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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【イラストあり】死んじまった坂本さん

作者: ぴん太

メリークリスマスです。




『死んじまった坂本さん』






 灰色に彩られた帰り道を歩きながら、俺は空を見上げる。

 茜色に染まっているはずの空に、どこか冷たさを感じてしまうのはいつものことだった。

 何も変わらない日常。

 信号が変わるのを待っていると、後ろから視線を感じたので振り返るも、そこには誰も居なかった。

 「気のせいか」と思いながら、青になった横断歩道を歩く。


 今日もまた、当たり前の毎日が過ぎていくのだった___。









***










「よっ!小林」


 一年と少しの期間で随分と歩き慣れた通学路を歩いていると、突然前方から声を掛けられた。

 アスファルトから視線を上にやると、懐かしい顔をした人物が手をブンブンと振っている。

 なんで彼女がここにいるのか、はもちろんのこと、色々と聞きたいことが湯水のように湧き出てくるが、とりあえず俺は


「堂々と名前呼びながら手を振るんじゃねえわ!こっちが恥ずかしいのが分からないのか坂本さんは!とりあえずこっち来て!」


 と、朝から通学路で奇行に走っている坂本さんを連れて、俺は路地裏に移動したのだった___。





挿絵(By みてみん)





「久しぶりっ小林!」


 路地裏に入った第一声が、何とも親しげな雰囲気を醸し出している坂本さんに対して、俺は何とも言えない顔をしているだろう。


「なんで坂本さんがここにいるんだよ!?」


「なんでって、小林に会いに来ただけだよ?」


「質問の答えになってねぇぇぇぇぇ!」


 「まぁ細かいことはいいじゃん♪」と笑顔を向けてくる坂本さん。

 そんな坂本さんとは中学を卒業して以来なので、約一年半ぶりの再会である。


「いやぁそれにしても、小林ご飯食べてる?背伸びてないんじゃない?それに髪の毛も伸ばしたままにして雪ちゃん悲しいわ、およよ」


「坂本さんは俺のオカンか!あとウソ泣きバレバレだから!」


「ふふっ、このやり取りも久々で懐かしい感じがして楽しいね♪」


「俺は全く楽しくねぇ...」


 相変わらず俺にちょっかいを掛けてくる坂本さんの姿に、なんだかんだ俺も一抹の懐かしさを感じつつ、俺は坂本さんを観察した。


 坂本さん、本名は坂本雪と言い、何と言ってもまず目に入る特徴は170センチくらいある身長である。

 中学の時はその身長を活かしてバレーボール部のキャプテンをしていた。

 容姿はあの頃とほとんど変わっておらず、黒髪のショートカットをしている。

 スタイルが良く、誰にでも気さくに話せる明るい性格で、とにかく『自分にまっすぐな人』、そんな人だったからこそ、中学校で坂本さんはいわゆる人気者だった。


 しかし、そんな所謂『陽キャ』の坂本さんに何故かちょっかいを掛けられていたのがこの俺、小林龍太郎である。

 ギリ170センチに届かない(いや、今測ったら超えているはずだ!そうに違いない!)くらいの身長に、ぼさぼさの髪、次出会った時には忘れられているような顔をしている陰キャである。

 「普通にコミュ障の自覚はあります」と豪語できるほどの陰キャなので、普段は教室でも必要な事以外は一言も話さないし、当然友人もいないのだが、そんな俺が『唯一』話せた、いや話さざるを得なかったのが坂本さんなのだ。

 中学の時も今と変わらず教室の隅でラノベとにらめっこしていたのだが、二年(三年の時も同じクラス)の時に坂本さんが俺の隣の席になった瞬間、彼女にちょっかいを掛けられる壮絶な日々が始まった。

 最初からガツガツと絡んできた坂本さんから最初は距離を取るも、暫くして音を上げた俺は、『対坂本いじられサンドバッグ』に成り果て、教室でも何故か「ヤバいヤツ」認定をされ、余裕のよっちゃんで浮いていた。


 ...対する坂本さんかい?


 全然浮いてなかったよ?


 もはや『狂犬、一匹狼の小林』とか言われてた俺に唯一対抗できるクラス内戦力として羨望の的だったよ?


 なんでやねん!


 つーかなんだよそのあだ名!


 俺はただの陰キャぼっちなのに...しくしく(泣)


 とにかくっ!坂本さんのせいで中学は散々だったのだ。


 朝は「ねぇ小林、今日は私のどこが違うでしょーか♪」という高難易度ミッションから始まり、授業中には「ねぇ小林、消しゴム貸して?」と言われて貸せば、消しゴムがマジックペンで落書きを刻印された状態で返ってきたり、昼休憩には「ねぇ小林、これ食べてよ♪」と言われて差し出された卵焼きを食べれば、何故か超激辛だったりするなど、とにかく俺は坂本さんに揶揄われていたのだ。

 そんなこんなで濃密な期間を過ごした中学を卒業した後、坂本さんとは別々の高校となったきり疎遠になっていたのだが...どうして今になって会いにきたのだろうか?


 改めて坂本さんをじっと見ていると、


「急に見つめてきてどうしたの小林ぃ~照れちゃうじゃん♪」


 と絶妙にウザい反応を坂本さんはしているが、それを無視して俺はある一点に注目をした...いや、せざるを得なかった。


 聞きたいことは山ほどあるし、話したいことだってある...かもしれない。


 でも、あらゆる感情がない交ぜになって、胸の奥がつっかえているような不快感を感じていても、このことを聞かないという選択肢を俺は持ち合わせていなかった。







___どうして坂本さんの足は半透明なんだ?と。










***










 坂本さんに事情を尋ねると、彼女は何でもないような顔でこう言った。



___あぁ、私昨日自殺したんだよね、と。



 意味が全く分からないし、本当なら冗談だろ!と一蹴できそうな話なのだが、坂本さんから感じる雰囲気から、嘘ではないような気がした。


...しかし、その事実を認めたくない自分がいるのも確かだった。



「は、はぁ?自殺したってどういうことだよ!?」


「ん?だからそのままの意味だよ?昨日の夜、海に飛び込んで死んだの、私」


「じゃ、じゃあ、なんで死んだはずの坂本さんが、今こうして俺と普通に会話できてるんだよ!?」


「ん~、なんでだろ?」


 どうやら、本当に坂本さんは死んでしまったらしい。


 ...あの坂本さんが、だ。


 胸の内から込み上がってくる何かを深呼吸で抑え込みながら、俺は坂本さんへと向き直す。


「...坂本さんが死んじまったということは分かった。まぁ、まだ納得はしてないけど。もうここからは死んでいるという前提で聞かせてもらうが、どうして坂本さんは死んじまったんだ?」


「...言わないとダメ?」


「朝から坂本さんの怪奇現象に付き合わされているんだから、対価として黙秘は許さないからな」


「うぅ、分かったよ、もぅ」


 そこから坂本さんがぽつぽつと自殺した理由を話し始めた。

 一度話し始めると長いのが坂本さんだと中学の頃から学んでいた俺は、今日の学校はサボるしかないなと無遅刻・無欠席の記録を諦め、路地裏のアスファルトに腰を下ろして坂本さんの話に耳を傾けた。










***










 私さ、小林も知ってると思うけど、バレーの推薦で花ノ宮女子高校に行ったの。

 花ノ宮は何度もバレーで全国大会に出てる強豪だし、私も自分の力がどこまで通用するか気になってたからね、私はほぼ即決で進学を決めたんだ。

 ...あ、でも、少しだけ迷ったことがあったりなかったり。

 迷ったことって何なのかって?え~、それは...小林をいじることじゃん♪

 話を脱線させるな?ふふっ、ごめんごめん。

 それでね、入る前から強豪っていうのは知ってたけど、実際に練習も大変で最初はかなりきつかったよ。

 あ、でもでも、監督やコーチが怒鳴るタイプの指導者じゃなくて、褒めて伸ばすタイプの優しい人たちだったから、本当に練習だけが大変だったって感じ。

 それで、バレーの方は問題なかったんだけど、私が事前に調べておくべきだったのは学校生活の方だったんだよね。

 花ノ宮って、スポーツ推薦組(ほとんどがバレー推薦)と一般入試組がごちゃ混ぜのクラスなんだけど、一般入試組のクラスメイトがさ、その、今まで会ったことないタイプの女の子たちばかりだったの。

 一言でいえば、ギャルって感じかな。

 小林、女子高の教室って見たことある?

 もちろんないよね、えへへ。

 机の上には鏡やメイク道具が散乱してて、会話も中々凄くて。

 ...えっ!?どんな会話だったのって?

 それは...どんな男の子が良いかとか、付き合ったらどうするかとか、ごにょごにょ。

 も、もぅ、小林のえっち!

 ...その話は置いといて。

 それでね、スポーツ推薦の子たちってクラスでも5人いるかいないかとかだからさ、ほとんどのクラスメイトがそういう感じで。

 小林、そんなギャルの女の子たちのグループに私みたいなスポーツ女子がいたらどうなるでしょーか?

 そう、簡単に言うとね、いじめられてたんだ、私。

 最初は馴染めてたと思うんだけどねー、部活の練習が忙しくなってクラスの付き合いが悪くなった瞬間、孤立し始めてさ。

 無視とかならまだ良かったんだけど、ある日の練習試合でさ、バスケ部の練習試合があったの。

 バレー部はバレー部だけの体育館があるから、バスケ部とは基本一緒にはならないんだけど、ちょうどバスケ部が練習試合をしている体育館に道具を取りに行く用事があったんだ。

 それで、その道具を持った後、体育館から出ようとした時に、その、他校の男子に、ナンパ...されまして。

 ...なんで小林はそんな険しい顔してるの?

 俺も分からん、て。

 何それ、ふふっ。

 でね、そのナンパしてきた男子は同じクラスでバスケ部に入ってる女の子、北条星華って言うんだけどね、その子の彼氏だったの。

 私はすごい勢いで距離を詰めてくるその男子が怖かったから、何も言わずにバレー部の体育館に戻ったんだけど、その場面を見ていた星華が「人の彼氏に色目を使った」って言い始めて、そこから一気にいじめがエスカレートしていったなあ。

 星華はクラスの女王様みたいな感じだったから、一番最悪な相手に目を付けられちゃった、えへへ。

 毎日教科書がなくなっていたり、靴に画鋲が入っていたり。

 ねぇ小林知ってる?

女の子って華奢に見えるかもしれないけど、パンチされると結構痛いんだよ?

 周りには何度か相談したんだけど、状況はあんまり変わらなかったから、途中からは諦めちゃったな。

 ...バレーの監督やコーチには相談しなかったのかって?

 監督やコーチは学校外から来てくれてる人たちで、学校のこと自体はほとんど何も知らなかったから相談はできなかった、というかしたくなかったの。

 学校のことを知らないおかげで、私も部活の時間だけは何も考えずにいられたからね。

 といっても、同じクラスのスポーツ推薦の子たちも私と関わると巻き込まれると思ったんだろね、時間が経つと部活動中もほとんど会話はなくて、最後は私一人で自主練みたいな状況だったけどさ。

 そんな感じで毎日生きるのが辛くなって、昨日月ヶ丘海岸に飛び込んじゃった。

 これが私の自殺した理由だよ、小林。


 ごめんね、面白くなかったよね。










***










 面白くなかったよね、と言いながら下手くそな笑みを浮かべている坂本さんを、俺は何も言わずにそのまま抱きしめる。


「ふぇっ!?こ、小林!?」


 坂本さんの話を聞いて、様々な感情が顔を出そうとする。


 怒りもある。


 悲しさもある。


 虚しさもある。


 だけど、俺が坂本さんのために出そうとする感情は、どれもが結局自分自身のひとりよがりで、本当の意味で坂本さんに寄り添うことはできない、と思う。

 むしろ、俺が言葉を並び立てれば立てるほど、坂本さんの生き方、そして死を馬鹿にしているようにさえ感じるのだ。

 となれば、俺が掛けるべき声というのは何もない。

 ただ、何もしないという選択肢も俺の中にはなかった。

 言葉にはできない、俺自身でさえも分からないこの感情が少しでも伝われば良いと思いながら、俺は坂本さんの大きくて小さな体を抱きしめた。

 最初は俺の突然の奇行に目を白黒させていた坂本さんだったが、今は俺の方に腕を回している。


 ...でもやっぱり、どうしても伝えたい言葉があるので俺は口を動かした。


 俺はこの言葉が嫌いだ。


 使いやすい反面、使われ過ぎていて軽薄な感じがするからだ。

 でも、今の気持ちを伝えるにはこの言葉しかないとも思った。


「よく『がんばった』な、坂本さん」


 直後、自分の胸元から嗚咽が聞こえてきた。


 そういえば、中学の卒業式の日も坂本さんはよく泣いていたなぁなんてことを思い出した。










***










「もう落ち着いたか?坂本さん」


「...うん、ありがとね小林」


 坂本さんの表情に明るさが戻ってきたので、俺は話を続けた。


「それじゃあ、今からどうしようか?」


「どうしようってどういうこと?」


「具体的に言えば、坂本さんが今こうして俺の前に現れている現状の解明、もっと言うと坂本さんの成仏の仕方ってことだな」


「...うぅ、はっきり言うね、小林。まぁ確かにそうだよね~、この状況は誰が見てもおかしな状況だしね」


「何となくだが成仏の方法でよくあるのは、生前にやり残したことがあるとかだと思うんだが、思い当たる節はあるか?坂本さん」


「...ん~なんだろ、死ぬ前に学校でいじめられてたことを書いたノートと一緒に家族に書いた遺書は机に置いてきたし、由実とか香織とか中学時代の親しい人にもそれとなく最後のお別れ電話はしたからな~」


「となると、家族や友人への未練って訳ではなさそうか。じゃあやっぱり高校関連の可能性が一番高いな」


「...でも、高校でやり残したことなんてないよ?何ならもう高校に行きたくなくて死んだんだし。逆に私が死んだことで星華たちのいじめがバレちゃうことにざまあみろって少し思ってるくらいだもん」


 坂本さんはやり残したことはないと言っているが、それではこんな状況にはなっていないのも事実だ。

 何か今までの坂本さんの発言から、坂本さんがやり残したことのヒントはないかと頭を回転させる。


 すると、坂本さんがやり残したことが一つ思い付いた。



「なあ、坂本さん。もしかしたら、坂本さんのやり残したことが分かったかもしれないぞ」


「...えっ!?ほんとに!?」


 そして俺はその内容を坂本さんに伝える。

 それを聞いた坂本さんは「...うん、確かにそうかもしれない」と、俺に頷き返した。


「よし、それじゃあ行こうか、坂本さん」










***










 お腹が空き始めてくる頃、俺たちは花ノ宮女子高校の校門前に到着した。


「ほぇ~ここが花ノ宮か。事情がない限りまず来ることはないから新鮮味があるな」


「勢いでここまで来ちゃったけどさ、この後はどうすんの小林」


「その辺は考えてあるから任せてくれ。よし、それじゃあ入るか」


 そうして俺が校門をくぐると、隣にいた坂本さんの姿がない。

 後ろを振り向くと、坂本さんは足が竦んで動けないでいるようだった。


「えへへ、ごめんね小林。大丈夫だと思ったけど、やっぱりこの学校に入るのが怖いみたい。私はもう死んでるのにね、何故か足が震えちゃうの」


 そのまましゃがみこんでしまった坂本さんを見て、俺は自分に猛烈な怒りが湧いてきた。


俺は失念していた。


 そうだ、昨日まで坂本さんはこの場所でいじめられていて、そして命を絶ったんだ。

 俺は、坂本さんの気持ちを蔑ろにしてしまった。


 俺は本当に馬鹿だ。


 そのまま俺は、自分の固く握りしめた右手で自分の顔を殴り飛ばした。


「ど、どうしたの!?」


 坂本さんが心配そうな声を掛けてくれているが、俺は俺を許せそうにはなかった。

 しかし、今ここで自分を責めるのは時間の無駄になることは分かっているし、何より坂本さん自身のためにも、ここは坂本さんに一歩を踏み出してもらうしかないのだ。


 そうして俺は坂本さんに近づき、坂本さんの右手に優しく左手を添えた。


「ごめん、坂本さん。俺は坂本さんの気持ちを考えられていなかった。俺のことは後からいくら罵ってくれても構わない。だけど、俺は坂本さんに立ち向かって欲しいと思っている。都合が良いことを言っているのは分かる。けど、今の坂本さんは一人じゃない。俺も一緒にいるからさ、二人でがんばってみないか?」


 そう伝えると、坂本さんは俺の左手をぎゅっと握りしめ、その場で立ち上がった。


「...うん、二人でなら大丈夫そう。でも、まだ不安だから手は離さないでよね、小林」


「絶対に離したりなんかしないさ、坂本さん」


「もぅ、小林のくせにカッコつけちゃってさ、ふふっ」


 そして俺たちは、繋がれた手にお互いの存在を感じ合いながら、校門のその先に一歩踏み出したのだった。










 校舎の中に入った俺たちは、坂本さんの案内で職員室前の受付にやってきた。

 「すみませーん」と声を出すと、事務員の人が出てきたので、俺は用件を伝えた。

 要約すると「二年七組の北条星華の親戚で、彼女に今日中に渡す物があるので呼んで欲しい」という内容だ。

 かなり嘘満載の内容だったが、特に疑われることもなく、事務員さんは北条星華の呼び出しに向かって行った。

 昇降口で待っていると伝えておいたので、俺たちは一足先に昇降口へと移動した。


「坂本さん、準備はいいか?」


「うん、小林がここまでしてくれたんだもん、もう何も怖いものなんてないよ」


 そうしてしばらくすると、階段から一人の女子生徒が現れた。

 金髪のツインテールにきつめのメイク、そして着崩された制服。

 間違いない、あれが北条星華で間違いないだろう。

 内心、俺自身が彼女と出会った瞬間何をするか分からない精神状態ではあったが、存外頭は冷えており、校則がほとんど自由とはいえこの身なりを認めている学校側は一体どうなんだと、余計なことを考える余裕さえあった。

 しかし、怖いものなんてないと言っていた坂本さんだったが、繋がれている手からは震えが伝わってくる。

 「俺も付いてるから」という気持ちを込めながら少し強く握り返すと、坂本さんの震えが止まった。


___もう大丈夫だろう。


 俺にはそう思えた。


「ねえそこの男子。あーしの親戚が用事でここに来てると思うんだけど、誰か他に見てない?」


 北条が話しかけてきた内容的に、まだ彼女は俺たちに呼び出されたということを理解していないようだ。

 それに俺だけに話しかけてきたことから、やっぱり俺以外の人には坂本さんは見えないようだ。


「初めまして、小林龍太郎です。突然なのですが、あなたの親戚なんてこの場にはいませんよ。だって俺があなたを呼び出すためについた嘘なんですから」


「は、はぁ!?あんた何言ってんのよ!」


「あなたは俺のことを知らないし、俺もあなたのことは知らない。だけど、俺は、俺たちはあなたに用があってここにいます」


「意味分かんないんだけど!会ったこともないのに用事なんてあるわけがないでしょ!きも!あんたみたいな根暗なヤツはやっぱり何を考えているか分かったもんじゃないわね!あんたみたいなきもいヤツはとっととあーしの前から消えて!」


 俺が呼び出した要件を伝えると、北条は怒りを露わにして暴言を吐いてくる。

 いくら俺が嘘を付いたとはいえ、よくもまあ初対面の相手にここまで言えるもんだと感心すらしていると、隣にいる坂本さんから「...小林、いつでもいいよ」との合図があったので、俺たちは作戦を実行することにした。


「ふんっ!授業を抜け出せるからラッキーと思ってたのに、あんたのせいで気分は最悪なんですけど。じゃ、二度とあーしの前に現れないでね、この不審者!」


 言うだけ言って階段の方へ踵を返した北条の背中に声が投げかけられる。


「星華、聞こえてる?」


 その瞬間、足を止めた北条が慌ててこちらを振り返る。


「...は?今アイツの声がしたんだけど」


「星華、どこ見てるの?私はこっちだよ?」


「ひぃ!?ど、どこにいるのよ!?早く出てきなさいよ!そうじゃないと、いつものように痛めつけてやるわよ!?」


 俺たちはここに来る前に、ある検証をしていた。


 それは、坂本さんが見えない人にどの程度まで干渉できるのか?というものだ。


 俺は坂本さんが見えているし、触れることも会話することもできる。

 なら、見えない人にはどうなるのか?ということを知りたかった。

 結果、坂本さんは意識的に見えない人へ話したり触れようとしたりすることはできるということが分かった。


 姿だけは何故か俺にしか見えないようだったが...。


 そして今も検証通り、北条には坂本さんの姿を見ることはできていない。


「星華、私昨日自殺したんだ。星華たちのいじめに耐えられなかったから」


「あ、あんた、何言ってんのよ...?」


「死ぬときに思い残したことはないって思ってたけど、やっぱり心残りがあったんだろうね。今もこうしてあなたの前に化けて出てきているんだから。そっちは見えないと思うけどさ」


「な、何よ何よ何なのよ!?恨んで幽霊にでもなったって言うの!?あ、あんたがあーしの彼氏に色目を使ったのが悪いんじゃない!そうよ!元はと言えばあんたが悪いのよ!」


「確かに恨んでるよ?怒りもあるし。でも、私がここに来たのはあなたを呪うためなんかじゃないよ。私自身があの時諦めてしまったっていう後悔を晴らすため。小林に言われた時、いや言われる前から私も何となく感じていたの。自分の心のもやもやに。それは、星華たちからいじめられている現状に、自分から見切りを付けて諦めてしまったこと。なんでもかんでも諦めて、気付いたら自分の命でさえ諦めていた。『諦めたこと』、それが私のやり残したこと」


 そう、俺が坂本さんの心残りとして伝えたのは『自分自身への後悔』。

 坂本さんの話や話している表情から、坂本さんには自分自身に対する不甲斐なさというか、やるせなさのようなものが感じ取れた。

 そして、坂本さんが最も後悔していたのは『諦めたこと』だとも思った。

 坂本さん自身が諦めたことにもう一度向き合い、諦めた過去を払拭することが成仏の方法だと思った俺は、こうして後悔の元凶でもある北条と会うことを坂本さんに伝えた。

 どのようにして己の後悔に向き合うのか、北条と会った後のことは坂本さん本人に委ねてある。

 ここまでくると、もう俺にできることはほとんどない。


 後は坂本さんに任せるだけだ。



「だからね、星華。私はあなたと向き合うことで、新しい一歩を踏み出すことにするよ」


 坂本さんが一歩ずつ北条に近づいていく。


「...本当はね。あなたに私の後悔を伝えて、それで過去を払拭するつもりだった」


 また一歩、また一歩と徐々に距離を縮める。


「でもね、星華。あなたはさっき、小林を馬鹿にした」


 坂本さんは北条の目の前までたどり着いた。


「...そ、それがど、どうしたって言うのよ!?あ、あんな地味な奴馬鹿にしようがあんたには関係ないでしょ!?」


「私ね、実は自分のことなんてもうどうでも良いくらい、今怒ってるの。あなたは私の大事な人まで馬鹿にした。言ったよね?本当は何もする気はなかったって。でももう無理。あなたたちと同じにはなりたくないけど、私の気持ちが晴れるにはこれしかないから、しっかり受け取ってね?」


 そうして坂本さんは自身の右手を振り上げた。


「は、何言っ...ぶッ!!!」










___ざまあみろ!!!!!











「行こ!小林っ!」


 勢い良く地面に倒れた北条に背を向けて、俺たちは昇降口から走り出す。


「あははっ!」


「もー何笑ってるの小林っ!ふふっ」


「坂本さんだって笑ってるじゃないか。いやーまさか、けりの付け方が右ストレートとは思わなくて」


「でも、小林もスカッとしたでしょ?」


「まぁ、かなりね?」


「「はははっ!」」


 校門を出た後も俺たちは走り続ける。


「それにしても、成仏の方法はこれじゃないようだな」


「...本当だね。でもまあ、今はがんばったご褒美にどこか行きたいなぁ~こ・ば・や・し・く・ん♪」


「はぁ~、行ける範囲だからな小林さん」


「やった!じゃあこのまま遊園地行こうよ!高校に入ってからは忙しくてほとんど外出もできてなかったし、久々に行ってみたいなって。しかも、私は周りから見えないからタダで遊園地に入ることができるのだ...ふふふ」


「...確かにここまで来るのに使った電車も俺しか切符買ってないけどさ、言ってることが問題発言過ぎるんだよな、坂本さんは。まぁ今から学校に戻る気も起きないし、遊園地行くか」


「よしっ!れっつごー!」


 そう言って坂本さんは俺の左手に自身の右手を絡ませてきた。

 坂本さんが嬉しそうな顔をしているからまぁ良いかと思いながら、二人で手を繋いだまま駅を目指す。


「あ、そうだ。坂本さん、さっきは俺のために怒ってくれてありがとな」


 そう伝えると、坂本さんの顔がほんのり赤くなったような気がしたが、その後の輝くような笑顔を見て、俺の気になったことなんて簡単に吹っ飛んでいった。







___どういたしましてっ♪










***










「はぁ~楽しかったね小林!」


「つ、疲れたぁ~」


 遊園地で遊び尽くし、今は帰りの電車に乗っているところだ。

 時刻は二十時頃であり、もう少しすれば最寄り駅に到着するだろう。


「誰があんな凄い勢いでコーヒーカップを回すヤツがいるんだよ!?」


「あははっ!でも小林が『どれだけ回されても耐えられる』とか言ったのが悪いんじゃん♪」


「周りの人は坂本さんのことが見えてないから、一人で超回転してるヤバいヤツだと思われてたんだぞ!...しくしく」


「あぁ~もう泣かないでってばぁ♪」


 うだうだと遊園地のことを話しているうちに、最寄り駅に到着した。


「ほら、到着したぞ坂本さん。とりあえず今からどうするかは降りてから考えよう」


「そうだね。ところで小林、私ね...」


「あっ!小林くんじゃない!今日は一体どうしたの?」


 坂本さんが何か言おうとした時に、正面から俺に声を掛けてくる人物が現れた。


「委員長。こんばんは。塾帰りですか?」


「そうなの。来週からテスト週間も始まるし、とりあえず気になっている部分を先生に聞いてたらちょっと遅くなっちゃって」


 俺に声を掛けてきたのは、今のクラスの学級委員長をしている清水咲希さん。

 席が隣で、朝や休憩時間などにたまに話したりする。

 学級委員長という立場に居るということもあり、クラスでぼっち気味の(というかぼっちの)俺にも話しかけてくれるクラスメイトだ。


「それで?今日小林くんはお休みしてたけど、何かあったの?」


「えっと...今日は母が入院したからそのお見舞いに行ってたんですよ」


「え!?小林くんのお母さんは大丈夫なの?」


「職場の階段で躓いた時に足を骨折しただけなので大丈夫ですよ。今も全然元気だったですし。今は母が何日か入院するので必要なものを病院に届けに行った帰りですね」


「...大丈夫なようで安心したわ。なるほど、それは大変だったわね。今日の授業ノートはまた明日にでも見せてあげるから安心して。そ、それに、分からないところがあったらいつでも聞いてくれて良いから、ね?」


「あはは、お気遣いありがとうございます。もうすぐ委員長が待つ電車が来るのでこの辺にしときますね」


「あっ!ちょうど電車がやって来たわ、ふふっ。それじゃあ小林くん、また明日ね」


 そうして手を振りながら委員長は電車に乗って帰って行った。


「悪いな、坂本さん。ちょっと話し込んじまって」


「...」


「ん?坂本さん?」


 委員長との会話が終わって坂本さんに話かけると、坂本さんから返事はなく、俯いていて表情も分からない。


「...ねぇ、小林。あの女の子って...」


「あぁ、あの人は清水咲希さん。同じクラスの学級委員長をしていて、席も隣だからたまに話すんだ」


「小林は、その...清水さんと仲は良いの?」


「ん~どうだろう?俺がいつもクラスでぼっちだから声を掛けてくれてるだけだろうし、本当に休憩時間とかで話すだけだからなぁ。まぁでも、今の高校で『唯一』話せる相手かな?」


 俺が坂本さんの質問に答えた後、坂本さんが顔を上げた。

 その坂本さんは、何故か瞳に涙を湛えていた。


「えっ?どうしたんだ、坂も...」


「小林はさ」


 俺が声を掛けようとすると、それに被せるように坂本さんが声を発する。


「...小林は優しいよね。今日だって中学を卒業してから一度も会ってなかった私のために色々してくれてさ。でも、知ってるんだ。小林が私以外にも、誰にでも優しいってことは。多分だけど、小林は気付いていないだけで清水さんのことも知らず知らずのうちに助けてるんだよ。私、分かるもん、だって清水さんも私と同じ目をしてたから」


「...何言ってんだよ坂本さん」


「だからさ、今日はごめんね。小林が今日本当にいるべきだったのは、疎遠になって勝手に死んでた私の方じゃなくて学校の方だったね。えへへ、馬鹿だね、私。小林にだけは迷惑や心配は掛けないつもりでいたんだけどなぁ...本当にごめんね」


 そう言うと、坂本さんは後ろを向いて駅の外へ走り出す。


 ...涙を溢しながら。


 どうして坂本さんが涙を流していたのか、どうして清水さんが話に上がってきたのか、そして、どうして坂本さんが駆け出して行ったのか俺には分からず、俺はしばらく動くことができなかった。


 ...いや、本当はもう気付いているはずだった。


 ...でも、今になって手を伸ばすのを躊躇ってしまった。


 「本当にこのままで良いのか?」と頭の中のもう一人の自分が声を掛けてくる。


 ...分かってる、分かってるんだ。


 「このままじゃ、中学最後の日と何も変わらないぞ!」ともう一人の自分が背中を押す。


 ...そうだよな、このままじゃ終われないよな。


 俺は、自分の両頬を叩いて気合を入れ直すと、坂本さんの後を追いかけた。

 幸い、まだそこまで遠くには行ってないだろう。

 ヒリヒリと頬が痛むが、胸の痛みに比べればそこまで気になるものでもない。

 疲れはあるが、足は前に前にと動き続ける。


 前に___。


 前に___。


 駅の周辺は明るかったが、離れるにつれどんどんと光も少なくなっている。




 ___夜の街に吐き出す息と足音だけが響いている、そんな気がした。











***










「はぁはぁ...。やっぱりここにいたか、坂本さん...」


「...小林」


 駅から走ること三十分、遂に坂本さんを月ヶ丘海岸で見つけることができた。


「朝にここで死んだって言ってただろ?だから、またここにいるんじゃないかと思ってな」


「...お見通しだったね、小林には」


「それにしても、坂本さんは幽霊だから疲れないだろうけど、俺は帰宅部なんだから全力で逃げるなよな、まったく」


「...ごめんね」


「足疲れたから隣座っても良いか?」


「...うん、良いよ」


 そうして俺は坂本さんの隣に腰を下ろす。

 今俺たちの居る場所は、月ヶ丘海岸の名物にもなっている長い堤防の一番先の突き出た部分で、まるで海の真ん中にぽつりと浮かぶ小さな島にいるような気がしてくる。

 上を見上げると、大きな満月が雲一つない空に浮かび上がっていた。


「おっ、今日は満月だったんだな。こんなに綺麗な丸の形をした月なんて、学校の教科書でしか見たことないかもな坂本さん」


「確かにそうだね。本当に今日は綺麗だね」


 話しかけながら坂本さんの方を振り向くが、坂本さんから返事はあるものの、目が合うことはない。

 月を一点に見つめる坂本さんの目は、今も赤いままだった。


「...坂本さん。俺にも坂本さんと同じように後悔してることがあるんだけど、その話をしても良いか?」


 俺がそう言うと、坂本さんの視線が自分の視線と重なった。


「小林の後悔してること?」


「そう、後悔してること。それも死ぬほど後悔してることだな」


「...小林にもそんなに後悔してることなんてあったんだ」


「そりゃあるさ...って、『小林にも』は余計だろ」


「ふふっ、ごめんね」


 「じゃあ、小林のその話聞かせてもらっても良いかな?」と坂本さんから許可が出たので、俺は自身の『後悔』を話し始める。


「...俺さ、中学の時好きな人が居たんだ。その人はさ、クラスの人気者で運動もできて、勉強は...苦手だったかもしれないけど、とにかく明るい人だったんだ。正に俺とは真逆、実際話すことなんてないと思ってたよ。でもさ、席が近くなってからというものの、俺のことをその人が毎日揶揄ってくるようになってさ、最初は正直面倒だと思って距離を取ろうとしたけど、気付いたらその人といつも一緒に居た気がするなぁ。なんだかんだ、毎日話し掛けてくれるのが嬉しかったんだ。結局、中学を卒業するまではずっとそんな感じでさ、俺はその人の楽しそうにテレビの事を話す顔も、部活の大会で負けて悔しそうに泣く顔も、一緒にテスト勉強をした科目で高得点が取れて嬉しそうな顔も、色んなその人の表情を見てきたよ。本当にその人はすぐに感情が表情に出るからもう分かりやすくって、あはは。気付いたらいつもその人の事を目で追っていた。きっかけが何かなんて分からないけど、もしかしたら初めて話しかけられた最初の日かな、気付いたら俺はその人のことが好きだった」


「...」


「それでさ、卒業式の日、高校が別々になるってことは知ってたから、離れ離れになる前に告白しようかと思ったんだ。その人に気持ちを伝えるために声を掛けようとしたら、俺より先にクラスのイケメンの男子がその人に声を掛けててさ。駄目だとは分かっていてもやっぱり気になって後を付けていったら、その男子がその人に告白をしてたんだ。俺はその先の返事を聞くのが怖くなって、その場から逃げ出した。だから、その人が何て返事を返したのかは分からないけど、俺とそのイケメンの男子、どっちがその人に相応しいかなんてのは誰が見ても明らかだし、何より俺自身がその二人はお似合いだと思ってしまった。二人とも美男美女で身長も高くてスタイルが良いのに、対する俺は背が小さくてボサボサ髪の陰キャだ。俺は自分自身でその男子に勝てない・無理だと諦めてしまった。告白の後にその人が『打ち上げに行こう』と誘ってくれたけど、告白の事が頭から離れなくて、『俺は行かない』なんて不愛想な返事しかできなかった。結局その人との会話はそれっきりで、最後に見たその人の『そっか』っていう下手くそな笑顔だけが頭に残ってる。それから高校に進学しても、ずっとその人のことが頭から離れなくて、最後にどうしてあんな別れ方をしてしまったんだろう・どうして想いを伝えなかったんだろうって思えば思うほど、あの人がどれだけ俺の世界を彩ってくれていたかが分かってさ、あの人が居ない日常は灰色で生きてる心地がしなかった。これが俺の後悔。坂本さんと同じように『自分自身が諦めてしまった』っていう後悔だよ」


 俺が自身の『後悔』を打ち明けている最中、坂本さんは終始無言で驚いたような顔をしていた。

 しかし、坂本さんはまた大粒の涙をぼろぼろと流し始めた。


「あ、あれ?なんで、私こんな...」


 坂本さんはどうして涙が流れているのか分からず困惑している様子だったが、俺にはまだ話さないといけないことがあるため、坂本さんの方に向き直し、話を続けた。


「...今日、その人が突然目の前に現れた時は驚いたよ。それで...昨日死んだって聞いた時はもっと驚いた。その人の話を聞いて思ったよ、『あぁ、また俺は何もできなかったんだ』って。後悔がまた増えてしまった。だからさ、俺はもうこれ以上後悔はしたくない。その人と一日一緒に居て思ったよ、俺その人のことやっぱり今でも好きなんだなって」


「...うん」


「だから...」


「...うんっ」


 坂本さんの涙で溢れている目が、どこか期待するように俺の姿を捉えている。







「俺、坂本さんのこと、好きだ」







 俺がそう言うと、坂本さんは涙を拭って笑みを浮かべた。







「私も、大好きっ!」







「うぉっ!?」


 俺が想いを口にすると、坂本さんが俺の元に飛び込んできた。

 坂本さんは抱き着いたまま、俺の胸に顔を埋めてくる。


「小林、私、嬉しいっ、嬉しいよぉ」


「...俺も超嬉しいかも」


「もぉ~何それぇ~えへへ。これって、夢じゃないよね?」


「...夢じゃないよ、坂本さん」


「そっか、ふふっ」


 顔を上げた坂本さんは会話の明るさとは裏腹に、頬を膨らませて不満そうな表情を見せる。


「...小林、私ずっと待ってたんだよ?」


「随分と待たせちゃったな。ごめんな、坂本さん」


 俺が謝罪を口にすると、口の空気を抜いた坂本さんは打って変わって眩しいほどの笑顔を見せる。


「ふふっ、嘘だよ嘘。本当に嬉しいよ、小林。それに、待たせてたのはお互い様だからね。あっ、小林にお願いがあるんだけどさ、もう少し小林の胸、借りても良い?」


「いくらでも貸すよ、坂本さん」


 そのまま坂本さんは朝のように嗚咽を漏らして俺の服を湿らせていく。

 だけど、朝とは違ってどこか嬉しそうに涙を流しているように感じたのだった___。










***










 泣き止んだ坂本さんは、俺とぴったりくっつくようにして座り直し、お互いの手はしっかりと繋がれている。

 坂本さんがニヤニヤと笑みを浮かべながら、俺に話しかける。


「そっか~、小林は雪ちゃんのことが好きだったのかぁ~、ふ~ん♪」


「そんなこと言ったら坂本さんだって、その、俺のこと好きじゃんか」


「ぶっぶー、残念でした~私は小林のこと『好き』なんじゃなくて『大好き』なんですぅ~」


「はぁ!?そんなこと言ったら俺だって坂本さんのことなんか『大好き』に決まってるし!」


 その後もどっちが好きかとかいうバカみたいなやり取りをひとしきりした後、ようやくかなり恥ずかしいことをしていたということに気付いた俺たちは、お互いに顔を赤くして黙り込んだ。


 顔の熱が冷めてきたので、俺は坂本さんに話かける。



「...俺は坂本さんのことが好きだ。だからさ、例えば委員長に遊園地に誘われたとしても、俺は行かないよ?」


「...小林?」


「さっきは、多分だけど、俺が清水さんと話してるのを見て、その、嫉妬してくたんだろ?」


「...ばれちゃってたか、えへへ」


「俺が遊園地に誘われて、あるいは自分から誘って行きたいと思うのは坂本さんだけだからさ。ていうか、嫉妬する坂本さん、可愛いと思うよ、俺」


「ふぇ!?こ、ここ、小林!?」


 「不意打ちはやめて!」と言いながらも、坂本さんはなんだかんだ嬉しそうに俺の腕に抱き着いてきた。



 その後、ふーっと深呼吸をして落ち着きを取り戻した坂本さんが話し始める。



「私ね、小林に一つ嘘付いてたことがあるんだ」


「どんなこと?」


「それはね、私がここにいる理由。もっと言えば、死んだはずなのにこうして小林の前に現れている理由かな」


 どうやら坂本さんは、自分がこうして幽霊となって存在している理由、つまり成仏するための方法を最初から知っていたらしい。

 俺は何も言わないまま、坂本さんの言葉に耳を傾ける。


「お昼のね、自分の過去を清算することも確かに後悔したことだったの。だから、お昼に私と小林で一歩踏み出したことは時間の無駄なんかじゃないよ?これは本当なの。でも、私が死ぬ直前に思ったことは、小林のことだった」


「俺のこと?」


「うん、まぁさっき小林に言っちゃったけどさ、私、小林のことがずっと好きだったの。高校に上がっても毎日小林に連絡を取ろうかどうか考えるくらいにはさ。それでね、死ぬ直前に浮かび上がってきたのも小林、あなたの顔だった。だからさ、私の思い残した本当の『後悔』、それはあなたに私の想いを伝えること」


「...そう、だったんだな。いや、俺も薄々は気付いていたんだと思う。だけど、自分に自信がなかったんだ。ごめんな、坂本さん」


「ううん、全然良いの。こうして小林と想いを通わせることができたんだから」


 坂本さんからまた涙が溢れ始める。


「だからね、私のやり残したこと、全部叶っちゃった」


 よく見ると、坂本さんから光の粒子のようなものが出始めている。


「...これは」


「うん、私はそろそろ成仏するんだと思う」


「坂本さん...」


 坂本さんが立ち上がるのに合わせて、俺もその場を立ち上がる。

 坂本さんの視線は頭上の満月の方に向いている。


「...私、こんなことになるなら死ななかったら良かったなぁ」


 坂本さんの顔がこちらへと向けられる。


「...私、今日泣いてばかりだね」


「本当に泣き虫だな、坂本さんは。いつも表情に出るんだからさ」


「小林が泣かしてるんだからね~もぅ」


「...うっ、確かにそうじゃないとは言い切れない、かも」


 「あははっ」と笑いながら、手を繋いでいない方の袖で涙を拭う坂本さん。




 俺は坂本さんに聞きたいことを尋ねた。




「坂本さんは昨日ちょうど今居る場所から海に飛び降りたのか?」


「えっ?う、うん、そうだよ...?」


「...じゃあ、まだこの辺に坂本さんはいるかもな」


「どういうこと?」


「ん?今からだったら坂本さんに追いつけるなって思ったんだよ」


 俺の言った意味を理解した途端、坂本さんが「駄目だよっ!」と声を上げる。


「そんなことしたら、小林だって...!」


「俺は全然構わない」



 そう言って、俺は坂本さんのことを抱きしめる。



「言ったろ?俺はもう後悔はしないって。それに、坂本さんがいない毎日は、本当に自分が死んでいるようにさえ感じるくらい、灰色な毎日だったんだ。俺は、もう坂本さんのいない毎日なんて考えられない」


「でも...」


「それに、こんなに泣き虫な坂本さんを一人になんてさせられないよ。坂本さんはこう見えても寂しがりやだからな」


「...」


「これからはずっと一緒だ。だから俺も坂本さんのところにいくよ」


「小林は本当にそれで良いの...?」


「当たり前だろ?むしろ坂本さんにはこれからずっと俺と一緒にいてもらうからな」



 そう言うと、坂本さんの抱きしめる腕に少し力が込められる。



「...ぐす、小林の方こそ、これからずっと私の隣にいてもらうからねっ」


「約束だ」


「うん、約束だよ」








 俺たちは月がスポットライトのように照らし出す小さな舞台の上で口づけを交わす。


 そのまま体を倒して深い海に沈んでいく。


 下へ下へと、体がどんどん何かに吸い寄せられているような、そんな不思議な感覚が体を支配する。


 冷たさを感じることはなく、ただただ温かな光が自分の体を包んでくれているような、そんな心地良さがあった。


 深く___。



 深く___。



 意識が遠くなる直前も、頭に浮かぶのは大好きな女の子のことだった。


 その子が笑顔で俺の手を掴む。


 俺も笑顔でその子の手を握り返す。













___綺麗な満月が、誰も居ない舞台をいつまでも、いつまでも、照らし続けていた。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

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