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おまつりに行った

作者: ライス中村

でうすえくすまきなです


起きたのは朝の9時だった。

身支度を済ませて階段を降り、リビングへ向かうと、珍しく、祖父が来ていた。

「元気にしてたかい?」

もちろんこの通り、と答えた。幸いなことに、ここ数年は病気をしていない。

同じくリビングにいた母。椅子に腰掛けて、テーブルの上の菓子置きのチョコに手を伸ばしている。

そういえば今日はなんの日だったっけ、なにかの日だったような気がする、と考えていると、

「今日はお祭りだから、母さんは朝早くに神社で働いてきたよ。お父さんに言われるまで忘れていたから危なかった。」

と言われて、そういえば今日はこの山の住宅街から少し離れた駅前のほうでお祭りだったような、と思い出す。いやしかし、母は神社に務めていたっけか。たまに働きには出るものの、市役所や公民館での仕事だったはずなのだが。

「どれ、顔も見れたしもう帰るかな。」

と祖父が言うので、お見送りをしようと思って一緒に外に出た。

家の前の駐車場に車を停めていると思ったが、今日は違うらしい。しばらく歩く。足元はずいぶんドロドロで、昨夜にひどい雨が降ったであろうことを感じた。寝ていてちっとも気が付いていなかった。

やがて小高い丘のようなところにやってきた。ぬかるみはいままで歩いてきたところよりもさらに重たく、かつ水たまりを超えてもはやちょっとした池になっている。池とその周りには、気味の悪い爬虫類や魚類がうようよいる。

祖父はじゃぶじゃぶと池の奥のほうまで進んでしまう。股下の高さまで水に浸かっている。

慌てて追いかける。思いのほか水はぬるい。

どうしてこんなところに、と訊くと、

「車を停めたところに行くだけだよ。」

と祖父が答える。確かに、池をこえた先の方向に、いつもの祖父のシルバーの軽乗用車が見える。

だがなにも、池を突っ切っていく必要はないはずだ。池の縁を通って、迂回をしようと思えばできたはずだった。

疑念に駆られていると、

「あ、危ない。」

と祖父が大きな声を出した。なんだろう、と思いながらも咄嗟に動く。

池の中をみると、ゴンズイがすぐそこまできていた。毒を持つ魚である。

さっきは気味が悪いとだけ思っていたが、よくよく周辺の生物たちを観察すると、それらは、明らかに毒がある種だったり、そう判断できずとも、あからさまに危険な色をしていたり、分かりやすく大きなトゲを有しているようなやつばかりだった。祖父が池に入っていった理由がますますわからなくなった。

生物からなるべく遠ざかるようにしながらやっとの思いで池を出て、祖父の車にようやくたどり着いた。

祖父はビショビショのままで、何事もなかったように車に乗り込んで、

「じゃ、また来るから。」といって去っていった。

せっかく祖父と会えたというのに、今日は疲れただけで終わってしまった。祖父のことは好きで、いつもは会えるともっと嬉しく感じるものなのだが。そうは言ってももう過ぎたことだ、どうしようもない。


それで、そのまま祭りに行くことにした。近くにバス停があったので、待っていると、5分も経たないうちにバスが来た。

一番後ろの席に座る。そのままバスは発車する。窓の外を流れていく景色は、緑の多いところからだんだん、都会らしい灰色へと変わっていく。

駅前に着いた。赤い提灯がそこかしこに吊り下げられていて、雰囲気まで真っ赤に染まっていた。祭り囃子が聞こえてくる。ただ、いつもほど素敵な音楽には感じない。笛や太鼓や鉦とは別に、猿が喚いているような変な音が混じっているのが嫌だった。

屋台を見て、それから神社で少しお参りをしてから帰ろうと思って、駅前の大通りを進み始めた。この進んだ先に神社がある。稲荷神社だ。

歩行者天国になっているから、堂々と二車線の車道の真ん中を歩いていく。歩道の方にはそれなりの大きさのものがゴロゴロ転がっていて、それをよく眺めてみると、褌一丁の男達が変な姿勢をして、眠ったように固まっているのだった。胡座をかいて横倒しになっていたり、片足だけピンと伸ばし、Tの字を逆さにしたようになっていたり。

屋台はくじ引きや射的ばかりで、やけに食べ物が少なかった。欲しかったバナナチョコを売っていたのは一軒だけだったが、あまりに高かったので買わなかった。店主のおばさんは、ひどく意地悪い、干し柿のような顔をしていた。

そうして神社に到着する。鳥居。気づかないうちに新調されていたのか、テカテカとして発色も豊かで、いかにも『お金をかけたぞ』といった感じの鳥居。それはかえって神社の神々しさをすり減らしているように思えた。嫌なものだ。

石畳を辿っていき、途中に手水場で口と手とを清めてから本殿の前まで来る。

いつもは閉じられている扉が開け放たれて、中が丸分かりだ。大きな円形の鏡と、灯と、紙垂。これが、ここいらでこんなにも崇められている、神様とやらの正体なのか。なんて寂しいんだろう。なんて私達は馬鹿なのだろう。


といったことを考えていると、急に扉の陰から小汚い爺が出てきた。おそらく神主ではない。裸足で、ボロボロのキャップを被り、耳に鉛筆を掛け、よれよれの茶色いシャツを着て、同じような色をしたジャンパーを羽織っている。ズボンは薄い黄緑のスラックスで、右の太もものところに黒くて大きな丸いシミがあった。

「いかにも私が神様だ。」

と爺がこちらを見ながら尊大な態度でこう言った。

いや……、となにか言葉を返そうとしたが、それを遮って

「これまでのお前の全ては私が決めた。どう思う。」

と問いかけてくる。

どう思う?そんなことを、見ず知らずの知らない老人に訊かれたとて、ただ怖いだけでどうしようもない。質問の意味もちっともわからない。これは関わらないほうがいい類の人間だと思った。ゆっくり離れようと思った。参拝客に紛れて誤魔化そうと考えたが、いつの間にかここいらには自分と爺しか居なくなっている。困ってしまう。

「どう思う。どう思う。」

今度はこちらを指差しながら問いかけてきた。仕方がないので適当に答えて、それから逃げてしまおうと思った。

そんな中で、もうどうせ逃げるのだ、と思うと、こんな厄介そうな、二度と会うこともないような奴には、多少なり酷いことを言ったって許される気がしてきた。が、そうはいってもパッと悪口らしい悪口は思い浮かべられない。

さ、最悪ですよ。最悪。勝手なことしないでください、やめてくださいよ、といった、余りにも弱腰で、我ながら情けなくて恥ずかしくなるような台詞を吐くしかできなかった。

爺は、その言葉を聞くと、気持ちが悪いくらいに口角を上げてニヤついた。

「じゃあ、勝手に、しよう! ハッハッ。」

と大きい声で叫びながら右に左に小躍りして、それがしばらく続いたあと、一旦動きを止めて、グッと力を貯めるような仕草をして、そうしてピョンと飛び跳ねた。

その瞬間だった。爺の姿は目の前からヒュン、と消えた。別の世界にでも行ったかのように。あっという間も無く、いなくなった。


いつの間にか止まっていた祭り囃子が、再び聞こえ始める。他の参拝客も辺りにいる。もう疲れたのと、なんだかとても嫌になったのとで、私は来た道を走って引き返した。途中で褌の男の一人に引っかかってつまずいたが、男は目をつぶったまま微動だにしなかった。

駅前には沢山バスが来るので、帰りのバスにもすぐに乗れた。窓の外を流れる景色は、灰色の多いところからだんだん、郊外らしい緑に変わっていった。


もう夕飯を食べる気にもならない。サッと風呂に入ってすぐにベッドに入った。寝付くまでにそう時間はかからなかった。


起きたのは朝の9時だった。


身支度を済ませて階段を降り、リビングへ向かうと、珍しく、祖父が来ていた。

「元気にしてたかい?」

もちろんこの通り、と答えた。幸いなことに、ここ数年は病気をしていない。

同じくリビングにいた母。椅子に腰掛けて、テーブルの上の菓子置きのチョコに手を伸ばしている。

そういえば今日はなんの日だったっけ、なにかの日だったような気がする、と考えていると、

「今日はお祭りだから、母さんは朝早くに神社で働いてきたよ。お父さんに言われるまで忘れていたから危なかった。」

と言われて、そういえば今日はこの山の住宅街から少し離れた駅前のほうでお祭りだったような、と思い出した。


でうすえくすまきなでした

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