第17話 四英雄の実力
本日5話目です。
カミラにやんわりと王都からの退去を促して三日後。
王は監視員から届いた報告を受けていた。
「⋯⋯魔王城の方向、か」
「はっ。考え過ぎかもしれませんが」
「いや、恐らく正しいだろう」
カミラは城を出たその足で、家にも戻らず──つまり娘を放置して──王都外へと向かった。
そのまま、再び転移陣を利用し、魔王城がある地域へと向かったようだ。
「陛下の忠告は届かなかったみたいですな」
「うむ。それどこかヤケになっておる。退出するときの様子が気になったが⋯⋯まさか、娘を放置していくとは」
「それで⋯⋯娘の方はどうしますか?」
説明するまでもなく、王直属の諜報部隊『霧』の長であるロベールは、状況を全て把握している。
エミリアがアルベルト王子の子であり、放置すると何かしらの不都合が生じる可能性がある事を。
「捨て置け⋯⋯いや、念のため城に保護しろ」
「⋯⋯やはり陛下でも、孫娘は可愛い⋯⋯と?」
「バカを申せ、ヴァンじゃ。娘に何かあって、それがもしヴァンの耳に入ったりしたら⋯⋯奴に情が残っていれば最悪だ」
「なるほど。しかし皮肉なものですな、実の父のせいで命が危機となるも、育ての親の傘の下で生き残れるとは」
「これもアルベルトのバカのせいじゃ。それと、余の病気を気遣いすぎて報告を怠ったそなたらの、な」
「耳が痛い話です」
「仕方あるまい、起きたことはな。とはいえ、カミラは捨て置けん」
王は少し思案したが⋯⋯ハッキリとした言葉で命令した。
「何を企んでいるかはわからんが、魔王の封印を解こうと画策しているなら最悪だ。カミラを消せ」
「よろしいのですか?」
「うむ。四英雄の名は他国に対して利用価値があったのだがな。それゆえカミラが何かしら暴走したとなれば、周辺国は我が国の責とみなすやもしれん」
「はっ⋯⋯では私自ら赴きましょう」
「頼む。あと手勢はそうだな⋯⋯手練れを二十人ほど集めろ」
「はっ」
返事をするや否や、長は退出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ロベールは手勢を率い、カミラを追跡している部下に合流した。
カミラ暗殺の方法を協議し、方針が決まる。
「魔王城で決行する」
「はっ!」
相手は道中教会に立ち寄りながら、そこで荷物持ちを雇っていた。
なかなかひとりにならないのだ。
人気の四英雄が不審死となれば、世間が騒ぐ。
だから、余人がいる状態では手を出しにくい。
「しかし⋯⋯王も慎重ですね。わざわざ我ら二十人を向かわせるとは」
「油断するな、相手は四英雄だ」
「つっても、支援職でしょう?」
部下の言いたい事もわかる。
四英雄の前衛は勇者ヴァン、剣士アルベルト、そして後衛がバーンズ老とカミラ。
彼女は強力な術者だが、あくまでもヒーラーとして、だ。
「だが、死地を潜ったものというのは侮れん。どんな機転を利かすかもわからん。気を引き締めろ」
「はい、わかりました」
ロベールの言葉に、団員たちは真剣に頷く。
そんな中、一人不安げにしている者がいた。
「ミア、不安か?」
「はい、なにせ⋯⋯私は暗殺の仕事は初めてで⋯⋯」
「まあ、そう緊張するな。お前を連れて来たのは場数を踏ませる意味合いも大きい」
「はい、ありがとうございます」
ミアはロベールが『次期霧の長』として目をかけている相手だ。
小さな頃から育て上げた
仕事内容のせいで家族を持たないロベールにとって、娘のような存在。
ただ、だからと言って甘やかすわけにもいかない。
諜報の世界は汚い。
その汚さをキッチリ伝える事こそ、この世界では『愛情』だ。
「単純な戦闘力なら、お前はここにいる誰よりも上だ。あとは経験を積めば、誰よりも優秀な隊員になれる」
「はい、頑張ります!」
素直に返事をするミアに、親心のような感情が湧き上がる。
この素直さは諜報員としては危ういが⋯⋯育ての親としては嬉しかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
カミラは予想通り、魔王城へとたどり着いた。
教会に対する聞き取りでわかったが、どうやら彼女は王の依頼で封印の様子を見に行く、という口実でここに来たようだ。
ここが主である魔王を失って十年。
廃墟とまではいかずとも、閑散としていた。
城内を進むカミラを追う者が十人。
事前に城内に、潜入した者が十人。
決行は──魔王城広間の予定だ。
カミラは一人、臆する様子もなく城内を進んでいく。
一定の距離を置き、後続部隊が追う。
やがて広間に到着し、いよいよ決行となったその時、カミラが叫んだ。
「いるんでしょう? 姿を見せたら?」
元々その予定だ。
二十人、それぞれが弓を構えながら相手を取り囲む。
カミラはその様子を見て──ふん、と鼻で笑った。
「あらこんなにいたのね。陛下も慎重だ事」
ロベールはその余裕に、嫌な予感がした。
予断を許さないと判断しすぐに決行を命じる。
「撃てッ!」
団員たちから放たれた矢が、カミラへと集まる。
そして──その全てが彼女を貫いた。
ロベールは表には出さず、内心で『よし』と呟いた、が。
奇妙な事が起きた。
矢は全て刺さった。
だが、一瞬だけ刺さったように見えたのち、勢いを失い、カミラの身体をすり抜けるように、その場にからんからんと音を立てて落ちた。
刺さらなかった訳ではない。
その証拠に、カミラの身に付けていた服はボロボロだ。
だがそれもカミラが手を振ると、すぐに修復された。
「あら、終わり?」
何事もなかったようにカミラが聞いてきた。
ロベールは動揺を表に出さないようにしながら、団員たちに再び命じた。
「撃てッ! ありったけを!」
ロベールの命令に、団員たちは矢を放ったのち、次々と次をつがえながら、射ち続ける。
だが⋯⋯何度射っても同じだ。
確実に刺さっている。
だが、死なない。
矢は次々と、カミラの足元に落ちた。
「くそ、ならこれはどうだ!」
団員の一人が、剣を抜き放ちながらカミラに接近する。
相手はゆったりとした動きだ。
その動きからは、体術の心得を感じない。
団員の剣はカミラを捉え──首を薙いだ。
が、しかし⋯⋯。
間違いなく首を薙いだはずなのに⋯⋯まるで素通りしたように、彼女は元のままだ。
その様子を見て、ロベールは先ほどからの奇妙な現象、その答えに辿り着いた。
恐らく──斬ったそばから、首が繋がったのだ。
余人には感じ取れないほどの速度で。
先ほどの矢も、刺さるや否や異物と判定され、体外に吐き出されたのだろう。
つまり、これは──。
「『恒常性維持⋯⋯!』」
「あら、御名答」
カミラは愉快そうに微笑んだ。
『恒常性維持の魔法』は、いわゆる付与魔法に分類される。
魔剣や聖剣といった、特殊な魔法装具に使用される事が多い。
刃こぼれの修復や切れ味の維持はもちろんの事、強力な『恒常性維持』が施された剣なら、折れてなお元の姿に戻るという。
ただそれを人に施すなど、聞いたことがない。
「化け物め⋯⋯」
ロベールが呟くと、カミラは心外と言った表情で答えた。
「あら。生き残るために、あなた達より必死だっただけよ? 死ぬほどお腹が減ったのを、満腹だと自分に言い聞かせて誤魔化してたら、いつの間にか覚えてたのよ」
「戯れ言を」
「信用しなくてもいいわ、別に」
カミラがロベール相手に呑気に話している間に、剣を手に周りこんだ部下が、背後から彼女の心臓を突き刺した。
「斬れば治るとしても⋯⋯刺し続けていればッ!」
部下の思わぬ機転に、ロベールが感心する。
確かに刺しっぱなしなら傷が塞がる事はない。
念のため、自らも別の部位を⋯⋯と考えていると⋯⋯。
こちらに向かって突き出ていた切っ先が、徐々に短くなっていく。
「どうしたっ! 抜くな!」
「し、しかし、お、押されて⋯⋯」
部下が何とか刺したまま固定しようと踏ん張っていたが、次第に後ろに押されるように下がっていた。
苦悶の表情を浮かべる部下とは対照的に、カミラは涼しげにしている。
そして──部下は弾き飛ばされるように下がり、剣は抜けた。
刺された痛みを感じる素振りさえ見せない。
何か、感覚を遮断しているのだろうか?
現象が異質すぎて、原因を想像するのにも限界が訪れたころ──カミラの声がロベールに届いた。
「残念ね? じゃあそろそろ、私の番でいいかしら? 攻撃の魔法はそんなに種類を使えないから──慈悲は期待しちゃだめよ?」
宣言すると、カミラは左手の指を前方に、右手の指は上を向きながら、パンッと胸の前で手を合わせた。
奇妙な合掌をしたカミラが告げてくる。
「あなたちに教えてあげる。神様って──とっても無慈悲なの」
次に呪文を詠唱し始める。
「──贄は祭壇に。供物は響され、宴は開かれる。彼の前で節制は咎、心置きなく満たし続けたまえ。御名はハルゴルモーズ、司りしは暴食、食みしは生命の尊き循環、無に還し、等しく無慈悲を与えたもう⋯⋯顕現し、我に権限を与えたまえ⋯⋯」
パキッ⋯⋯と。
空間がひび割れるような音がした。
何年もこの仕事を続けて、死と隣り合わせの生活を送ってきたロベールにはわかる。
止めなければ、ここにいる全員が死ぬ。
「あの術を止めろぉおおおっ!」
ロベールの号令を受け、団員たちがカミラに殺到した。
カミラは──そんな団員達に向けて、口を開き、閉じた。
瞬間、カミラの前にいた十人ほどの団員達が動きを止めた⋯⋯ばかりか、空中に制止し、それぞれが奇妙な体勢をしていた。
「な、なんだ!」
「う、動けん!」
狼狽し、手足をばたつかせているが、思うように動けないみたいだ。
そしてカミラが、口を『モゴモゴ』と動かした、瞬間。
「がっ!」
「あがっ⋯⋯」
「イッ⋯⋯」
団員達は、あるものは潰れ、あるものは身体が千切れていく。
骨が砕け、肉が裂ける中、それと平行してクチャクチャと、何かを咀嚼するような音がする。
それはまるで──。
「た、食べられ⋯⋯」
術の対象となった団員達が空中で、見えない何かに咀嚼されるように、次々と身体が変形していく。
さらに不気味なのは──団員達から流れ出た血は、霧散するように虚空へと消えた。
聖女はそのまましばらく口を動かし続けたが、やがて何かを『プッ』と吐き出す仕草をする。
同時に、団員達が身に付けていた装備が、ベチャっと音を立てて地面に落ちた。
「この神様って好き嫌いが激しいの。食べるのは──命だけよ」
カミラが再び口を開き、閉じる。
その瞬間、ロベールは横に飛んだ。
術の影響範囲を免れたのか、何とか地に足をついて立っている。
だが──自分以外の生き残りは、全て空中に捕らわれていた。
その中には、自らが手塩にかけて育てた、ミアも混ざっていた。
ミアはこちらを見て、恐怖に顔を歪めながら叫んだ。
「い、いやだ、いやだぁああああ! 隊長、助けて! こんな死に方、ないよ、やだ、私、せめて⋯⋯」
パキ。
クチュ。
ゴリ。
ミアの頭が潰れ、全身が咀嚼されていく。
肉塊は他の団員と混ざり合い、その境界を曖昧にしながら⋯⋯またカミラが『プッ』と吐き出す仕草をすると、最後に、装備だけが残った。
カランと一際大きな音を立てたのは、ミアの短剣だった。
落下の勢いで、ロベールの足元に向かって跳ねてきた。
彼女が正式隊員となった日に贈った品だ。
カミラがこちらに向け、また口を開く。
ロベールは短剣を拾い上げ──自らの喉に刺した。
あんな死に方はごめんだ、それなら自ら死を選ぶ。
ロベールが喉に灼熱のような痛みを覚えていると、カミラが歩み寄ってくる。
意識が朦朧とし、間もなく死が訪れる事を自覚していると──からん、と短剣が抜けた。
また、喉の痛みも治まっている。
ふと見上げると、カミラがこちらに手をかざしていた。
「⋯⋯癒やし、やがったな?」
「ええ。これから魔王復活の儀式をするのに──贄は多い方がいいわ」
カミラは笑顔を浮かべると──再び口を開いた。




