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生存の為なら



 ケーニヒスとニーラの二人はまだ、オールド・トーキョーで逃走を続けていた。だが、彼等の行く手を遮るのは、残党狩りの派遣部隊だけでは無かった。



 【…バッテリー残量は、どうだ】

 【良くて半日、って所だろう。何にも出会わなければ、だが】


 互いの蓄電量を確認し、ケーニヒスは思慮を巡らせる。全身義体化は人間に過大な能力を与えるが、バッテリーが空になれば即終了である。その点、生身の方が全般的な能力は低いが、水と食料さえ有れば動き回れる。義体化兵はバッテリーチャージが出来なければ、只の人型の棺桶と化すのだ。


 (…オールド・トーキョーの廃墟なら、何処かで充電出来る設備が残っていると思っていたが…見通しが甘かったな)


 心の中で唇を噛みつつ、ケーニヒスは行動可能時間を12時間と決め、それまでに何か打てる手は無いかと考える。廃墟の中で発電機を探すか? それは無駄だろう。そうそう都合良く見つかるとは思えない。ならば、倒した相手からバッテリーを奪うか? それもパスだ。大抵の義体化兵に装着されているバッテリーは固有コードを入力しない限り、流用は出来ない。更に生きたまま相手を捕らえてバッテリーを取り出せても、規格が合わなければ使えないのだ。


 「…今更、投降しても無駄だろうな」


 そう呟いてから、ケーニヒスは言葉の意味を噛み締める。散々逃げ回り、追っ手の義体化兵を殺し続けてきた自分が、過去を問われずただ拘束されるとは思えない。良くて捕縛されて解体分析、悪ければその場で射殺されるだろう。


 「なあ、旦那よ。まさか投降するつもりじゃないだろうな」


 ニーラにたしなめられて、彼は動きを停める。まさかと思いながら顔に出ていたかと手で撫でてみるが、


 「…顔じゃなくて、クセが出てるんだよ。旦那は迷うと直ぐ、銃の安全装置を触るからな」


 ニーラはそう言うと電磁ライフルを掲げ、右手の人差し指で安全装置のダイヤルをわざと回してみせる。


 「…あと半日で、決めなければいかんからな。どちらにしても…」

 「気にするな、俺は自分の意思で旦那に付き合って来た。だから死のうが生きようが、同じ事だ」


 オールド・トーキョーに流れ着くまで共に戦場を渡り歩いて来たニーラにそう言われ、ケーニヒスは目線を足元に落とす。大きく膨らんだ爪先は、地面を捉える為に角張ったスパイクが伸び、荒れた舗装路の表面を食い込んで離さない。それはまるで機械化された自分の身体が、運命と言う名の歯車に縛り付けているようだ。


 その時、不意に思い付く。最も簡単な事にも関わらず、敢えて避け続けていた延命法を。


 「…ルールーを、探してみるか」

 「…ほぉ、旦那もそう思ったか?」


 ケーニヒスの呟きを聞いたニーラは、にやりと笑いながらどうしてその結論に辿り着いたのか、聞いてみる。


 「ああ、それはな…ルールーがオールド・トーキョーで逃げ回れるのは、きっと秘策があるからだろうと思ったからだ」

 「そうかい…だが、見つけられるかね」


 ニーラの問い掛けに答える代わりに、電磁ライフルの安全装置を解除する。そして、迷いを振り払うように一歩前に進みながら、


 「あの騒々しいルールーを見つけられるかって?」


 そう言って蜃気楼に霞む廃墟の先、その奥の山並みを見ながらケーニヒスが言葉を続ける。


 「…ただ見つけるだけなら簡単だろう。但し、こっちの思惑通りになるかは、判らんがね」




 その頃、オールド・トーキョー駐屯基地を制圧し、監視下に置いた米軍義体化兵部隊は、後続の分析団と合流しオリハルコン精製技術の資料を探し回ったが、その結果に分析担当の技術者達は我が目を疑うしかなかった。


 「…オールド・トーキョー近郊の複数の場所で、分散して精製されていた?」

 「はい、一ヵ所では無く、かなり広い範囲で行われていたようです。しかも大半の場所では自分達が何を作っていたのか、知らないまま製造に携わっていた模様で…」


 工業製品に於いて、分担制で生産する事は珍しくない。だが、扱う品がオリハルコンとなると話は別である。現代科学では製造する事の出来ない特殊な合金で、大量生産が可能になれば世界の様々な産業に革命的発展が期待出来る上、その詳細な情報もオールド・トーキョー以外には全く見られなかった希少価値の高い物である。


 「素材を集める基地ではなく、その周辺で精製されていたか…では、オリハルコンを用いた義体は何処で組み立てられていた?」

 「それもやはり…」

 「くそっ、話にならんぞ! 一体どうやって義体を組み立てたのか判らんのか!?」


 技術者達の報告に苛立ちを隠せない軍担当官だったが、仕様書はおろか設計図すら残されていなかったのだ。


 「…ますます、現存している義体を手に入れる必要が増えたな」


 苛立ちながら彼は呟くと、本土と連絡を取って増援を要請する。但し、返って来た答えは現状の部隊で速やかにオールド・トーキョー製義体を確保せよ、であった。










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