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最終話



 視野の範囲一杯に広がる廃墟を眺めながら、ルールーは小競り合いが終わったらまた、以前のように探索してみるのも悪くないか、と思いながら頭部のバイザーを上げた。


 「…なあ、ヨモギよ。どうして連中は過去の失敗を教訓として生かせねぇんだろーな」


 四機のオルテガを後ろに従えながら、ルールーが独り言のように呟く。彼女が見下ろす先の戦場では【ヤマト独立国】側に寝返った義体化兵達が、同胞の兵士達を無慈悲に射殺し掃討していく。そして生き残った兵士達は武装解除に応じて投降し、次々と捕縛されていった。


 「それは自らの失態を認めてしまったら、軍参謀本部は全員クビになるからでしょう」


 傍らのヨモギはそう答え、それを聞いたルールーも彼の意見を認めるようにニヤリと笑った。


 「だろーな! にしてもよ、義体化兵を送り込んで幾ら待っても、首謀者の首が取れないんだかられまくってるだろうなぁ!!」


 そう話すルールーの後ろに控えているオルテガだが、一切の武装はされていない。だが、その全身には小さな飛行型ドローンが無数に取り付き、合図を待つ猟犬のように羽根を畳んでいる。ルールーがちらりと後方に視線を漂わせると、待機していたドローン達が一斉に飛び上がり、オールド・トーキョーの空へと舞い上がっていった。


 「…へへっ、増脳仕様に改造した支援機オルテガと魔力を動力に変換出来るドローンで、どんどん義体化兵をぶん捕ってるって知ったら、連中はどんな面するだろうよ?」


 愉快そうにそう言うと、ルールーの後ろのオルテガ達が膝を突いて屈み込み、彼女に敬意を表するように身を低くした。


 「…そんじゃ、新しく仲間になった連中を拝みに行くか」


 そう言ってルールーが一歩踏み出すと、オルテガ達も立ち上がり彼女の後を進む。その様子は魔王に従う巨人のような勇壮さで、見送るヨモギも思わず過去の自分の姿を重ねてしまう。


 (…劣化した俺に変わってルールーが魔王になり、勇者は数を増やして再戦に挑む、か…)


 そう心中で呟きつつ、両陣営の駒が揃い始めつつある事は、予め想定されていた事なのだろうかと思慮を巡らせる。


 …もし、こうした流れも予定の内だったとすれば、突如オールド・トーキョーの電子的妨害が解かれたのも頷ける。魔王の器として認められる者が新たに現れ、今まで膠着していた状況に著しい変化が訪れた時、再びこの環境が戦場と化すだろう。


 (しかし、ルールーは俺と違う道を歩むだろう。ただ都合良く操られ、力を使い果たして打ち捨てられた俺とは、全く違う道を…)


 次第に遠ざかるルールーの姿を見送ったヨモギは、まだ途中だった飛行型ドローンの改良作業に戻る為、横田ベース内の拠点へと足を向けた。



 それから数日後、アジア統合管理局はオールド・トーキョーでのオリハルコン産出機構そのものを手放し、製造に従事している現地人以外を全員引き上げさせた。だが、裏でアジア統合管理局にオリハルコンを定期的に譲渡する密約が交わされていた事を、武力で利権を確保する為に兵を送り込んだ諸外国は知らなかった。





 「…あっ! ヨモギさん!!」


 拠点(と呼んでいるが元は基地内の大型店舗跡)に戻ったヨモギを見た青年はそう言って立ち上がり、手を振りながら近付いて行く。服装は現代的な出で立ちと違う異世界人そのものだが、彼の話す当地言語はヨモギの副電脳アーカイブ内で自動翻訳される。


 「ああ、リーディオ、ただいま。作業の方はどうだい」

 「えっ? あ、はい! まあ、それなりに進んでますよ…」


 リーディオと名を呼ばれた彼はヨモギに尋ねられ、少しだけ口ごもりながら俯く。二人の後ろでは様々な人達が工具を持ち、小さな飛行型ドローンも含めて多種多様な機械を分解しては手を加えていた。驚く事に作業に加わっている者の中には、ゴブリン達もちらほら混ざっているのだ。そんな肌の色も違う屈強なゴブリンの一人がレンチを持ったまま顔を上げ、ポツリと呟いた。


 「…りーでぃお、同じとこ間違う。根はマジメ、でも余裕ない」

 「いやっ、それは…でも頑張って覚えようとしてるんだけどなぁ…」


 唐突な指摘に困惑しながら言い訳するリーディオに、ヨモギはそれは充分判ってるさと前置きしながら、


 「焦る事はないよ、リーディオ。君はまだ若いし習得も早い。最初から覚えて、これだけ出来れば伸び代も有るさ」


 そう言って励ますが、傍らのゴブリン青年は二人のやり取りに目を向けもせず、黙々と改修を終えて次のドローンを掴み、


 「…やれば覚える。覚えれば出来る、俺、そう思うだけ」


 熟練の職人が放つ含蓄有る言葉のように呟きながら、電動ドライバーの柄をクルリと指先で回した。


 「…ねぇ、どうしてグレゴリーの方が手際よく出来るんですかぁ!?」

 「うーん、それは自分にも判らんよ…」


 思わず泣きつくリーディオに苦慮しながら、しかしヨモギはほんの少しだけ愉しげな気分になる。自分達は世界中から目の敵にされるかもしれないし、各陣営が自分達をどう扱うかも判らない。だが、そんな混沌とした状況にも関わらず、彼の見通しは決して暗い物にならなかったのだ。


 (…ルールーが目指す自由な世界の方が、今まで接してきたどれよりも先行きは明るい気がするし、それに何より…)


 人種も暮らしてきた環境も、況してや現代世界と異世界の違いも分け隔て無く共存しているオールド・トーキョーの方が、彼には居心地の良い場所だったからだ。







 《…ウォーターフロント・ワンより本部! 前線に【コードネーム・パンドラ】が出た!! 》


 緊迫感の有る声で報告が届き、アメリカ軍侵攻部隊本部に緊張が走る。幾度も行われた機械化部隊の攻撃を単騎で容易く退け、更に捕虜を洗脳して手勢に加える異次元の存在…それが【コードネーム・パンドラ】だった。


 全身を黒く染めた義体で纏め、右手に実剣そして左手に電磁ライフルを構えながら悠々と歩みその姿は、小柄な女性型義体の特徴を備えているにも関わらず、それを凌駕するだけの威圧感を放っていた。


 《…くそっ! 光学迷彩で姿を消したぞ!?》


 果敢に攻撃しようと狙いを定めた前線の義体化兵達を翻弄するように、【コードネーム・パンドラ】は無数の飛行型ドローンを散開させながら姿を隠し、援護支援用の義体化兵が音響探知を試みたものの、その行動パターンを偵察ドローンを介して捕捉したのか、背後から実剣を用いて一刀両断に斬り伏せる。


 《電磁ライフルは使うな! 同士撃ちにしかならん!!》

 《…ひっ!?》

 《駄目だっ! 捕捉出来んっ!!》


 混乱の坩堝るつぼと化した戦場を自由気儘に歩みながら、【コードネーム・パンドラ】は義体化兵を一人、また一人と姿を消したまま斬り倒す。


 【 …弱えぇな! もっと、もっと強い奴は居ねぇのかよ!! 】


 そう叫びながら、【コードネーム・パンドラ】は掴んだヴォーバルを振るい外骨格ごと義体化兵を縦に両断し、屠った相手を蹴り倒しながら新たな獲物に向かって突き進む。


 【 こんな()()()()()じゃあ、私を満足させられやしねぇぞ!? 勇者でも何でも良いから次の相手を寄越しやがれ!! 】


 視界に入る敵を斬り、そして離れた相手を背後から電磁ライフルで撃ち抜きながら、【コードネーム・パンドラ】は破滅を振り撒き続ける。


 その背後ではオルテガ達が生き残った義体化兵の身体を掴み、延髄に直接結線し洗脳処置を施していく。彼等は生きたまま首筋に管を射し込まれ、四肢を痙攣させながら操られる。


 武器を奪われ、抵抗する手段を失った義体化兵をオルテガ達は無造作に鷲掴みし、掌から伸ばした結線用端子を外殻の継ぎ目から刺し、生体延髄から脳幹を直接ハッキングする。


 《……がはっ!? ……こ……殺してく……れ……ぇ》


 意思を奪われ、言葉を発する間も与えられず傀儡にされるその様子は、死者の魂を黄泉へ送らず死体に留め、意のままに操る死霊術師ネクロマンサーと哀れな犠牲者そのものだった。




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