわしい封印の解除を対価とし、魔王ガイロクラスト・スラール・アジャインドラスは約定を結ぶ。聖女カミラを妻として娶り、相応の扱いで遇し、その命を脅かす事能わず⋯⋯これでよいか?』
『ええ』
誓約書は効力を発揮し、燃え尽きた。
『じゃあ、封印を解除するわ』
『頼むぞ、我が妻よ』
『ふふ、ええ』
『何がおかしい?』
『魔王の妻⋯⋯良い響きね』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「指示された時間待機してましたが、ロベール隊長達は戻って来ませんでした。中に入って調査するのは危険と判断し、帰還して報告させていただくのを優先しました」
「わかった⋯⋯ご苦労だった。下がってよい」
「はっ」
部下が退出するのを見届けてから、王はため息をついた。
おそらく⋯⋯ロベール達は返り討ちにあったのだろう。
だとすれば、カミラが中で行う事は⋯⋯ろくなものではない。
何か対策をしなければ。
そのまま、謹慎中のアルベルトの部屋へと向かう。
愚かな息子だが、魔王と戦った経験者だ。
相談する相手としては適任だろう。
アルベルトの部屋に入室すると⋯⋯保護したエミリアと向かい合わせで座っていた。
「邪魔するぞ」
「父上、ご足労ありがとうございます」
「良い、二人とも座っておれ。私も座る」
「⋯⋯」
エミリアは座ったまま、居心地が悪そうに黙っていた。
「いやぁ、エミリアと何か話せればと思っていたのですが、どうやら緊張しているようで」
「ほう、エミリア。緊張しているのかい?」
「いえ、そういう訳では」
短く答えたまま、彼女はまた黙ってしまった。
オロオロとするアルベルトは放っておいて、王は努めて優しく話し掛けた。
「エミリアすまないな。私も事情を知ったのはつい最近でな」
「はい、あ、いえ、別に王様『は』悪くないと思います」
王様は、という言い方に、ややトゲが混じっている気がした。
もう少し、そのあたりを聞いてみる。
「エミリアや」
「はい」
「事情はどうあれ、今後私たちは家族として過ごさねばならん」
「でも、ママはパ⋯⋯ヴァンさんと話すと言ったきり、どこかへ行ってしまいました。ここにお世話になるのはどうなんだろうと思います」
受け答えがしっかりした子だ。
頭が良いのだろう。
父親に似ずに良かった、と思いながらも王は続けた。
「お前のお母さんはしばらく帰ってこなそうだ。それで、ここで過ごすにあたって⋯⋯何か不満はないかい?」
「ない、と言えば嘘になります」
「ほう。言ってみなさい」
王が促すと、エミリアはチラッとアルベルトの様子を窺った。
「エミリア、遠慮しなくていい。父上もこう仰せだ」
「わかりました。国王陛下の御命令とあれば」
「ははは、そんな堅苦しくしなくて平気だ」
「はい、じゃあ⋯⋯」
エミリアは手を口の前にかざし「んっ」とかわいく咳払いしたのち、不満を語り始めた。
「アルベルト王子」
「いや、父上とか、お父さんと呼んでいいんだよ?」
「アルベルト王子。初めてお会いした時、『次期王の子供で嬉しいかい?』とご質問されましたよね?」
「ああ、それに対して君は⋯⋯」
「ああいうの、マジでダサいので止めた方が良いと思います」
「⋯⋯えっ?」
「なんか『俺は中身が無いから、肩書きで勝負する』みたいな感じしちゃうので、聞いているこっちが恥ずかしいです。ヴァンさんは『救国の勇者』と呼ばれても、それをひけらかしたりしませんでした。少しは見習ってください」
「お、おま」
顔を真っ赤にしたアルベルトが何か言おうとするのを、王は足を踏んで制止した。
「こら。止めんか」
「し、しかし」
「行動で範を示す、大事な事だ。みなお主の振る舞いを見ておるぞ。それなくして肩書きをひけらかすなど、自信の無さが露呈しておる、エミリアの申す通りだ。ましてやそれを言われて怒るのは、図星だからだ」
「⋯⋯申し訳ありません」
表向き反省したふりをしているが、アルベルトがどこまで理解しているかはわからない。
王族に生まれ、それを誇りにして何が悪い、とでも思っているのかもしれない。
「エミリア、他に不満は?」
「ありますけど、あまり申し上げると王子がお怒りになりそうで」
エミリアがチラッとアルベルトの様子を窺う。
「大丈夫だ、私が何もさせない。アルベルト、お前も苦言を受け入れる器量を持て」
「はっ。エミリア、俺に気を使う必要はない。俺はそれほど度量が低い人間ではないからな」
「はい、では遠慮なく。育ての親だという事を抜きにしても、ヴァンさんは優秀な人材です。それを個人的な諍いに端を発して国外追放するなど、為政者として愚の骨頂だと思います。あとアルベルト王子はこの一年、何かしらにつけヴァンさんの悪口を言ってましたね。外に子を産ませ、自分が育てた訳でもないのに突然現れて父親ヅラして、相手の文句を垂れ流す。そんな人が血の繋がった親だというのはハッキリ言って最悪です。何より最悪なのは、それで陰で文句を言って勝った気になっている事です。正面からだとヴァンさんに勝てないからってそんなやり方、ダサすぎませんか?」
「お、おま」
「アルベルト!」
「う、うむ、よくぞ言ってくれた。それでこそ俺の娘だ、はは、ははは⋯⋯」
王がアルベルトを窘めていると、エミリアが割って入ってきた。
「あともう一つ」
「なんだい?」
「⋯⋯私の居場所はここではありません。家に戻してください」
「それはできん」
「では、せめてこの部屋からの退出を許可してください。申し訳ありませんが私はアルベルト王子を父親だと思うには、しばらく時間が必要です」
「⋯⋯」
「今の心境を正直に申し上げれば、同じ部屋の空気を吸うのもイヤです」
「わかった。部屋を用意させよう」
パンパン、と手を叩くと、外に控えた執事が入ってきた。
用件を伝え、部屋を用意させた。
「ありがとうございます」
そのままエミリアは返事を待たず、さっさと部屋を出て行った。
「喜べアルベルト。お前の子はしっかりしておる」
「ええ⋯⋯どうやらこれまではネコを被っていたみたいで⋯⋯」
がっくりきているアルベルトをとりあえずフォローしてから、王は本題に入った。
「カミラが魔王城に向かった」
落ち込んでいる様子のアルベルトが、流石に顔色を変えた。
「まさか⋯⋯何の為に⋯⋯」
「お主との結婚は許さん、と伝えたのちの行動だ。ろくな動機ではないだろうな」
「⋯⋯そう、ですか」
アルベルトはそのまま何か考えている様子だった。
ただ、あまりのんびりともしていられない。
もし、事態が魔王復活などという局面を迎えるなら、アルベルトはもちろん今の王国の人員で何とかできるものではない。
「⋯⋯ヴァンを頼るしかあるまい。もちろん、こちらの要請を受けてくれる保証はないが⋯⋯魔王の脅威は人類共通だ。もしかしたらあの男なら力を貸してくれるやもしれん」
「いや、それは⋯⋯難しいかと」
まだ面子を気にするのか、と、王は思わず手が出そうになった。
だが怒りを抑えながら、諭すように話す。
「お主の気持ちもわかる。ただ、変な意地を張っている場合ではなかろう。もし要請に応えてヴァンが来てくれたら、お前もしっかり頭を下げろ」
「あ、ですからそれは、難しいかと」
「なぜだ?」
「申し訳ありません⋯⋯その⋯⋯ヴァンは来れないのです」
濁し濁しのアルベルトの言葉に──王はピンと来た。
「お主、まさか勝手に『誓約書』を使ったのではあるまいな?」
「⋯⋯すみません」
王はあまりのショックに、貧血したようにクラッと来てしまった。
貧血どころか、頭にはタップリ血が上っているだろうに。
大国と違い、王国にとって『誓約書』は貴重な財産だ。
他国に預ける事で、それこそ債権代わりとして、大金の借入すらできる代物なのだ。
王は愚かな息子に対して殺意さえ芽生えたが──まだ我慢した。
「で、何を誓約したのだ! 言え!」
「ヴァ、ヴァンの罪を布告しない代わりに、入国を禁止しました! 対価はそれぞれの命です!」
「き、貴様ーーーー!」
──気が付いた時には、アルベルトの首を絞めていた。
息子は白目を剥いて失禁していた。
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